委員長の通信簿 1
ちゅんちゅんと、小鳥のさえずりが聞こえる。
風にゆられてざわめく木々の音がとても心地良くて、目を閉じるとうっかり眠ってしまいそうなほど気持ちが良い。
だけど、次に耳に入ってきたのはそんな平和な音ではなかった。
バシィ!!
それはそれは大きな音で、10人居たら8人は振り向いてしまいそうなほどの大きな音だ。
野球のホームランを打った時のような爽快な音が鳴り響く。
全く、こんな朝っぱらから過激だな。
そんなことを思いながら俺は……俺は何してんだ?
そう思ったところで、意識が覚醒する
そして、激しい痛みが後頭部から発せられている。
「どうしてあんたは、歩きながら寝るって言うおかしなことが出来るかなぁ?」
涙目になりながら、声がしたほうを振り向く。
そこには、幼稚園からの幼馴染の佐奈が居た。
「ほら、これで起きたでしょ?寝ながら歩いていたら危ないから、優しい私が起こしてあげたんだよ。感謝しなさいよね」
そうか、こいつがこの痛みの原因か。
「わざわざ殴る必要ないだろ!朝っぱらから、気分最悪だわ!」
「うわ~うっざ。せっかく人が親切心でやってあげたことに文句言うなんてさ。感謝はされても怒鳴られることはしてないつもりなんだけど。あ、あれか?ありがた迷惑とか言っちゃうゆとりなの?」
物凄く鬱陶しそうに呟く佐奈。
「絶対親切心からじゃない!ただ、殴りたかっただけだろ?!」
「あら、やだ!わかっちゃう?まぁ、小さい頃からの付き合いだしね」
そう言って舌を出して笑う佐奈だ。
小さい頃からの付き合いだけど、笑う時の佐奈は幼馴染みの俺から見ても可愛いと思う。
そして、俺はこの顔をされるとなんだかどうでも良くなってしまったりする。
別に、惚れた弱みだとか、こいつのことが好きだとか、そんなものじゃないんだけど、なんだか妹を見ている気になってくるから。
「あ~、さっき殴られたせいで記憶がなくなってしまった~。ここは何処?私は誰?」
「ここは通学路で通る並木道。そんで、あんたは白鷺秋彦。っていうか、なにやってんの?棒読み出し、おもしろくないし。ほんとに頭やっちゃったとか?もしそうならごめんね。残念な頭がさらに残念になるなんて……って、元々残念なら別にいいか?」
そう言って、あはははっと一人で笑い出す。
「めちゃくちゃ失礼な事言ってるし。冗談に決まってるだろ?それに、佐奈より成績はいい方だ」
「あんたは、勉強だけはなんだか知らないけど出来るもんね。ほんと、腹立たしい。私はがんばってもテストで点数取れないのに。あ、今度のテストの時も勉強教えてね。よろしく!」
「いやいや、『がんばっても』とか言うけど、全然がんばって無いじゃん。勉強教えてもすぐ寝るし、マンガ読み出すし、気がついたら居ないし」
「そりゃあ、あんたの教え方がへたくそなのが悪い!」
「佐奈のやる気の問題だ!」
そんな理不尽なことを言われたら、相手する気が起きない。
こいつは俺の言うことに全然耳を貸さない。
こっちとしては、佐奈の成績はちょっとまずいような気がするから教えてやってんのに。
佐奈としゃべりながら、歩いていたら並木道を抜けていた。
学校までの距離は後半分くらい。
自転車通学が出来たら、もっと早く着くのに……っていうよりも、もっと長く寝れるのに。
「そういえば、あんた昨日寝るの遅かったでしょ?2時過ぎまで電気ついてたの見たよ?」
佐奈の家は俺んちの向かいに在って、俺の部屋から佐奈の部屋が見える位置にある。
つまり、佐奈の部屋からも俺の部屋は見えるんだ。
「まぁね、いろいろあるんだよ」
「ふぅ~ん、思春期男子の夜の秘密って?うわ~いやらしぃ~」
そう言って俺から離れていく。
「ちょっと待てよ!佐奈が思ってるような事はしてないってば!」
「あたしが思うようなことってなぁに?」
いたずらに満ちた顔で尋ねてくる。
こいつ、分かってて言ってるだろ?
「男の子の秘密って奴だ!」
「うわぁ~言っちゃったよ。ドン引きだよ……」
「お前が言わせたんだろ!?っていうか、してないって言ってるだろ?!」
ニヤリ
確かにそんな笑い方を佐奈はしていた。
「じゃあ、何やってたの?」
何か確信があるんじゃないかって言うくらい、佐奈の瞳には自信があふれていた。
別に、後ろめたいことはやってない……ことは無いか、夜中にこっそり外に出てたんだから。
けど、俺が何かやったからといって佐奈にわざわざ断りを入れる道理なんてものも無いんだ。
だから
「それは秘密」
「何それ!全然おもしろくない!隠されると余計に気になるってば~、ねぇ。おしえてよ~」
そう言ってしつこく聞かれるけど、俺は昨日の出来事を話すつもりは無い。
だって、あれは俺だけの秘密なんだから。
家族にばれないように、こっそりと散歩に出て……そして、キサラに出会った。
キサラは、俺の起こした行動が、俺の物語の始まりだって言っていた。
その言葉は、嬉しいような、意味不明なような、意味が分かっていなくてもなんとなく体が、心が、感じ取ってしまう不思議。
そんな不思議な感覚だ。
言葉に出来ないけど、そのとき感じたことは、俺だけの……いや、俺とキサラだけの秘密にしておきたいと思った。
理由なんてないけど。
だから、昨日のことは誰にも話してないし、これからも誰にも話さないと思う。
「い~や~だ。俺にだってプライバシーって言うものがあるんだよ」
「いつか、かならず聞き出してやるんだから!」
「はいはい、じゃあがんばってくれ」
「うわ~、なんかかなり適当じゃん。おもしろくな~い!」
おもしろくな~いって、隣で暴れだす佐奈。
俺は、それを無視して歩き続ける。
これも、いつもの光景だ。
毎日毎日繰り返す日常。
楽しいと感じるし、つまらないとも感じる。
なにより、退屈だ。
◇
それから、俺たちはくだらないことを言い合いながら学校に着いた。
ちなみに、佐奈と俺は同じクラスだ。
いつものように教室のドアを開けた。
「おはよ」
「おはよ~!」
「おは~!秋彦はいつもどおりテンション低いな~。嫁と登校してんだからもっと楽しそうにしろよ!」
「「嫁じゃない!」」
俺と佐奈は同時にツッコミを入れた。
「あはは、いつもどおりタイミング同じじゃん!お前ら仲良いよな!平久保さんみたいな彼女が欲しい!!秋彦と付き合ってないなら俺と付き合わない?」
「あいにく、私は北原くん見たいな軽いのはお断り。もっと頼りがいのある人がいいし」
ばっさりと、北原を切り捨てる佐奈。
ちなみに、平久保っていうのは佐奈の苗字だ。
北原はちくしょー!!と叫びながら教室を出て行ってしまった。全力疾走で。
毎日毎日飽きないよな、あいつ。
そろそろ予鈴だから、さっさと戻ってこないと怒られるのに。
毎日毎日佐奈に、あんな感じで告白っぽいことしてるから、ほんとに佐奈の事が好きだったりしてって、勘ぐってみたり。
まぁ、実際どうだかわかんないけど、そう考えるのは案外おもしろかったりする。
「ほんと、北原君飽きないよね?毎日のようにあんな事言ってきてさ」
佐奈がそう言った時に、ちょうど予鈴が鳴った。
「じゃ、また後で」
そう言うと、佐奈は自分の席へと向かって歩き出した。
俺も、それにならって自分の席へと向かう。
だけど、その途中にあるクラスメイトのほうへ視線を移す。
視線の先には、今井沙希が居る。
そして今井の視線は、さっき北原が飛び出して行ったドアの方を向いている。
朝、佐奈と俺、そして北原の3人でしゃべっていたらたまに感じる視線。
それが、今井からの視線だったっていうのを知ったのは極最近のことだ。
そして、今井の視線の先にはいつも北原がいる。
これが意味することは……って、そんなの考えるまでも無いけど。
まぁ、これに北原が気がついているかどうかは、ものすごく疑問なんだけれども。
これだけ、熱い視線を受けたら嫌でも気がつきそうなものなんだけどなぁ。
さて、そんな自分には関係ないことは置いておいて、今日一日がんばりますかね。