生と死と選択
バレストの町を離れる準備をしていたセリーヌとリアンナは、その夜に町の広場で奇妙な集会が行われているのを目撃した。焚き火の周りに集まった人々が低い声で祈りを捧げる中、彼らの中心には重傷を負った一人の青年が横たわっていた。
「…何をしているの?」セリーヌが広場の影からそっと尋ねる。
「見てみろ、あれは普通の儀式じゃない。」リアンナが低い声で答えた。
やがて一人の司祭風の男が壇上に立ち、低く呪文を唱え始めた。その声が響く中、地面が震え、青年の体から何か黒い霧のようなものが噴き出した。
「瘴気だ…!」リアンナが呻く。
セリーヌはその異様な光景に目を奪われた。青年の表情は苦痛に満ち、やがて彼の身体がひび割れ、血のような瘴気を吹き出しながら崩れ落ちた。
「助けるつもりなんじゃなかったの?」セリーヌが震える声で呟く。
「いや、彼らは…瘴気を利用している。」リアンナが鋭く答えた。「これが瘴気を操る術の一端だとしたら、この町の人々も安全じゃない。」
その夜、宿に戻ったセリーヌは食事も喉を通らず、ただ黙り込んでいた。
「あの青年は死ななくても済んだのかもしれない…」
リアンナは焚き火を見つめながら言葉を選ぶように口を開いた。「時には、生きるよりも死を選んだ方が楽になることもある。それを選べないほど苦しい状況が、人をこうも歪めるんだ。」
「そんなの間違ってる!どんなに苦しくても、生きる方が大切じゃないの?」セリーヌが声を荒らげる。
「理想論だ。生きるには力がいる。心も、体もな。」リアンナの言葉は冷たく響いたが、その奥にはどこか悲しみも含まれていた。
その夜、セリーヌは眠れず、エルウィンを膝に抱えながら窓の外の闇を見つめ続けた。
翌朝、町を出るための支度をしていた二人は、途中で一人の女性に呼び止められる。彼女は「オリヴィア」と名乗り、町で孤児たちの世話をしているという。
「ここを出る前に一つだけ聞いてほしい。あなたたちは、この町を見捨ててしまうのですか?」
セリーヌはその言葉に胸を刺されたような思いがした。「でも、私たちにはこの町を救う力なんて…」
「いいえ、あなたにはあります。」オリヴィアはセリーヌの手を握りしめた。「瘴気に負けずにここまで来られたあなたなら、この絶望を乗り越える方法を見つけられるはずです。」
リアンナは渋い顔でそのやり取りを見ていたが、やがて溜め息をついて言った。「オリヴィア、私たちは救世主じゃない。けれど、瘴気の根源を断つ手掛かりがあるなら、それに挑むつもりだ。」
「それだけでも十分です。どうか、お気をつけて。」
オリヴィアが深々と頭を下げた後、セリーヌはエルウィンを抱え、また新たな決意を胸に抱いた。
旅の道中、リアンナは瘴気について改めて説明を始めた。
「瘴気というのは、自然の力を無理に歪めて生み出された負のエネルギーだ。誰かがそれを操る術を編み出したことで、こんな異常が広がっている。」
「負のエネルギー…それを使う人たちは何が目的なの?」
「それが分からない。けれど、人々の心の闇を利用しているのは確かだ。」リアンナが険しい表情で答えた。「瘴気に取り込まれた人間は、自分を失い、やがて魔物へと変わっていく。それが瘴気を操る者たちの手駒となる。」
セリーヌは寒気を覚えた。瘴気に侵される恐ろしさは、単なる死を超えた苦しみを伴うものだった。
道中、二人は奇妙な動物の鳴き声に耳を澄ませた。視界の先には、大きな牙と鋭い尾を持つ魔物が立ちふさがっていた。狼や人型ではなく、獣と爬虫類が混ざり合ったようなその姿は異様だった。
「またか…今度は一筋縄ではいかなそうだな。」リアンナが剣を抜きながら言った。
「私もやる…!」セリーヌが構えを取る。
リアンナは彼女に目配せをし、「《クロススラッシュ》」と声を上げ、縦横無尽に繰り出される斬撃で魔物の注意を引いた。
セリーヌも冷気を纏った槍を振りかざし、「《アイシクルピアス》!」と叫ぶ。無数の氷柱が魔物を貫き、動きを封じることに成功した。
リアンナが息を切らしながら言った。「次はただの旅じゃない。この先はさらに厳しくなるだろう。」
セリーヌは心の奥で何かが変わりつつあるのを感じた。自分にはまだ知らない力が眠っている。それを引き出すのが、この旅の使命だと。