妖怪小豆洗いの転職先
小豆はその昔高級品。
小豆の赤い色は縁起物。
小豆をご飯に混ぜる赤飯は貧しい人々に特に喜ばれたものだ。
だから小豆洗いは精魂込めて小豆を洗ったし、小豆を洗うのが大好き。
今は小豆を洗う価値が低い。
人間達は昔の様に小豆を喜ばなくなった。
小豆の価値も小豆を洗う喜びも暴落してしまった。
小豆を洗う楽しみ
その大半が消えてしまったのだろう。
妖怪小豆洗い
このまま消えてしまっても良かった。
(だけどもまだ……
もう一度小豆を喜んで食べてた人間の笑顔を見てみたい。)
小豆洗いは今、碁石を洗っている。
( 碁石を洗うのが好きだ。)
24時間営業に近い碁会所をやっている。
ココには様々な人がやってくるが、
その中でも深夜に来る客が良い。
たまに泊まり込みで、宿泊所のかわりに碁会所を使いに来る客がいる。
大抵は胸に何かを抱えた人。
もしくはプロの棋士になろうと挑戦してプロになれなかった人達だ。
忘れられない何かを胸に秘めた人
そんな人が泊まり込みで碁を打ちに来る
何かを思い出すかの様に、情熱を取戻そうとするかの様に。
彼等の心情は小豆洗いによく似てる
違いがあるとすれば碁は一人では打て無い。二人必要。羨ましい。
胸に報われない何かを秘めた二人が深夜、泊まり込みで碁を打つ。
眠くなるまで囲碁を打つ。
そして囲碁に疲れ果てて毛布にくるまって雑魚寝で眠る。
翌朝、何か憑き物が取れたように多少晴れやかな顔で店を後にする。
昔の昔、高級品だった小豆ご飯を食べ終えた人間の顔と同じ顔をして店を出る。
小豆は昔、滅多に口に出来無い高級品だった事がある。 でも、本当に小豆を喜んだのは貧しい人達だった。
裕福な人には、さほど有り難みのない小豆。 その小豆を貧しい人は本気で喜んで食べていた。
昔の人は小豆ご飯、赤飯を食べた後
晴れやかな良い笑顔をしたモノだ。
小豆洗いはその様子を見るのが好きだった
大好きだった
だから小豆を洗うのが大好きだった。
今では古い碁会所を経営している。
泊まり込みの客が思う存分、囲碁を打った翌朝、憑き物が落ちた様な晴れやかな顔で店を去る姿が大好きだ。
だから……妖怪小豆洗い。
今は小豆のかわりに碁石を洗っている。
心を込めて碁石を洗う
碁石を洗うのが大好きだ。
その碁会所の朝食には赤飯が出るらしい
『妖怪小豆洗い』
まだ小豆を洗うのも大好きのようだ




