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聖女の愛は透けて突き刺さる  作者: 宇和マチカ


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6/8

救いの火は凍えている

お読み頂き有難う御座います。

 厚く積もった雪が、木から落ちる。

 昨日から降り続いた雪で、窓の外は真っ白だった。

 だが、王女にと用意された部屋の中は暖炉に沢山の薪が入って炎を煌々と燃やしており、過剰な程に温かい。


「……何故こんなことに」


 豪奢な椅子に腰掛けた女……侯爵令嬢ペトラルカの顔は青い。体調も悪かった。

 その周りをグルグルと歩き回り、部屋の細部や家具を大柄な男……子爵令息ヴォルグも顔色が悪い。


「お前のせいよ。リンを騙したんでしょう!」

「違う、お前が悪いんだ。リンが望んでいるような嘘を吐いて俺を貶めた! 役立たず!」


 大声で罵る訳にはいかず、コソコソとしなければならないのが情けなかった。


「何故あんな新聞が出るのよ……! お前が手を回したんでしょう!?」

「大声を出すな! そんな訳が無いだろう! ボーッとしてないでお前も探せ!」


 大雪なのに、門の外は騒がしかった。

 何もかもを赤裸々に書き殴った新聞のせいだ。民衆が押し寄せて、今にも警備兵を倒しそうな勢いだった。

 城の中に残っている侍女や騎士もどれだけいることやら分からない。

 大した人数でも無いから、盾にもならないだろうとヴォルグは焦った。


「何故……何故!? どうして、見てきたかのように……」

「黙れ! ああ、隠し通路は何処なんだ……! おい、何時までそこでのうのうと……!」

「リン……リン……。貴女の望みを叶えたのに……」


 ペトラルカに掴みかかろうとしたその時。後ろでコトリ、と音がした。

 其処には造り付けの大きな本棚が有った筈なのに無くなっていて、何度探しても見つからなかった通路がポッカリと空いている。


「仲良しで、楽しそうね」

「……貴女は」

「リン!?」


 薄暗く、黴臭い臭いと冷たい風が屋内に入り込んでくる。その中で手持ち燭台を片手に微笑んでいたのは、細く小柄な女だった。


「生きて……生きていたのか」

「ああ、リン。信じていたわ」


 ヴォルグとペトラルカは思わず駆け寄ろうとするが、フッと蝋燭の火が消える。

 そして、暖炉の火も何時の間にか消えていた。


「え?」

「ねえ、裏切り者」

「「え」」

「聞こえなかった? もう、うっかりさんね。

 裏切り者は、近寄らないで?」

「ど、どうした。リン」


 途端に襲ってきた寒さに、雪よりも冷え切ったリンの声に。体の芯から寒さに貫かれ、屋内のふたりは震えた。

 目が慣れなくて、リンの姿は見えない。


「冷える日ね。寒いかしら。

あっ、そうだわ。体の欲に従ってふたりで寄り添っていたら良いじゃない」

「アレは……だって、リン。貴女、この汚らわしい男に体を許したくない。子供を代わりに産んで欲しいって言ったじゃない!」


ペトラルカは必死に言い募ったが、リンは不思議そうに言い返す。


「えー? そんな不道徳なこと、言ったかなあ? 私、修道女だったのよ?」

「え……」

「あ、私の言葉を、いつものように都合よく解釈したの? 

 駄目よ、愛する者を裏切って欲に乱れる……。ほら、不貞? かしら。罪でしょう?」

「ふてい……。だっ、だって……愛する姉妹って……」

「不貞を愛する者は、不道徳だよ?」


 リンの楽しそうな返答で、ペトラルカの顔から更に血の気が失せる。反対にヴォルグは血色を取り戻していた。


「ほら見ろ嘘つき女め! リン、俺は騙されていたんだ!」

「所作と体はペトラルカの方がそそる、とお仲間に言っていたものね」

「……いや、それは……。単なる雑談だ。本音は、リンだけだ」

「ふふっ、いつものように言えばいいじゃない。清らかで寸足らずなリンに肉欲を抱けないって」

「リンは清らかだからそう言っただけだ! 大切にしたくて言っただけだろ! 本当なんだ」

「だっ、騙されないでリン! その男は、女の体を玩具にするような肉欲に溺れる下衆なのよ! わたくしを酷く扱って……!」

「う、煩え! 黙れ!!」


 ヴォルグがペトラルカに掴みかかり、そのまま殴りかかる勢いだったが、リンは穏やかに制止する。


「落ち着いて。お城にお喋りにいらした皆さんに見つかるわよ」

「ひっ!」

「り、リン。助けに来てくれたんだよな? 俺を愛しているから」

「お黙りなさい! わたくしよね? わたくしを愛しているからよね!?」


 暫くリンは沈黙していたが、軽い笑い声が薄闇の中から聞こえた。すぐ其処に居るのに、声が届くのに、暗がりのせいかとても遠くに居るかのようだった。


「愛ね。見えないものをどうやって、証明するの?」

「「え?」」


いがみ合うふたりの声は奇しくも重なった。


「私の愛は裏切られたから、刺さらなかった。ねえ、あなた達にあんなに尽くしたのに」

「それは……だから、その」

「あの、ね……」


問いかけのような、問い詰めるようなリンの言葉に咄嗟にいい答えが浮かばず、しどろもどろになる。


「あなた達は都合よく使える私が必要だっただけ。透けて見えたわ。

 でも、結局あなた達の愛も私には刺さらなかった」

「いや、リンの愛は俺に刺さっている!!」

「わたくしによ!」


 怒号と足音が遠くに聞こえる。

 言い争う大声の主がいる部屋を当てるのも、そう遠くないだろう。


「有り得ないわ」

「え?」

「群島の国の王は、たった一人の妻のみを愛した。

 内乱の末葬られた悲劇の王は、居ない。

 庶子の娘なんて、何処にも居なかった。

 あなた達を持て囃し愛する『王女リン』なんて、都合のいい存在はとっくに、何処にもいないもの」


 ぐるぐる、と壁が回る。

 リンの言葉が飲み込みきれないふたりを置いて、ゆっくりと扉は閉じる。


「沢山の花を、兵士を、国を。

踏み躙った上に何も反省しないあなた達。お似合いだわ」

「リン!」


木と石が軋む音が響く。それと同時に、大勢の怒号と荒い足音がすぐ其処に近寄ってきた。


「あら? 時間切れね、さようなら。厄介者達さん」


 言葉が頭に染み渡り、ヴォルグは慌てて壁に手を掛けようとしたが、あっという間に隙間なく張り付く本棚に変わっていた。

 何度蹴ろうが叩こうが、びくともしない。


「いやああああ! 嘘よ! リン! 違うの、誤解なのよわたくしを許して! 愛して……!」

「リン! 愛してるから、単なる発散だ! 謝るから! 早く開けてくれ!!」

「居たぞ! 王女リン様を騙して殺した奴等だ!」


 蹴破られた扉から、小さな刃物や農具を持った民衆が雪崩込む。


「違う! リンは生きて……」

「捕まえて、リン様の敵を取れえええ!」


 ふたりは縋り付いた壁から引き剥がされ、捕らえられる。

 城が静けさを取り戻したのは、雪が降り止んだ3日後だった。




騒いでいるとはいえ、広いお城の中の部屋をピンポイントで探し当てられる先導者がいたようですね。

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