商人
瘴気の湖を後にしたセリーヌ、リアンナ、そしてダリルの三人は、次なる町へ向けて旅を再開した。道中、セリーヌの心には一つの疑問が浮かび続けていた。
「リアンナ、あの魔物は何だったの?普通の魔物じゃないよね?」
リアンナは足を止めずに答えた。「そうだな。ただの魔物なら、あそこまで瘴気を発しないし、あんな異様な姿にはならない。…何者かが意図的に作り出したものかもしれない。」
「作り出した?」セリーヌは驚きの声を上げた。
ダリルが苦笑しながら付け加える。「この世界には、命を弄ぶ術を操る奴らがいるって話さ。特に貴族階級や帝国の影に潜む連中な。」
「貴族や帝国…?」セリーヌは目を伏せながらその言葉を反芻した。何かを思い出せそうで思い出せない――その曖昧な感覚が、胸に小さな痛みを残していた。
旅を続けている途中、彼らは草原を進む一団のキャラバンと出会った。それは、異国の衣装を身にまとった商人たちの一行だった。彼らはラクダに似た動物に荷物を積み、砂漠地帯からやってきたようだった。
その中の一人、若い商人が目ざとく三人を見つけて近寄ってきた。彼の肌は小麦色で、黒い髪は陽に焼けて艶があり、顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。
「旅の方々、こんな場所で出会うとは珍しいですね。よければ、私たちのキャラバンでしばし休んでいきませんか?」
リアンナは一瞬だけ彼を値踏みするように見たが、やがて肩をすくめた。「まあ、そうさせてもらおう。ありがとう。」
セリーヌは彼の親しみやすい雰囲気にどこか安心感を覚えながら、彼について行くことにした。
キャラバンの中央には、大きなテントが張られ、そこには様々な商品が並んでいた。宝石、薬品、珍しい武器や装飾品――そのどれもが見たことのない美しい品々だった。
「おおっと、自己紹介が遅れましたね。私はカシムと申します。」若い商人は丁寧に頭を下げた。「異国の地で手に入れた品々を各地に届けるのが私の仕事です。」
「いい品だな。」ダリルが目を輝かせながら剣を手に取る。「これは何処のものだ?」
「砂漠の向こう、ヴァリム砂丘地帯の職人が作ったものです。この鋼は軽くて丈夫、さらに魔力を通しやすい特性があります。」
リアンナはふと、キャラバンの隅に目を向けた。そこには、黒い布で覆われた何かが積まれていた。その不自然な形状に、彼女は眉をひそめた。
「それは何だ?」
カシムは一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐに柔らかな笑みを取り戻した。「ただの古い道具ですよ。少々呪いがかかったものですが、害はありません。」
「呪い?」セリーヌが驚いたように声を上げる。
「ええ、この世界にはそういう品が少なくありません。人の負の感情や怨念が宿るもの――不幸な話ですが、それもまた人の営みの一部です。」
その言葉にセリーヌは何かを感じた。カシムの背後に広がるキャラバン全体から、かすかな違和感が漂っているように思えた。
セリーヌの潜在能力の片鱗
その夜、キャラバンは一行に食事を振る舞った。だが、宴の最中に突如として草原の遠くから獣の咆哮が響いた。
「まずいな…」リアンナがすぐに立ち上がる。「ここは危険だ。近くに魔物がいる!」
キャラバンの人々は一斉に動揺し始めた。カシムも眉を寄せ、警戒を強める。
「護衛はいますが、あの声は尋常じゃない。近づかれる前に準備を整えましょう。」
セリーヌは心臓が早鐘を打つのを感じながら、リアンナのそばに寄った。「私も戦います。」
「無理はするなよ。」リアンナが短く答えると、セリーヌも槍を構えた。
やがて、闇の中から現れたのは、瘴気を纏ったアンデッドの群れだった。その目は赤く輝き、口元からは黒い液体を垂らしている。
「また瘴気か…!」リアンナが剣を抜く。
セリーヌは恐怖を感じながらも、再び槍に冷気が宿るのを感じた。エルウィンが頭上を旋回し、彼女を導くように声を上げる。
「来なさい!」セリーヌは声を張り上げ、前に出た。彼女の槍が振り下ろされるとともに、氷の刃がアンデッドたちを貫き、動きを封じた。
「すごい…!」カシムが驚嘆の声を上げる。
リアンナとダリルがその隙を突き、残ったアンデッドたちを次々と仕留めていく。戦いが終わる頃には、草原には静寂が戻りつつあった。
戦いを終えた後、カシムはセリーヌに深い感謝の意を示した。「あなたの力には本当に驚かされました。もし良ければ、次の町まで私たちと共に行きませんか?」
リアンナとダリルも、その申し出に同意した。
「次の町は、商業都市バレスト。そこで何か新しい情報が得られるかもしれない。」リアンナが言うと、セリーヌは小さく頷いた。