15 衝動と後悔
ある日の放課後、彼女は教室の椅子に座ってノートを見ていた。
他には誰もいない。
彼女は中学校に上がってから少し髪を伸ばすようになった。
運動をする時に中途半端な長さよりも、結んでいた方が邪魔にならないらしい。
結んだ髪の合間から見える首筋と彼女の横顔を見て、フラフラと誘われるように、彼女を後ろからそっと抱きしめてしまった。
気付いた時には彼女を抱き締めていたから、ほとんど衝動的にやってしまったんだと思う。
自身の腕の中に収まる彼女は小柄で、本人は通常より骨格はしっかりしていると言っているけど、彼女の肩は頼りなげだった。
そんなことを考えていると、彼女の落ち着いた穏やかな声が聞こえた。
「どうしたの?」
言い訳のしようもないけれど、強く拒絶されないことに安堵していた。
「誰かを抱きしめたくなって。」
「そう。まあ、犯罪になりかねないから、一言断りは入れるべきじゃないかな。」
「ごめん…少しだけこのままでもいい?」
「構わないけど。」
彼女が驚いたのは一瞬で、後はいつも通り。
お願いだから、どこかに行かないで、近くにいてほしい。
誰かじゃなくて、自身に心を向けてほしい。
そんな祈りに近い願いを込めて、彼女を抱き締めていた。
「誰かに抱きつかれるのは、やっぱり落ち着かないね。」
彼女がポツリと零したのは、彼女の本心だろう。
彼女は穏やかで優しげな雰囲気から親しみやすさを感じる一方で、明確に他者との一線を引いているように感じるというアンバランスさがある。
近付くほど、近くにいるという実感が湧きづらいから、近付いた人は彼女に触れて確かめたくなると思う。
実際ALTの先生で、彼女を可愛がっていた先生は彼女をよく抱きしめていた。
目を離すと消えてしまいそうだと感じていたそうだ。
でも、触れれば近くにいると分かるのに、心はひどく遠いと感じるから、後悔することが多いんじゃなかろうか。
この時もまだ、彼女の行動や態度の本質を理解できていなかった。
理解していれば、自身は少なくとも衝動を踏み止まっていただろう。