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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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36.最悪なジュードの言葉

 






「さて、事の顛末を教えてくれ。ジュード」


 にっこりとあくまでも穏やかに微笑みながら、レナード殿下が告げた。怖い、怒ってる。着替えられなくてむしゃくしゃしたけど、ネグリジェ姿でゼリーでも食べながら、話のなりゆきを見守ってる方が断然いい。


 私が葡萄色で葡萄味のゼリーを掬いあげ、食べていると、レナード殿下の前で膝をついているジュードがこっちを見てきた。うえっ、気持ち悪い。気にせず、ゼリーを口へ運ぶ。甘酸っぱいけど、苦味が残る。かなり甘さ控えめね、これ。


「聞いているのか? ジュード」


 王子様らしく、椅子に座って足を組んでいるレナード殿下が苛立たしげに聞いた。無駄よ、ジュードは絶対反省なんてしない。罪人であるかのように膝をつかされ、剣呑な表情のカイとエナンドが両脇を固めていても、ジュードは落ち着き払っている。


 時折、ベッドの上にいる私を赤紫色の瞳で静かに見つめてくるだけ。自分と同じ色の瞳なのに、随分違って見える。ジュードの隣に立ったエナンドが溜め息を吐き、額を押さえた。


「改めて自分の口で説明しろよ、ジュード。お前、シェリーちゃんをどうするつもりだった?」

「俺の物にしたかった。それだけ」

「もういい。昨日、あったことを事実だけ並べて答えろ。エナンド、命令してくれ」

「ああ、なんで俺、こんなわけが分からないやつの主人になっちゃったんだろう? せめて女の子が良かった。話が通じないのなら、せめて女の子が良かった……!!」


 とうとう、エナンドが両手で顔を覆い、本気でめそめそし出した。さっきから、十日間嫌いなものだけ、たらふく食べなさいって言われたような人の顔してたもんね。隷属の首輪をつけられた人は、許可なく主人(首輪をつけた側)のそばから離れられず、首を落とさない限り、首輪から一生逃げることができないと言われている。


 効率が悪いのよね。細かーく、細かーく命令しないと言うことを聞かないし、隙を見て、言葉巧みに命令を破棄させる奴隷だっている。賢い人につけるものじゃないって言われてる首輪けど、どうかな。エナンドはジュードを使いこなせるのかしら。


(まあ、私の知ったことじゃないけど。レナード殿下が無事ならそれでいいもの)


 知らんぷりして葡萄ゼリーを根こそぎ掬いあげ、大きく頬張る。まだまだ物足りない。レナード殿下にゼリーを三個あげるから、大人しくしててくれよって言われたけど、まだ足りない。


 ソーセージと目玉焼きとパンが食べたい。毒なんかにやられる私じゃないのに。諦めきれなくて、しぶとく、キラキラと宝石のように輝いているゼリーの欠片を掬いあげ、舐め取っていたら、カイが落ち込んでるエナンドの肩を小突いた。


「おい! ふざけてないで言う通りにしろよ。レナード殿下の言葉を無視するな」

「無視してるわけじゃないよ……。悲しみに暮れているだけだ」

「カイ、落ち着いてくれ。無視されたなんて思ってないから」

「レナード殿下は甘すぎます! こいつは城で再教育するべきですよ」

「お前、サムの影響を受けているのか? 二人は家族同然の存在なんだから、従者扱いするつもりはないぞ」

「別に従者扱いしろとは言っていませんよ。ただ、ここのところ、エナンドの態度が目に余るだけです。サムさんの手で一から教育し直すべきだと思いまして」

「思いっきり影響を受けてるじゃないか……」


 雲行きが怪しくなってきた。でも、レナード殿下、心の中では喜んでる。ふぅん、カイに心配して貰うのがそんなに嬉しいんだ。へーえ? 不穏な気配を察知したのか、レナード殿下が急に振り向き、こっちを見てきた。


 顔色を悪くさせながらもにっこり微笑み、首を左右に振る。レナード殿下も私の気持ちが分かるんだ。忘れちゃってたかも。魂の根っこ部分が繫がっているかのよう。目を逸らし、綺麗になったスプーンを舐める。


「カイはこいつがどれだけ異常か分かってないから、呑気なことが言えるんだよ! おぞましい自白を聞かされ続けた俺の身にもなってくれ……」

「エナンドには忠誠心が足りないんだ。忘れたのか? モリスさんが俺達のことを拾ってくれなきゃ、野垂れ死んでいたぞ! レナード殿下が重宝してくれなかったら、孤児院送りにされて終わりだ」

「何だよ、忠誠心って!? 話が通じないなぁ、もう。レナード殿下はそんなこと望んじゃいないだろ! サムさんの影響を受けて、おかしくなってるんじゃないか?」

「はあ? お前が立場を弁えないから、」

「そこまで! 二人ともやめろ」


 レナード殿下が生真面目で堅苦しい兄のような声を発し、二人をたしなめた。カイは即座に一礼したけど、納得がいかない表情で後ろへ下がる。エナンドは苛立たしげに首筋を掻いて、足元にいるジュードを見下ろす。ジュードは薄い笑みを浮かべ、目の前の椅子に座っているレナード殿下をひたすら見上げていた。


 すっごく嫌な感じ! 何かしたら絶対に許さない。私の王子様なのに。殺気立ってスプーンを置いた私を、レナード殿下がちらりと横目で見てくる。思慮深い蜂蜜色の瞳に見つけられた瞬間、どうでもよくなった。レナード殿下って、視線だけで気力を削げる人だと思う。私のことを眼差しで操れる人。胸の奥が甘く、きゅうっと狭まっていくような気がした。


「確かに忠誠心は求めていない。だが、嬉しく思う。俺をこの国の王子扱いしてくれるカイも、親しげに話しかけてくるエナンドも必要だ。二人とも、ぜひそのままでいて欲しい」

「……はい。申し訳ありませんでした、レナード殿下」

「うん。やっぱり、レナード様は人たらしですよ。いつもはぐらかされるけど」

「たらし!? 待って、エナンドさん、どこの誰をたらしこんでいるんですか!?」

「あれ!? シェリーちゃんが食いついた。ほら、可愛い恋人が嫉妬してますよ」

「誰のこともたらしこんでないから……。落ち着いてくれ、あとでちゃんと説明するから」


 嘘つき。あとではぐらかされそう。無言で空っぽになったゼリーの器を見せつけたら、知らんぷりされた。うー、三個じゃ足りないのに。気を取り直したレナード殿下が椅子に座り直し、険しい表情でジュードを見据える。


 一旦休戦することにしたのか、エナンドとカイも同じく、険しい表情でジュードの両脇に立つ。当の本人はぼんやりと床を眺めていた。何を考えているのかよく分からない。血が繫がった従兄弟なのにね。


「さて、ジュード。聞きたいことは山ほどあるんだ」

「……何なりとお答えします。こうなってしまった以上、全部正直に話すつもりです」

「シェリーを襲ったのは誰かの指示で?」

「いいや、襲いたいから襲いました」

「エナンド、確かめてくれ」

「嘘を吐くなよ、ジュード。主人である俺に嘘を吐いたって無駄なんだから。今の言葉は本当か?」

「本当です。叔父に指示されたわけじゃありません」


 すごくまどろっこしい。エナンドが聞いてくれたらいいのに、ジュードに質問してるといじめられるから嫌だって、訳が分からないことを言って拒絶する。仕方なくレナード殿下が質問してるけど、多分、レナード殿下は面倒臭いって思ってない。私が襲われたから、ちゃんと話を聞かなくちゃって思ってる。意味あるのかなぁ、この時間。ゼリーが無くて退屈。


「不思議に思っていたんだ。どうしてハウエル家の当主はお前を寄こしたんだ?」

「レナード殿下の質問に、すべて嘘偽りなく答えろ。あー、早くこう言っていれば良かったんですね。なかなか難しいな、隷属の首輪って」

「大変でしょ? 裏社会でも滅多に使われないの。相手が賢かったら殺されちゃうし」

「……シェリーちゃん、ゼリーのおかわりを持って来ようか? 血腥い話が飛び出してきそうで怖いよ」

「やめてくれ! シェリーはもう四個食べてるんだ。消化に良いとはいえども、食べすぎはよくない」

「んー、三個しか食べてませんよ? 三個しか」


 残念、貰いそびれちゃった。解毒薬を飲んだからか、お腹が空く……。解毒薬にそんな効果はないってジュードに言われたけど、あると思う。きっと、体から毒が抜けたおかげで胃腸が元気になったのよ。座っているのが面倒臭くなって、ベッドに寝そべる。私は真面目に話を聞かなくていいもーん。


「……叔父さんは万が一のことを考えて、俺に行くよう命じたんです」

「万が一?」

「はい。だって、娘の命と妻の命がかかっているんですから」

「何の話だ? まったく分からない」


 娘。娘って叔父さんの娘? 聞いたことないんだけど、そんな話。がばっと起き上がった私を見て、ジュードが笑っていた。こんな時でも余裕を崩さない。私なら絶対に嫌だ。


 これから先、嘘が通用しないなんて。誰かの奴隷になるなんて。だけど、いつもよりちょっとだけ顔色が悪いような気がする……。もしかしたら、堪えているのかもしれない。奴隷にされたこと。


「おい、嘘吐いてないよな?」

「吐いてませんよ。この状況でどうやって嘘を吐けばいいんですか」

「都度、確認しないと嘘吐くじゃん……!!」

「本当か? じゃあ、試してみよう。俺の質問には嘘で返せるんだよな?」

「面白がるなよ、カイ。さっきから酷いよ」

「お前がビビるもんだから、面白くてつい。エナンドに嘘を吐く理由は一体何だ? 嫌がらせしてたんだろ?」


 カイがわくわくしてる。相当嫌だったみたいで、エナンドが思いっきり顔を顰め、捨てる予定の豚の脂身を見るような目になった。ジュードがうっすらと笑みを浮かべ、赤紫色の瞳を輝かせる。あーあ、おもちゃを見つけた顔して。囚われたって思ってないかもね。エナンドは単純で気が弱いから。


「それはもちろん、少しでも長くエナンドさんと話したいからですよ」

「うわ~、女の子に言われたいセリフだ~」

「でも、怖がらせてしまったようで申し訳ないです。俺、エナンドさんが主人になってくれてラッキーだと思っているんですよ。唯一、普通に接してくれた人なので……」

「待って、脳内で女の子のセリフに変換する。シェリーちゃんを見ながら、話聞くのが一番いいかもしれない」

「おい、やめてくれ……」


 二人のお遊びに付き合うことにしたのか、レナード殿下が立ち上がり、ベッドに腰かける。さりげなくエナンドから私を隠してくれた。嫉妬かな、これって。思いっきり飛びついたら、軽く笑い、おんぶしてくれる。わぁ、楽しい! 視界が広がった。心なしか天井が近い。


 絹糸のようなレナード殿下の黒髪から漂う、爽やかなハーブの香りをもっと楽しみたくて、肩に顔を埋めてみる。ふふっ、今、私、最高に恋人らしいことしてる! すごくほっとした。


「俺はエナンドさんとなら、上手くやっていけそうな気がしてます。お礼にと言っては何ですが、俺に出来ることがあれば言ってください。寝首を掻くつもりなんてありませんよ」

「物騒な一言が入った。そのせいで信用できない!」

「エナンド、こいつ、嘘吐いてる可能性あるぞ。確認してみろよ。命じてみろ」

「心の準備が出来たら聞くよ……」

「隷属の首輪は主人が死ぬと効果を失うから、それでだと思う。私なら殺して解放して貰う」

「物騒なこと言うのやめて!! 嫌だーっ!」


 すごく怖いみたいで、エナンドが頭を抱え、めそめそと泣き真似し始めた。どうしてそんなに怖いの? 一応幻獣なのに。レナード殿下の足元には及ばないけど、昨日、助けてくれた時かっこよかった。もう終わりなのかな、あれ。凛々しく立ち向かっていくエナンドは二度と見られないのかも。レナード殿下が呆れつつ、私を背負い直した。


「もういいか? ハウエル家の当主について詳しく聞きたい」

「待ってくださいよ! 聞けっておい。聞いておいた方が楽だぞ?」

「だ、だよな……。嘘偽りなく話してくれ。本当は俺のことをどう思ってる?」

「扱いやすそうな手駒」


 エナンドが膝から崩れ落ちる。大げさ! 分かってたじゃない、こういう性格だって。レナード殿下が苦笑し、エナンドに大丈夫かって声をかけたけど、聞いてないみたい。無理やり床から立ち上がらせて、レナード殿下に返事させようかなと考えている最中、カイがあっさりと続けて質問した。


「バレるのに嘘を吐くのか。無意味じゃね?」

「ははっ、すみません。エナンドさんの反応が面白くてつい……」

「本当はどうなんだ? 俺にも嘘が吐けないんだろう?」


 ジュードが抵抗する。口をもごもごさせていた。でも、残念。隷属の首輪は強力で逆らえない。頑張ったら、数十秒間抵抗できるんだけど、それって意味ある? 気力を消耗するだけだから、やめればいいのに。程なくして、ジュードが険しい表情を浮かべながら、語り出した。口だけ別人のように動いてる。


「……エナンドさんは詰めが甘い。精神的に弱く、未熟でハニートラップにすぐ引っかかりそうなところが好ましい。時間をかければ精神的に追い詰め、首輪を外すことも可能だ。俺には敵わないと思わせたかった。しつけは最初が肝心だ」

「なるほど。シェリーらしい考えでもあるな……」

「えっ、基本でしょ!? レナード殿下も首輪をつけられたらまず、服従するふりをしつつ、警戒されない程度に相手を弱らせた方がいいですよ!」

「一生使い道が無さそうなアドバイスだ。ありがとう」

「気をつけてくださいね。レナード殿下に首輪をつけて、飼おうとする連中が現れるかもしれません」


 黙り込んだ。もー、他人事なんだから。禁術のおかげでレナード殿下の体に傷をつけられる人はいないけど、首輪をつけられ、血を採るようにと命じられたらどうなるんだろう。そこまで詳しく、モリスさんの遺書に書いてなかったな~。困っていると、カイがエナンドに向かって「いい加減にしろよ、立ち上がれ!」って言いつつ、助け起こした。


「もう無理だ……。俺の手には余ります、レナード様」

「サポートするから大丈夫。少々我慢してくれ」

「少々ってこの契約、一生続きますよね!? ああ、カイに任せれば良かった」

「嫌だよ。笑顔で嘘吐くようなやつの面倒なんて見られるか」

「俺だってそうだよ! 目の前で言うなって、ちょっとは俺の気持ちも考えて!!」

「女に慰めてもらえ」

「うっ、うう、そうする……」


 大げさ! 圧倒的に主人側が有利なのに。ジュードの心がへし折れそうな命令と、素人でも上手く出来る拷問を丁寧に教えてあげたら、見る見るうちにエナンドの顔色が真っ青になって、レナード殿下に止められちゃった。えぐい単語は使わないようにしたのに。


「ごめんなさい。助けて貰ったお礼がしたくて……」

「お礼なんてほっぺたにキスでいいんだよ、シェリーちゃん」

「許さないからな? 正式に付き合うことになったんだ、もうやめてくれ」

「ジュードに見張らせたらどうですか? レナード殿下。女遊びが鳴りをひそめるかもしれません」

「てめえ! さっき、女に慰めてもらえって言った口でよくも!」

「俺の命令も聞くのなら、そうするんだけどなぁ……」


 叔父さんの娘について話が聞きたいんだけど。やっぱり、ここは私が仕切らなくちゃだめ? そうよね。だってレナード殿下は話が脱線しがちだし、残る二人は頼りにならないから、私が積極的に動かなくちゃ。


 でも、ジュードの顔を見てるとイライラしてきた。報復がしたくて力いっぱい平手打ちしたら、それまでわちゃわちゃ遊んでいた三人が驚き、振り返る。叩かれたジュードも少し驚いて、赤紫色の瞳を瞠っていた。


「答えて。正直に話さないと、酷い目に遭うってもう分かってるよね?」

「……」

「シェリー、一体急にどうしたんだ?」

「首輪だけでは不完全です。支配しきれない。こうやって地道に躾けていくしかないんです。叔父さんの娘って? どうして私は何も知らないの?」

「知らされてないからさ。弱点だから、出来る限り誰にも教えたくない」

「その子って何歳?」

「さあ。一歳にもなってないと思うよ」

「そんなに小さいの……?」


 じゃあ、ジュードにとって異父妹ね。詳しくは知らないけど、叔父さんはジュードのことを妬ましく思っていて、嫌がらせを繰り返してる。そのせいで奥様は息子であるジュードに滅多に会えない。性格が歪んじゃってるから、会わなくて正解だけど……。ジュードは大きくなるまで、本当の父親が前当主だって知らなかった。混乱する。兄弟が多くてややこしい。私の叔父さんは二人もいるし。


「どうして急に娘の話が出てきたの? 混乱しちゃってる」

「……奥様は俺に本当のことを教えてくれた。知る権利があるからと言って」

「答えになってない」

「シェリー! 待った、暴力はやめよう!?」

「知らなくてもいいことなんだよ。言うつもりはない。叔父さんは妻と娘を人質に取られ、脅されている。亡くなったモリスさんに」

「何だって?」

「モリスさんが……」


 三人ともショックだったのか、顔を見合わせ、空気が重くなる。ジュードのことだから気にしないだろうなと思ってたけど、その通りだった。三人を無視して、淡々と無表情で語り出した。


「モリスさんは自分の死期を悟った時、万全の備えをしておこうと思ったわけです。利用しても胸が痛まないやつら……すなわちハウエル家を利用し、レナード殿下を守ろうとしました」

「聞いたことがない。じゃあ、シェリーを連れてきた理由は!?」

「禁術をかけるためです、レナード殿下。本当におかしいと思わなかったんですか? 王宮に腕が良い魔術師はいくらでもいるのに」

「ジュード!」

「待ってくれ、シェリー。俺は大丈夫だから!」


 バカにして。頭に血が上った私を、レナード殿下が力ずくで止めた。許せない。私が何も気にしないって知ってるくせに。この期に及んで、レナード殿下に嫌がらせしようとしてる。ジュードが微動だにせず、私をバカにするような笑みで見上げてきた。これで満足? あとでしこたま殴ってやる。


「レナード殿下はモリスさんを人格者だと思ってらっしゃる。でも、違う! シェリーの人生を城に繋ぎ止め、叔父を脅し、レナード殿下を守らなければ、妻と赤子が死ぬ呪いをかけた!」

「っジュード、俺は」

「初めて会った時から憎んでいた。あなたさえいなければ、ふたたびハウエル家の女が王族の奴隷になることも、癒しの血とやらを守るために俺が動くことはなかった! 恨みますよ、レナード殿下。モリスさんごと」

「いい加減にしなさいよ!」


 レナード殿下の腕を振り払い、ありったけの力をこめてジュードの頭を蹴り飛ばしてやった。恨んでる? 憎しみ? 嘘ばっかり吐いて、レナード殿下をどん底へ叩き落とそうとしてる。


 言ってたじゃない、俺達ろくな死に方しないねって。別にいいんだけど、それでも。懸命に生きていきたいと思ったことはないからって。いまさら、まともな人生を歩みたかったって駄々をこねるようなタイプじゃないでしょ、ジュードは。床に倒れたジュードの胸ぐらを掴み、至近距離で睨みつけてやる。


「目的は一体何!? そんなにレナード殿下のことが嫌い?」

「……ああ、嫌いだ。羨ましかった、心底。俺がシェリーと魂の奥深くで繫がりたかったのに!」


 予想してない答えだった。勝手に目が見開かれ、思考が止まる。どうしてそこまで私に執着するの。私がここで幸せに暮らしてるから? それとも、レナード殿下の価値観を分けて貰って、少しはまともな考え方ができるようになったから……?


 ジュードの手が私のネグリジェを掴み、引き寄せられ、くちびるに乾いたものが当たる。キスされたって分かった瞬間、強引に引き離された。


「それは違うだろ!? ジュード! 俺のことが憎いのなら、俺に嫌がらせしろよ。シェリーは何も関係ないんだ」

「俺の方がシェリーと付き合いが長いんです。自分の物扱いするところも腹が立って仕方ありません」

「物扱いなんかしてない……!!」


 聞いていて胸が痛くなるような声で呟いたとたん、エナンドが二人を引き離す。やるじゃない。良かった、私は動かない方が良さそうだから……。静かに赤紫色の瞳を細めたジュードを指差して、エナンドが命令した。


「ジュード、許可なくシェリーちゃんに触っちゃだめだ。今後はお触り禁止!」

「最初からそう言えば良かったのに。ちゃんと使いこなせよ、ご主人様」

「うるせーよ!! いいよなぁ、カイは! 無関係でいられて……。俺なんてずっとこいつと一緒なんだぜ? 朝も晩も、これから先ずぅーっと」

「頑張れ、ご主人様。応援してるぞ」

「いらね~。応援しないのが応援だと思ってくれ」


 ジュードが不満げな表情を浮かべつつ、さっきまでレナード殿下が座っていた椅子に、どっかりと腰かける。もういい、気にしない。怒れば怒るほど、ジュードの得になるような気がしてきた。もう絶対怒ってやらないから。憔悴しきったレナード殿下の両手を握りしめ、何も悪くないって伝えようとしたところ、ジュードがふたたび口を開いた。


「じゃあ、望み通りレナード殿下に嫌がらせをします。シェリーは知らないだろうけど、俺はレナード殿下にキスして貰ったことがある。一緒に寝たことも。嘘じゃないよ」

「……エナンド!」

「は、はいはい、落ち着いて、シェリーちゃん。こんなの絶対嘘だって。本当か? 今の話。お前、そのうちシェリーちゃんに殺されるぞ」

「本当だって。疑うのなら、レナード殿下に聞いてみたらどうだ?」


 問い詰めるまでもなかった。レナード殿下の顔色が悪くなり、手で額を覆う。面倒事から全力で逃げたいカイが察して、素早く部屋の扉を開けた。


「おい、待てよ! この話し合いになんで来たんだよ!? 高みの見物と逃げることしかしてないじゃん!!」

「うるせぇな、お前も早く来い。ジュードの面倒は俺が見てやるから、連れて来い」

「行くぞ、ジュード! お前が火種なんだ。じゃ、あとはお二人でごゆっくり」

「分かりました、ご主人様」

「やめて……!! 俺の心が死にそう」


 慌ただしく部屋の扉が閉まる。レナード殿下がそれを羨ましそうな表情で見つめ、扉に向かって手を伸ばしていた。もちろん、弱々しい手を取る人はいなかった。















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