8.悪霊狩り
『いいかね、人間は妖魔と悪魔とを混同している様だが、もちろんそれは大きな誤りだ。
妖魔と悪魔はその起源からしてまったくちがう存在だ。妖魔はこの世界の始まりから妖魔として存在していたが、我等悪魔族は、元はあの天界騒動で、智天使どもの策略で天界から追い堕とされた熾天使だ。
人間がよく妖魔と混同している、あの、先の尖った尻尾と、山羊の蹄を持った姿をした者たちは、後に我等が戯れに造った者たちだ。
そして妖魔は人間の命をもてあそんでその恐怖心を己の糧とするが、悪魔は人間の魂をもてあそんでその心のよじれを糧とする。
妖魔は血潮自体に魅かれる事もあって、最後はその人間の命をも奪うが、我等悪魔族はそんな不経済な事はしない。
その人間を生かしておいて、魂の表面の歪みがもっと大きくなるようにする。そしてその人間の内面が崩壊して、発狂するなり、自ら命を絶つなり、周りの者に殺されるなりして、歪みが最高に達するまで待つわけだ。
しかし、人間に対する扱いはちがっても、妖魔も悪魔も、己の糧として人間を必要としているのは同じだ。
だから妖魔と悪魔の間に、その人間どもをめぐっての“衝突”というものが時として起こる事もある。だが我等悪魔族にとって、妖魔などというものは……』
<堕天使ルシフェルの言葉より>
「あの悪霊のあわてようは最高だったな」
ガタゴトと揺れる天蓋馬車の中で、黒ずくめの、聖職者の様にも見える服装をした若い男は、小さく声をたてて笑った。
最高級仕立ての馬車の中で、上質の絹のクッションにゆったりともたれている黒髪の男の容姿は、人間離れしている様な美しさであった。だがその端麗な顔に浮かんだ微笑みには、何やらぞっとさせられるものがあった。
「君をただの霊媒だと思って、乗り移ったのが運のつきだったねぇ」
男は自分の向かい側に座る、同じくらいの年頃の、やはりぞっとさせられる美貌の女性に言った。女性は白いローブ姿で、腰まで届く、金髪に銀の粉をふりかけた様な、不思議な、見事な髪をしていた。
「つまらないわ。たかがあれしきの霊」
女は何やら不服そうに言った。
「悪霊なんて、結局はあれくらいのものばっかりね。たまには上級魔霊にでも出くわさないかしら」
「まあまあ」
その言葉に、男は苦笑した。
「悪霊というのは、元は普通の生き物だった魂だからな。そりゃあ君の相手には不足でも仕方ない。しかし――まあ、御覧よ」
面白くなさそうな表情の女から目を離し、男は馬車の窓から外を眺めた。
「今度はその、君のご期待のものが待っているようだよ……」
男が眺め見ているなか、馬車の行く手には、鬱蒼とした森の向こうに、灰色の城が姿を見せはじめていた。
城は大きく立派なものであったが、しかし、その広大な城の周りには、何やら黒い霧の様なものが漂っているように、二人の目には見えていた。だがそれはこの二人だからこそ見えるものであった。
彼等二人は――元その城に住んでいた者たちに依頼され、“悪霊払い”を行いに城へとやってきたのだった。
城の巨大な城門は閉ざされ、堀の上の跳ね橋も上げられてはいたが、二人にはそんな事など全く問題にならなかった。そして二人が踏み込んだ城の中には動くものの影さえなく、不気味に静まりかえっていた。
「鼠一匹いやしないわ。見事なものね、ほんとに」
分厚い石組みの城壁の中を、まるで幽霊に様にすうっと通り抜けてきながら、女は言った。
間に門があろうと、壁があろうと、堀があろうと、彼等が行くことの来ないところなど、この地上にありはしないのだった。
「この瘴気じゃ、鼠も鳥も逃げだすさ」
男は言った。そして自分の足元にあるものを眺めて、少しばかり面白そうな顔をした。
男の足元の石畳には、乾いてどす黒くなった血だまりの跡が広がり、その中に、頭と胴が切り離された人間の遺体が、なかば白骨化して横たわっていた。
そういった血の跡や無残な死体は、そこだけではなく、この城のいたるところにあるのだった。
「家臣に見捨てられて、一人取り残されちまっちゃあ、ここの王ももう終わりだな」
「あら、でも、子供の頃からの守役だったとかいうあの大臣が言ってたとおり、時々は誰かが来ているみたいよ。裏門近くの地下道の抜け道には、最近の足跡があったもの」
それに女は言った。
「ふん。じゃあ、たまには様子を見に来る者もいるんだろう。しかし……王はもう長くは生かされてはいないだろうな。狂人と呼ばわれて、周りから人が去ってしまった者には、もう使い道はないだろうからな。……にしても――」
男は何かを考えている様子で、あたりをくるりと見回した。
「あの大臣たちが言っていた話じゃあ、ここに取り憑いたのはそこそこな悪霊か魔霊の様だが、しかし……この瘴気には何か他のものの気配も感じるな……?」
「あら、あなたもそう思う?」
女は言った。
「ふん。これはどうも……」
と、その時、
『誰だ?』
二人の頭の中に、どこかから声が響き渡った。それは怒りをはらんだ、威圧的な声であった。
『そこにいるのは誰だ?』
「ほう。さっそくだな」
その声に男と女は顔を見合せ、にやりと笑った。
そして、その声の方へと歩みだすと、そのまま、周りの空間に溶け込む様に二人の姿はかき消えていった。
イェルサイレンのイーダス王が、“人がわり”してしまったのは、今から一年ほど前の事だった。
それまではイーダス王は特別な善王とはゆかずとも、個人的にはそれほど激しい気性でもなく、そこそこに有能な家臣に囲まれて、そこそこに良政を行っていた。が、それがある頃を境に言動が異様になりはじめ、やがては怒りにまかせて周りの者を惨殺する様にまでなってしまった。
家臣たちははじめ、王を国内外の高名な医師に診せたが、医師や薬師にはその王の“心の病”を治す事は出来ず、次には魔道師やまじない師にみせると、魔道師たちは、王にはとんでもない魔物が取り憑いており、その魔物はあまりにも強大すぎて、自分たちにはどうする事もできない、などと言い、たいがいが悪霊払いの儀式もせずに王の前から逃げだしてしまうのだった。
中には悪霊払いを試みた者もいはしたが……儀式の途中で、やはり自分の手に余ると判断するや、賢明にもそそくさと儀式の場から立ち去って己の命をかばうか、または王にとり憑いているという魔物に、無残にも八つ裂きにされた骸と化すかのどちらかであった。
それで王が人がわりしてしまってから半年ほど経った頃、城門のすべてを閉ざし、城の跳ね橋を上げ、王を城に幽閉したまま、家臣たちはあやうく王に撲殺されかかった世継ぎの王子と共に、同じ領内の他の城へと移っていった。
“平和王 イーダス三世 生年……”
王の謁見の間へと続く長い廊下には歴代の王の胸像が並び、その中にはまだ若い頃の姿したイーダス王の像もあった。
王の数十年間にわたる治世の間には、戦争というものは一度も起こらなかったため、即位後二十年目に、王の像の銘には、今となっては皮肉な事に、“平和王”という言葉が刻み込まれていた。
そして王の像には生年は刻まれてはいるが、没年はまだ入れられてはおらず、イーダス王の像の隣の、次代の王の像が置かれるべき場所には、まだ何もなかった。
「ふん」
男はイーダス王の像を見上げ、像の大理石の台座を、爪先で軽く蹴飛ばした。
「ご立派なもんだな」
男は王たちの胸像や、神々の姿をした数十の像を眺め見た。そしてその像の中には、戦斧が食い込み、半ば崩れているものもあれば、黒く乾いた血飛沫がべっとりとついたままのものもあった。
「誰だ、そこにいるのは?」
その、謁見の間の巨大な扉の前にいる彼等に、再び誰かが言った。
「ふん」
それに男は振り向くと、つかつかと謁見の間の扉へと歩み寄った。
すると男の前で、分厚い扉は重々しい音をたてて、ひとりでに開いた。
「私たちだよ」
広間へと入り、男は言った。
「私たちが誰であるのかもわからないようじゃあ、お前も大した奴じゃないな」
昼間だというのに異様に暗い広間の向こうを眺めながら、男は口の端に、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
謁見の間であったその大広間は、かっては豪華な調度品で飾られていたのだろうが、今は見る影もなく荒れ果て、埃と、がらくたと化した道具類に埋もれていた。
そしてその中に――埃と血で汚れた王座に――イーダス王が座っていた。
王は今や歳以上に老け込んだ姿となり、落ちくぼんだ目だけを炯々とさせて、彼等を見つめていた。
「誰だ?わしの許しも得ず、この城に入って来たお前たちは?」
王は言った。が、かつての家臣たちが聞けば、その不気味で陰々とした声は、王自身の声などではない事に気づいただろう。
「何の用だ?」
「それで王のふりをしているつもりか?下手な芝居はやめておけ。その霊気と瘴気じゃあ、普通の人間でも感づくな」
男は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま言った。
「もうその哀れな男を開放してやったらどうだ?その男を利用して、さんざんに血をすすって楽しんだ様だが、それももう終わりだな。この城にはもう誰も来やしないさ」
「………」
男の言葉に、王(の姿をした者)は、低い笑い声を洩らした。
「で、お前たちはここに何をしに来た?」
「知れたこと」
男はいっそうにやりと、口元を歪めた。
「お前をその男から引き剥がすためさ」
「ほほう、面白い」
王はさらに声をあげて笑った。
「ならば、やってみるがいい」
と、言うや
どん、と音をたてて、大きな火球が男と女の前で炸裂した。
だがそれをものともせず、彼等は何やら呪文を呟き、印を結んだ。すると、彼等の周りに円を描いて、足元から青白い光の壁が噴き上がった。
「馬鹿者」
王は言った。そして次には部屋中を鎌鼬が駆けめぐり、広間のそこここを切り裂きながら吹き荒れた。
「それしきの防護壁など、わしには通用せぬわ!」
鎌鼬が周りの物を粉砕しながら飛び交うなか、王はゆらりと王座から立ち上がった。
「馬鹿はそちらだ」
が、それに冷徹な表情のまま、男は言った。
「これは防護壁などではない。これは――」
鎌鼬が男を正面から襲った。しかし、真空の刃が彼等を取り囲む光の壁に食い込んだ瞬間、金属的な音をたてて、鎌鼬は消滅した。
その中で、男はさらに印を結んだ。
「お前を取り込むための力場さ」
「!」
それに一瞬、王は表情を変えたが、次には、何か大きな力にでも突き飛ばされた様に王座に叩きつけられ、ぎゃっ、と悲鳴をあげて王座の前に転がり倒れた。
そして、床に倒れ込んだまま動かない王の身体から、何やらもやもやとした黒い影の様なものがわき上がって、それは大きな獣めいた形をとろうとした。だがそれは光の壁に触れるや、バチバチと白い火花を散らした。
「……?!」
影は実体化できないまま悲鳴をあげた。
「ふん」
それに男はにぃっと悪意のある笑みを浮かべた。
「周りの瘴気はたいしたものだが、これしきでもう正体を現すとは、それほどの魔霊でもないな。やはりお前だけの力じゃない。……他にまだ何かいるだろう?お前よりもっとマシな力の者が。言ってみろ。……それ」
自分たちの頭上でうごめいている影を見つめて、男は右手を軽く振った。と、影の中でバチリと一層大きな火花が飛び散り、王の中から現れたその影は、再び悲鳴をあげた。
「き、きさまらは……!?」
「こうなってもまだわからぬか」
男は言った
「やはりお前は名前さえもない低級魔霊だな。がっかりだよ。……どうだ、こんな奴でも一応は役に立ちそうか?」
男は後ろの女を振り向いた。
「ええ」
女はそれににっこりと微笑んだ。
「ただの悪霊なんかよりはね。……さあ、こっちにいらっしゃい」
そう言うと、女はぞっとさせられる不吉な笑みを浮かべ、宙に漂っている影に向かって、両手を広げた。それはまるで影を抱きかかえようとしているかの様だった。
すると、その女の腕の中に吸い寄せられるように、影はゆっくりと彼等の方へと引き込まれだした。
影の中では、いまや稲妻の様な白い閃光が激しく飛び交い、雷鳴に似た響きが広間を轟かせていた。
そして見ている間に、影は悲鳴をあげながら女の腕の中へと吸い込まれ、消えていった。
と――次にはゴウ、と音を立てて突風が吹き荒れ、女の長い金の髪をなぶると、彼女の頭がかくりと力なく垂れ、彼女の身体が、そのまますうっと、宙に浮かんだ。
「さあ」
男は宙に浮かんだ女を見上げて言った。
「私の霊媒の居心地はいかがかな?」
「愚か者が」
女の口元が動いて言った。が、それは女の声ではなく、さきほどまでは王の口元から聞こえていたそれであった。
今や女の中へと入り込んだ者は、女の顔を、元の彼女のものとはまるで別人の様に引き歪め、彼女の口を使って吠えるように言った。。
「たかがこれしきの事で、我を取り込んだつもりか?力場とこんな霊媒ごときで?」
「たかが、というのなら、まあ試してみるんだな」
それに男はまたもにやりと笑った。
「ここまでうまい具合に呪縛できたからといって、我を甘く見ないことだな」
女性の姿にはまるでそぐわない、低い不気味な声で、女の中にいる者は言った。
「我は呪詛で召還される様な小魔ではない。人ひとりに取り憑くだけでは足りぬ。我はより多くの魂の歪みと、恐怖と、血を必要とするのでな。
今までにも、ここの王の様に何人もの王や領主に取り憑いて、周りの者どももろとも滅ぼしてやった。我を封印しようなどと思い上がったまじない師どももな。そしてそのたびに我は強大になってきたのだ」
「ほう」
その言葉に男は言った。
「ではお前は、自分からここの王に取り憑いたというわけか。ふん、では呪術師まで探す面倒はないわけだ。王に取り憑いたのが使い魔なら、使い手の方も始末するよう依頼されているのでな」
「お前たちの様な、たかが金目当てのまじない師などに、我のカが劣ると思うてか。まずはこの霊媒から八つ裂きにしてくれるわ」
「どうかな」
男は再び不敵に笑った。
「それに我等は金目当ての悪霊狩りなどではない。我等の一番の目当ては――お前たち自身さ」
「……?」
「そう」
男の言葉に続いて、次は女の口元から、元の彼女の声が響いた。
「我等がお前たちを捕らえるのは、我等のため。人間になど頼まれずとも、我等はお前たちを残らず虜にしてくれるわ。お前たちは我等の良い糧になるゆえなあ」
女の顔は、元の彼女の表情へと戻り、楽しげに笑った。
「糧……?き、きさまらは……」
女の表情を再び別人のものへと変えながら、女の中の者はうめく様に言った。
「悪魔族か?」
「やっと気づいたか?まあそんなとこだ」
男は言った。
「我をお前たちの糧にするだと?」
「お前の様な小魔でも、使い道はある。たとえ糧にならなくともな」
男は冷淡な笑みを浮かべたまま言った。
「まあとにかくも、今はこれに封印させてもらおう」
男は黒衣の懐から、細い針金の様な物を何重にも輪にして束ねたものを取り出して見せた。
人間の頭ほどの大きさの、輪にされたそれは、男の手の中で、光の壁と同じ様な青白い光を放っていた。
「居心地はそんなに悪くはないはずだ。安心しろ」
が、
「好きな様にはさせぬわ!」
男の言葉に、女の中にいる者がそう叫ぶと、彼等の上に、轟音をたてて稲妻が降り立った。
しかし、火花をはじけさせて荒れ狂う稲妻の中で、男と女はものともしてはいなかった。
「それしきでは、我等に火傷のひとつも負わせられぬな」
稲妻の中で男はくすくすと笑った。そして中に魔物を取り込んでいる女自身も。
「!」
「さあ御覧」
女は両手を広げて言った。
「お前は私を八つ裂きとやらにするどころか、まだ私の中からさえ抜け出せずにいるようだねえ」
「……この!!」
それに女の中にいる者は再び稲妻を呼び起こしたが、それは先程のものの、半分ほどの勢いもなかった。
「……??! 馬鹿な、これしきの事で?! 我の力は以前よりも……」
「生憎だが我等はお前と同じ様な低級者ではない。悪いな。もうあがくのはやめておけ。無駄だ」
男は言った。
「あまり手間をかけさせないでほしいね。我等はお前たちを、なるべく生きのいいまま捕らえなくてはならぬ。何しろ我等には可愛い養い子がたくさんいるのでな」
「で、では、きさまは……!」
「そうさ。我等は己のためだけに人の魂の歪みを貪る低級悪魔ではない。我等は悪魔族の長、悪魔族の養い手……」
「ル、ルシ――」
女の中の者は、あえぐように言った。
「そう。我はルシフェル」
それに男は言った。
「天界より追い堕とされし者。そしてこちらは……」
男はやや芝居ががった仕種で、女に手を差し延べた。
「我が最愛の妻リリス。我が養い子らの母にして女王。天界より追われた者は他にもいるが、悪魔族を産み育てる者は我等しかおらぬ。……相手が悪かったな」
「ま、待ってくれ!」
「やはりお前の力は、借り物だった様だな。しかしお前はそれに気づいてもいなかったのか。低級魔霊らしい、なんとも間抜けな話だ」
「待ってくれ……お前たちの言う事なら、何でも……!」
女の中の者は悲鳴まじりの声で、人間をそそのかす時の言葉を彼等にも言おうとした。
しかし――
「さあ」
女はにっこりと笑った。
「哀れな妖魔よ、我等の糧となっておくれ」
と、女が自分の胸を抱え込む様にして言うや、女の腕の中にバチリと大きな光の球が炸裂して、女の中の者は断末魔の悲鳴をあげた。
そして獣めいた悲鳴が消えると、男が手にしていた針金の輪の中心に、強く光る光球が現れた。
「さて」
それを嬉しそうに眺めながら、男は言った。
「いささか低級だが、久しぶりの魔霊だ。どうするね?ここで我等の糧とするか?」
「いいえ」
女は首を振った。
「せっかくの御馳走ですもの。この間生まれた、あなたそっくりな髪をした、あの坊やの糧にしてあげたいわ」
「さすがに良き母親だね」
それに男は言った。
「あら、あたりまえでしょう」
女は言った。
「子供は可愛いわ。私はこれからもどんどんふやすつもりよ。せっかくの人間を不用意に潰してしまう妖魔どもを一匹残らず取り込むまでね」
「おやおや」
男は楽しげに笑った。
「我が女王殿は頼もしいことだ。……で、それからだな」
男はくるりとあたりを見回し、ため息をつくと言った。
「さあ、いいかげんに出ておいで。たいがいの察しはついているが」
と……
すると、王座の前でまだ気を失ったままの王のそばに、すうっと人影が現れた。
「せっかくあそこまで妖魔を育てたのに」
と、その人影――金髪に銀の粉をふりかけた様な見事な髪の少女は言った。
「おやおや、エフィロフィンディア、お前か」
男は自分の妻に髪も顔つきもそっくりな、その少女に言った。
「ひどいわ、あの妖魔でもう少し楽しむつもりだったのに、お父さまお母さまったら」
少女はすねた様に二人を見つめた。
それに男は苦笑しながら、額に手をあてた。
「この頃姿を見かけないと思ったら、こんなところにいたのか」
「そうよ。私、取るに足りない小魔をあれぐらいに育てる事が出来る様になったんだから」
「あれぐらいではまだまだだな」
男は言った。
「次はもう少しマシな妖魔を虜にしてみなさい。しかし無理をして、操りきれない妖魔に近づくんじゃないぞ」
「わかってるわよ。じゃあね」
と、少女はそう言うと、ボン、と小さな煙をあげるとともに、どこかへと姿を消してしまった。
「大丈夫だろうか?」
少しばかり心配そうな顔をして、男は言った。
「大丈夫よ」
それに女はにっこりとした。
「私たちの自慢の娘なんですから」
それから男は、王座の前の、今や妖魔から開放された王を肩の上に軽々と担ぎ上げ、またも芝居がかった仕種で女に手をさしのべて彼女の手を取ると、二入で広間を出ていった。
それから数世紀。
「ふん」
いまだ変わらない姿で、あの男は言った。
「なかなか結構な霊気と瘴気じゃないか」
彼等の服装は昔と同じものであったが、彼等が乗ってきたものは馬車ではなく、ぴかぴかに磨き上げられた最上仕様の黒いベンツであった。
「質のいい悪霊魔霊どもだといいわね」
女は言った。
そして二人は共に、大金を積まれて依頼された悪霊祓いを行いに、目の前にそびえる富豪の屋敷へと入って行った。
しかしそれはもちろん、金のためでも、ましてや人間を助けてやるためでもないのだった。




