エピローグ「浄化神の伝説」
数年後のことである。
世界各地のダンジョンは、今や「地下宮殿」と呼ばれるほどに、清潔で美しい観光名所へと変貌を遂げていた。
探索者たちの間では、重厚な鎧よりも、吸水性に優れた作業着が流行している。
彼らは魔物を倒す際、血を流さないように、そして周囲を汚さないように戦うことを美徳とするようになった。
それは、かつて「SATO」と呼ばれた、伝説の掃除屋が遺した教えだった。
彼はいつの間にか姿を消し、その正体は今でも謎に包まれている。
ある者は彼は神の化身だったと言い、ある者は古代文明の守護者だったと語る。
しかし、真実はもっとシンプルだった。
都内の閑静な住宅街。
朝の早い時間、一本の箒を持って、丁寧に路地を掃いている青年がいた。
彼は、道行く人々に爽やかな挨拶を交わし、誰よりも熱心にゴミを拾っている。
その姿に、かつての「世界ランキング1位」の面影を見出す者はいない。
サトウは、自分の家の玄関を磨き終えると、満足そうに姿勢を正した。
彼の手元には、あの自律型記録珠が、今ではただの高性能な防犯カメラとして、静かに門柱に設置されている。
「よし、今日も世界は綺麗だ」
彼は空を見上げ、深く頷いた。
富も、名声も、彼はすべてを匿名で寄付し、元の質素な生活に戻っていた。
彼にとっての幸せは、朝起きたときに部屋が整っていることであり、磨いた窓ガラスが太陽の光を美しく反射することだった。
ふと、路地の向こうから、一人の女性が歩いてくるのが見えた。
彼女は、サトウの前で立ち止まり、少しだけ緊張した様子で頭を下げた。
「あの……。ここの清掃、お手伝いしてもいいですか?」
サトウは驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。掃除は、みんなでやった方が、もっと綺麗になりますから」
彼は予備の箒を彼女に手渡した。
二人の影が、朝日に照らされた清潔な道路に、真っすぐに伸びていく。
穏やかな結末だ。
世界は今日も、彼らの手によって、少しずつ磨き上げられていく。
汚れのない、眩い明日へと向かって。




