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聖女の愛は透けて突き刺さる  作者: 宇和マチカ


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7/8

失うことで叶う望み

お読み頂き有難う御座います。次でラストですね。

 体に穴が空いて、サラサラと何かが零れ落ちていく感覚がします。もう直ぐ私は消えてしまうのでしょうか。


 私には、姉ふたりがいました。

 正確には、私達の関係は従姉妹です。両親を亡くした私が、姉達の家に引き取られた形になります。

 たおやかと勇敢。ふたりとも性格は違いました。   ですが、人のことばかり気にして、誰にでも優しく、美しい姉妹でした。


 親を亡くして塞ぎ込み泣き叫ぶ子供の私を宥め、寄り添い、愛してくれたのです。

 勿論、いけないことをした時は真摯に叱ってくれました。そして、説いてくれたのです。

 愛するひとが見つかった時に、顔向け出来ないことをしてはいけないよ、と。


 姉達は色んなところへ導き、連れて行ってくれました。

 美しい花の咲く庭園、神の気配を感じる神殿、頬の落ちるような美味しいお店……。

 手を繋いで笑い合った、あの甘く柔らかく暖かな思い出は数え切れません。

 あの頃の私は、何よりも眩い楽園にいたのです。

 何よりも大事で、地上の何よりも愛しい姉妹と過ごす日々。どんなに豪奢な生活よりも価値あるものでした。


 ですが、子供は大人となります。私の家は下級貴族ですから、働かずとも生活出来る程に裕福ではありません。貴族の子女といえど、外で働かなくてはなりませんでした。

 たおやかな姉は王国で侍女に、勇敢な姉は群島国家で兵士となりました。どちらも、家からとても遠いところです。涙を堪えて服の裾を握る私の手を優しく開き、ふたりは旅立ってゆきました。


 沢山手紙を貰っても、中々休みが貰えないらしく、会えない悲しみを紛らわす為、彼女達の無事を何時も何時も祈っていました。

 両親が呆れる程に、国境の際に立つ修道院に毎日通っていました。毎日3時間掛けて往復していましたからね。体力は付きましたよ。


 そんな生活を数年送り、私が成人を迎える手前。

 あの日は……。風の冷たさ、落ち葉を踏んだ音すら覚えています。

 時間外れの手紙に怪訝に思い、開くと……。

 ゴッソリと心を抜かれ、永遠の暗闇へ突き落とされました。ええ、今でも歩いています。


 侍女として奉公している姉が死んだ、等と誰の悪戯なのだろう。

 両親も信じませんでした。

 王国の侍女長とやらの手紙を読み進めても、意味が分からないのです。

 高貴なる貴公子に無理に言い寄られ、お断りしたら婚約者から無礼討ちを受けた。

 しかも、亡骸すら戻らない、だなんて。


 文字が頭に染みる間もなく、次の絶望が届きました。

 慌てふためく暇すら無かったのです。


 兵士として群島国家に勤めていた姉が、内乱に巻き込まれた。

 それなら、分かります。しかし……。

 上官である男に乱暴されそうになって、抗ったら無理に牢屋に放り込まれ、傷の手当てもされず死に至った……。亡骸も、何処に行ったか不明で……。


 そんな手紙が届いたのです。

 分かりますか? 次々に注ぎ込まれる悪意が、心を壊したのです。


 それから、愛しい姉妹を殺した奴らへの憎しみと悲しみが……常に心を炙るのです。

 夜も眠れず、気が付くと涙が溢れています。意味もなく笑ったり、泣いたりするのです。

 時が癒す間すらなかった。

 記憶が飛ぶのです。


 両親は、自分達も辛い中私を案じて誰かに相談をしたようでした。

 説明を受けたようですが、私は最近見えづらく聴こえにくいのです。


 最近、私以外に私の中に他の誰かがいるような気がします。

 老婆のような、少女のような。


 神殿で恐れられる精霊でしょうか。

 精霊は心弱った乙女を喰らい、成り代わるのだそうです。

 そして、乙女の願いを叶えてくれるのだとか。


 嬉しい。なんて素晴らしいことを教えてくださったのでしょう。

 私の望みを叶えてくれるのなら、精霊だろうが悪霊だろうが、喜んで身を委ねます。例え命を持っていかれようといいのです。現に、自分の名前も顔も、もう思い出せません。

 ええ、何を失ってもいいのです。


 姉達を屠ったケダモノ達は、すぐに分かりました。ですが、私のような無位で無知な小娘には、何の力もありません。ですから、精霊にお縋りした甲斐がありました。

 悪意が有ろうが無かろうが、誰かに利用される立場だろうが、それでいいのです。


 愛しい姉妹。そう呼んでくださった貴女がた。

 貴女がたの愛は、私の心にずっと突き刺さったまま。でも、時間と共に古びてゆく。

 忘れまいと必死に縋り付いているのに、もう見えないのです。


 ですから、貴女がたを奪った原因へ復讐を望みます。宜しくお願い致します。どうか、この身を何にでもお使いください。

 それが、私の望みで御座います。



名も忘れた者の願いです。

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