そして幕の奥へ
お寒い中お読み頂き有難う御座います。
石造りの、立派な部屋だった。天井は高く、広々として……よく音が響く。
甲高い声で罵る声が聞こえていた。かなり耳障りだったようだ。
あの声で他人を疲れさせ、暴言で諦めを促し操るのだ。
「ああ、卑しい! 気持ち悪い男! お前なんかにリンは渡さないわ!!」
野太い大声も響き渡る。
他人を貶め、気力を削ぐ声だ。甲高い声と何ら変わらない、悪意に満ちた声だった。
「喧しい! 何も出来ないだらしない娼婦が! お前のような堕落した女が高位貴族だと!?」
互いを貶める、口汚い罵り合い。
だが、カーテンの布に映る影は明らかに男女が情を交わしている。
衝撃を受け、顔を青褪めさせ、慌てふためく筈だった。だが、酷く落ち着いて布が翻るのを見ている。
凪いでいる。何も感じない。
枯れ草が転がっているのと同じように見えるな、と思った。
激情も、悲しみも。激しく動く心は静まり返っていた。
此処は、このケダモノ共の巣ではない。誰が後始末をするのだろう。
そんな事をボンヤリと考えていた。
「……リンに頼まれなければ、誰がお前なんかと!」
「何ですって!? リンに……」
誰かの名前が叫ばれている。カーテンが蠢いてる。凝った装飾の寝台の柱が、モゾモゾと動く塊に突き刺さっているように見えた。
ふたりのことは、好きだった。ふたりとも自分を愛してくれていると思っていた。手厚く手厚く、励まして甘やかした。
だけれど、ふたりともそっくりな自分勝手な人格だった。
影は激しく動いている。醜悪な光景なのに、何故か笑いが込み上げてくる。
神が作られた愛は見えない筈なのに。
「……愛を見つけて突き刺さると、見えるのだわ」
「!!」
「ちが、違うの……! コレは、貴女の為に……」
見えなくした神は、私にどんな試練を課すのかしら。
私は……。
「クロシェット」
「……はい」
煤けて今にも剥がれ落ちそうな灰色の天井が見える。
今までの夢は何なのだろう。
疲れているのだろうか。長椅子に寝かされていたらしい。
「すみません、体調が……。ご迷惑お掛け致しました」
「魘されて起きるまで、死んだように寝ていたよ」
上司がホッとしたように、椅子から立ち上がった。クロシェットは起き上がろうとするも、酷い頭痛がして
「あの侯爵令嬢に感化されて、変な夢を見てしまったようです」
「変な夢?」
「ええ、おかしな話で……王女になっていて、目の前で行われた不貞を見ているようなのです」
「どんな顔で?」
思いがけない質問に、クロシェットは顔を触った。
何故か頬が、口角が上がっている。
あんなに不道徳で、汚らわしい光景だったのに。
「楽しかったのかい?」
「ええ、ええ……」
戸惑いながらも、笑みは止まらない。
見たこともないのに、夢の光景が瞼に浮かび上がる。
そして、背中が痛む。
「随分と馴染んでくれて嬉しいよ。話をキチンと聞いてくれたんだな」
「え? 話……?」
「さあ、もう少し眠るといい……」
「ですが、私……何かを思い出さなきゃ……」
「良いんだ」
任せておきなさい、と柔らかな声が響いた。その声に耳を傾けると、ぶつかりながらも走り回る頭の痛みと背中の痛みが緩んでいくような気がした。
新聞の中身は当たらずとも遠からず。




