35.心の中で囁くのは禁止!
陽だまりに包まれて眠っていると思った。暖かい。手も足もぽかぽかする。きっと目を覚ませば、窓辺の向こうに春の優しい青空が広がっている。情景が目に浮かぶほど、心地良くて癒された。私の好きな季節。歩いているだけで心が浮き立ち、色鮮やかな蝶々が目に止まる。
さっきまでの苦しさが嘘のようだった。どこも痛くないし、熱くない。もうこのまま、ずっと眠って過ごしたいな……。ぴくりと手が動いた。残念、そういうわけにはいかないよね。眠っていたいと思った時点で、意識は覚醒へ向かってる。
目が覚めたらまた、嫌なことが沢山あるかもしれないけど……。手が汗ばんでいることに気付く。誰かが私の手を、包み込むように優しく握っていた。一体誰? ぼんやり目を開けたら、心配そうな表情でこっちを覗き込むレナード殿下がいた。一瞬だけ蜂蜜色の瞳が瞠られ、またたく。
「目が覚めたか、シェリー」
「……今度こそ、レナード殿下?」
「そうだよ。悪かった、呑気に寝ていて。すまない」
「レナード殿下は何も悪くありませんよ。悪いのは全部ジュードです」
思い出してきた、何があったのか。苦しいほどの罪悪感が胸に流れ込んでくる。俺が助けたかった、もう少し気を配れば良かったって、悲しげな表情を見せているけど、狂ったように自分を責めている。そんな風に思わないで、レナード殿下。鼻がツンとして、涙が出そうになった。手を握り返す。
「私は平気です。レナード殿下? 自分のことを勝手に責めないでください。何も、していないのに」
「何もできなかったから後悔している。でも、シェリーがそう言うのならやめよう。無事で本当に良かった……」
手の甲にキスして微笑み、今度は指先にキスをする。割れちゃいそうな卵を大事に扱っているみたい。私の手、そんなに優しく握らなくても大丈夫なんだけどな……。解毒薬の苦味が口の中にまだ残ってた。ネバネバする! 顔をしかめたら、レナード殿下が水を注いでくれた。
「はい、どうぞ。シェリー。熱はもうないか?」
「あ、口移しで飲ませてください」
「……今、何だって?」
「ジュードに口移しするからって言われて、逆らえなかったんです。熱があまりにも酷くて」
「よし! じゃあ、してみるか」
すっと蜂蜜色の瞳から光が消えて、剣呑になった。レナード殿下が覚悟を決めた表情で水を含み、前のめりになって迫ってきた瞬間、歯を磨いてなかったことに気が付く。さすがに嫌かも。口元を押し返したら、面食らった表情に変わる。
「待ってください! 歯を磨いてからです。忘れてました」
「っんぐ、う……俺をからかって楽しい? シェリー」
「はい、とっても。だけど、わざとじゃないから。仕方ないでしょう? 歯を磨いてきますね。わぁっ!?」
「おっと、危ない。じゃあ、洗面所まで運ぶよ」
「体に力が入らないの、意味分かりません……」
「高熱が出ていたからな」
レナード殿下が差し伸べてくれた手を取れば、軽々と抱き上げられた。手慣れてる。今まであまり気にしたことなかったけど、レナード殿下って確か、言い寄ってくる女性を食べては捨て、食べては捨てって、自由奔放な生活を送ってきた方よね……。
熱が出なかったら、元婚約者に会いに行こうと思っていたのに。ジュードのせいで計画が狂ってる。むしゃくしゃした。洗面所に到着しても、レナード殿下の首にしがみついていたら、困惑し始めた。
「どうしたんだ? シェリー。急にご機嫌を損ねたりして」
「言いたくありません! 察してください」
「分かった。消化にいいパン粥を食べたくないんだろ? 卵料理をつけてあげるから」
「……」
「違ったか。じゃあ、顔を洗うのが面倒臭くなった? お気に入りのふわふわタオルが出ていないから?」
「うーっ、どれも違います!!」
「待ってくれ、当ててみせるから。はいはい、暴れない、暴れない、よしよし」
私の頭を撫でつつ、優しい声でなだめてくれた。恋人になってからまだ三日も経ってないけど、前より優しい。もうこのまま、ずっとしがみついてわがまま言いたい。女遊びしてきたレナード殿下だって思えば、触りたくないような、すがって泣き出したくなるような、変な気分。過去が全部消えちゃえばいいのに。
「お姫様抱っこじゃなくて、おんぶが良かった?」
「違います」
「……ジュードを殺したい?」
「どうなるか興味があるけど、違います!」
「なんだ、許可を出そうかと思ってたのに」
「えっ?」
「分からないなぁ。病み上がりだから無理させたくないし、ちゃんと謝りたいから教えてくれるかい?」
おどけた口調ではぐらかす。お、怒ってるんだ……。レナード殿下の怒り方ってちょっぴり変わってる。心の中ーでは嵐が吹き荒れているのに、表面上は冷静。穏やかそのもの。
だけど、意識を細い糸で繫がっているレナード殿下に向けたら、背筋が震えるほど冷たい怒りが潜んでいる。大人しく黙って離れると、顔を覗き込まれた。蜂蜜色の瞳はどこまでも澄んでいて、優しい。
「教えてくれないんだ?」
「……レナード殿下が言い寄ってくる女性を食べては捨て、食べては捨てと」
「待ってくれ!! 一体誰から聞いたんだ、そんな話! 大嘘だぞ!?」
「だって、最初に言ってたでしょ? 沢山言い寄られて困っちゃう~って」
「ああ、別に誰かから聞いたわけじゃないのか……」
「カイがお前なんか、大勢いる女の内の一人だって言うから」
「カイ~……!! あいつめ。気にしなくてもいいから。嘘だよ、全部。誰の言うことも気にしなくていい」
私の両耳を塞ぎ、おでこにキスする。何も気にせずにいられたら幸せなんだけど。好きで気にしてるわけじゃないから。レナード殿下は時々、私が周りの意見を聞かないように、王家とハウエル家の密月を知られないように、私の目と耳を上手に塞いでしまう。
このまま、レナード殿下の手を取って、何も知らないお人形さんのように微笑んでいたら、満足してくれるのかしら。お礼に頬へキスすれば、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、出て行ってください。信じてあげますから」
「本当は俺のことなんて信用してないだろ?」
「心当たりがあるんですね?」
「……」
「パン粥だけは嫌です。ベーコンも欲しいです」
「分かった。用意させる」
山ほど言いたいことがあるような顔をしてたけど、最後はにっこり微笑み、大人しく洗面所から出た。最初からそうしていればいいのに~。艶のある木の持ち手を掴み、強引に獣毛ブラシで髪を梳かす。ふと鏡を見れば、首筋にあざがついていた。そして、キスマークも。鏡に映ったジュードの痕跡を見て、殺意が湧いた。
レナード殿下はああ言ってたけど、首輪がついてるのなら、まあいっか。私とレナード殿下に危害を加えなければいいの。空気がざわりと動く。懐かしいな、この感覚。足元の影に目を落とせば、揺らめいていた。まるで夏の陽炎のように。
「ねえ、バーデン? 私、あなたと喧嘩したくないんだけど」
「よく言うぜ……。シェリー、そういうことは殺気を隠しながら言うもんだ」
「だって、先に喧嘩を吹っかけてきたのはあなたよね? おかしいと思った。助けに来ないし、影も形も見えないから」
あんなに毛嫌いしていたのに、そこそこ仲良くやっているバーデンとジュード。私が寝込んでいても、心配しているそぶりを見せない。普段ならもう少し優しいのに。極めつけは昨晩の放置。バーデンは分かっていて放置していた。もう一度影に目を落とせば、ざわざわと激しく揺れ動いている。まるで、雨風に揺らされる木の枝のように。
「もしかして、私の敵? バーデンは」
「お前が変わっていくのを見るのが怖かったんだよ……」
「知らないからね、もう!!」
「いきなり暴れ出すのはよせ。王子様が心配してやって来るぞ?」
息を荒げながらネグリジェの裾を掴み、バーデンが潜んでいる影を踏んで踏んで、踏みつけて、思いっきり蹴り飛ばしてから、踏んづけてやった。ダメージはないけど、気分がちょっぴりだけ晴れた。ちょっぴりだけね、ちょっぴりだけ。黙々と歯を磨いていれば、足元の影からぬぅっと白い両腕が出てきて、私の腰を掴む。
「別にお前の敵というわけじゃない……」
「じゃあ、這いつくばって謝って。じゃないと、許してあげないからね」
「手厳しいな。分かるだろう? 俺にも色々と事情があるんだ」
「私に毒を盛らないといけない事情なの? それって」
「違う、反対したんだ。まさか、あそこまでやるとは思ってなかった」
嘘臭い。バーデンのことだから、全部嘘でしょうね。私がそんな嘘に騙されると思ったのって言う前に、影の中から出てきて、後ろから抱き締められる。今日は人間仕様。黒い半袖のTシャツにズボン、鎖のネックレス。街中で見かけるチャラ男そっくり。
鏡に映し出されたバーデンの赤い瞳が油断なく、でも、どこか媚びるような色を宿して、まっすぐ見つめ返してくる。心臓がちょっとだけ跳ねた。もしかして私、バーデンのことを信用したいと思っているのかもしれない。
「なあ、シェリー? 悪かった。頼むよ、仲直りしようぜ」
「ふーん。歯を磨きたいからあっちにいって」
「これからは何でも、お前の言う通りにしよう。王子様のそばは危険だ。お前一人じゃ守りきれない」
「……主人が毒を盛られているのに、無視する下僕をそばに置くと思う?」
「誰が下僕だ、誰が」
「もちろん、バーデンにきまっへるれひょ」
「話の途中だぞ!? 片手間に聞くな」
歯ブラシを口にくわえて、コップに水を注ぎ入れたら、不満そうにぶつくさ文句を言い出した。バーデンのせいでまだ顔を洗えてないし、歯も磨けてない。歯ブラシをくわえつつ、黙って足元の床を指差したら、バーデンの表情が屈辱で歪む。這いつくばって謝るのなら、許してあげようかなと思ったのに。
「そうだ! シェリー、弟に会わせてやるぞ。最愛の弟だろう?」
「……」
「ユーインが一人で暮らしていけるわけがない! まだほんの子どもなんだから。勉強しながら働くのは非現実的だ。ユーインには支援者が、」
「支援者!? 何それ、知らない!」
「当たり前だ、言ったことがないからな」
驚きすぎてうっかり、歯磨き粉と歯垢が混じった液体を飲み込みそうになる。ユーインに支援者が? それを黙って見ていたの? ひどい、裏切り者。私がユーインのことで泣いて、落ち込んで、悩んでいるのを一体どんな気持ちで見ていたの?
沢山ぶつけたい言葉があったのに、どれも出てこなかった。悲しい、悲しいよ。ユーインは血が繫がった私よりも、頑張って足を取り戻してあげた私よりも、他人を頼ったんだ。心臓に杭を打たれて、血が流れ出てゆくのをひたすら見てるみたい。冷や汗が滲む。目の前が真っ暗になって、チカチカと点滅し出した。
「おい、どうした!?」
「ユーイン、本当に私のことがどうでもいいんだ。他の人を頼ってまで、私から逃げたかったの……」
「何だ、そんなことか。嫌いで逃げたわけじゃないから安心しろ」
床に座り込んだ私の腕を掴み、立ち上がらせる。レナード殿下に会いたい。無性に会いたい。レナード殿下は私が命を賭けようとしたら、止めてくれる。禁術をかけられた時だって怒ってくれた。
もういい、もういいの、私、ユーインにこだわるのはやめる。何かしたら、その分だけ大事にしてくれるレナード殿下の方がいい。べそべそ泣きつつ、バーデンを無視してうがいしていると、レナード殿下が入ってきた。
「シェリー? うわっ、どうしたんだ!? バーデンが泣かせたんだろ!」
「違う、こいつが勝手に泣き出したんだ」
「まったく。シェリーは傷付きやすくて繊細なんだから、うっ!?」
「レナード殿下!!」
力いっぱい抱きついてきた私を受け止め、よろめく。いけない、レナード殿下は脆弱だから気をつけないと。心配になって見上げたら、私の頭を抱き寄せた。ふがっと鼻から音が出る。白いシャツから、苦いコーヒーとパンの香りが漂った。
「今日は随分と積極的だね……。どうした? 何があったんだ」
「ユーインに捨てられました。慰めてください」
「また弟の話か。一度会ってみたいなぁ」
「ユーインのことを可愛がるつもりなんでしょ! バーデンで我慢してくださいね」
「おい、可愛がられた覚えはねぇぞ」
「たまにビスケットをあげているから、それでだろう」
「あと、ブラッシングもしてるから……」
こっそり、私がいない隙にバーデンが甘えてるの知ってるからね。わざわざ犬の姿になってブラッシングして貰ったり、ポケットに鼻を突っ込んで、おやつを催促してる。きゅっとシャツを握り締めたまま、振り返ってバーデンを睨みつけていると、苦笑して頭を撫でてくれた。手が優しい。
「大丈夫、シェリーが一番だよ。歯磨きした?」
「しました! んっ!?」
「さっきのお返し。だけど、物足りないな」
「ほーう、俺の目の前でイチャつくとは。いい度胸だ」
突然キスされたうえに、両手で顔を包み込まれた。手首をバーデンに掴まれたレナード殿下がちょっと残念そうに肩を竦め、離れてゆく。お返しって、私、何もしてないのに。
「バーデン、嫉妬か? 前にそんな関係じゃないって言ってただろ?」
「もちろん、そんな関係じゃない。だがな、こっちにも色々あるんだ! 控えろ! でなきゃ、ちょん切ってやるぞ」
「だめ! レナード殿下のどこも切っちゃだめ!」
「こんな男のどこがいいんだ、シェリー! お前に首輪をつけるような男だぞ? いずれ後悔するに違いない」
「昔の話だもん!」
「たった数ヶ月前の話だ。男を見る目がないくせに」
低く唸ってバーデンと睨み合ったら、レナード殿下が肩を揺らして笑う。たまにこうやってツボに入っちゃうのよね、私の王子様は。ガトーショコラみたいな、焦げ茶混じりのさらっとした黒髪、美味しそうな蜂蜜色の瞳。
付き合うようになってから、どこもかしこも光り輝いて見える。レナード殿下もそうだといいのに。レナード殿下から見た私はどうなってるか分からないけど、世界で一番の美少女になってたりしないかな~。
「二人が睨み合っているのを見ると安心するよ。はー、おかしい」
「おい! 慎め。誰のせいでこうなっていると思って……」
「ご飯食べたい! ありますか」
「あるよ、食べに行こう。お昼ご飯、一緒に食べようと思って、起きるのを待っていたんだ」
「くそっ」
これ以上何か言っても無駄だと思ったのか、バーデンが黒い煙になって消える。早くそうして欲しかったなー。イチャイチャの続きをしたそうな顔のレナード殿下に朝食の準備を頼んで、顔を洗う。最後に、ピンク色のガラス瓶に入った、薔薇の化粧水を皮膚に叩き込んで終わり。べたべたするクリームは嫌い。しゃばしゃばのが一番いいと思う。
金色のドアノブを掴み、洗面所から出る。優美な曲線を描く脚つきの、細長いテーブルの上にパンが沢山入った籠とベーコンエッグ、新鮮なサラダとスープが並べられていた。……一食分だけ。私のは白い陶器製ボウルに、少しだけ入ってるパン粥。そっけなく、上にベーコンが一枚だけ飾られていた。つかつかと歩み寄り、レナード殿下が座っている椅子の背もたれを掴む。
「代わってください!! 美味しそうな朝ご飯、食べたいです……」
「だめだよ、病み上がりなのに」
「うーっ、でも!」
「ジュースを三種類用意させたから。ゼリーもあるぞ?」
「お肉はありませんか」
「今日の夜、熱が出なかったら食べてもいいよ。ほら、座って座って。暴れているのを見ると不安になる」
「暴れているわけじゃありませんよ? 椅子を力いっぱい、左右に揺らしているだけです」
「力を使うのやめようか」
すっかり慣れた様子で立ち上がり、私の頬にキスしてから、もう一つの椅子へ誘導する。何だか全部、レナード殿下の思う通りになっちゃってない? 不貞腐れていると、笑顔で「はい、あーん」と言って、スプーンを口の中に入れようとしてきた。スプーンの上に、家畜のエサっぽいものが載ってる。
「食べたくないです……。うっ!?」
「そうか。ほんの少ししかないパン粥も飲み込めないようなら、一週間ほど肉を断った方がいいな」
「んっ、ぐ、の、飲み込めましたよ! 無理やり入れるなんてひどい!」
「ごめん、優しく入れたんだけど。じゃあ、全部自分で食べられる?」
「……」
「はい、あーん」
「待ってください。よく分からない赤い液体を先に飲みたいです……」
「ベリージュースだよ、これは」
笑いながらコップを持ち上げ、なぜかレナード殿下が飲む。あーっ!! びっくりしすぎて声にならなかった。飲ませてくれると思ってたのに、違ったんだ。私のために用意させたんじゃないの? 口をぱくぱく開け閉めしていたら、急に私の顎を持ち上げ、キスする。
あ、口移し。でも、いいのに。レナード殿下ってば、律儀で真面目なんだから。冷たくて、甘酸っぱいベリージュースを飲み干す。満足げな微笑みを浮かべ、するりと私の頬を撫でた。
「恥ずかしそうな顔になってる。可愛いね」
「……怒りますよ? しなくても、別に、良かったのに」
「ごめん、ごめん。散々待たされたからお返し」
「さっきもそれ、聞きました~……!! 何もしてません!」
「シェリーと甘い時間を過ごそうと思っていたのに、ジュードが余計なことをしたせいで待たされた。しかも、寸止めされるし。キスできなかった」
「たった一日ですよ?」
「今の俺にとって、一日はあまりにも長い」
一日すら待てないほど、愛おしい。蜂蜜色の瞳が雄弁に物語っていた。口に出せば、砂糖になって、溶けちゃいそうな言葉を心の奥底で呟いている。シェリー、いつか振り向いてくれるんじゃないかって思ってたけど、いざ、君が振り向いてくれたら怖くなったよ。
奇跡的なことだから。恐怖と喜びが一緒くたになって初めて、ようやく、シェリーに振られるのが怖くてたまらない自分がいることに気がついた。
(わ、わざとだ! これ、絶対、私が声、聞こえるの分かってて言ってる……)
思いっきり目を閉じれば、愉快そうに笑い、両手で顔を固定する。逃げないで、聞いてって言われてるみたい。感情が流れ込んでくる。ここまで嬉しそうな感情をぶつけられたら、身動きが取れなくなっちゃう。何これ、何これ、何これ!
耳が熱い。背筋に熱が這い登る。聞きたくないのに、どんどん聞こえてくる。シェリー、好きだよ。今まで逃げてきた分、俺の愛情に向き直ってくれ。シェリーはたったの一日だって言うけど、恋しくて恋しくて仕方がなかった。今日は一日、そばにいてたっぷり甘やかしたい。
ぎゅっと目を閉じたまま、レナード殿下の手首を掴み、押し返す。もう無理、これ以上は聞いてられない。
「もっ、もういいでしょ!? 満足でしょ!」
「残念、物足りない」
「……恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしく思う必要ってある? 誰かに聞かせるわけじゃないし」
「だとしても……。お、大人しく、パン粥を食べてあげるからやめてください」
「駄々こねてもいいよ」
「へっ!?」
何とかするために、頬へキスしてみる。よかった、笑ってくれた。これでのんびりパン粥が食べられる! 私の考えは甘かったみたいで、口移し三回と、首筋やおでこにキスを数十回されたうえに、膝へと乗せられ、耳元でたっぷりどれぐらい好きか語られた。今度こそ逃げる。バーデン、助けてくれるかと思ったのに、助けてくれなかったし……。




