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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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19.久々の戦闘

 





 薄く削った、薔薇の花びらのような色合いの手紙を開けると、ふわっと良い香りが立ち昇る。爽やかな柑橘系の香りだった。甘ったるい香りは好きじゃないって言ったら、好きな香りをあれこれ聞いてくれて、それからは好きな香りを送ってくれるようになった。


 まずは便箋の中に入った、カードを取り出す。いつもどんな香りか書いてあって面白いの。今回は上質な白い厚紙に、金色やピンク色の花柄が刻んであった。触ると、でこぼこしてて面白い。カードには優美な文字で“初夏のおとずれを告げる、レモンと朝露の香り”って書いてあった。


 カードの裏面には“瑞々しい香りが好きなシェリーちゃんのために選びました。意識して嗅ぐと、水の香りがするそうです”って記されてる。水の香り? 気になる。ふんふんふんふんと、よーく丹念に嗅いでみたら、確かに新鮮な水の香りがした。


 森の中に生えている柔らかな下草の匂いを朝、嗅いでみたらこんな香りかもしれない。ふわっとレモンの香りが漂った。鼻先とくちびるに香りが移っていて、楽しい。鼻からすんすん息を吸いながら、丁寧に折りたたまれた手紙を広げていると、肩の上に乗ったバーデンが呆れて話しかけてくる。


「その作業、必要か? エサに飢えている動物みたいでだらしないぞ」

「もう出て行ってもいいよ、バーデン。さようなら」

「またそうやってすぐに拗ねる! まあいい、読み終えたら教えてくれ。昼寝してるから」

「レナード殿下の胸元にでも潜り込んできたら? 前、そうしてたでしょ。ネズミの姿になって」

「……忘れたな。記憶にない」


 気まずくなったみたいで、ぽんっと、小さなきつねの姿になって眠り始めた。ふさふさの尻尾。私に媚を売ってるつもり? 普段は可愛くて、もふもふな姿になってくれないくせに~……。くちびるを尖らせながらも、無視して読み進める。開いた窓から、爽やかな夏の風が入ってきた。


 生ぬるい風が頬を撫で、すっかり外が暑くなったことを知る。塔の中はいつまでも冬で寒い。気を抜いたら、ここに閉じ込められていた囚人の声が聞こえてきそう。部屋は明るくて薄暗かった。部屋の隅々まで、太陽の光が届いていない。


「……こんにちは。許してくれるのね」


 いつもこんにちはから始まるから、ついつい返事しちゃう。届かないんだけど、声は。父親がレナード殿下とお近づきになりたがっているということと、ひそかに、レナード殿下に憧れていたから父親の思惑に乗ったこと、今は良い感じの男性がいるということと、気にしてないということが書かれていた。


 首を絞めちゃったのに? あれ、絞めてたっけ? そういえば。もう何も覚えてない……。あの頃の記憶はおぼろげで、私は何も分かってなかった。今なら分かる、レナード殿下が焦ってた意味。人って傷付けられたら怖いんだ。私は怖くないんだけど。


 肩の上で丸まって、すやすや眠ってるバーデンに寄りかかると、首にふわふわっと毛が当たった。柔らかい。温かいような気がする。人外者にぬくもりなんてないんだけど、私達は生き物の形をしたものに期待してしまうから。喋れて、動く生き物は温かいはずだって思っちゃうから、ぬくもりを感じる。顔から手紙を離して、もう一度読み直す。陽射しにかざせば、文字の美しさが際立った。


「ねえ、バーデン? 私、初めて女友達ができたかもしれない。ううん、いたんだけど殺しちゃったから。叔父さんって酷い人よね」

「今、レナード殿下を殺せと言われたら殺せるか?」

「ん……」


 言葉にならなかった。殺せるとも、殺せないとも言えない。殺せるんだろうけど、絶望に染まった顔を見たくないなと思った。殺すのならベッドの上で、眠っている間に? でも、二度と目を覚まさないんだと思ったら、悲しくなっちゃった。


 殺せるかもしれないけど、目玉焼きを焼いてくれたことや拗ねた表情、焦っておろおろするところや、畑仕事してる時に手を振ってくれたところを思い出しちゃって、手が動かないような気がした。二度と見れない、そんな姿が。涙が滲み出てくる。


「私、殺せない。きっと。だから、レナード殿下を殺せって言った人を殺して、問題を解決する」

「そうか。じゃあ、離れるのは無理そうだな」

「どうしてそんな話になるの? まだ赤ちゃんがいないのに」

「お前の人生に関わる話だよ。しょせん、レールの上を走ってるだけだからな。お前は」

「意味が分からない……」

「分からなくてもいい。いずれ分かることだから」


 ねえ、バーデンは隠しごとをしてるんでしょ? いつも誰から魔力を貰って、お腹いっぱいにしてるの? でも、言ったってどうせ聞いてくれない。だから、聞かないことにした。


 手紙を読み終え、ドレッサーの引き出しの中へしまう。ここは開けるたび、色んな良い香りがする。蜂蜜と紅茶、草原と陽だまり、揚げたてのドーナッツとチョコレート……。不思議と、混ざり合ってても良い香り。もう一度引き出しを開けて、くんくん嗅いでいたら、バーデンに呆れられた。


「好きだなぁ、それ。前まではそんなに好きじゃなかっただろ? え?」

「そうなんだけど、ここに来てから好きになったみたい。色んなものがあるから、ここは」

「……悪影響を受けるばかりだ」

「ねえ、ジュードっていつ来ると思う? バーデン」

「知るか。それとも、俺に連絡しろっていう意味か?」

「うん、そう。よく分かったね、まだ何も言ってないのに」

「俺はお前の小間使いじゃないからな」

「私に変わって欲しくないんでしょ? それに、塔から出て行って欲しいと思ってる。違う?」

「……まったく、父親に似やがって」


 ぶつくさ文句を言いながらも、肩の上でカラス姿へ変身し、窓から飛び去っていった。しばらくの間、窓を開けて、青い空となだらかな斜面を見つめる。良い天気。塔の中は寒くて冬なんだけど、外は初夏で心地良かった。レナード殿下とピクニックに行きたいな。そんなことしたら、襲撃されちゃうかもしれないけど。


(手紙を書かなきゃ。そろそろレナード殿下の元婚約者? 恋人? よく分からないけど、会わせて貰えるかもしれない)


 ううん、まだだめ。謝ってすぐに会わせてって手紙を出したら、それが目的だって思われちゃう。もう少しだけ、ヴィオレッタさんの信頼を勝ち取らないと。窓を閉めて、一息つく。これからどうしようかな。もうご飯は食べたし。


 ふいに嫌な感じがして、手首を見下ろせば、一本の黒い糸が巻き付いていた。とっさにその場から退き、ナイフで断ち切る。……硬い! 様子見? 切れたは切れたけど。手首から糸を払いのけつつ、壁を見てみたら、猛獣の顔のようなものが浮かんでいた。


 金色を帯びた真っ黒な毛。うねうねと、水中でたゆたう毛のように動いていた。だけど、手触りが悪そうで硬質。耳は大きく尖ってる。両目は赤く血走っていて、キバがむき出しになっていた。ぞくぞくする、見ていると。私、もう、思いっきり戦えるんだ。人間じゃないし、殺してもいいでしょう? レナード殿下。聞こえるはずないんだけど、心の中で呼びかける。どうしようかな?


 壁を通ってきたってことは、魔生物? それとも使役獣? あんまり見かけないけど。攻撃的に首を傾げつつ、壁から出てきた。黒い毛の隙間から鎖が見える。使役獣かぁ。でも、やけに動きが遅いし、様子見かな。この間から雑魚ばっかり送ってきたもんね。そろそろ強い獣でも送って、確かめてみようって? 


 後ろへ下がりつつ、完全に出てくるのを待った。ふーっ、ふーって息を荒げながら、よだれを垂らし、太い前足で床を踏みしめる。見上げてしまうほど大きい。それに、よだれが毒々しい紫色。柔らかそうな前足を、ヘビの鱗みたいな、石っぽい鱗が守ってる。鱗というより、岩石? 岩石が鱗になったみたい。刃が通らなさそう。


(……ここ、忘れてたけど私の部屋だ)


 さっさと片付けよう。せっかくのお姫様部屋なのに! こんな猛獣と戦うために暮らしてるわけじゃないの。寝具だって、こだわって選んだのに。レナード殿下が笑顔で、私のために選んでくれたもの。少しでも夏気分を味わえるようにって言って、パステルブルーのタオルケットを買ってくれた。


 とりあえず手首を振って、腕時計をナイフへ変える。ナイフを二本持って構えてみたけど、ライオンっぽい怪獣はぐるるるる、と低く唸りながら、首を傾げているだけ。目がカメラになってたりして? 私の情報、筒抜けね。


「どうしよう? あなたを送り込んできた人物を恨む! 汚したら、前足と後ろ足を斬って放置しちゃうから」


 手首の細工を何とかしないと。じわじわ痛んできた。皮膚をごく薄い炎であぶって、糸を焼き尽くす。焦げ臭いけど大したことない。弱い呪いをわざわざかけて、どうするつもり? 意図が読めない。床を蹴って、まずは横へ回り込む。襲いかかってきたから、眉間の辺りを狙って、ナイフを突き刺す。弾かれた、がきんって。見えないガラスの壁に守られているみたい。


(嘘でしょ!? 考えるな!)


 とっさに脳内で術語を唱え、自分の体を紙にする。予想通り、噛もうとした相手がいきなりべろんって、紙になったから、動揺して立ち止まった。ちょっと時間ができる。ナイフは魔術で生み出されたものだから、私の魔力そのものだから……。すぐ人の姿に戻って、今度は白い煙を出す。でも、すさまじい咆哮を上げて、襲いかかってきた。しまった、どうしよう。レナード殿下達が気付く。ここへ来て欲しくない。


(なら、さっさと終わらせよう。多分、魔術は効かない。魔術除けがされてる)


 でも、普通のナイフも通らなさそう。歯が立たない。どうする? 攻撃を避けて、お腹の下へ潜り込んでみた。毛が硬い……。しかも多分、お腹の下も岩で覆われてる。頭にごつごつと硬いものが当たった。お腹の下に潜り込まれたからか、怒って飛び跳ねる。後ろ足と後ろ足の間をくぐり抜けたあと、尻尾を力強く引っ張ってみた。尻尾の表面には、小さい棘が並んでて痛かったけど、気にしない。


 ぎゃうんって、意外と可愛らしい声を上げた。空中にステップを作って、駆け上がる。良かった、天井が高くて。銀の葉をかたどったシャンデリアを掴み、使役獣を見下ろしてみたら、怒って咆哮を上げる。鼓膜が震えた。楽しくて心臓も震える。とっさにシャンデリアの葉っぱ部分をへし折り、飛び退く。予想通り、使役獣がシャンデリアに飛びかかっていた。


「へー、意外とジャンプ出来るんだ。すごいね」


 魔術が使えない。なら、使わなきゃいい。使役獣に魔術が効かなくても、大丈夫。何の問題もない。だって、魔術は他のものにかけたらいいんだから。頭の中で叔父さんの声が響き渡る。以前、しごかれた。魔術が効かない人形を壊せって言われて、壊せなかった。床に寝転がっている私を見て、叔父さんが呆れた表情を浮かべながら、タバコを吸っていた。


『ぜったい! 出来ないよ~……!! 魔術通らないし、バットも効かない。叔父さん、やってみて!』

『お前はアホか。お前の宿題だろ、これは』

『分かんない、教えて』

『あのな? よく考えてみろ』


 しゃがみこんで、タバコをふかしながら、私の顔を覗き込んできた。そして、近くに転がっていたバットを指差した。


『魔術が効かないのなら、他のものを使って壊せ。いいか? 魔術そのものが効かなくても、他の方法は効く。他のものを使え、シェリー。魔術だけに頼ってると死ぬぞ』

『……叔父さん、やっぱり分かんない。だって、バットも効かないよ。これでいいの? えいっ!』

『ガキはやっぱアホだな~……。役に立たないバットも、うんと高くから振り下ろせば、役に立つかもしれないだろ? 飛べよ、シェリー。お前の体は何のためにある?』


 魔術で生み出した武器が使えないのなら、関係ないものを使って殺せばいい。使役獣が床に降りたタイミングで、また飛ぶ。空中にステップを生み出し、ステップを蹴り飛ばしながら、天井へ向かう。高速でいくつもの術語を脳内で唱えていると、頭が真っ白になる。世界が透明になる。


 私の思考が消えて、思考が戻った瞬間、相手が息絶えてる。その瞬間を追い求めて、生きているような気がした。どんなにつらいことも忘れられるから。


 両手でシャンデリアの葉っぱ部分を握り締め、血走った目に狙いを定め、ステップから飛び降りる。ついでに私の体重を重くする。そうすれば、ちょっと高いところから落ちただけで、攻撃力が上がる。びっくりしたように口を開いたけど、もう無理。間に合わない。前足は短くて私に届かない。


 持っている葉っぱ部分が目に突き刺さり、悲鳴を上げた。さっき出しておいたステップに足を置いて、素早く、もう片方の目に葉っぱを突き刺す。良かった、ずれなくて。すぐさま飛び退いたら、悶絶して、床の上を転がり始めた。すさまじい唸り声を上げている。


(ああ、私の部屋の、綺麗な絨毯が……)


 ぬらぬらと光ってる緑色の血が、辺りへ飛び散っていた。壁も絨毯も、穢された気分。止めを刺そうと思って近付いた瞬間、扉が開いた。エナンドだった。


「大丈夫!? シェリーちゃん!」

「ちょっと待ってください。今、止めを刺すところです」

「だ、大丈夫そうだね……。何となく予想してたけど。えーっと、手伝おうか?」

「はい。あれ、多分魔術が効きません」


 試しに黒い毛を燃やしてみたけど、一瞬で鎮火しちゃう。鎖に魔術除けがかかっているのかな~……。嫌だな、面倒臭い。鎖を引きちぎるしかないの? エナンドが急ぎ足で入ってきて、私と使役獣の間に立った。後ろから覗き込めば、ぼっと、赤い炎が立ち昇る。ほんの一瞬の出来事だった。


 紙片が黒く焦げたかと思えば、一瞬で燃えてなくなる時のように、真っ赤な炎が悶え苦しむ使役獣を包み込み、跡形もなく消し去ってしまった。思わず後退る。


「すごい……。何を、一体どうして?」

「俺の炎は魔術じゃないからね。怪我は? 大丈夫? うわっ、手が血塗れだ。消毒しないと」

「大丈夫です。怪我の内に入りませんから」

「……シェリーちゃんの怪我ってどういうもの?」

「骨折と両目が潰れる。内臓が飛び出る」

「それは大怪我って言うんだよ。あーあ、レナード様が騒ぐんだろうなぁ。俺のせいだって言って」

「エナンドさんのせいじゃありませんよ」

「違う、違う! 違うよ。自分のせいだって言って、泣いて落ち込むんだ。ま、泣きはしないか。切り替えが早いし」


 切り替えが早い? ぜんぜんそんな風には見えないけど……。一旦、治癒魔術で止血してくれた。完壁に治したら、自然治癒力を低下させちゃうからと言って。それから、ばっきりとへし折れたシャンデリアを見上げて、「うわぁ~」って掠れた声を上げてたけど、気を取り直し、私をリビングまで連れて行ってくれた。


 なぜか縛られたレナード殿下が、砂の牢獄に閉じ込められている。目が点になっちゃった。レナード殿下が木の椅子から立ち上がり、ふよふよと揺らいでる、鉄の棒みたいな形をした、砂の棒へ近付く。


「大丈夫か!? シェリー! 怪我は!?」

「ああ、その、申し訳ありません、レナード様。両手を怪我してるみたいで。もういいぞ、カイ! 出してあげて。死んだから、相手」

「……分かった」


 それまでふよふよ揺れ動いていた砂の牢獄────天井と壁も砂で出来ていた────がぶるっと震え、瞬時に溶け落ちた。ふわっと砂塵が舞い上がり、目をまたたいていれば、急に抱きつかれる。レナード殿下だった。床に、さっきまで体を縛っていたロープがすとんと落ちる。


「っ良かった、シェリー! 無事で」

「……」

「手の怪我を見せてくれ、早く! 他に怪我は?」

「あ、は、はい……。でも、レナード殿下のせいじゃありませんよ。大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろ!? ああ、もう、俺が早く行っていれば! なんで止めたんだ? 二人とも。見てみろよ、この怪我を!」

「レナード殿下には自覚が足りません。賊の狙いはシェリーじゃなくて、あなたです。罠だったら、どうするおつもりですか?」


 砂塵が消え失せ、黒いぼろぼろのローブを羽織ったカイが出てきた。口元に黒い布を当てているのを見て、エナンドがほっとした表情になる。……エナンドはふ抜けだから、人から砂に変身する時、骨や歯が見えちゃうのが怖いみたい。


 よーく見てたら、砂から人に戻る瞬間も、ぼんやり骨が見えるんだって。なんで怖いのか、よく分かんない。生きてる骨でしょ? 死んでないのに。レナード殿下が思いっきり渋い表情を見せ、黙り込む。でも、すぐに口を開いた。


「でもな、俺を縛ることないだろ!? もしも縛っている最中に、シェリーに何かあったら!」

「シェリーはただの護衛です。それが嫌なら、レナード殿下。ロダンさんに頭を下げて来て貰うべきです」

「……絶対に嫌だ。お前達だって嫌だろ? うんざりだ、あの非常識おじさんには」

「俺も嫌です~……。あの人、しつこく俺に元の姿に戻れって言うんですよ。背中に乗って尻尾を掴むし。なあ、カイ? 別にいいじゃないか、今のままでも。上手くいってるんだし」

「上手くいっているように見えるのなら、お前は相当なバカだ。危機感が足りてない、ふざけてる」


 カイが私の横を通って、リビングから出て行こうとした。とっさに手首を掴んで引っ張れば、かなり強い勢いで振り払われた。灰色の瞳に、嫌悪感というよりも、恐怖と困惑が浮かんでる。そんな顔しなくても! 私が幽霊みたいじゃない。しっかりと、もう一度手首を握ってやった。


「怒っちゃだめ! レナード殿下が悲しんでるから」

「……あ? お前だって心配だろうが。従兄弟があてになるかどうか分かんないし、ノーマンの役立たずは、ずっとグスグス泣いてるみたいだし、どいつもこいつも頼りにならねぇ。あんなのでもいるだけマシだ。使おうぜ」

「だめ。味方じゃないかもしれないから」

「味方だろ」

「ううん、違う。モリスさんは国王陛下を敵だって思えって言ってた。それに」

「それに? 何だ、どうした」


 庭園で遭遇した、黒いもやもや? 女性? 記憶がおぼろげになってる。あの時、断ってなかったら私は────……。謎の女性に手を引かれて、どこかに連れて行かれそうになった時のこと、言わない方がいいかもしれない。でも、知ってた。ロダンは知ってた。


 あれが味方だったら? バーデンでも太刀打ちできない。国王陛下とロダンはもしかして、あの不気味な、人外者とも精霊とも言えない女性を切り札にしているのかもしれない。カイの手首をぎゅって握り締めたあと、放す。


「何でもない。嫌な予感がするからやめよう? 今、バーデンがジュードを呼びに行ってるから……」

「しおらしいお前は気持ち悪い!」

「カイ、シェリー、そろそろ離れようか? あまり騒いで欲しくないんだ。シェリー、こっちにおいで。怪我の手当てをしなくちゃな」

「面倒臭いから、治癒魔術で治します」

「えっ? ……治せるのか。繊細な作業なのに」


 面倒臭いから治しちゃった。次から次へと敵がくるのなら、治した方が絶対にいい。……本当は、我慢して人間らしい体にしたかったんだけど。治癒魔術を使い続けていたら、自然治癒力が衰えて、ささいな傷が治らなくなる。本当はこの体が嫌だった。傷だらけで、醜くて、歪だから。火傷や擦り傷が温かい光に包み込まれ、治る。どうしてか、カイが私のことを強く睨みつけていた。


「私、夜に備えて眠りますね。おやすみなさい」













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