番外編「観測者の独白」
氷室ひなこは、静まり返った監視室で、真っ暗になったメインモニターを見つめていた。
彼女の目からは、知らぬ間に涙が溢れていた。
それは、感動という言葉だけでは片付けられない、もっと根源的な救済に触れた者の反応だった。
『私たちは、ずっと間違っていたのかもしれない』
彼女は、デスクに置かれた膨大な分析資料を眺めた。
そこには、サトウがどのようにして魔物を倒したのか、どのような物理法則が働いたのか、そんな無機質なデータが羅列されている。
しかし、今の彼女には、そんなものはただの紙屑にしか見えなかった。
サトウが証明したのは、強さの定義ではなく、世界に対する向き合い方だった。
彼にとって、この世界は戦う場所ではなく、慈しみ、手入れをする場所だったのだ。
魔物は敵ではなく、整理すべき不純物だ。
ダンジョンは攻略対象ではなく、放置された汚部屋だ。
その単純で、しかし真摯な哲学が、世界を救ってしまった。
ひなこのスマートフォンには、上層部からの緊急連絡が鳴り止まない。
サトウの身元を確保しろ。
彼を国賓として迎え入れろ。
彼の清掃技術を軍事利用出来るか検討しろ。
醜い大人たちの欲望が、再び渦を巻き始めている。
「……無駄よ。あなたたちには、彼は捕まえられない」
ひなこは独り言をいうと、自らの辞職願を書き始めた。
彼女は決めていた。
これからは、分析官としてではなく、一人の「掃除好き」として、彼の足跡を追いかけることにしようと。
彼が磨き上げたこの綺麗な世界を、二度と汚させないために。
彼女は席を立ち、窓の外に広がる澄み渡った夜空を見上げた。
星々の輝きが、かつてないほど真っすぐに届いているような気がした。




