別れ
朝の冷気が薄れ、陽光が雪を淡く輝かせる中、セリーヌはリアンナの言葉を反芻していた。エルウィンの名前――それを口にしたときの感覚。まるで何か大切な記憶の欠片が心に触れたような、不思議な感覚だった。
リアンナが簡単な訓練を終えると、ふいにセリーヌに問いかけた。
「セリーヌ、旅を続ける理由は何だ?記憶を取り戻すためか?」
セリーヌは少し迷いながら答えた。
「うん…それもあるけど、それだけじゃない。アデラおばあちゃんがくれた命を無駄にしたくないの。それに…私にはまだ、ここで終わりじゃないっていう気がするの。」
リアンナは満足そうに頷いた。
「それならいい。自分の理由が見つかれば、前に進む力になるからな。」
その日の午後、リアンナはセリーヌに地図を手渡した。それは簡素な手描きの地図で、雪原を越えた先にある村の場所が記されていた。
「ここを目指すんだ。この村には旅人を受け入れる宿がある。そこを拠点にして、少しずつ先を目指せるだろう。」
セリーヌは地図を握りしめた。リアンナとの別れが近いことを悟りながらも、彼女は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「リアンナさん、本当にありがとう。あなたに出会えたこと、絶対に忘れない。」
リアンナはその言葉に微笑み、彼女の肩を軽く叩いた。
「いいか、セリーヌ。旅は孤独なものだ。でもその孤独の中で、誰かを思いやる強さが生まれる。お前ならきっと、どんな試練も乗り越えられるさ。」
リアンナとの別れの日、セリーヌは最後の夜に焚き火を囲んで語らったことを思い返していた。
エルウィン――その名前を与えた瞬間の懐かしさ。リアンナが言ったように、この名が彼女をどこかに導いてくれるのかもしれない。
「エルウィン、これからも一緒にいてくれるよね?」
彼女が問いかけると、エルウィンは静かに翼を広げ、青い瞳で彼女を見つめた。その瞳の奥に、まるで彼女を守るという決意が宿っているようだった。
「名前には力がある。それは新たな物語の扉を開く鍵だ。」
セリーヌはその言葉を胸に刻みながら、白銀の地平線に目を向けた。新たな一歩を踏み出す決意を持って。