厄介払いの集積場
お読み頂き有難う御座います。
ムカつき度の高い侯爵令嬢より第三者目線に語り手が変わります。
もう直ぐ冬の気配が訪れそうな、暗い曇りの日だった。
朝からうんざりするような聴取を終え、制服姿の女が王宮の門から足を引きずりながら出てきた。
帽子に押し込んでいた赤みのある髪を引っ張り出し固く結ばれた紐を解くと、やっとひと心地付けそうな気がする。ほう、と息を吐いた時、上司から呼び出しが掛かった。
捜査官クロシェット・ムーラはそのまま道に倒れ込み、そのまま溶けそうな程疲れていた。だが、上司に呼び出されては赴かない訳にはいかない。
未だ荷解きの出来ていない宿舎のベッドに潜り込むのを諦め、クロシェットは職場へと急いだ。古く、ドアも軋むが未だ就職して間もない職場の雰囲気は悪くない。
「ムーラ、只今戻りました。
容疑者一人目……ご令嬢のお話を聞いて参りました」
「どうだ、聞きしに勝る悪女だっただろう?」
クロシェットを待っていたのは、年齢不詳の恰幅のいい男だった。人の良さそうな笑顔だが少々口が悪い。
「本当に、嫌な気性の高位貴族令嬢ですね」
侯爵令嬢ペトラルカの話は、酷く自己愛に満ちていた。
何故、態々三国に跨る辺境の修道院へと入れられたのか。考えたことも無いらしい。
過去の己の罪を全く悔いてもいないし、気にしてもいなかった。
「男では何も話さないからな。赴任して直ぐご苦労だった」
「確かに、周りは全て御婦人でしたね」
それも、黒髪の女性ばかり。華美な館には向かない素朴な素顔に見える化粧をさせていた。
お仕着せは修道女のような色味なのに絹で出来ている不合理な代物だった。
「それで、『不当で悲劇の婚約破棄』は何だったか?」
「婚約者が戯れに摘んだ野花を、生きたまま踏み躙ったそうだ」
「……成程」
階段から突き落とし首を折るというれっきとした殺人事件は、事故として綺麗に覆い隠されていた。
「それだけですか? 他にも当たり散らしていそうですけど」
「勿論、他にも沢山、沢山だ。何枚もの絨毯と壁を染めている」
しかも適当な処理のせいで、簡単に裏が取れる。本当に高位貴族なのだろうか、とクロシェットは呆れていた。
三国に囲まれた捜査機関は、国境沿いの犯罪に対処する為、三国から予算が組まれている。
百年程昔は、潤沢に予算が組まれていたそうだが、一国が予算を渋り始め、この古い建物を改築する費用にも困窮する有様だ。
それなのに、自分の国の犯罪者を国境沿いへどんどんと送ってくる。
「それで、本人はケロッとしていただろう?」
「わざとらしく涙を流してはいましたけれどね。異様に『王女リン』へ執着しているようでした。周りは全て御婦人で、全員黒髪で……」
「高価な割に染まりやすい染料でもないのに、手間だな」
遠い地域ではよくいるらしいが、この地域では、何故か黒髪の子供は生まれにくい。茶色の髪の娘を連れてきて染めさせているのだろう。
「ペトラルカ嬢の話に矛盾は有ったか?」
「ネジレだらけですよ。ですが、結局は甘やかしてくれる王女に依存しているだけでしょう。そして、王女を取られると思い込んで、子爵令息を恨んでいる」
「そうだろうが、だから子爵令息を嵌めたと? でもなあ。見てみろ」
上司はクロシェットに、机に積まれていた新聞を渡した。彼女は不思議そうに見出しに視線を滑らせ……目を大きく見開いた。
「王女の許嫁英雄と王女の親友侯爵令嬢が逢瀬か、結婚間近……? え……はあ?」
憎み合っているのでは無かったのか。理由が分からなくて、クロシェットは益々重くなってきた頭を抱えた。
「さて、明日は俺が行ってくるかなぁ……。子爵令息様は女が嫌いらしいからな。明日は休みだろう。よく眠れ」
上司は嫌そうに伸びをして、クロシェットに退室を許可する。
フラフラと職場を出たクロシェットのそばかすに、雪が降りかかる。
耳も鼻も冷えるのに、頭が熱い。
何故か動悸が止まらなくて、眠れそうにない。
侯爵令嬢ペトラルカと捜査官クロシェットは同い年です。
次回は子爵令息目線でお送りします。




