瘴気の使徒
魔物を退けた翌日、セリーヌとリアンナは瘴気の発生源を探るため、更に北へ向かっていた。道は次第に霧に覆われ、辺りの木々は冷気に包まれて白く凍りついている。
「まるで世界そのものが凍りついているみたい…」セリーヌがポツリと呟く。
「瘴気の影響が強い場所だな。油断するなよ。」リアンナが周囲を警戒しながら歩を進める。
突然、霧の中から誰かの声が響いた。それは、優しくも不気味な囁き声だった。
「迷える者よ…なぜ進む?戻れば、安らぎが待っている…」
セリーヌの足が止まる。声はまるで彼女の心を覗き込むように響き渡った。
「あなたは…誰?」セリーヌが震えた声で問いかける。
「私は真実の声。君が何を恐れ、何を求めているのかを知っている。」
セリーヌの目の前に霧が渦巻き、一瞬の間にリアンナの姿がかき消えた。代わりに現れたのは、温かい笑顔を浮かべた一人の女性だった。それは、かつて彼女を救った老婆、アデラの姿だった。
「セリーヌ、ここで終わりにしなさい。これ以上進めば、痛みしか待っていないわ。」
「アデラさん…?」セリーヌは驚きと混乱の中、声を漏らした。
「そうよ、私よ。あなたがこんなにも傷つきながら旅を続ける必要なんてないの。ここで終わらせれば、全てが楽になるわ。」
アデラの言葉は甘く響いたが、その奥に何か不穏なものを感じさせた。
「楽になる…でも、それって…」セリーヌが足元を見つめながら呟いた。
「そうよ、楽になれるの。もう戦わなくてもいい。寒さも痛みも忘れられる。」
セリーヌの胸には、これまでの旅路で感じた苦しみや恐怖が蘇る。けれど、同時に彼女を導いてきた希望や温もりの記憶も浮かび上がってきた。
「私は…もう逃げない。」セリーヌの声は震えていたが、次第に強さを増していった。「アデラさん、あなたの教えてくれたことは、諦めることじゃなくて、生きる力を持つことだったはず。」
その瞬間、アデラの姿は霧とともに消え去り、セリーヌの周囲に冷たい風が吹き抜けた。
「よくやった。」リアンナの声が背後から聞こえる。気がつくと、彼女は再び隣に立っていた。
「幻覚だったの…?」セリーヌがリアンナを見つめる。
「瘴気が見せた幻影だな。心の隙を突いて、旅人を惑わせる。お前が惑わされなかったのは、自分の意志をしっかり持っていたからだ。」リアンナは満足そうに頷いた。
再び霧の中を進む中、リアンナは瘴気について語り始めた。
「瘴気にはいくつかの段階がある。単なる魔物を生み出すだけじゃなく、人間の心を壊す力もある。今の幻影はその一例だ。」
「どうしてそんな力が生まれるの?」
「瘴気は人間の負の感情が形を変えたものだからだ。憎しみ、絶望、嫉妬…人間が持つ暗い感情が蓄積して、自然や命そのものを蝕んでいく。」
リアンナの説明に、セリーヌは言葉を失った。もしそれが真実なら、自分たちが戦っているのはただの魔物ではなく、人間の心そのものかもしれない。
道の先で霧が晴れると、瘴気に覆われた異形の姿が現れた。人型の魔物でありながら、その全身は黒い鱗に覆われ、片腕は巨大な鎌のような形状になっている。
「瘴気の使徒か…!」リアンナが剣を構える。
「これは…普通の魔物じゃないよね?」セリーヌも構えを取りながら尋ねる。
「そうだ。瘴気を操る者が生み出した精鋭だ。気を抜くな。」
リアンナが動き出す。「《ダストクレイヴ》!」砂嵐のような剣撃が使徒に直撃するが、かすり傷にしかならない。
セリーヌは一瞬怯んだが、エルウィンの青い瞳が彼女を見つめると、不思議な力が体に宿るのを感じた。
「行くよ…!」セリーヌは槍を構え、「《フロストヴェイル》!」と叫ぶ。氷のベールが槍を覆い、強烈な一撃を繰り出す。その一撃が使徒の動きを鈍らせた隙に、リアンナがとどめを刺した




