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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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22.私の大事なすべて

 





 衝動に飲み込まれるようなら、私じゃない。私なら完壁にコントロールできる。脳裏にふっとレナード殿下の顔が浮かんだ。両足に力を入れて、踏ん張る。地面に着地したカイが、崩れ落ちたピアのことを狙っていた。油断できない、気絶させるまでは。ナイフを握り締め、ピアに向き直る。バーデンが期待していた。呼吸が浅い、脈がどんどん速くなってゆく。


(気持ちは分かるよ、すごくよく分かる)


 でも、私はもうそういうことをしちゃだめなんだ。バーデンも知っていたでしょ? 私が異常だって。レナード殿下の価値観を分けて貰ったから、今なら分かるよ。レナード殿下は人を傷付けることじゃなくて、何よりも私がぼろぼろになって、簡単に人を殺していくのを悲しんでいるみたい。


 まだよく分かんないけど、大事したいな。レナード殿下を、その優しい価値観ごと。ピアの肩を狙って、冷静にナイフを振り下ろす。躊躇していたカイが私を見て、首に砂を巻きつけた。


 ピアが一瞬、すさまじい表情で睨みつけてくる。しまった、でも、止まらない。強烈な風が巻き起こった。カイが「うわっ!?」って叫び、よろめく。だめだ、守らないと! レナード殿下が悲しんじゃう。とっさに手を伸ばして、大量の砂を浴びせる。砂の中に潜めるはず、カイなら。砂の中で多少の怪我なら、治せるみたいだし。小さな砂嵐が巻き起こる中、急に手首を掴まれた。


「よくもやってくれたわね、覚悟はいい?」


 聞く前にやればいいのに、私なら絶対そうする。バーデンがとっさに動き、黒い翼をナイフのように尖らせ、顔面を狙った。ピアが私を強く睨みつけたまま、両翼を崩す。もろもろって崩れ落ちて、光に変わった。


 足で蹴り飛ばそうと思ったら、突然めまいに襲われた。疲弊してる! 前ならもっと上手くやれたのに。こんなの、ぜんぜん大したことなかったのに……。首をがっと掴まれ、締め上げられる。ピアごと、黒い翼に飲み込まれそうになった。


「妙な体! 精霊よ、私のことを助けて!」


 眼前で光が炸裂する。バーデンが私の体から追い出され、吹っ飛んだ。もう回復したの? 早い。でも、良かった。普段精霊に頼り切っているからか、そこまで体力がない。向こうもへろへろだと思う。手首を掴み、衝撃波を与えてへし折る。今のでごっそり魔力がなくなった。でも、早く片をつけないと。バーデンに頼らず、自分の力で。足を払って転ばせようとしたら、急に地面へ叩きつけられた。


(難しい! 殺さずに、どうやって捕まえたらいいの!?)


 この女、怪我をしてるくせに元気。指が一本も動かない上に、周りが見えない。視力を奪われた? どういう魔術を使っているのかな。地面に突っ伏していたら、ピアが私の頬を踏みつけてきた。いたっ、痛い、腹が立つ! さっき、負けかけてよわよわだったくせに。


「あ~……こんなに苦戦したの、子どもの時以来かも。ねえ、聞こえてる? 聞こえてるよね、返事しなさいよ」

「嫌だ」

「……レナード殿下の血をくれたら、帰ってあげるから。じゃないと殺しちゃうよ、どうする?」

「あなたみたいにバカな人は、絶対に血を手に入れられない。そう決まってるの」

「ふーん。砂の民族か何かだっけ? あれ。かばってたよね」


 バーデンはどうしているのかな。指をくわえて、ただ黙って見てるとは思えないけど。でも、人外者だって疲弊する。おまけに精霊と人外者は相性が悪い。今頃、追いかけ回されているかも……。


 ピアの靴底が離れ、視力が戻ってきた。ぼんやりと揺らいでいる視界が、徐々にはっきりとしてきて、私に現実を突きつけてくる。少し離れた先で、悔しそうな様子のカイが捕まり、なよっちい首筋にナイフを当てられていた。一気にかっと、怒りがこみ上げる。


「ほら、どうする? 殺しちゃうけどいいの? はっきりいって、シェリーちゃん以外の子はいらないんだよね~。大して強くないし」

「……放してあげて! 弱いのに、かわいそう!」

「二人がかりで弱い、弱いって言うなよ。お前らが化け物で、俺はそこそこ強いんだ」


 カイはそう簡単に死なない。だから落ち着いているし、体力も徐々に戻ってきているはず。でも、不死身じゃない。どうする? 指一本動かないのに。ピアの後ろでバーデンがぼんやりと佇んでいた。薄い笑みを浮かべている。……知ってたんだけどね、バーデンが私の味方じゃないって。多分、試されてる。


(どうしよう? 考えて、考えろ。魔力は残りわずか。ピアはそれを知っているから、私をただ押さえつけてるだけ)


 体が重い。均等に圧がかけられている。物体を固定する魔術じゃない。おそらく人間に圧をかける魔術を使っているから、ほんの少しの間でいい、動物に変身する。それで抜け出せる。でも、魔力が残されていないから、小さな動物にしかなれない。


 そこそこ動きやすくて、攻撃力があって、今の魔力量でも足りる動物……。猫に変身することにした。どんどん手足が縮み、黒い毛に覆われてゆき、服がばさっと脱げ落ちる。


「はっ!? もー、どうするのよ! 猫なんかになって!」


 でも、動けない状況よりましでしょ? 少しの隙があればいい、少しの。私がまっすぐピアへ向かって走ったら、カイがとっさに手首を掴み、振り払った。勝機がないと見てか、砂へ姿を変える。うん、その方が絶対いいと思う。足手まといになるし。


 人質に逃げられた腹いせか、飛びかかってきた私の腹を容赦なく蹴った。猫の姿だからいいんだけど。受け身が取りやすい。芝生の上を転がり、体勢を立て直す。ピアが額に青筋を浮かべ、肩を震わせた。


「頭にきた!! どうしたって渡したくないの!? 意味分かんない、死ねっ! 死ね!」

「っにぎゃ!?」


 何度も何度も、腹を蹴り飛ばされる。ああ、久しぶり、この感覚。脳みその一部が麻痺していくような感じ。逃げ出そうとしたら、尻尾を踏んづけられた。バカなの? この女。目的は私を殺すことじゃなくて、血を奪い取ること。


 邪魔なら殺せばいいだけ、時間を無駄にしている。私ならさっさと殺して、レナード殿下を探しに行くのに。意識が朦朧としてきた。返さなきゃ、時計。怒っているだろうから、迎えに行きたいな。レナード殿下のことだから絶対、私が戻るまで眠ろうとしない……。


「はー、もういい。あんたが厄介なのよ。どこでそんな魔術学んだの?」

「……」

「最後に一つだけ聞く。私の味方になるつもりはない? 弟子にしてあげる」


 してあげる、ね。どこまでも上から目線で嫌な女。私の背中に足を載せた。レナード殿下がこの女の手に落ちることを考えるだけで、血が沸騰してゆく。何かないかな? 何か。心臓が止まるまで私は負けない。


 それは純然たる事実。相手に殺されたら負け、私が相手を殺したら勝ち。逃げたり、逃げられたりしたら引き分け。最後の最後まで、一秒たりとも無駄にせず使って、動き続けたらいい。私はまだ生きている。後ろ足をにょーんと伸ばして、変な声をあげることにした。


「ンナッ、ウニャ、ウナァン、ンナナナアァ~ン……」

「ちょっと! 何よ、それ。命乞いのつもり? それともバカにしてるの? ねえってば!」


 また背中を蹴り飛ばした。痛い。でも、針一本ぐらいは出せる。生半可な攻撃だと、激昂して痛めつけてくるだろうから……。急に地面から、黒いマーガレットがにょきっと生えてきた。私の鼻先で、黒い茎が踊っている。これは、もしかして。


 呆気に取られていたら、とっと、私の近くに誰かが降り立った。それと同時に、地面からすさまじい勢いで何かが生えてきた。黒く硬質で、柱じゃない。剣でもない。例えるなら、石で出来た黒い触手。これ、知ってる。


「あ、ぐぅあっ……!?」

「久しぶり、シェリー。元気にしていた?」


 突如現われたジュードが、出てきた柱を愛おしそうに撫でる。なぜか白い手袋をしていた。ピアは、串刺しになってる。まるで磔にされているみたい。三角形に尖った黒いものが、両手と腕、肩と足を貫いていた。でも、急所は上手に避けてる。殺しても良かったのに、もう! ジュードは私とは違って、殺すのを禁止されていない。こちらを見ずに、持っていたトランクを芝生の上へ置いた。


「精霊がいつまでも自分の味方だと思っちゃいけないよ、えー……何だっけ? 忘れちゃった、名前。そうだ、お菓子。シェリー、夜に食べたくないって言ってたよね?」


 ジュードが着ている黒いスーツが、きらきらと眩しく光っていた。銀色の光。粉をまぶしたような……。息を吸うのも忘れ、ただ呆然と座り込むしかなかった。精霊はジュードのことを一瞬で気に入ったの? 


 お気に入りのピアを捨てて、ジュードを守ることにしたの? ありえない、信じられない。それができたらどんなに、どんなに……。呆然と見上げてくる猫の私を見て、頬を緩め、嬉しそうに笑った。しゃがみこんで、両手を伸ばしてくる。簡単に抱っこされちゃった。


「お菓子。シェリーにお菓子を買ってきたんだ。レーズンバターサンドクッキーとグミ、雲のケーキ。好きだったろ?」

「んにゅ~……」


 驚きすぎて、猫の声しか出せなかった。毛を逆立てている私を優しく撫で、抱き締める。指が骨をなぞっていった。くすぐったい。ピアの近くにバーデンが降り立つ。


「バーデン、処理してくれ。そういうの得意だろ」

「言われなくても」

「ありがとう、仕事が早いな」

「お前の下僕じゃない。二度と俺に命令するな」


 呆れたように溜め息を吐き、私を見つめてくる。どうして? バーデン。もう私の味方じゃないのに、どうしてそんな顔をするの。初めて、まともにバーデンの表情が読めなくて困惑した。赤い瞳が揺れている。見つめていたら、とびっきり居心地の悪そうな表情を浮かべ、背を向けた。少し歩いたのち、煙になって掻き消える。


「許してやってくれ、シェリー。バーデン、かなり怪我をしていたんだ」

「怪我? 嘘よ」

「嘘じゃない、本当さ。人外者が怪我しないと思う? 精霊相手なら仕方ない。それにしても太ったね、ちょっとだけ。前は骨だらけだったのに」

「失礼ね! ジュードにだって骨ぐらいあるでしょ」

「うん。毛がふくふくしてて気持ちいい。今夜は俺と一緒に寝ない?」

「嫌だ、おろしてよ~……!!」


 私の毛皮に顔を埋め、思いっきり嗅いだ。砂だらけだと思うんだけど。あと、絶対汗臭いと思う。じたばたしていたら、小さな砂嵐が巻き起こり、地面から気まずそうな表情のカイが現われた。ジュードの手から、猫の私を奪い取る。砂がざぁっと風に吹かれ、消えていった。


「嫌がっているみたいだから。やめろ」

「……」

「ありがとう、カイ。たまには役に立つのね」

「いちいち一言多い! ……見殺しにして悪かった。助けるべきだった」


 気にしてるの? 可愛い。レナード殿下が私の中にいるせいか、カイの頭をぐしゃぐしゃっと撫でたくなった。嫌がるからやめるけど。赤紫色の瞳を丸くしていたジュードが、落ち着いて抱っこされている私を見つめ、分かりやすく不貞腐れた。


「嫌だな、気に食わない」

「何が?」

「お前が」

「……揃って、俺を敵視するなよ。シェリー、お前はさっさと元の姿に戻れ。報告しに行くぞ」

「そうだ、レナード殿下!!」


 カイの腕から飛び降りて、脱ぎ捨てた服のところへ向かう。慌ててジュードが追いかけてきた、トランクを持ち上げて。さっきまで雲に覆われていた夜空がすっかり晴れて、月が出ている。


「待ってよ、シェリー! 久しぶりなんだからさ、こう、もっと何かない!? ずっとずっと会いたかったんだよ、俺、シェリーに」

「うん、久しぶり。待ってて、着替えるから」

「手伝ってあげる」

「いらない。布でも出して隠して。そういうの、嫌がりそうだから。カイもレナード殿下も」

「分かった」


 どこからともなく、厚手の白い布を取り出して広げる。衝立代わりになるかも、これ。猫の姿を解いて、人の姿へ戻る。ジュードが凝視してきた。嫌になっちゃう。無視して、服の中から下着を引きずり出し、素早く身につける。私の胸元をじっくり見てきた。


「成長したね、胸。前よりも。王子様と仲良くしてるから?」

「……」

「前はあばらが浮き出てたのに。全体的にふっくらして、女性らしい体つきになった。今度抱かせてよ」

「嫌だ。触られたくもない」

「うわっ!?」


 急にジュードが頭を叩かれた。見てみたら、かたく目を閉じたカイが突っ立っている。器用~。配慮してくれたんだ。レナード殿下に告げ口されて、怒られちゃうから? むんずとジュードの首根っこを掴み、引きずっていった。


「こっちに来い! 従姉妹だからといって……!! やっていいことと悪いことがあるだろ? そっくりだな、お前ら」

「待てよ、なんでお前が怒るんだ? シェリーは怒ってないのに」

「あいつの羞恥心と情緒は破壊し尽されて、残ってないだけから。普通はキレられるぞ」

「怒ってなきゃいいじゃん。まさか、好きなのか?」

「違う! 絶対に違う。二度と気持ち悪いことを言うな」

「じゃあ、どうして怒るんだ」

「お前と違ってまともだからだよ。何も言うな、すでに諦めてる。説教しても無駄だって、身に染みて分かってるんだ」


 ありがとう、カイ。さっさと着替えて、レナード殿下のもとへ行こう。怒ってるだろうな、無理に飲ませちゃったから。最近、褒められてないから沢山褒めて貰いたい。殺しませんでした、時計も守りましたよって報告して、いーっぱい褒めて貰いたい!! 私のレナード殿下。私の大事なすべて。ああ、ようやく会いに行ける……。










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