失うことで叶う望み
お読み頂き有難う御座います。次でラストですね。
体に穴が空いて、サラサラと何かが零れ落ちていく感覚がします。もう直ぐ私は消えてしまうのでしょうか。
私には、姉ふたりがいました。
正確には、私達の関係は従姉妹です。両親を亡くした私が、姉達の家に引き取られた形になります。
たおやかと勇敢。ふたりとも性格は違いました。 ですが、人のことばかり気にして、誰にでも優しく、美しい姉妹でした。
親を亡くして塞ぎ込み泣き叫ぶ子供の私を宥め、寄り添い、愛してくれたのです。
勿論、いけないことをした時は真摯に叱ってくれました。そして、説いてくれたのです。
愛するひとが見つかった時に、顔向け出来ないことをしてはいけないよ、と。
姉達は色んなところへ導き、連れて行ってくれました。
美しい花の咲く庭園、神の気配を感じる神殿、頬の落ちるような美味しいお店……。
手を繋いで笑い合った、あの甘く柔らかく暖かな思い出は数え切れません。
あの頃の私は、何よりも眩い楽園にいたのです。
何よりも大事で、地上の何よりも愛しい姉妹と過ごす日々。どんなに豪奢な生活よりも価値あるものでした。
ですが、子供は大人となります。私の家は下級貴族ですから、働かずとも生活出来る程に裕福ではありません。貴族の子女といえど、外で働かなくてはなりませんでした。
たおやかな姉は王国で侍女に、勇敢な姉は群島国家で兵士となりました。どちらも、家からとても遠いところです。涙を堪えて服の裾を握る私の手を優しく開き、ふたりは旅立ってゆきました。
沢山手紙を貰っても、中々休みが貰えないらしく、会えない悲しみを紛らわす為、彼女達の無事を何時も何時も祈っていました。
両親が呆れる程に、国境の際に立つ修道院に毎日通っていました。毎日3時間掛けて往復していましたからね。体力は付きましたよ。
そんな生活を数年送り、私が成人を迎える手前。
あの日は……。風の冷たさ、落ち葉を踏んだ音すら覚えています。
時間外れの手紙に怪訝に思い、開くと……。
ゴッソリと心を抜かれ、永遠の暗闇へ突き落とされました。ええ、今でも歩いています。
侍女として奉公している姉が死んだ、等と誰の悪戯なのだろう。
両親も信じませんでした。
王国の侍女長とやらの手紙を読み進めても、意味が分からないのです。
高貴なる貴公子に無理に言い寄られ、お断りしたら婚約者から無礼討ちを受けた。
しかも、亡骸すら戻らない、だなんて。
文字が頭に染みる間もなく、次の絶望が届きました。
慌てふためく暇すら無かったのです。
兵士として群島国家に勤めていた姉が、内乱に巻き込まれた。
それなら、分かります。しかし……。
上官である男に乱暴されそうになって、抗ったら無理に牢屋に放り込まれ、傷の手当てもされず死に至った……。亡骸も、何処に行ったか不明で……。
そんな手紙が届いたのです。
分かりますか? 次々に注ぎ込まれる悪意が、心を壊したのです。
それから、愛しい姉妹を殺した奴らへの憎しみと悲しみが……常に心を炙るのです。
夜も眠れず、気が付くと涙が溢れています。意味もなく笑ったり、泣いたりするのです。
時が癒す間すらなかった。
記憶が飛ぶのです。
両親は、自分達も辛い中私を案じて誰かに相談をしたようでした。
説明を受けたようですが、私は最近見えづらく聴こえにくいのです。
最近、私以外に私の中に他の誰かがいるような気がします。
老婆のような、少女のような。
神殿で恐れられる精霊でしょうか。
精霊は心弱った乙女を喰らい、成り代わるのだそうです。
そして、乙女の願いを叶えてくれるのだとか。
嬉しい。なんて素晴らしいことを教えてくださったのでしょう。
私の望みを叶えてくれるのなら、精霊だろうが悪霊だろうが、喜んで身を委ねます。例え命を持っていかれようといいのです。現に、自分の名前も顔も、もう思い出せません。
ええ、何を失ってもいいのです。
姉達を屠ったケダモノ達は、すぐに分かりました。ですが、私のような無位で無知な小娘には、何の力もありません。ですから、精霊にお縋りした甲斐がありました。
悪意が有ろうが無かろうが、誰かに利用される立場だろうが、それでいいのです。
愛しい姉妹。そう呼んでくださった貴女がた。
貴女がたの愛は、私の心にずっと突き刺さったまま。でも、時間と共に古びてゆく。
忘れまいと必死に縋り付いているのに、もう見えないのです。
ですから、貴女がたを奪った原因へ復讐を望みます。宜しくお願い致します。どうか、この身を何にでもお使いください。
それが、私の望みで御座います。
名も忘れた者の願いです。




