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罪と罰とか、カフカの変身とか、昔の純文学?的なのは難しくて読めないです。

 放課後のチャイムが鳴り、教室から喧騒が抜けだしていく時間。私はその瞬間まで暗い倉庫で耐え忍んだ。旧倉庫から部室まではそう遠くはない。

 校舎の裏口からすぐそばに、文芸部の部室がある。音をたてないようにドアを開け、廊下の様子を見る。幸いなことに生徒の姿はなく、部室までは容易にたどり着けた。

 部室に入ると蓄音機からドビュッシーの「月の光」が流れていた。

「あら、ずいぶんと具合が悪そうじゃない、晴香。何かあったのかしら?」

朔夜が私の目を覗き込み、私の額に額を押し付ける。サンダルウッドの香りが鼻腔に満ち、心が満たされる。オニキスの双眸を見つめていると飲み込まれそうで、しかしそうなっても私は満足するだろう。

「よろしければソファーでお休みになって」

 目が覚めたら目の前に朔夜の顔があった。しかし、いつもとは違い、ローアングルだ。硬い枕の位置をずらそうと手を潜り込ませたとき、ヒャっと小さな悲鳴が聞こえた。

「あら、お目覚めになられたのね。足がしびれてきたからクッションでもお使いになられて」

そういわれて初めて自分が膝枕されている状態に気づいた。

「あ、すみません…朔夜先輩の太もも硬いですね」

「ぶん殴りますわよ?」

笑いながら体を起こす。朔夜は恥ずかしそうにスカートを整える。その姿に見とれているとバランスが崩れ朔夜の肩に思いっきり頬をぶつけてしまった。なんだか立つのも面倒になり左腕を朔夜の首に回す。そのまま首に全体重をかけ後ろに引き朔夜が私に覆いかぶさる体制になる。

「いったいどういうおつもりですの…?」

朔夜は頬を紅潮させ、目を逸らす。そんな表情がかわいくて、祷夜の気持ちが少しわかった気もする。けれど、この表情は私と、本だけに見せる表情。その背徳感が朔夜への思いをより一層強くする。この時間が永遠に続けばいいのに。黄昏時は淡く散った。

 ガラガラと扉が開く。そして人がなだれ込み、朔夜は私から引きはがされ私はソファーから引きずり降ろされる。目を丸くした朔夜の行動は早かった。

 朔夜は一声、「おやめになって」とだけ強く言い放ち、デスク方面へ回り込む。お気に入りの椅子に座り、冷めた紅茶を一口。彼女がお嬢様としてあるべきための象徴。群衆はその姿に心を奪われる。もちろん、私も。

「この騒動が何か、わたくしは知りませんが、わたくしの部室で勝手をなさらないで頂戴」

そうして椅子から立ち上がり、本棚の本を眺め一冊の手を取る。ドストエフスキーの「罪と罰」。彼女はこの騒動について何も知らないが、今の私にとって最適な答えであることは明白だ。群衆のうちの一人が無意識に作品名を読み上げる。確かに、今の朔夜の行動は何か意味があるように感じられるだろう。彼女はただ本を読み始めただけなだが。

 しかし、その声を聴いた一人が現実に戻り、私に怒号を投げつける。そこからは早かった。先ほどの騒動がまた始まる。朔夜は眉をあげ、紅茶を口から離した。横目で私を眺める。この騒動の原因が私であることに気づいたようだ。朔夜はティーカップのふちを指でなぞり、思案を巡らせる。やがて全て諦めたようにため息を一つ吐き、立ち上がった。

「桐ケ谷晴香、退部とは言いません。どうか、休部なさってください」

 困惑した。今の私を救ってくれるわけじゃないのか。私はただ一人、貴女と一緒に過ごしたかっただけなのに。彼女は私を冷たく突き放し、また椅子に戻る。

「あなたがたも、今すぐこの教室から出て行ってちょうだい。それと、その子は私の大事な後輩よ。今日は静かに帰らせてあげなさい」

 教室にはサフラン色の光が満ち、ばつの悪そうな美緒の顔が照らされていた。

月の光、いいですよね。輪郭の音楽だと思います。

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