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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
59/74

23.頑張ったのに、褒めてくれないから!

 



 扉を開いた瞬間、「ああ、良かった!」って誰かがほっとしたように呟く。不思議に思っていると、侍女頭が駆け寄ってきた。リラックスした服装。足首まである白いワンピースの上から、ガウンを羽織っている。さっき会った時とは違って、白髪混じりの茶髪をおろしていた。無言で見上げれば、動揺して茶色の瞳が揺らぐ。指と指を絡め、落ち着かない様子で話しかけてきた。


「それで? どうなりましたか? 片付けたのですか、侵入者は」

「はい。なので、王子様を迎えに来ました」

「ああ、良かった! ……言っておきますけどね、王妃様が許しても私は許しませんから! もっと他の方法があるでしょうに」

「文句なら、じっとお利口にマテができない王子様に言ってください。私は何も悪くありません」

「あなたね!!」

「王妃様を呼んできてください。心配なさっているでしょうから」

「そうだった、王妃様。お知らせしなくては。さあ、早く、ベッドで眠って頂かないと……」


 ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、隣の部屋へ行った。天井から吊り下がった豪華絢爛なシャンデリアに、緻密すぎて、夜の薄暗い部屋では幾何学模様に見える、草花と小鳥柄の壁紙。踏み心地が良い花柄の絨毯に、高そうなアンティーク家具。


 ここは現実離れしている。薄暗いから、余計にそう感じるのかもしれない。火が入っていない暖炉のすぐ横に立って、壁へ触れる。すーっと壁に、ドアの形を描いた線が入る。丸い木製のドアノブだけ現われ、それを掴んでから回す。


「私は王家に忠誠を誓う者。決して仇をなしません」


 嘘だったら、手が焼け落ちて死ぬ。昔の魔術はもっともっと自由で過激だから好き。今は法整備が進んで不便になっちゃった。これぐらい、過激でいいのに。カチャッと、音を立てて開いた。勝手に開くのが不思議で慣れない。


 一歩足を踏み出せば、暗い部屋のランプに光が灯った。ドアの両側に、丸いガラスで出来たランプが備え付けられている。古臭い花柄のカウチソファーでくつろいでいた、エナンドが音に気が付き、顔をあげる。獣の姿に戻っていた。赤い毛並みがわずかな光を反射させ、艶めいていた。


「シェリーちゃん。どうだった? 余裕だった?」

「ううん、鈍ってるから死闘だった。私の王子様は一体どこ?」

「部屋の奥にいるよ。ほら、俺、護衛だからさ。すぐ立ち上がれるようにここにいるの、えらくない?」

「普通ね。それぐらい当たり前だから」

「つれないな。褒めて貰おうと思ったのに」


 おかしそうに笑いながら、太い前足に顎を乗せた。本人的には可愛いポーズをしているつもりらしく、深いグリーンの瞳が潤んでいた。いつもなら、からかってあげるんだけどね。でも、今はそんな気分になれないの。ごめんなさい。


 素通りして、部屋の奥へ向かう。埃が積もっていそうな、金糸が織りこまれた天蓋付きのベッド。無数に置かれた椅子とテーブル、カウチソファー。昔、密会に使われていたという部屋は薄暗くて、ちょっとだけ不気味で窓がない。


 王族と王族に忠誠を誓った者だけが入れる小部屋。ここに入れるかどうか、貴族は試されていた。本当に信頼出来る人だけが招かれる部屋に入れて、高揚していた。奥のカウチソファーへ近付くと、うめき声が聞こえてくる。金髪の少女が寝そべっていた。手は後ろで縛られている。ふんだんにレースがついた白いネグリジェを見て、笑いそうになっちゃった。細く見える肩を掴み、揺さぶって起こす。


「レナード殿下? レナード殿下、お待たせしました、来ましたよ」

「ん……。シェリー? 無事か?」

「はい、無事です。私の王子様。良かった」


 本当に良かった。あの女はレナード殿下に触れることなく、見ることさえかなわず、国へ送り返された。まぶたが震えて、青い宝石のような瞳が現われる。私の王子様。無事だった私の姿を見て、喜びが胸の中に広がっていった。生きてるだけで喜んでくれるんだ、レナード殿下って。ばっと起き上がり、私に食ってかかる。


「言ったよな!? 反対だって! 何も、こんな姿にしなくても……!!」

「嫌でしたか? でも、あなたの姿は変わってませんよ。何も」

「知ってる。人から見たら、変わってるだけだって。だけど洗面所の鏡を見て、ぎょっとする俺の身になってくれ。いざとなったら血を渡せばす、」

「だめです。誘拐をふせぐためにですから、この姿は」

「心配しなくても、この部屋には誰も入ってこれないだろ……」

「壁を崩されたら終わりですよ、レナード殿下」


 さすがに王妃様の部屋に入ってきて、壁を撫で回して、この先にレナード殿下がいるぞ、壁を崩そうって思う人はいないだろうけど。でも、念のために姿を変えておきたかった。少女姿のレナード殿下が、私のことを強く睨みつけてくる。


「さっき、死ぬかと思いました。またこうして会えて嬉しいです!」

「シェリー……」


 ぎゅっと抱きつけば、死にそうな声で呟いた。柔らかい金髪が頬にあたってくすぐったい。でも、抱きしめた肩や背中は男性らしく、ごつごつしていた。頬に両手を添えて、キスする。魔術を解くのにキスなんていらないんだけど、何となくそうしてみたかった。離れたら、そこには金髪ウィッグをかぶったレナード殿下が座っている。不貞腐れているのを見て笑っちゃった、変で。


「っふ、ふふ、これ、もう外しちゃいましょうね」

「……いらなかったんじゃないか? わざわざウィッグなんてかぶらなくても」

「だめですよ。長い金髪に触れなかったら、バレちゃうでしょ? 幻覚だって」

「しかし……そうだ、怪我は? ないか?」

「あります。でも、大したことありません。大丈夫です」


 骨にヒビが入ってるかな? どうかな、怪しい。服、脱がない方が良かったんだけど、あんな場面に直面したら脱ぐしかないから。でも、半殺しに出来たみたいでほっとした。半殺しにしたのは私じゃなくて、ジュードだけど。


 不貞腐れながらも、縄を解く。始めは手錠にしようと思ったんだけど、犯罪者みたいで、王子様に似つかわしくないからやめた。レナード殿下が手を握ったり、動かしたりして確認している。


「申し訳ありません、レナード殿下。閉じ込めてしまって」

「……いつもと雰囲気が違う。何かあったのか?」

「いつもこんな感じですよ、戦い終わったあとは」


 優しく微笑みかけたら、不安そうな顔になった。どうして? だめだったみたい。そうだ、時計。返さないと。レナード殿下が何かを言いかけたけど、無視して、絨毯に手のひらを押し付ける。急にしゃがみこんだ私を見て、「体調が悪いのか? 大丈夫か?」って言ってきた。


「バーデン、返して。あの時計。聞こえてるんでしょ?」


 絨毯からひからびたミイラのような手が出てきて、私を手招きし、近付いたら時計を渡してくれた。良かった! バーデンから時計を受け取って立ち上がり、レナード殿下へ手渡す。おそるおそる受け取った。


「と、けい……? 何だ? どうしたんだ、これ。敵の持ち物か?」

「あなたのものですよ、レナード殿下。ほら、言ってたじゃないですか! モリスさんからプレゼントされた時計なんでしょう? 守りましたよ、褒めてください」

「守った? ありがとう。まさか、無茶はしてないよな?」

「死んでないので無茶じゃありません」

「無茶したんだな……。どうでも良かったのに、こんな時計」

「え?」


 どうでも良かったって、なんで? 褒めて貰えないのかな、頑張ったのに。私、間違えた? 大事にしているものだから守ったのに、違った? 難しい、どうすれば良かったの。こんなに頑張ってもまだ、追いつかない。レナード殿下の気持ちが把握できない。頑張ったのに。だから、ユーインも私を置いて行っちゃったんだ。人の気持ちが理解できない、だめなお姉ちゃんだから。全身から力が抜けて、へなへなと座り込む。


「シェリー? やっぱりどこか悪いんじゃ、」

「意味、無かったんですね? また、私、間違えちゃった……。褒めて貰えると思ってたのに!」

「ごめん、言葉足らずだった。そうじゃなくて、シェリーの方が大事だから無茶してまで守らなくても、」

「うあ、うあっ、うわ、ぐ、うわあああっ……」

「うわああああ!? ごめん、ごめんな!?」


 泣きじゃくったら、慌ててレナード殿下が背中を擦ってくれた。獣姿から人の姿になったエナンドがやって来て、渋い表情で「泣かせてる」と呟く。必死で言い訳してた。ひどい、分かりやすく言ってくれたら良かったのに! 最初から、私の方が大事だよって言ってくれたら、泣かずに済んだのに……。苦しくなって咳き込んでいると、レナード殿下が私のことを抱き寄せて、背中を擦ってくれた。


「ごめん、悪かった! 怖くなったんだ。俺の大事なものを優先させて、怪我したんじゃないかなと思って」

「だめですよ、レナード様。シェリーちゃんには通じませんから」

「分かってる! 頼むから黙っててくれ……。眠いし、頭がよく回らないんだ」

「言い訳せずに……」

「違うから。頼む、エナンド。二人きりにしてくれないか?」


 苛立って振り返った瞬間、部屋の扉が開いた。とっさに腕の中から抜け出して、両腕を広げ、レナード殿下の前に立つ。困惑して「シェリー?」と言ってきた。涙がぼろぼろと落ちて止まらない。すっごくつらい。私、頑張ったのに全部無駄になっちゃったんだ。理解したいのに、理解できない。ネグリジェ姿の王妃様が部屋に入って来て、戸惑った表情を浮かべ、立ち止まる。


「どうしたの? 怪我でもしたの?」

「……王妃様。レナード殿下が褒めてくれないんです。私、私、せっかく頑張ったのに」

「違うんです、これは!」

「静かにしなさい。もう夜中よ」

「はい」


 王妃様がものすごく何か言いたそうにしているレナード殿下を睨みつけ、溜め息を吐いた。昼間きっちり結い上げてある金髪は、ゆるやかに編まれていて、鎖骨の辺りへ投げ出されていた。エナンドが一歩下がり、軽くお辞儀する。


「それで? どうしたの、何があったの? 報告しなさいな」

「……キリムから二等級国家魔術師が三名、一等級国家魔術師であるピア・ランズベリーが送りこまれました」

「一等級国家魔術師……。追い返したの?」

「はい。半殺しにして、キリムヘ追い返しました。意識を失うほどの大怪我なので、しばらくは来ないかと」

「さすがね。お祖父様が重宝していた理由がよく分かるわ」


 王妃様にしては珍しく、口を滑らせた。昔からハウエル家の顧客の大半は王侯貴族だった。今は違うけど。ちょくちょく成金から愛人を殺してくれだの、隠し子を殺してくれだの、つまんない依頼がくるだけ。たまに重要な依頼もくるけど。王妃様が苦い表情を浮かべ、咳払いした。


「それで? 泣いている理由は? この子は一体何をしたの」

「王妃様、言葉が足りなかったんです。全部俺が悪いんです」

「レナード? あなたに聞いた覚えはなくてよ。あらぬ疑いをかけられたくないのなら、じっと待ちなさい。聞く姿勢でいること! いいわね?」

「……はい。申し訳ありませんでした」


 レナード殿下が気まずそうな表情で黙り込む。でも、嫌だとは思ってないみたい? くすぐったい。なんだ、レナード殿下はちゃんと王妃様を母親だと思ってるんだ。嬉しいくせに、隠そうとしている。嫌がらせしたいから、伝えることにした。


「あのね、王妃様。今から言うこと全部、信じてくれますか?」

「シェリー、一体何を言うつもりなんだ……?」

「ええ、信じます。あきらかに嘘じゃなかったらね」

「レナード殿下はちゃんと、王妃様のことを母親だと思ってます。今も嬉しいんですよ、たしなめられて。ずっとちゃんとしたお母様がいなかったから、むごっ!?」


 後ろからレナード殿下が、無言で私の口を塞いだ。手首を叩いたら、耳元で「頼む、やめてくれ」とささやく。熱い息が耳にかかってくすぐったい。心臓が飛び跳ねちゃった。くっつくのもいいかなと思って、大人しくしていたら、王妃様が泣き出しそうな顔で笑った。細められた青い瞳があまりにも悲しそうで、胸が痛くなる。


「そう。……そうなの、嘘じゃなかったらいいわね。嘘じゃなかったら嬉しいわ、今の言葉」

「すべて忘れてください。彼女は俺に嫌がらせがしたいだけなんですよ」

「むーっ、むぅ、正解! でも、嘘じゃありませんよ。だって、むぐぅ……」

「よしよし、お利口だ。あとでおやつでもあげるから許してくれ」

「むぐーっ……!!」

「レナード様、犬じゃないんだから」


 エナンドがぎりぎり聞き取れる声量で呟いた。王妃様は問い詰めたそうな表情を浮かべ、かたく握り締めた両手を震わせている。レナード殿下から羞恥心と強烈な後悔、苦しさが伝わってきた。ねえ、レナード殿下。そんなに苦しいのなら、どうして言ってあげないんですか? 王妃様のことを、本当のお母様のように思ってるって。いるのに、レナード殿下にはまだ家族が。


「レナード、深くは聞きません。でも、私は、一度もレイナに対して敵意を向けたことはありません。王妃になりたいとも」


 王妃様になりたいって思ったことがないんだ、王妃様は。じゃあ、一体どうして? なんで王妃様になってしまったんですかって聞きたかったけど、我慢する。私の口を塞いでる手が震えていた。ごくりと唾を飲み込み、レナード殿下が口にする。


「……ええ、分かっていますよ。昔から」


 王妃様が青い瞳を見開いたのち、ほっとしたように笑う。でも、苦しそうに見えた。手をさっきよりもかたく握り締め、胸を張る。


「そう。ならいいわ、良かった。それが聞けて満足です。……あなたのために動いて、一生懸命応戦したんだから、きちんと褒めてあげなさい。いいわね?」

「はい」

「キリムが早々に一等級国家魔術師を送りこんでくるとは……。ロダンをどうしてもそばに置きたくないって言うつもり? この期に及んでも」

「少し考えます。頭が回らないので、もう休みたいんです」

「この部屋に泊まりなさいな。異論は認めません」

「王妃様!」

「心配しなくても、しょっちゅう見に来たりしませんから。行くわよ」

「はい、王妃様」


 離れていたところで待っていたえらそうな侍女頭に声をかけ、部屋から出て行った。扉が閉まるのを見届けてから、レナード殿下が深い溜め息を吐く。心配になって覗き込めば、むにっと頬を引っ張られた。


「シェリー……!! どうしてあんなことを言ったんだ!? 気が済んだか?」

「ふぁい。れらーほれんか、はにゃひてくらはい」

「まったく。無事で良かった。今後は時計なんか守らないでくれ。シェリーより大事なものはない」

「ふぁふ」

「ん、よし」


 私が頷いたのを見て、満足げに笑った。そっか、時計よりも大事だから怒ったんだ。でも、時計、無事だったのに……。壊れたら悲しむくせに。涙をこらえて、足元の絨毯を睨みつけていたら、まいったように笑うエナンドが話しかけてきた。


「もうそろそろいいですか? 場違い感が俺、さっきからひどくて……」

「悪いな。どうする? 塔で寝るか?」

「はい、もちろん。それとも廊下で寝た方がいいんですかね? ソファーとか?」

「さすがにもう来ないと思うが……。シェリーはどうしたい? こういうことはシェリーに聞くべきだよな」

「はい! その通りです。奥の小部屋でレナード殿下が寝て、エナンドは獣の姿で待機するのがいいかと」

「え? 俺、寝れないの?」

「どうして寝る気でいるの……? レナード殿下が危険な目に遭うかもしれないのに? 護衛なのに?」

「うっ」


 何言ってるんだろう、この人。それでも護衛? 寝れないのなんて当たり前でしょ。困惑しながら聞けば、怯んで、レナード殿下を横目でちらちらと見た。レナード殿下が苦笑し、割って入ってくる。


「まあまあ、勘弁してやってくれ。元々、俺の遊び相手にって言われて、連れて来られたんだからさ……。シェリーと違って覚悟できてないんだよ」

「そうでしょうね。遊び相手?」

「うん。年があまり離れてないからね。モリスが連れて来たんだ」


 胸に痛みが走る。ひどい、モリスさん、なんで死んじゃったの。分かってたでしょう? レナード殿下が悲しむって。可哀相。ちょっと話しただけで、胸の奥が鈍く痛み出す。胸元を押さえていたら、レナード殿下が背中に手を添えてくれた。


「さあ、寝ようか。俺はソファーで寝るから」

「あ、待ってください。従兄弟のジュードとカイを置いてきちゃったんです」

「……先にそれ、言って欲しかったな。もう来たのか、早いな」

「遅いぐらいですよ。伝えてきますね!」

「あっ」

「何か?」


 ぱっと駆け出したら、物言いたげな表情で手を伸ばした。すぐに取り繕った笑みを浮かべ、手を引っ込める。


「何でもないよ。エナンド、ついて行ってあげてくれ」

「え? シェリーちゃんは俺が守らなくても平気ですよ。むしろ足引っ張っちゃうかも。ここでレナード様を守りたいし」

「……」

「エナンドの言う通りです。行ってきます!」

「うん、気を付けて……」









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