表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
7/66

6.甘くて、ほろ苦くて、心臓がざわざわする

 




 本当はもっともっと文句を言いたかったし、不貞腐れたかったんだけど、一応は殿下の子供を生む身だし、嫌われたくないし、ぐっと我慢した。でも、私よりも機嫌が悪そうなカイを見たエナンドが、慌てて「俺達は食事の支度をしてきますね!」と言ってくれたおかげで、殿下と二人きりになれた。


 塔の中は暗くて、底冷えがする。建てつけの悪い扉を開けた先に待っていたのは、石造りの螺旋階段だった。窓一つない。その代わりに、オレンジ色の花柄ランプが壁に取りつけられており、ぼんやりと闇を照らしていた。私とレナード殿下、二人の足音だけが螺旋階段に響き渡っている。


(あれ? なんだか心臓が変な感じ……)


 薔薇園で見た虚ろな表情と白い首筋を思い出せば、心臓が変な感じになる。なんとなく、バーデンに消えて欲しくなって、トレンチコートのポケットに入っているトカゲ姿のバーデンを、ちょいちょいと指先で撫でる。今は宝石のような鱗を持つ、強烈なグリーンと赤のトカゲに変身していた。前を歩いている殿下に聞こえないよう、声を潜めて話しかける。


「ねえ、バーデン? 私と殿下を二人きりにしてくれない?」

「襲うのか?」

「やだ、私は一応護衛よ? もう殺さないって決めたんだし、何もしないわ」

「そうか。なら、よしとしようか」

「何を?」

「お前を」


 相変わらず何を言っているのか、いまいちよく分からない……。でも、耐えなきゃ。だって、人外者はそういう存在だもの。私達とは決して相容れない存在。しゅるりと、白い煙を上げて消えていった。それと同時にちょうど、螺旋階段が途切れた。牢獄らしい、殺風景な石造りの廊下には、底冷えするような不気味さを和らげるためか、ぽつりぽつりと、素敵なアンティーク調のランプが浮かんでいる。綺麗、さっきと同じランプだ。オレンジ色の擦りガラスに、花の模様が浮かんでいる。


「ねえ、綺麗ですね。このオレンジ色のランプ」

「ああ、王妃様がせめてものと言って、つけてくださったんだ……。そんなことをしたって、ここが牢獄であることに変わりはないのに」

「王妃様のこと、嫌いなんですか? 血が繫がってないから?」

「いいや、違うな。嫌いというわけじゃなくて……」


 言い辛そうにうつむきながら、こちらを振り返った。綺麗、蜂蜜色の瞳が。透き通ってる。レナード殿下が手に持った、赤い薔薇柄のランタンが蜂蜜色の瞳を照らし、よりいっそう美しくなってる。見惚れていれば、わずかにランタンが揺れ動き、繊細な薔薇模様の光を石の床に映し出す。本当に綺麗……。


「嫌いじゃないんだ。あの人も被害者だって分かってるから」

「被害者?」

「陛下のね。まあ、いいや。その話は。じきに嫌でも耳に入ってくるだろうから。ああ、そうだ。ここの掃除はメイドがしているから」

「はい」

「余計なことはあまり言わないように。王妃様と陛下の息がかかったメイド達だから」

「息がかかった……」

「監視されているんだ。まあ、あまり余計なことをせず、大人しくしておいてくれっていうのが、向こうの本音だろうね」

「余計なこと、してるんですか?」

「たまにちょっとだけ。でも、大したことはしていないよ」


 どうかなぁ……。この人はさっき、カイのことを根は悪くない、良いやつだって言ってたし、信用ならない。疑り深い目で見ていると、苦笑して前を向いた。この廊下は長い。外から塔を見た時は、こんなに広い建物には見えなかったのに。後ろを振り返れば、オレンジ色のランプが闇を照らしていた。目を凝らせば、暗闇がじわじわと忍び寄ってきそうな感じがする。慌てて、前を向いてついて行った。


「ねえ! ここって魔術仕掛けの塔なんですか?」

「ああ、そうだね。内部はとんでもなく広いから気をつけて。でも、夜はこのランタンを持っていれば平気だよ。迷わないし、惑わされない」

「へっ? そうなんですか?」

「脱走防止用でね、色々と古い魔術がかけられているんだ。逃げ出したい者の怨恨とか、決して逃がさないようにしたい魔術師の執念とか、色んなものが混ざって、石の壁や床に染み込んじゃっているから、もう解けないんだ」


 そう言われ、辺りを見回す。古い石造りの壁はところどころ、黒ずんでいた。石と石の隙間に何かが挟まっている。ぞっとした。


「そうなんですね……。じゃあ、何百十年もここに魔術をかけ続けていたってわけですか?」

「そうだね。あまりにも重なっているからもう解けない。だから、このランタンを持って歩くように。特殊なガラスで出来ているから」

「特殊なガラス?」

「うん、王室御用達のね。この塔を作った、当時の国王夫妻が愛用していたらしい。だから、このガラスで作ったランタンを持っている人間は見逃される。ほら、囚人のお世話とかあるし。そういう仕組みにしてあるんだよ」

「へ~、便利ですねえ」

「あとであげるから、これ。部屋に飾っておいて、夜出歩く時は持って、」

「えっ!? もっ、く、く、くれるんですか!? この素敵なランタンを!?」

「……持つ?」

「も、持たせてください、ぜひとも!」


 くすりと笑って、「はい、どうぞ」と言い、手渡してくれた。わぁ、すごい。綺麗! 持ち手部分は黒くて、鉄製のような手触り。ゆるやかに曲がっていて、葉脈が浮き出た葉の透かし彫りが、ランタンと持ち手部分を繋げていた。綺麗だった。持ってゆらゆらと揺らせば、石の床に繊細な薔薇色の光が落ちて、そこがまるで絵のようになる。


「わぁ~、綺麗! ありがとうございます、大事にしますね」

「ああ、そうしてくれ。でも、壊れたとしてもまた新しいランタンを支給するから」

「しきゅう……」

「そうだ、デザインはそれで良かったか? 他にもまだいっぱいあるから、明日にでも見るといい。この塔は夜、あまり出歩かない方がいいからね」


 プレゼントだと思ったのに、違った……。もしかしたら、カイやエナンドさんはこのランタンよりもっともっと、豪華で素敵なものを貰っているのかもしれない。何だか、急に悲しくなってきちゃった。大したことないのに、こんなこと。でも、悲しくて涙が出そうになる。黙り込んでいると殿下が焦って、眼前でひらひらと手を振った。


「シ、シェリー? どうした? 急に黙り込んだりなんかして」

「あの、プレゼントだと思ったんです……。でも、違った。そうですよね? 人殺しの私には、誰も何も贈りたくないのかもしれません……」

「ち、違う! そういうわけじゃなくて、分かった! じゃあ、プレゼントしてあげよう。それを。あと、他に気に入ったランタンがあればそれを、」

「いいえ、いらないです。ありがたく、支給品として受け取っておきます……」

「どうしよう、まいったなぁ。まさか、そんな受け取り方をされるとは」


 変なの。もうこの繊細で美しい薔薇柄を見ても、心は踊ってくれない。殿下は私に何もくれないんだ、悲しい。きっと、カイやエナンドさんにはいっぱい豪華なプレゼントを渡してるんだ……。支給品なんだ、これ。殿下は別に私を喜ばせようとなんてしていない。悲しくうつむいていると、急に私の背中を擦ってきた。その気遣いが温かかった。


「分かった。じゃあ、こうしよう。俺はコスメブランドも手がけているから、」

「コスメブランドをっ!?」

「あれ、知らない? 俺の名前でやってるんだけど……。店頭で並んでるの、見たことない?」

「ないです。知りません。レナード王子特製のコスメって、でかでかと書いて売っているんですか?」

「……そうじゃなくて。第一王子のハーブコスメって本当に知らない? 有名なんだけどなぁ」

「私、コスメとかまったく詳しくなくて」

「ああ、なるほど。腑に落ちたよ、それでか」

「……バカにしてます?」

「してないよ、大丈夫大丈夫」


 何がおかしかったのか、頭をぽんぽんと叩きながら笑った。不満げに睨みつけると、「可愛い、可愛い」って言って笑う。子供扱いされてる!!


「だからそう、プレゼントしようかと思って。スキンケア用品も取り扱っているから欲しいものを、」

「今すぐ欲しいです。……何か一つだけでもいいんです。人から貰いたい」

「あまり、貰ったことがない?」

「はい。叔父さんと叔父さんの奥さんからは、貰ったことあります。ユーインからも。でも、ユーインはお誕生日になると、学校で沢山プレゼントを貰ってくるんですよ。お友達から。私だって、そういう風に貰えていたはずっていうのは、幻想にしか過ぎないんですけど。ただの……」


 そう、分かってるの。学校に通っているからといって、お誕生日プレゼントが貰えるわけじゃないって。でも、抱えきれないぐらいのプレゼントを嬉しそうに抱えて、帰ってくるユーインが羨ましくて仕方なかった。奥さんに話すと、その年のお誕生日プレゼントが一気に増えた。私が望んでいた通りのお菓子やぬいぐるみ、アクセサリーと服が貰えた。でも、違う。確かにプレゼントは抱えきれないぐらいあるけど、そうじゃない。でも、そんなこと言えなかった。涙が一粒、目からこぼれ落ちてゆく。


「……分かってはいるんですけど。私だって一度ぐらい、家族じゃない人から貰いたい」

「分かった、何か渡すから!! じゃあ今すぐ、今すぐ渡せるようなものって何かあったかなぁ~……。あ、そうだ。サシェは?」

「サシェ」

「収穫したハーブのあまりで作ってみたんだ。おいで、俺の部屋に行こう」


 サシェ、サシェって何だっけ? でも、とにかく嬉しい! 意気揚々とランタンを掲げ、歩いていると、殿下が振り返って笑った。


「良かった、元気が出たみたいで。俺の部屋はね、螺旋階段をひたすら登って、右に曲がったところにある」

「ひたすら登ったところに……」

「嫌? おんぶでもしてあげようか?」

「じゃあ、お願いします!」

「断られると思ってたんだけどなぁ」

「殿下はひょろひょろだから、私のこと、おんぶ出来ませんか?」

「言うじゃないか! 大丈夫、出来るよ。ほら」


 笑いながら、階段の手前でしゃがみ込んだ。そわそわしつつ、ランタンの持ち手を握り締め、背中へ覆いかぶさってみる。でも、あれ?


「これ、ナイフがあれば、簡単に首が切れる距離ですね……」

「うーん、斬新な例え方だな。そういえば、君の人外者は? バーデンだっけ?」

「そうです。二人きりにして欲しいってお願いしました!」


 生きることに執着していないのか、気に留めず、私をおぶって階段を登り始めた。ランタンの赤い光が揺れ動き、今度は螺旋階段に薔薇模様が浮かび上がる。綺麗だった。まるで、赤い光で出来た薔薇の絵みたい。ランタンの光を侵食していくかのように、ちょっと手を伸ばした先は、真っ暗闇に覆われているけど、殿下が私を背負ってくれているからか怖くない。はしゃいで、ランタンを掲げる。


「どうして、俺と二人きりになりたかったんだ? シェリー」

「分からないです。でも、殿下とじっくり話したかったから……?」

「ここに来る前、王妃様と本当に会ってない? ごめん、しつこく聞いたりして。どうしても不安で」

「いえいえ、会っていませんよ。本当に。でも、モリスさんには殿下の子供を生むように、と言われました」

「そうか。まあ、そんなことだろうと思っていた」

「私じゃ不満ですか? 抱けませんか?」

「シェリー。返答に困ることばかり言う」

「だって、聞いておかないと……」


 聞いておかないと、拒絶された時に悲しい。やっぱりこの距離は、頚動脈がすぐ切れそうな距離だなとか思いながら、殿下の首筋に指を這わせる。びくりと体を揺れ動かした。つるつるとしていて、なめらか。


「誘っているのか、俺を殺そうとしているのか、いまいちよく分からないな」

「どっちが嬉しいですか? どっちもしてあげますよ?」

「どっちも? ……じゃあ、いざとなったら殺して貰おうかな」


 平然とそんなことを言ってのける。この人は怖くないんだろうか? 死ぬことが。呆然としていると、部屋に辿りついた。部屋の扉は木製で、閂がしてあった。いかにも罪人が過ごしていそうな部屋。でも、開けるとそうでもなくて、暖炉には暖かい炎が揺らいでいた。


 壁はくすんだグリーンの植物柄、古い木の床には白い毛皮が敷いてある。奥の壁際には、ベッドフレームに植物が彫りこまれた、アンティークらしきベッドが一つ。それから、暖炉の前には温かみある茶色のカウチソファー、金色タッセルがついた足置き、低いテーブルに、勉強がはかどりそうなライティングビューローと椅子。その上には、おしゃれなシェードランプが置いてあった。どれもこれも、アンティークに見える。私がしげしげと見回していると、隣の部屋へ行って、帰ってきた。腕には何かを抱えている。


「ほら、これ。どれがいい?」

「わぁ、可愛い! すずらんの刺繍のやつがいいです!」

「分かった。中にはラベンダーとか、まあ、色々入ってるから……」

「忘れたんですね?」

「……確か、薔薇とローズマリーが入ってる。適当に詰め込んだんだ、臭かったらごめん」

「大丈夫です、それなりに良い香りがします!」

「そっか、良かった」


 私がサシェに鼻を押し付けて、ふんがふんがと嗅いでいると笑った。貰ったサシェを大事に抱き締めながら、私が住む予定の部屋へ案内して貰う。一番端の方にあった。空いている部屋がかなりあるみたいで、私の部屋へ向かう最中、ずらりと閂がされた扉が並んでいて、不気味だった。


「ごめんよ、かなり端の方にあって。いわくつきじゃない部屋はここだけだったんだ」

「私の前は誰が住んでいたんですか?」

「さっき、モリスに聞いておいた。愛人の子であるお姫様が住んでいたらしいよ」

「愛人の子……」

「なんでも、下賎な生まれの母親だったらしくて……ごめん、気になるのならまた今度、自分で調べてみてくれ。六十四代国王の時の話だ。その国王の庶子で、遠方の国に嫁いでいったらしい」

「じゃあ、ここでいじめられたりしてなかったんですか?」

「どうだろうね。昔の話だし、かなり陰惨な目にあったかもしれない。でも、穏やかに暮らしていたみたいだよ。子供も沢山生まれたし、夫が描かせた肖像画はどれもこれも、幸せそうなものばかりだったって、そうモリスが言っていた」

「良かったです、幸せになったみたいで」

「どうだろうね。本当のところは誰にも分からないから……」


 微笑みながら、鍵を取り出した。どこからどう見ても、牢屋の鍵で引く……。うわぁと思いながら見ていると、鍵穴に鍵を差し込んで開けた。


(ど、どうしよう? とんでもなくみすぼらしい部屋だったら)


 それに、カイがお掃除していたみたいだし。まだ見ぬ私への敵対心を募らせて、適当にお掃除していたらどうしよう……。でも、そんな心配は杞憂だった。古いけれど、綺麗に掃除したあとがある暖炉はばちばちと、静かな音を立てて、暖かい炎を揺るがせている。


 床も木板じゃなくて、なめらかなピスタチオグリーンの絨毯が敷き詰められてあった。その絨毯には団栗を食べているリスと、真っ赤な実をつけた、緑色の葉の木が描かれている。壁はむきだしの石壁だったけど、気にならない。むしろ、温かみが増しているような気さえする。


 そして木の梁が見える天井には、銀色の葉と実を模したシャンデリアが吊り下がっていた。家具はどれもこれも、上等なアンティーク家具で、織り模様が美しいソファーとテーブルのセット、金色の星と葉の装飾がついたドレッサー、大きな両開きのキャビネット、うっとりするような、重厚なグリーンの布とピンクのレースで飾り立てられた、天蓋付きのベッド。かつてお姫様が住んでいたというのも納得の美しさだった。ついうっかり、「ほわぁ~」と間抜けな声を出してしまう。


「素敵! 素敵! でも、殿下の部屋よりも豪華な気がします……」

「うん。でも、気にせず使って欲しいな。一生懸命掃除したし、カイとエナンドの三人で」

「カイはその、私のベッドの下にネズミの死体を入れたりしてませんよね……!?」

「大丈夫大丈夫、まだ知り合う前だったから。でも、そんなに気になるようだったら、俺からカイに、ベッドの下にネズミを入れるなって言っておくよ」

「ぜひともお願いします!!」

「うん」


 何がおかしかったのか、くすくすと笑う。手にしていた薔薇のランタンを、扉近くの飾り棚へと置いて、壁を探る。不思議に思っていると、頭上のシャンデリアがぼうっと、銀色の炎を宿した。古い魔術仕掛けのシャンデリアだ。


「一応炎だから気をつけて。まあ、ないとは思うけど、布を投げたりしないようにね?」

「はい! 服を燃やさないように気をつけますね」

「うん。じゃあ、晩ご飯を食べに行こうか」

「はい……。カイもいますか?」

「嫌なら、一人で食べるといい」


 怒っているのかもしれない……。急に冷たくなった。情緒不安定な人だなぁと思っていると、急に振り返って、困ったように笑う。


「ごめん。さっき、怖かったんだ。カイが死んでしまうかと思って」

「……あの人、どうしてぐるぐる巻きにしてるんですか? 顔を」

「今聞くことかな? それって」

「あの人を見ているとその、怖いんです……。得体の知れないものが喋って、動いている感じ。それに私は、殺意を向けられることはあっても、悪意を向けられたことがありません……」


 嫌だった、怖かった。まだ何もしてないのに、私のことを睨みつけてきた。あの濁った、冷たい灰色の瞳を思い出す。ぶるりと震えて、貰ったサシェを胸元で握り締めていれば、困った様子の殿下が溜め息を吐き、足元を見下ろす。


「うーん……。多分、カイは嫉妬しているんだと思う」

「嫉妬! 私が殿下の子供を生むからですか!?」

「君の中では決定事項なんだ? それ」

「はい。襲って気絶させて、種を搾り取ろうと思っ」

「待ってくれ!! シェリー、一旦黙ってくれ。ぎょっとするようなことをあまり言わないで欲しい……」


 いきなり近付いてきて、私の口を塞いできた。蜂蜜色の瞳が必死になっていた。とりあえず、言われた通りに黙りこむ。もごむごと口元を動かしている私を見て、はっとし、手を離してくれる。


「いいか? 頼むから、エナンドとカイの前でそんなことを言わないでくれ。あと、俺は手を出す気なんて一切ない。そういう約束だっただろう?」

「そうでしたっけ? 忘れました」

「いい性格をしてるね……。まあ、いい。ここを追い出されたくなければ、二度とそんなことを言わないでくれ。そんなつもりで雇ったんじゃないし」

「じゃあ、どうして私のことを雇ってくれたんですか? 同情からですか」

「そういう言葉使いは良くない。そうじゃないんだよ、シェリー」


 注意しているくせに、蜂蜜色の瞳はほっとするほど優しい。……どうして? 注意と暴力ってセットだと思ってた。でも、叔父さんの奥さんはそれは違うって言ってたかもしれない。誰もがこんな風に、優しく注意されているのかもしれない。また、涙が滲み出そうになる。暖炉の炎が燃え盛っている音までもが、優しく聞こえた。レナード殿下が近付いてきて、私の黒髪を耳の後ろへとかける。耳に触れる指先が心地良い。


「助けてくれって言ったのは、シェリーだろ?」

「助け……?」

「俺にはそう聞こえた。生きる意味が欲しいっていうのは、そういうことだろ? 多分。悲しい現実から逃げ出したかった。弟じゃなくてもいい、誰かに傍にいて欲しかった」

「ああ、そうかもしれません……。私はずっとずっと昔から、誰かに助けて欲しかったのかもしれません」


 実感が湧かないけど。ぼんやりしていれば、殿下が痛ましそうな顔をして、私のことを抱き締めてくれた。不思議と涙は出てこなかった。ほっとする。


「……じゃあ、リビングに行こうか。お腹が空いただろ?」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ