戦闘ってのはどうなってんだ?
古戦場跡には、司書のクリエに案内してもらった。図書館の仕事をサボってまで、俺の遊びを手伝ってくれるのには理由があるらしい。
「司書長に化けていたガーゴイルの証言で、私がなんらかの力を持っていると思われていて、次期司書長選出の候補に上がってしまっているらしい。私はそんな偉くなりたくないと言ったら、できるだけ仕事をサボれって」
「ああ、なるほど。出世しても仕事が増えて給料は上がらないのか?」
「そう。しかも、私は競馬場で稼いでいるからさ」
掛札を拾って、換金しているような奴は、出世しても仕方がないと思っているらしい。
「それよりレベルアップについて教えてよ」
「それは俺も知りたい。昨日、借りた本はとりあえず全部読んだ」
「全部!?」
「おかしいか?」
「昨日の今日で3冊全部読んだの!?」
「ああ、暇つぶしにはもってこいだ」
この世界に来て久しぶりの活字で、夢中になって読んでしまった。しかも、当たり前のように、中身が薄い。本が古いせいか、本ができた経緯やお礼なんかで半分ほど書かれていて、内容の背景が3割。作者が読んでほしいところが1割ぐらいで、情報量としては1割に満たない程度だと考えると、それほど読書時間はかからない。
さらに、今朝方、ほんの魔物を倒してレベルが上ったらしく、教会に行って新しく『的中スキル』という投擲スキルの上位互換のようなスキルを取得した。これで命中率が上がるらしい。
「よし。ここが古戦場か」
「うん。今はただの野原が広がっているだけだ。恨みが溜まっている?」
「いや、恨みが溜まるのは、敗走兵たちが逃げた森の中さ。たぶん、西側か」
「本当に本を読んできたのね?」
「そうだよ。意味があるところだけね」
古戦場から西の森に入り、機器察知スキルを使えば、やはり植物系の魔物図鑑で見た通り、マンドラゴラが大量に埋まっていた。
「耳栓付けるから、なんか伝えたいことがあったら、今のうちに言ってくれ」
「私の分もある?」
「あるよ」
俺はクリエに耳栓を渡した。さらに毛糸の帽子を目深に被れば、ほとんど音はしないだろう。
「あとは、マンドラゴラをナイフで突き刺していくだけ。魔石を回収するから、クリエは周囲に幻惑魔法でもかけてくれると助かる」
「わかった」
幻惑魔法の霧が出てきたのを見計らい、俺は、マンドラゴラを倒して解体する作業に入った。腐葉土で植物がよく育ちそうだ。トレントなど大型の魔物やカラスの魔物も共存していることがあるそうなので、手早く解体して、魔石を袋に放り込む。死体は、まとめて麻袋に詰め込んだ。
夢中でマンドラゴラを倒していると、クリエに襟首を引っ張られた。
黒狼の魔物が近づいてきているらしい。魔物図鑑だと結構強い部類のはずだ。ただ、マンドラゴラを引き抜いた穴凹だらけなので、こちらに近づこうにも足を取られているらしい。
その間に、黒狼の鼻に向けて引っこ抜いたマンドラゴラを放り投げる。
キィイエアアアアッ!!!
マンドラゴラの叫び声で、俺もクリエも耳栓をしているのに、耳を塞いだ。
叫び声の後、数秒の間があり、俺はナイフを投げてマンドラゴラの喉を潰す。『的中スキル』は優秀だ。オートエイムみたいなものだろうか。思ったところに突き刺さった。
黒狼も昏倒しているのでサクッと首筋を切って、近くの川で血抜きをしておく。腹を裂いて、魔石を取り出しておいた。
「血の匂いに誘われて、魔物が来るかも知れない。一旦引き上げよう。だいぶ、魔石もマンドラゴラも採れたから」
俺は耳栓を外したクリエに言った。
「うん。本当に魔物が多い場所なのね。耳栓を外すといろんな音が聞こえてくるから」
「本当。とっとと逃げよう」
「冒険者としていいの?」
「いいよ。これはレベルがどのくらい上がって、経験値がどうなるのかっていう遊びみたいなものだから。それとも夜中にまた来てみるか?」
「古戦場よ。骸骨剣士や腐肉喰らいの魔物が現れるんじゃない?」
「だからさ。スコップで埋めれるか試したほうがいい」
「それも遊び?」
「そうだな。魔物に、そんな倒され方したことがないと思われれば成功だ。あと、腐肉を食べる虫を使役できないかな?」
「テイムスキルがあればできるんじゃない? なに? また、なにか考えているの?」
「うん。だいたい俺はレベル上げの実験をしていると思ってくれ。冒険者からしたら、依頼でもないから遊んでいるようなものだ」
「尊敬されたくてやっているわけではないのね?」
「経験値の仕組みを知りたいだけさ。ひと月くらいは繰り返しているはずだ」
「わかった。その修業、私も付き合うわ」
「……暇なのか?」
「そうじゃなくて、たぶん私は新しい司書長が選出されたら、図書館から追い出される。規律を守る図書館で、幻惑魔法を使うような異能者って邪魔でしょ? 手に職をつけておきたくて」
「いいけど、俺は仕事とレベルがどれくらい関係するのかはわからずやっているからな」
「うん。意味がないかも知れないけどやっているってことでしょ?」
「そう」
「だからこその遊びね。夜中、冒険者ギルドの宿前で待ち合わせね」
「おう」
クリエは意外と骨があるのかも知れない。
準備だけして、携帯食を食べ、とっとと宿で就寝。
夜中に起き出して、食堂で携帯食を受け取っていると、外にクリエが見えた。酔っぱらいの冒険者に絡まれているが、卒なく躱している。競馬場でおじさんたちと絡んでいた経験が活きているのか。
「活かせる経験が経験値か。だとしたら……」
「マンドラゴラの買い取り計算終わってますよ」
職員に声をかけられた。この人、ずっと働いているように見えるけど、大丈夫なのか。
「ありがとうございます」
そのまま、宿代を二週間分、払っておいた。
「二週間滞在するんですか?」
「少なくとも、遊べるうちに遊んでおくのが遊び人ですから」
「たくさん貯めて競馬で使ってください」
この職員は準公務員みたいなものか。
「はい」
たぶん、競馬では使わない。変なところで運を使うより、運を使う土台を作るほうが大事な時期だ。
アイテムショップで、手当たり次第に、買い物をしてから、外に出た。よくわからない地元のお守りまで買った。
「すごい荷物ね」
「夜は何が起こるかわからない。それに、たぶんレベルも上がっているからさ」
「そんなにすぐ上がるものなの?」
「教会に行ってみるか?」
「やっているかな」
教会は夜でも開いていた。試しにレベルを計ってもらったら、やはりレベルが上がっているらしい。
「昨日の今日で、上がるなんて、よほど魔物を倒してきたようですね」
僧侶のおばちゃんは訝しげに荷物を見ながら言った。
「スキルなんですけど、テイムスキルってないですか?」
「まだ発生していないようだね」
「虫を操れればいいんですけど」
「夜に虫捕りにでもいくつもりですか?」
「あ、よくわかりますね! そうです。匂い系のスキルってあるんですか?」
「臭覚向上のスキルはありますけど、こんなもの取るのですか?」
数十年教会にいて、誰も取ったことがないスキルだとか。
正直、虫を集めるだけなら、白いシーツを張って明かりを当てればいい。臭覚向上で獣臭や死臭を感じ取れれば、魔物対策にもなるのではないか。あと、臭い団子の罠を仕掛けられるかもしれない。
「取ります!」
僧侶のおばちゃんは可哀想な人を見るような目で見ていたが、俺としては大満足だ。
早速使ってみたら、人のフェロモンまで嗅げるスキルだった。ただ、めちゃくちゃ町は臭い。石鹸もかなり強烈だ。こんなスキルは常時使っていられない。
「よし、とりあえず町から出よう。皆、トイレが水洗なんだから、風呂文化をもっと発展させたほうがいいぞ」
「それは偉い人に言ってよ」
クリエもレベルが上っていたらしく、魔力探知とかいう便利なスキルを取っていた。正直、魔力を持っているのは羨ましい。ただ、俺が魔力を持っても、使いこなせないだろうとは思う。魔力使う分、俺はアイテムを使おう。
「盗賊とかもいるかも知れないけど、大丈夫?」
「いたら、幻惑魔法でどうにかならないか?」
「ああ、どうかな……」
「そもそも魔物が出るような場所に、盗賊は拠点を置くのか?」
「ん~、ありうるよ」
「じゃあ、盗賊が魔物に襲われるのを待とう」
「もし、いたらね」
いた。野盗が、普通に古戦場跡のど真ん中で焚き火をしている。周辺には死臭が漂い、死霊系の魔物がいることが窺える。
「あいつらもレベル上げかな?」
「いや、武器を置いて寝ているよ。旅の冒険者でしょ」
「ただのバカか? 西の森に狼の死体が置いてあるだろ? そっちの方から獣臭もする」
「大型の魔物じゃないかしら。魔力探知でも感じるから」
「待ってるのもアレだし、落とし穴を掘っちまうぞ?」
「うん。幻惑魔法の用意しておく」
俺は古戦場跡の草原に落とし穴をいくつか仕掛けておいた。その内に、骨がぶつかるような音が聞こえてくる。魔物たちが動き出した。
「ロザン、気づいてる?」
クリエが小声で聞いてきた。魔力探知で見えているのか。
「気づいている。俺達は下半身を狙おう。飛んでる相手は倒せないけど、土台を壊せば、できる攻撃は少ないはずだろ?」
「確かにそうだけど、言うは易し、行うは難しよ」
「仙骨だ。足は結構可動域が広いでも、腰骨はそれほど動かない。弱点晒しているようなものだろ? アイテムはいくらでも使ってくれ。今夜、全部使うつもりだ」
「本気?」
「金にならないことを、馬鹿みたいに金を使ってやるのが遊び人の真骨頂だろ?」
「誰もやらない、狂ってるとしかいいようがないことを平然とやるから、カテゴリーにも分けられなくて遊び人と言うしかないのだわ」
「そうかもな」
古戦場から上ってきた骸骨剣士が落とし穴に嵌まっていた。スコップで頭蓋骨を割って、肋骨の隙間から魔石を取り出す。骸骨の魔石は熱いことがわかった。
「軍手、必須だ。こんなこと魔物図鑑には書いてなかった」
「誰も動いている骸骨剣士の魔石なんて触ったことがないのよ」
「そうか……」
魔物の研究が不十分か。
「これ、魔石を戻したら、復活するの?」
「無理じゃない?」
やってみたが、動く気配はなかった。やはり死霊術の初歩でもいいから、覚えたほうがいいかも知れない。
「経験値は何度、倒してももらえるのか確かめたかったんだけど」
「まだ、来るから……」
クリエはちょっと引いていた。次に来たのは少し大柄な骸骨だった。棍棒を持っていたが、気にせず空き瓶を仙骨にぶつける。『的中スキル』は正確に仙骨に当たった。骸骨がつんのめったところをバコンッとスコップでぶん殴り、頭蓋骨を飛ばした。
ようやくそこで野盗たちが骸骨たちに気づいたらしい。
「なんだ? 誰かいるのか?」
見計らったように西の森から黒狼の群れが出てきた。仲間の仇討ちと思っているのか。
「霧みたいな魔法って使える?」
「目眩ましなら近づいたら使うよ」
俺も砂袋と唐辛子袋、麻痺毒袋などアイテムショップで買った品々を用意しておいた。
「どういう戦い?」
「近づいてきた奴にぶつける。なくなったら逃げよう。たぶん、そんな風に倒されたことないだろうから、経験値にはなると思うよ」
「いや、戦いっていうか八つ当たりに近いもんね」
ボソボソ喋っていたら、野盗と骸骨剣士たちが戦いはじめ、横から黒狼の群れが割って入っていた。俺とクリエは観戦しながら、近づいてきた骸骨剣士を落とし穴に嵌めて、埋めていった。
錆びた剣が残るので、戦っている場所に放り投げていく。ここでも投擲スキルと的中スキルが役に立ち、黒狼を倒していった。距離と高さがあるので、意外と上手くいくもんだ。
結果、野盗は黒狼に倒され、骸骨剣士たちは骨が散らかり、黒狼は散らばった骨に夢中になっていた。黒狼がこちらに来れば、毒袋などを投げて対処。戦いの疲労もあり、クリエの幻惑魔法もあり、俺の麻痺毒袋などによって、黒狼の群れも全て昏倒した。
「はい。ということで魔石を取っていこうね」
「戦った気はしないね」
「待ち時間が長かったからな。黒狼は解体して毛皮を剥ごう。解体スキル持ってるし」
「器用ね」
夜を徹して、作業に入った。明け方、死んでない野盗たちが、起き出した。
「身ぐるみを剥いで埋めておけばよかった?」
「いや、助かった。旅の冒険者なのだが、近くに町はないか?」
「ある。仲間は、ほとんど死にそうだから背負って行くといいよ。荷物は俺達が見ておくから」
「すまんな……」
野盗ではなく冒険者だったのか。見分けがつかないが、クリエは対して変わらないと言っていた。
冒険者は仲間を一人背負って、坂を登っていった。野盗が4人ほど倒れていたが、皆、息はしているので、そのうち起きるだろう。
「金目の物とか盗んでおく?」
「いや、いいよ。金を持ってなさそうだし。でも、暴れたら面倒だよね?」
「落とし穴に埋めておく?」
「いいね」
野盗は、骸骨剣士と一緒に落とし穴に埋めて顔だけ出しておいた。
黒狼の毛皮と魔石を回収した後、俺たちは町へと戻ることに。野盗こと冒険者たちは無事に、町まで辿り着いたらしく、ちょうど入れ違いで冒険者ギルドの依頼を請けた者たちが助けに来ていた。
「大丈夫ですか?」
「こっちは大丈夫です。暴れないように埋めただけですから、持っていってください。たぶん、荷物を漁れば、駄賃くらいはあると思います」
「私たちは手を付けてないので」
そもそも毛皮は重いし、魔石はあるし、買ったアイテムはすべて使わなかったし、荷物が多い。
「疲れたけど、経験値は増えた気がする。魔物を倒すのも面倒が多いし、倒した後も面倒なのよね」
「そうなんだよ。準備から考えると、けっこう大変なんだよな。時間と金に見合うように戦っていかないと」
「そうね。また、今晩、行くの?」
「そうだな。骸骨剣士が出てこなくなるまではやっていこう」
クリエとは冒険者ギルドの前で分かれ、毛皮と魔石をすべて買い取りしてもらった。
「なんか大変だったみたいですね」
「計画通りにはいかないものです。あ、その黒狼の依頼は達成済みです」
「あ、わかりました」
張り出されていた黒狼討伐の依頼の報酬も買取査定に追加しておくとのこと。とにかく、眠い。
「明日は早めに起きて金物屋に行くか……」
俺は井戸で体を洗い、部屋へと戻った。




