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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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21.長い夜の始まり

 



 殺気立つ私を見ても、なお、余裕ぶった微笑みを崩さない。綺麗な顔が恐怖で歪んでいるところを見てみたい。暗闇の中でらんらんと赤い瞳が光り輝いていた。戦闘狂ね、多分。厄介。次、どんな行動を取ってくるか分からないから。冷静に首を狙ってくる敵は好き。


「ねえ、ちょっとだけでいいのよ? ほんのちょっとだけ。王子様の血が手に入ったら帰るから。ほんのすこーしでいいのよ、貧血にならない程度で」

「お断りします。誘拐するつもりでしょ?」

「あら、そんな面倒臭いことしないわよ……。外交問題に発展しちゃう」

「ふぅん。嫌です、お断りします。レナード殿下には指一本、触れさせないから」

「残念ね」


 どうでもよさそうに呟いた。他人事? ここで身構えていても仕方ないんだけど、一等級国家魔術師という地位が踏み出すのを躊躇させる。足が小刻みに震えていた。私らしくない。でも、怖い。油断すれば首が飛ぶ。バーデンがそんな私をせせら笑った。脳内に不気味な笑い声がこだまする。


「どうした? シェリー。お前らしくもない。やらなきゃやられるぞ? 王子様が殺されちまう」


 一瞬でスイッチが入った。殺されるなんて、焚きつけるために言ったんだろうけど。レナード殿下。そうだ、こんな汚い女の手に触れさせるわけには……。向こうの方が速かった。バーデンに操られた体が床を蹴って、宙を舞い、壁際へ移動する。


 狭い! 壁際じゃなくて、ソファーの方へ行きたい。間髪入れずに、剣を振り下ろしてきた。みえみえね、殺気がない。殺す気がないんだ、本当に。強烈な光を放っている剣を受け止めたら、間近で微笑んだ。嫌な微笑みだった。


「ねえ、私と取引しない? 血をくれるだけでいいから」

「お断りします。何を言われても」

「残念。賢そうな顔してるのにね……」


 今度は心底残念そうな声で呟いた。舐められてる、私。取るに足らない存在だって思われてる。頭に血が上った。もう怖くない、大丈夫。床から無数の黒い手を伸ばして、足を絡め取ろうとしたら、キンッと硬質な音を立てて、弾き返される。精霊の祝福。魔術は通用しない。どうする? 剣を弾き返して、ソファーの方へ逃げたら、静かに笑った。相手に殺す気がなくて良かった。考える暇がある。


(でも、精霊にも弱点がある。そうでしょ? バーデン。祝福が出来なくなるまで、体力を削ればいい)


 耳元でバーデンが「そうだ」と呟く。姿は見えないけど、そばにいるみたい。体内にいるような、密着しているような、この感覚久しぶり。背筋にざわざわとバーデンの魔力が這い上る。骨の中まで、泥水のような魔力が浸透していった。精霊の体力を削って、ピアを叩こう。守れなくなるまで、ひたすら攻撃し続ける。


 私の手が勝手に動いて、黒い弓と一本の弓矢を生み出した。あ、そっか。幻覚は使えるかも。私が何をするのか、気になるみたいで、ピアがにやにや笑ってる。顎に手まで添えて、すっかり見物客気分? 後悔させてやる、絶対に。弓矢をつがえるのと同時に、黒い花を出現させる。伝わってくる、バーデンからイメージが。


 私の背丈よりも高い、真っ黒な大輪の花が背後で咲き誇っていた。重なっている花弁の間に潜んでいるのは、数多くの巨大な目玉。そこから飛び出してくるのは弓矢。私が一本の弓矢を放てば、一斉に大量の弓矢がピアに降り注いだ。さすがにまずいと思ったのか、金色の透明なバリアを張る。


 でも、残念。弓矢はただの囮。ピアに当たらなかった弓矢がバリアや床に突き刺さったのち、どろっと黒く溶ける。その瞬間、ピカッと花の目玉が強烈な光を放った。これで完了。まさか、向こうも攻撃と見せかけて、幻覚魔術を使ってくるとは思ってないでしょ。


 黒く汚れたバリアを解いたら、待ち構えているのは数十人の私。精霊にも幻覚魔術が効く。今頃パニックになってるはず。とにかく攻撃からピアを守るために、守りを分厚くし続けて、疲弊する。私が素早く横へ移動したら、空中に向かって、剣をぶんぶん振り回しているピアが叫んだ。


「ちょっと待って、なんであんたがこんな魔術使えるの!? おかしくない!?」


 殺そう。一等級国家魔術師であれ、何であれ、関係ない。そこら辺に転がってる死体の仲間入りをさせてやる。ピアのもとへ向かおうとしたら、バーデンが私の手を振って、黒い鞭を生み出した。鞭? ……ああ、もう、任せよう。大まかな動きはバーデンに任せる。私は臨機応変に動いていく。


 私をあまりピアに近付けたくないみたいで、鞭をふるった瞬間、先がヘビのように動いて襲いかかった。軌道が不規則で読みにくいのよね、この攻撃。何回か敵に真似されて焦った。普通の鞭だと思って対応すると、痛い目に遭う。実際は動物か何かのように動くから、鞭だと思っちゃだめ。でも、脳は鞭だと認識するから避けづらい。ピアに弾かれたヘビが分裂して、一気に襲いかかる。


(目の前にいるのは本物のように見える私。さて、どうする? どれが偽物の攻撃で、どれが本物の攻撃か区別がつかない)


 一等級国家魔術師はどんな手を打つんだろう。楽しみ! バーデンが私の腕を使って、鞭を操っている最中、靴底で床を叩き、とある魔術を仕込んでおく。保険をかけておきたい。逃げ場を確保しておかないと。入念に準備していたら、突然「しまった!」とバーデンが呟き、目の前に石のテーブルを出現させる。何も考えず、飛び乗った。焦りが伝わってくる。


(どういうこと? 一応、不測の事態に備えておくけど……。バーデン?)


 辺りが一瞬で炎に包まれた。私の顔や手を守るためか、ぬめっとした黒い皮膚に覆い尽される。すぐヘルメットへ変わった。あ、見えやすーい。息もちゃんと出来るし、優秀、優秀。ぬめっとした黒い皮膚の翼も出てきて、首の後ろや背中を守ってくれる。指の先まで黒い皮膚に覆われていた。過保護じゃない? バーデン。石のテーブル以外、全部燃え盛っている。見せかけの炎だといいんだけど、これ。


(あっ)


 小さく悲鳴を上げそうになった。レナード殿下の時計!! 燃えたらどうしよう、困る。悲しんじゃう。


「ごめん、バーデン! 一旦繫がりを切るね」

「は!? お前、敵が次どう動くか分からないのに……!!」


 私の体から追い出されたバーデンが、小さめのカラス姿にぽんと変身した。どうしよう、どうしよう、時計が! モリスさんはもう、レナード殿下に壁掛け時計をプレゼント出来ないのに。嫌だ、悲しむ顔なんて見たくない。俺がこんな血を持っているせいでって、真っ黒に朽ちた時計を抱えながら、泣く姿を想像しただけで胸が痛んだ。燃え盛る炎の上にステップを生み出して、壁際へ急ぐ。


 炎の中から突然、レーザーっぽいものが出てきて、頬や腕を焼いた。でも、気にしてられない! 手を伸ばして、壁掛け時計を呼び寄せる。良かった、無事だった! 私が胸元に時計を抱えた瞬間、今度はピアが飛び出てきた。


 とっさに人の姿のバーデンが間に入って、弾き返す。ギィンと耳障りな音が鳴り響く。逃げないと! 逃げて一旦、時計を安全な場所へ避難させないと……!! ステップへ飛び乗ろうとしたら、体が傾いた。しまった、バランスが取れない。落ちる!


「何やってるんだよ、お前は!」

「カイ!?」


 落ちる寸前の私を抱えて、カイが床へ飛び降りる。熱気がまつげを焼いていきそうだった。床は砂に覆われていて、炎が消えている。あ、そっか。砂で消火出来るんだ、カイは。邪魔な荷物をさっさとおろすかのように、私を乱暴におろした。


「良かったのに、助けに来なくて」

「間違ってるぞ、バカ。そこは助けてくれてありがとうって言うべきだ」

「バカじゃないもん、私」

「腹立つから、今後はバカって呼ぶことにした。お前の名前がバカなら、まあ、仕方ないなと思える」

「私の名前はシェリーなのに!!」

「じゃあ、もうちょい俺に敬意を払えよ!! 年上だぞ!? 俺は!」


 砂の民族はたかだか数年ぽっち早く生まれただけで、えらそうに出来る社会だったらしく、こうやっていつもすぐに「年上ダカラー!」って言ってくる。カイと私が睨み合っていたら、バーデンが飛び降りてきた。すぐに体勢を立て直し、マントを翻す。その拍子に銃弾が床へ転がり落ちた。気付けばもう、炎が消えている。


「おい、ガキども。喧嘩している場合か? 備えろ、次が来るぞ」

「はーい……。またするの?」

「うわっ」


 バーデンが有無を言わさず、私の頭を掴んだ。ぶわっと黒い皮膚に包まれ、顔が覆われる。怖いの? バーデン。私が火傷するのが。見せかけの炎だったから、そこまで気にしなくてもいいのに。黒いマントが揺れた。本気なんだ。背筋に針を刺されて、鈍痛に襲われる。頭が痛い。


 一瞬だけめまいがした。時計は? どうなったの? あとでバーデンに聞かなくちゃ。視界の端っこでカイが腕を砂へと変化させ、いつでも潜れるようにしているのが見えた。私の口から、バーデンの低い声がこぼれ落ちる。


「じゃあ、第二ラウンドだ。良かったな、相手が遊ぶつもり満々で」


 ピアが上から飛び降りてきて、剣を叩きつけてくる。バーデンが硬化させた翼の先で受け止め、無数の黒い触手を伸ばした。すぐに弾き返される。でも、カイが砂になってまとわりついた。攻撃してるわけじゃなくて、視界を奪う気だ。顔にまとわりついてる! 精霊は喉まで守る気がなかったらしく、ピアがごほごほと咳き込んだ。隙をついて、バーデンが相手の体を黒いテープでぐるぐる巻きにする。殺すつもりはないんだ、へー。


「備えろ、カイ! 来るぞ!」

「っお前の体から声が聞こえてくるの、落ち着かねぇな!」


 予想通り、目の前で強烈な光が炸裂する。目を焼く気だ。私達の真似? バーデンが「しまった、逃げるぞ。目的を達成するつもりだ、あいつ」とぼやき、カイの首根っこを掴んだ。ぐるんと視界が一回転する。うわぁ、気持ち悪い……。目が回る。慣れてるつもりだったのに。足の先から喉の奥まで、バーデンの冷たい泥水のような魔力に満たされてて落ち着かない。


 そろそろ限界じゃない? 私。ここまで長く合体するのは……。一瞬だけ、意識が遠のいた。耐えろ、戻って。じゃなきゃ、バーデンに体を乗っ取られるだけ。まぶたを閉じたバーデンの顔が今、すぐ近くにあった。分かるよ、あの目が開いたらおしまいだってこと。正気を失う、多分。息を吸い込んだら、肺の中が冷たい空気で満たされた。


 ぼんやりとオレンジ色の光が灯っている廊下にて、誰もいないのに、次々と扉が開いていって、何個か錠前が落ちる。瞬間移動させられたカイが「うわっ、気持ち悪……。言ってくれよ、先に」と呟き、口元を押さえていた。もー、弱々しいんだから! 早く返してくれないかな、私の体。感覚はあるからいいんだけど。


 このままだと腕が鈍っちゃう。多少怪我をしても、戦って、前の感覚を取り戻さないと……。また意識が遠のいて、頭が揺れる。時折、目の前で火花が散った。徐々にバーデンの魔力に侵食されてゆく中、はっと目を覚ませば、芝生の上にいた。


 塔の外だ、塔の外にいる! 私が自力で起きたのか、バーデンが起こしてくれたのか分からないけど、助かった。バーデンが濡れた黒い剣を振って、切っ先を芝生へ向ける。


「おいおい、いい加減に諦めてくれよ……。王子様の血はやれない。申し訳ないが、非売品なんだよ」

「辿れない。一体どこに隠したの?」

「親切に教えてあげるとでも? 人外者に期待しすぎだろ」

「……あなた、本当に人外者? 私が知ってる人外者と随分違うんだけど」

「俺は特別なんだ。そんじゃそこらの人外者と一緒にしないでくれ、プライドが傷付くから」


 もうそろそろ私に体を返して、バーデン。半分だけね。頭の中でバーデンがくすりと笑って、「分かった」と呟く。喉の奥にへばりついていた魔力がするっと、溶けてなくなる。ああ、良かった。自分の意思で呼吸出来る。


 胸いっぱいに息を吸い込んだあと、手の中にナイフを二本出現させ、走った。ピアが地面から、ツタに絡まった樹木の枝を出してきて、私の体を拘束してくる。あ、しまった! 見てないから、分かってなかった。


「おい! 絶対にシェリーだろ、今! バーデンは無様な真似しねぇぞ!」

「助けられなくても、何とかなってた!!」

「まだ言うのか、こいつ……。二回も助けられてんのに」


 すぐさまカイの砂が枝に巻きついて、崩した。不思議。砂に巻きつかれた枝がぼろっと崩れ落ちている。カイが私のことを抱きかかえ、ぐねぐねと動いている枝を蹴って飛ぶ。四方八方から枝が襲いかかってきて、捕まりそうになったけど、カイが砂になった。口を閉じてしがみつく。流砂に巻き込まれたら、こんな感じかも……。


「投げるぞ、ちょっとは役に立て!」

「言われなくても!」


 カイが私のことをぶん投げた。真下にはびっくりした表情のピアが突っ立っている。お願い、バーデン。私に力を貸して! 二本のナイフを握り締めながら願う。突然、視界が炎に包まれた。意思が通じたのか、また黒いマスクが顔を覆い尽くしてゆく。


 気にせず、ピアの足元を陥没させる。ちょっとだけでいいの、ちょっとだけ。ちょっとだけ隙を作れば、怪我させられる……!! ここまで戦ってるのに怪我一つないなんて、とんだ化け物! 一等級国家魔術師には歯が立たない。私一人だったら、絶対に殺されていた。


 予想通り、ピアが「わっ!?」と叫んで、体勢を崩す。バーデンが愉快そうに「精霊の体力は限界まで削ってある。思う存分楽しめ」とささやいた。ああ、気持ちいい。そうだ、私、この女が恐怖で顔を歪めているところが見てみたいんだった。ナイフを持った腕を交差させて、一瞬で切り裂く。血が飛び散った。私が地面に着地したあと、数秒経ったのち、叫ぶ。


「うあっ、ああああ……!!」

「殺さないけどね。レナード殿下に怒られちゃうから」


 ぴっとナイフを振って、血を飛ばした。殺せたらいいんだけど。私の名声が上がる。一等級国家魔術師なんて、早々殺せるもんじゃないから。ピアが地面に膝を突いて、胸元を押さえる。さすがは一等級国家魔術師、倒れないんだ。気絶させないと危険。でも、どうする? 気絶させたあとは?


「俺が送り返そう。存分にやれ、シェリー。少しは残酷なことをしてくれよ。なぁ?」


 誘うかのように、とびっきり甘くささやいた。バーデンが望んでる、バーデンが。一気に心拍数が上がった。どうしよう? 抑えられないかもしれない。反動がやってきた。今すぐバーデンを追い出して、正気を保たなくちゃいけない。でないと私は、ピアを嬲り殺してしまう。あれだけ、レナード殿下にだめだよって言われたのに。禁止されているのに。











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