危機
セリーヌが岩場を抜け、広がる丘陵地帯に出たのは翌日の昼過ぎだった。凍てつく風が和らぎ、陽の光が雪に反射して柔らかく輝いている。息苦しい寒さから解放されたことで、彼女の表情にも少し明るさが戻った。
肩に乗ったエルウィンに目を向け、彼女は笑みを浮かべながら言った。
「ねえ、エルウィン。この景色、すごく綺麗じゃない?でも、私には何かが足りない気がするんだよね。」
エルウィンは首を傾げ、青い瞳でセリーヌを見つめた。その仕草に思わず笑みを深めた彼女は、頬を軽く叩きながら気を取り直す。
「大丈夫、きっといつか分かるよね。ほら、次の場所を探しに行こう。」
道中、セリーヌは少しずつ周囲の自然を楽しむ余裕を見せ始めた。雪原の上にできた動物の足跡を見ては「これ、どんな生き物かな?」と興味を示し、小さな氷の結晶を拾ってはエルウィンに見せて「綺麗でしょ?」と話しかけた。
そんな純粋な姿にエルウィンがどう感じているのかは分からないが、彼は常に彼女のそばを離れようとはしなかった。
「ねえ、エルウィン。私、少しだけ希望が見えてきた気がするの。何だかよく分からないけど、あなたと一緒なら…きっと大丈夫だよね。」
エルウィンはその言葉に応えるように、軽く羽ばたいて彼女の髪を撫でた。
夕暮れが近づく頃、一人と一羽は小さな廃村の跡地に辿り着いた。崩れた石壁や雪に埋もれた家々が並び、人気の気配は一切ない。しかし、その静けさに違和感を覚えたセリーヌは足を止めた。
「ここ…誰もいないはずなのに、何かおかしい気がする。」
エルウィンも羽を広げ、警戒するように首を回した。次の瞬間、彼女の背後でかすかな雪を踏む音が響いた。
セリーヌが振り返ると、そこには何者かの影があった。全身を毛皮で覆った男たちが数人、槍や弓を持ってこちらを睨んでいる。彼らの目には、飢えた狼のような光が宿っていた。
「…誰だ?」
低い声で問いかけられたが、セリーヌは何も言えなかった。ただ、身を守るように手を握りしめ、後ずさる。
「迷い人か。それとも狩りの獲物か…。」
その言葉に、セリーヌは背筋が凍るのを感じた。彼らの表情に悪意が滲んでいる。エルウィンは鋭い鳴き声を上げ、セリーヌの肩から飛び立った。
「エルウィン、待って!」
彼女が叫んだその瞬間、男たちのひとりが槍を構えて突進してきた。セリーヌは反射的にその場を転がり、なんとか一撃を避ける。雪が舞い散る中、彼女は震える手で地面を掴んだ。
「怖がらないで…アデラが言ってたじゃない。守るためには強くならなきゃ…!」
エルウィンが再び舞い戻り、男たちの目を狙うように急降下した。その鋭い爪がひとりの男の顔を掠め、彼は叫び声を上げて後退する。
その隙を突き、セリーヌは近くの廃材から棒切れを拾い上げた。戦い方など知らない彼女だが、本能的に構えを取る。
「来ないで!私はただ通り過ぎようとしただけなの!」
しかし、男たちは聞く耳を持たない。次々と攻撃を仕掛けてくる中、エルウィンと息を合わせながら、セリーヌは必死に応戦した。