自分である証明
『何か』は、潰れた瞳を凝らす。
遠くに、ボロボロの黒い服を着た少女。
あの時と同じ満面の笑み。
そしてその手には、赤く染まったナイフが握られている。
彼女はゆっくりと近づいてくる。
足音は、森の土に吸い込まれるように静かだ。
「隠れて。そこの茂みに隠れて」
『何か』は、静かに答える。
声は低く、穏やかで、しかし揺るぎない。
「えっ……?なんで……どうして……?」
少女は一瞬の、躊躇いを見せる。
けれども『何か』の瞳に宿る決意を見て、小さく頷き、茂みへと身を潜める。
『何か』は、ゆっくりと立ち上がる。
その赤黒い肌が、陽の光に照らされても、決して人間の色にはならない。
自分は人間ではない。
けれど、怪物でもない。
ただ、自分である証明をするだけの『何か』。
風が頰を撫でる。
木々が揺れる音が聞こえる。
太陽の光が、葉を透かして落ちる。
すべてが、いつも通り美しい。
『何か』は、黒い服の少女に向かって歩き出す。
潰れた瞳に、静かな光を宿して。
彼女の笑みが、近づくにつれ、
より深く、歪んでいく。
『何か』は、口を開く。
最後の言葉のように、穏やかに。
「君の心は、わからない。でも、僕自身の心は、わかる」
森の奥で、二つの『何か』が、向き合う。




