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委員長の通信簿 4

 カタカタとキーボードを叩く音が私の部屋に響く。

 妹たちはリビングでテレビを見ているはず。

 私は、こっそりとつけているブログの記事を書いていた。


 昨日、面白い男の子に出会った。

 いつも私が時間をつぶしている公園へコンビニの袋をぶら下げながらやってきた時は驚いた。

 こんな時間にこんな場所へ来る人が他に居るなんて思っても見なかったから。

 私が居たのは別名『空の庭』(地元の人がこれを読んだら場所が分かっちゃうかも)で、その男の子もこっちへやって来た。

 空の庭にはベンチが二つあって、それぞれ4人くらいが座れるようになっているんだけど、私が座っているベンチとは違うほうへ腰をかけて、その男の子は月を見上げていた。

 その横顔はちょっと幼さが抜けきってないのに、ちょっとだけ大人びていて、そのアンバランスさが現実味を削ぎ落としていた。

 どこか、この空間に合わない。そう、どこかの世界から抜け出してきたみたいな印象だった。

 そしてポツリとその男の子は呟いた。

 「綺麗だ」

 だって。

 ちょっと笑っちゃったよ。

 大真面目な顔してそんなこと呟くから。

 だけど、私も彼にならって見上げてみると、そこにはまんまるで綺麗なお月様があったの。

 私もつい言葉が出てた。

 それに気付いた彼が私に話しかけてきたっていうのが、昨日の面白い出来事。

 まぁ、他愛も無い話をして、そのままバイバイ。

 次また会おうなんていってないのに、また会える気がした。そんな不思議な出逢いでした。

 なんだか、少女漫画みたいだけどホントの話。

 うまく言えないけど、私とその男の子って同じようなことを考えててちょっとおもしろかったからかな?

 もしくは、同じようなことを考えてたからシンパシーみたいなもんがあったのかも。

 今冷静になって考えてみても不思議です。

 まぁ、そんなお話。


「ふぅ~、更新完了っと」

 ブログの更新が完了してふと一息ついていた。

 記事を書きながら昨日のことを思い返してみても、やっぱり不思議な男の子だった。

 年齢は多分、私より一つか二つ下くらい。

 暗くてよく顔は見えなかったけど、そんなにいかつい感じではなかったと思う。

 纏っている雰囲気はとても穏やかで、なんだか落ち着くような感じだった。

「お姉ちゃん!アイス食べる?」

 リビングから大きな声が聞こえてきた。

「うん!食べる!」

 そういうと、パソコンをスリープモードにして、扉に手をかけた。

 部屋を出る前に、ふと外の窓を見る。窓の向こうには『空の庭』が見えていた。人影は居なかったけど。

 私の部屋から……っていうか、私の家の西側の窓からは公園の『空の庭』が丸見えなんだ。 

 もしかしたら、昨日の男の子が居るかもしれない……なんて思ってみたら、ちょっと気になっただけ。

 まぁ、居ても居なくても今日は公園へ行く予定なんてないから私には関係ないんだけど。

 もし、もし、あの子が居たらちょっと面白いって思った。ただそれだけ。

 もしかしたら、私は本当にまた会いたいって思ってるのかもしれないな。

 30分も満たないほんのちょっとの時間しか話してないのに、なんだか昔から友達だったような気がしたんだ。

 実際初対面だし、昔から友達なんて絶対に無いんだけどね。

 なんだろう。うまく言葉に出来ないけど、ただの他人じゃない、そんな気がしたんだ。

 

 ◇


 今井沙希。

 俺のクラスの委員長で、ちょっと口が悪くて目つきがきつい美人さんだ。

 そして、北原が好きって言う物好きだ。

 今日、今井と一緒に帰ったときに見たあの寂しそうな顔が忘れられなくて、俺はバイト先の本屋へと足を伸ばしていた。

 バイトが無いのに、本屋へ向かうなんて別に珍しいことじゃないけど、買ったものがかなり特殊というか、なんというか、女性向けの雑誌だったから、店長から変な目で見られてしまった。

 買ったのは『愛しの彼を落とす50の方法』なんてタイトルの本だ。

 言ってしまえば恋愛指南書(女性用)だ。

 それを男の俺が買うんだから、おかしな目で見られるのは仕方が無いと思う。

 そんな恥ずかしい思いをしてしまったけど、俺は今井を何とかしてあげたかった。

 あんな寂しそうで悲しそうな顔は誰のものであっても、見ていて気持ちのいいものじゃない。

 ましては、同じクラスのクラスメートだ。さらにさらに、美人と来ている。

 これは、助けるしかないじゃないか。まぁ、今井がお熱を上げているのは、あのバカだけど。

「秋彦、お前もしかして男が好きなのか?」

 透き通った綺麗なソプラノが聞こえてきたと思ったら、突然視界が店長の顔で埋め尽くされてしまった。

 まさに至近距離。鼻と鼻がくっ付くんじゃないかっていうくらい近い。これが、むさい男だったら顔面パンチものだけど、綺麗な女性だ。そんなパンチとか死んでも出来ない。

 とにかく近すぎる顔を店長の方を押して遠ざける。

「違いますよ!クラスメイトの為に買うんです!」

「それはそれは、ご苦労なことだね。だけどさ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬらしいよ?」

「いやいや!邪魔はしないですって!助けるだけだから!」

 店長は切れ長の瞳をさらに細めた。

「ふ~ん、まぁいいけど。忠告しておくとね、恋愛事に他人が介入して良い事なんて何にも無いと思うけどな。秋彦にも、その助けようとしている女の子にも」

「だけど、このまま放っておいても絶対進展しないと思うし、今井のあんな寂しい顔もうみたくないし」

「今井さんっていうんだ。その女の子。それでさ、秋彦はその今井さんが好きなの?」

 店長の瞳が俺の目を射抜く。

 蛇に睨まれたカエルのように、体が硬直して動けなくなる。

 鋭い刃物を喉元に突きつけられているような威圧感を感じる。それほど店長の視線は真っ直ぐだった。

「別に、好きとかそんなんじゃないです」

「ならどうして?」

「それは……どうしてですかね?俺にも良く分からないです」

 交差している視線の向こうで店長の瞳の色が変わる。『何か』を見抜かれた。そんな不思議な感覚になった。

「好きでもない女の子の寂しい顔を見たくないから?それってさ、どういうことなの?私には良く分からないな」

 そういうと、店長は俺から視線を外した。

 喉元の刃物を取り除かれた俺は、やっと体が動くようになる。

 店長は、そのまま店の奥へと足を進めていた。

 その足を止めて、背中を向けたまま店長が話し始めた。

「どんな理由があるのか分からないけどさ、やるんなら徹底的にやりなさいよ。途中で投げ出すのなんて、絶対駄目だから。絶対に最後まで遣り通す。それがどんな結果になってもね。その覚悟が無いなら手を出すなんてやめときなよ。私が言いたいのはこれだけ。じゃ、気をつけて帰りなさい」

 それだけ言うと、店長は店の奥へと姿を消した。

 一人残された俺は、することも無いので店を後にした。


 ◆


「秋彦。あんたもしかして男が好きになったのか?」

 家に帰って、部屋で着替えていると姉貴が大きな声で俺の名前を呼んだ。

 姉貴は何を言ってるんだ?頭の中にハテナマークが咲き乱れる。

 本屋で買ったあの本を見なければ、そんな発想は生まれないはず。

 それに、あの本はこの袋の中にちゃんと入れて部屋にもって入っているからみつかるはずは……

 

 無い。


 本が無い。

 袋の中にあの本が無い!


 そうだ!手を洗いに行くときにリビングに一度置いた。多分そのときに姉貴がとったに違いない。

「お姉ちゃん悲しいよ!そんな弟に育てた覚えは無いのに!」

 さらに、姉貴から罵倒が飛んでくる。

 とにかく、さっさと誤解を解かないとさらにめんどくさいことになる。

 リビングに走って向かった。


「姉貴!その本は、俺の為に買ったわけじゃないからな!」

「何!?私のため買ったのか?」

 リビングについた俺を待ち受けていたのは、恋愛指南書(女性向け)を片手に持った姉貴だった。

 まぁ、その本を取り返しに向かったのだから予想通りだ。

「それも違う!とにかく返してくれ!」

「嫌だ!先にお姉ちゃんが、秋彦が読んでも無害なものか検閲させてもらうから」

 姉貴……眼が血走ってる。

 そんなに男にモテたいの?

「そんなに男にモテたいの?」

「うぐ、弟にそんなこと言われるなんて思わなかった!そうだよ!モテたいよ!悪いか!?」

 なんか逆切れされた?!

 っていうか、心の中だけで言ったつもりなのに口に出ていたか。これからは気をつけないと。

「まぁまぁ、姉貴可愛いからモテるよ。だから、返してくれ」

「何その言い方。全然気持ちがこもってない!そんなんじゃ私のハートには届かないよ?」

 別に、ハートにとどかすつもりなんて無いしな!

 勝手に勘違いして暴走しているだけだろ!

 段々イライラしてきた。

「あのさ、そんなにこの本見たいの?」

「まぁ、見たい……かな?」

 明日、今井にこれを渡してこれからの対策を考えないといけないんだから、先に内容を把握しとくのは必要だし。

「じゃあさ、お姉ちゃんと一緒に見ようよ!そうしたら、秋彦もお姉ちゃんもみんな幸せ!ほら、いいでしょ?」

 姉貴の性格を考えると、この要求を呑まないとあの本は返してもらえそうに無いな。

 一度言い出したら聞かないし。

「はいよ、わかった。わかったら、明日の朝には絶対に返してくれよ」

「きゃっほーい!さすが秋彦!やっさしぃ~!そんなところがお姉ちゃんの自慢だよ!」

「俺は姉貴のウザイところが悩みの種だ!」

「はいはい、ツンデレツンデレ。じゃ、見よっか!」

 姉貴は、俺の悪口は見事にスルーして本を広げ始めた。

 こんなバカ全開の姉貴だけど、勉強は出来る。意外と偏差値がめちゃくちゃ高い進学校に通っていたりする。

 年齢は一つ上だから、今高校3年生、そろそろ受験だって言うのにこんなバカなことばかりしている。

 学校では、優等生で通っているらしいけど、自称なので本当かどうかは俺には分からない。

 本当であることを祈るばかりだ。

「ほら、秋彦見ないと次のページ行っちゃうよ?」

 さっさと読めと催促してくる姉貴。

 今は、従うのが得策だと諦めて俺も本を読み始めた。

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