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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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31.仲直り?

 






 とうとう、邪魔な女を排除する日がやってきた。なぜかご機嫌で、ジュードが私の黒髪を梳かしている。時折、髪の手触りを楽しむかのように、鼻歌を歌いつつ、じっくりと指で梳かしていくのが気持ち悪くてたまらない。金色の星と葉の装飾に彩られたドレッサーには、不機嫌そうな表情の私が映っている。


 この微妙に座り心地が悪い、硬めの椅子に座っていると、時間が流れていかないような気がした。今すぐ城から抜け出して、芝生の上を駆け回りたい。獣毛ブラシが髪の毛を梳かしていく様子を見つめ、ひっそりと溜め息を噛み殺す。文句を言ったって仕方ない。ジュードは昔から、何を言っても聞かないんだから……。


 ふいに目が合った。美容師さん気取りなのか、黒いシャツの袖を丁寧にたくし上げ、ボタンで留め、上から濃いカーキ色のエプロンを身につけている。腕には多数の傷が走っていた。私と同じ赤紫色の瞳が蕩けて、嬉しそうに細められる。


「綺麗だよ、シェリー。大丈夫、今日来るご令嬢なんて目じゃないよ」

「……そう? ありがとう」

「嬉しいなぁ、お礼を言ってくれるんだ。前まで言ってくれなかったのに」

「そうだったの。忘れちゃったわ」

「いいんだよ、別に忘れたって。どうしようかな、カチューシャにする? それともリボン?」

「どちらも気に食わないんだけど」

「薔薇がついた小さな帽子にする? ああ、それとも日よけ用の帽子? エレガントで綺麗なものが一つあったよね? 持ってくるから、少しだけ待っていて」


 軽やかな早口で捲くし立てたあと、椅子から離れていった。ようやく息が吸いこめる。レナード殿下はまだ私のことを避けているし、顔が合わせづらい。これからティータイムなのに憂鬱。……どうして? 私が強くなったら嫌なの? 鏡に映った自分の顔が、歪んでいくところなんて見たくなくて、冷静に自分の顔を見据える。


(意地を張ったって仕方ないでしょ? 私はレナード殿下のことが好きなんだから)


 離れて分かった、好きなんだ。許せないし、耐え難い。全身に無数の針が突き立てられたかのよう。許せない、絶対に。会いに来ないのも、口先だけで誤魔化そうとするのも、自分の非を認めないのも全部全部。


 鏡に映った自分の顔を睨みつけていると、ジュードがつばの広い、真っ白な帽子を手にして戻ってきた。幅広の、淡い薔薇色リボンが巻かれている素敵な帽子。ジュードが笑顔で、不機嫌そうな私の頭に載せる。


「ほら、よく似合う。意外とお嬢様の格好が似合うね、シェリー」

「最悪だわ。今の気分と合ってない」

「どうしたんだい? ほら、俺に聞かせてよ。誰か殺して欲しい人でもいる?」

「レナード殿下のことが好きなの。ねえ、どう思う? 首を持って帰って、部屋にでも飾ったら、少しは気分がましになる?」


 殺したいわけじゃないんだけど。でも、囚われてしまいそうで嫌だ。武器を捨てて、筋トレをやめて、レナード殿下の言う通り、甘いお菓子と可愛い服に囲まれて過ごしたい。そうすることで、好きになって貰えるかもしれないから。


 自分の考えに吐き気がする。絶対に嫌だ、そんな生活。ジュードの言う通り、私とレナード殿下は住む世界が違うのに。愛人にしかなれないのに。鏡に映った私は、表情を崩していない。ジュードが赤紫色の瞳を見開き、ふっと笑った。


「いいや? 絶対楽にはなれないよ。やったね、両想いじゃん」

「両想い? ……そうかな」

「うん、レナード殿下もシェリーのことが好きだと思う。だって、キスしてくれたから」

「えっ?」

「シェリーの姿になったら、俺にキスしてくれたんだ」


 思考が止まった。今すぐ殺してやりたい、ジュードを。でも、だめ。一時の感情に流されて、殺すなんてどうかしてる。キスを? 嘘かもしれない。青ざめた私を見て愉快そうに笑い、黒髪を一房、持ち上げた。鏡に映ったジュードがこのうえなく、嬉しそうな表情を浮かべている。


「優しいねえ、レナード殿下は。そのあと何度かキスさせてくれたんだ。ああ、感情を一部共有してるんだって? どうだった? 俺とキスした感想は?」

「キス……?」

「そう、ある意味間接キスだろ? これって。レナード殿下にキスしたら動揺して、その動揺がシェリーに伝わる。キスされた時の感情がダイレクトに伝わるって最高じゃない?」


 全部繫がった。時々、レナード殿下が変な気持ちになっていたのってこのせい? とっさに椅子から立ち上がって、殴りかかれば、ジュードが余裕のある笑みを浮かべ、やすやすと私の拳を受け止めた。気持ち悪い、気持ち悪い!! 間接キスって、そんな風に考えるのが耐えられない。


「ジュード!」

「まあまあ、落ち着いてよ。せっかくの可愛い格好が台無しだよ」

「一体、何がしたいの!? 私を怒らせてまで!」

「俺はただ、レナード殿下とシェリーのことを引き裂きたいだけなんだ。ずるいよね、ぽっと出の男がさらっていくなんて。俺とシェリーはいとこなのに」

「だから何? いとこなだけでしょ」

「いいや、違う。唯一分かり合える存在だって思ってる。他の子に興味なんて湧かないけど、シェリーは違うんだよ」

「おもちゃと一緒でしょ? レナード殿下は。私のおもちゃを欲しがってる昔と変わらないじゃない!」


 ジュードは私のぬいぐるみやおもちゃが好きなだけ。奪い取って遊びたいだけ。レナード殿下も奪われて、ずたぼろにされちゃう? そんなの嫌だ、怖い。守らなくちゃ、絶対に。肩が上下していた。嫌な動悸が止まらない。ジュードはいつも通り、優しい微笑みを浮かべている。


「落ち着いて、シェリー。君がちょっと俺に股を開いてくれるだけでいいんだよ?」

「……は?」

「まだレナード殿下としたことがないって聞いたよ。処女だよね? 初めての男になりたいんだ」

「何か言い残したいことはある? 最後に聞いてあげる、一度だけ」

「愛してるよ、シェリー。でも、だめだ。さすがに殺される気はないな」


 試しに腕時計をナイフへと変化させ、首筋を切ろうとしたら、止められた。いつの間に……。小さなペーパーナイフらしきもので阻まれてる。やめられない、骨の一本でも折ってやらないと絶対に気が済まない。足に風をまとい、蹴り飛ばす。普通に足を払ったって転ばないでしょ? 


 予想外の攻撃だったのか、目を見開いたまま、床に崩れ落ちた。すぐさま顔面に蹴りを入れたけど、足を掴まれる。鬱陶しい。振り払って、今度は鳩尾の辺りを蹴り飛ばしてやった。床に転がるジュードを見ながら、足と腕、どっちを折ってやろうかなって考えていると、おもむろに扉が開いた。


「おいおい……。また喧嘩か?」

「私、悪くないもん!」

「真っ先に自己弁護するのはよせ。でも、こいつ、前科があるしなぁ」


 暑いうえにエナンドがいないからか、珍しくターバンを巻いていないカイが、ぼりぼりと黒髪頭を掻きながら、部屋に入ってきた。ジュードは黙って口元を押さえつつ、床に寝転がっている。カイが不機嫌そうな眼差しをぎょろりと向け、口を開いた。


「で? 何をされたんだ、一体」

「レナード殿下とキスしたって言うから、制裁を」

「はあ!? おいおい、嘘だろ、騙されるなよ。こいつは趣味の悪い嘘吐きなんだ」

「私よりもジュードとの付き合いが短いのに、どうして言い切れるの? 私の姿に変身して、キスしたんですって」

「あ~……。聞きたくなかった情報だなぁ」


 カイが腕を組み、ジュードを見下ろしながら溜め息を吐く。まだ骨を折ってないのに、邪魔されちゃった。残念。困惑した様子のカイを見ていると、ふつふつ可愛がってあげたい欲が湧いてきた。ささっと移動して頭を撫でたら、ものすごく嫌そうな表情で振り払われる。


「やめろ! 一応、お前を助けるために来てやったのに」

「仕方ないでしょ? レナード殿下からすれば、ジュードは小さくて可愛い弟なんだから」

「……あの人と俺、そこまで年齢離れていないんだけどなぁ。おい、ジュード。聞こえてるだろ? 起きろ、あと四十分しかないんだ。とんでもない女の身支度を手伝うと言った自分を恨め」


 カイが足先で寝転がっているジュードの体をつついた。弱っているふりをしていただけなのか、笑いながらゆっくりと立ち上がる。不気味。ジュードが私を見つめながら、親指で、流れている鼻血を拭った。赤紫色の瞳は一見冷静で、だけど、ぞっとするような陰湿さがこびりついている。


「ひどいな、シェリー。用意しようか。この帽子で大丈夫?」

「好きにしたら? あとで絶対骨を折ってあげる」

「今でもいいよ。ん~、肋骨かな? 腕を折られると困る。シェリーの身支度が手伝えないよ」

「……」

「歩けないと困るし……。シェリーをエスコートできないから。うん、やっぱり肋骨だね。どうぞ」

「さすがはいとこ、ぶっ飛んでいるな」

「私とジュード、一緒にされたくない……」

「あとで話がある。来いよ、ちゃんと」

「はい、分かりました」


 カイが私を無視して、ジュードのことを強く睨みつけた。意外と真面目。しっかり怒られちゃえ! 治癒魔術で鼻血を止めて、私の服が汚れるといけないからという理由で手を拭いていた。昔からそう。私が癇癪を起こしても、ジュードは何も気にしない。ふんふんとご機嫌で鼻歌を歌い、綺麗に梳かした黒髪を編み込んでゆく。


(……何を考えているのか分からない。でも、叔父さんを殺したいと言っていたのは本当?)


 今までジュードの本心を、安全のために知りたいと思ってた。でも、今は違う。怖いから知りたい。何を考えているのか分からない人って、大事な人を傷付けそうで怖い。だから、知りたい。側頭部に綺麗な編み込みが二つ、できていた。部屋に置いてあるアンティークの手鏡で見せてくれた。


「どう? あ、帽子で隠れちゃうか。いっそのこと、生花でも飾っちゃう?」

「好きにしたら?」

「それしか言わないね。庭園の薔薇って庭師に言ったら、少し分けて貰えるんだって。急いで貰って来ようかな? シェリーはどう思う?」

「叔父さんを殺したいから、私を味方にしたいの?」


 動きがぴたりと止まる。私の肩に手を置いて、にっこりと楽しげに微笑んでいるジュードの姿が、目の前の鏡に映っていた。こうして見ると、私達、少し似ているのね。そんなこと言う気にはなれず、心の中に隠しておいた。


「っはは、まさか。信じてるの? 気にかけてくれたんだ?」

「ううん、どうでもいい。自分の人生について考えたことある? 私達がこうなっちゃったのは叔父さんのせいだから、恨んでいるのかと思ったんだけど」

「……シェリーは恨んでる? 気になるなあ」

「ユーインの足を取り戻したいと思ったのは私よ。そのためには大金が必要だった、殺して稼ぐしかなかった」

「本当に変わっちゃったね、シェリー。取り残された気がしてならないよ。俺しか知らない、埃をかぶった貴重品を奪われたような気分なんだ」


 寂しそうな声で呟いたあと、後ろから私のことを抱き締める。やっぱり、答えが聞けなかった。以前は答えが聞けないって分かってる質問を、わざわざしなかったんだけど……。肩におでこを押し付けていた。鼻血がつかないのなら、それでいい。


 少し経ってから、ジュードが無言で離れ、立ち去る。庭師から貰ってきた薔薇は、中心に濃いピンク色が滲んでいて可愛らしかった。急遽、黒髪を後ろでまとめ、控えめで可愛らしい薔薇を挿す。


 木陰のような模様のレース襟に、鮮やかなグリーンのワンピース。レナード殿下の言う通り、私の赤紫色の瞳とグリーンがよく合っていた。次はメイク。まろやかな赤い口紅に、優しいブラウンのアイシャドウ、ほんのりオレンジが混ざった赤いチーク。最後にパールのイヤリングを耳元に飾って終わり。


「綺麗だね、シェリー。さあ、行っておいで」

「……エスコートするって、騒ぐかと思ってた」

「さっきのお詫びだよ。行ってらっしゃい」


 気のない返事をしながら、コスメ道具を片付け始める。何だかよく分からないけど、好都合。レナード殿下に見せに行っちゃおう。扉を開けて出ると、一応私の護衛をしていたカイが目を丸くする。


 嫌味を言われる前に、さっさと通り過ぎて、レナード殿下が待つ部屋の扉をノックする。サムさんが出てきて、カイと同じように、青い瞳を見開いた。何も言わないの? 褒め言葉を期待してるわけじゃないけど、何か言って欲しい。首を傾げたら、はっと我に返った。


「……悪い。シェリーか?」

「そうです。誰だと思ったんですか? 私ですよ」

「どうしたんだ? サム。通してくれ」

「あ、レナード殿下……。失礼しました」


 サムさんが軽くお辞儀をして、扉の前から離れたとたん、グレーのスーツを着たレナード殿下も蜂蜜色の瞳を見開く。もー、揃いも揃って! こういう時は綺麗だね、とか、可愛いねとか言って欲しいのにみんな、幽霊にでも遭遇した顔になるんだから。その場でくるんって一回転したあと、スカートの裾をつまんだら、ようやく我に返った。


「似合いませんか? この格好。ジュードに任せるべきじゃなかったのかもしれません……」

「いや、とてもよく似合ってるよ。最高だ、最高すぎて悔しい気持ちになる」

「どうしてでしょう」

「俺の手で変身させたかったんだ。ああ、悔しいなぁ! 勉強でもしようかな、ははっ」

「わっ!?」


 いきなり脇の下に手を入れて、抱き上げられた。目を白黒させていたら、笑顔で回り出す。よく分からないけど、嬉しい。ちゃんと謝ってくれるまで許す気はないんだけど、口の端がもぞもぞしちゃう。ついつい笑っちゃった。レナード殿下がそんな私を見て、満足げな笑みを浮かべ、そっと優しく床の上に置いてくれた。


「……すまなかった、シェリー。色々と」

「色々と? 私、バカだからちゃんと言って貰えないと分かりません」

「ごめん……。認めたくないし、認めるつもりはないけど、犠牲にしていたかもしれない」


 ものすごくあやふやな謝罪で嫌になっちゃった。却下! 受け付けません。喋るのも嫌になって、部屋から出て行こうとしたら、手首を掴んで止めてきた。


「悪かった! 謝罪になってなかったな、ごめん」

「ジュードとキスしたって、本当ですか?」

「あっ!? いき、いきなり……」

「本当なんですね?」

「ほ、本当と言えば本当だ。でも、向こうが勝手にしてきただけで俺がしたわけじゃない。信じてくれとしか、その、言いようがないけど」

「……」

「なあ、サム!? 見ていたよな? ジュ、ジュードが俺にキスするのを泥人形で!」

「はい、見ていましたよ。あれは一方的なキスでしたね」


 底なし沼を眺めているような眼差しで答える。本当なんだ? ふーん……。私が疑り深く、サムさんをじっと睨みつけていたら、焦りながらも目を逸らさず、信じてやってくれと言いたげな表情で見てきた。ま、別にいいんだけど。レナード殿下が私に隠れて、ジュードとイチャイチャしていても。ふいに肩を掴まれた。


「さ、さては信じてないだろ!? 俺は同性愛者じゃないし、シェリー以外の子とキスなんてしないよ」

「……どっちでも構わないです」

「嘘を吐くのはやめるんだ。構わないって思ってるような顔には見えないぞ? 拗ねてる」

「ずっとここにいるつもりはありませんから」


 呆然と蜂蜜色の瞳を瞠った。不思議ね。意地なんて全部捨てて、一生そばにいてあげるって言いそうになっちゃう。でも、私にはやりたいことがあるから。ユーインにちゃんと謝って、少しだけでいいからもう一度だけ、一緒に暮らしてみたいの。バーデンを飼っている本当のご主人様が誰か気になるし。夜中、手を握って泣いていた人のことを思い出す。


(……誰なんだろう、あの人。まるで、私の不幸を生み出したような言い草)


 優しい子守歌がまだ耳の奥に残ってる。深く深く溜め息を吐いたレナード殿下に微笑みかけ、手を差し出した。まだもうちょっとだけここにいてあげる。一緒にティータイムを楽しみましょう。お客様には癒しの血を一滴入れて、私には薫り高い紅茶を淹れて。


「さあ、レナード殿下? 私をエスコートしてくださいな。お客様が待っていますよ」

「シェリーには敵わないな。時々、百戦錬磨の美女を相手にしているような気にさせられる」

「はい。百人以上殺してきましたよ」

「そういう意味じゃなくてだな……。まあ、いいや」


 招待客はレナード殿下に憧れているご令嬢。もうヘマはしない。今日は武器を持たない、殺気も飛ばさない。










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