森の深淵
翌朝、リアンナとセリーヌは町の宿を後にし、森に向かって歩き始めた。青年から聞いた話が頭に残っていたリアンナは、森に入る前に一度足を止めた。
「セリーヌ、この先の森では何が起こるかわからない。もう一度だけ聞くが、本当に行く気はあるのか?」
セリーヌは少し考え込んだ後、小さく頷いた。「…誰かが助けを必要としているなら、行かないと。リアンナさんがいれば、きっと大丈夫だって思えるから。」
リアンナは少し目を細めた後、低く笑った。「お前、意外と根性があるじゃないか。でも、危険なことがあれば私の指示に従え。命を無駄にするな。」
森に足を踏み入れると、昼間にも関わらず霧が立ち込め、周囲が暗く感じられた。エルウィンがセリーヌの肩から飛び立ち、先導するように羽ばたく。
「霧が濃い。何かおかしいな…普通じゃない。」リアンナが剣を抜き、周囲を警戒する。
セリーヌも即席の槍を手に持ち、リアンナの背中を頼るように歩き続けた。エルウィンが何度か木々の間を旋回し、セリーヌを見下ろす。その目には、まるで何かを警告するような光が宿っていた。
「リアンナさん、エルウィンが何かを見つけたみたいです。」
エルウィンの導きに従い進んだ先で、二人は地面に散乱する冒険者たちの装備を発見した。血痕や裂けた衣服が周囲に散らばり、不気味な静けさが森を支配している。
「これが噂の原因かもしれない。気を引き締めろ、セリーヌ。」リアンナが声を潜める。
その時、低く唸るような音が森の奥から響いてきた。霧の中に大きな影が動き、地を揺るがすような足音が近づいてくる。
「来るぞ!」リアンナが鋭く叫び、セリーヌを自分の後ろに下がらせた。霧の中から現れたのは、巨大な狼のような魔物だった。しかし、その体は不自然に裂け目だらけで、紫色の瘴気を放っている。
「瘴気に侵された魔物だ…普通の手では倒せない。」リアンナが剣を構えながら呟く。
セリーヌは震えながらも槍を構え直し、リアンナの指示を待つ。しかし、魔物は容赦なく突進してきた。リアンナが素早く反応し、その動きを封じるべく斬りかかるが、魔物の硬い外皮に弾かれる。
「くそ…防御力が高い!」
その瞬間、エルウィンが空高く舞い上がり、青白い光を放ち始めた。その光がセリーヌの体に触れると、彼女の中に何かが呼び覚まされるような感覚が走る。
「…これは?」セリーヌが無意識に槍を振るうと、槍の先端が輝き、まるで氷の刃が形成されたかのように変化した。
「セリーヌ、その力を使え!」リアンナが叫ぶ。
セリーヌは恐る恐る槍を振り下ろすと、氷の刃が魔物に命中し、裂け目から紫の瘴気が吹き出す。それでも魔物は倒れず、再び向かってくる。
「一撃で倒れる相手じゃない…セリーヌ、動きを止めろ!あとは私が仕留める!」
セリーヌは恐怖を感じながらも、再び槍を振るい、魔物の足元に氷の塊を発生させた。魔物の動きが鈍くなった瞬間、リアンナが一閃を放ち、魔物の頭部を切り裂いた。
森に静けさが戻る中、セリーヌは肩で息をしながらリアンナに目を向けた。
「…私、できた?」
リアンナは小さく頷き、彼女の肩を叩いた。「よくやった。だが、これで満足するなよ。この先、もっと厳しい戦いが待っている。」
そういうリアンナの横顔は嬉しそうだった。