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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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17. ずっと一緒にいようね

 







 いつも通りの朝がきた。憂鬱な朝が。寝返りを打てば、毛布の隙間から寒さが忍び寄ってくる。レナード殿下は私に守って欲しいだなんて思っていない。それがすごく悲しかった。前まではもっと、ぼんやりしていて腹立たしいだけだったのに。手のひらで泡を掬うような感じだったのに。レナード殿下と繫がった今、どんどん頭がはっきりしてきて、喉の奥が熱くなる。感情に殺されちゃいそう、どうすればいいの?


 横たわって考える。部屋は薄暗くて、窓ガラスからほんのり朝陽が射し込んでいた。こうやって拗ねていても、何も解決しないのは分かってるんだけど……。寝返りを打てば、足元で眠っていたバーデンが低く唸る。今日は狼の姿に変身してるみたい? どこか違う場所で眠ればいいのに。ソファーとか、床の上とか、椅子の上とか……。


 ぎゅううっと枕カバーを握り締めれば、少しだけ嫌な気分が和らいでいった。私はレナード殿下の役に立ちたい。なのに、カイとエナンドが中心になって戦うって言う。


『気にしなくていいから。シェリーにはあまり戦って欲しくないんだよ』


 言ってることが違う! 戦ってもいいって、守って欲しいって言ってたのに。じんわり涙が浮かんできた。私、何の役にも立ってない……。ふと視線を上げたら、濃いグレージュの目が覗き込んできた。


 昆虫、それも巨大な。これは目? 複数の目と目の間に、びっしり黒い毛が生えていて、それがわさわさうごめいている。とっさに長い剣を生み出し、払い斬った。ざぁっとグレーの花びらになって、崩れ落ちてゆく。多分、巨大な蜘蛛っぽいものだった。どうしよう? 大丈夫? あの二人は私よりもはるかに弱いのに。


「バーデン、起きて! 敵襲よ」

「大丈夫、遠隔だ。俺がのんびり寝てるわけないだろうが」


 ゆっくりと黒い毛が抜け落ちて、太い前足が人の腕へと変わってゆく。服を着たくない気分なのか、全裸だった。すぐさまベッドの上を這いつくばって、毛布の中へ潜り込む。私がぶすっと不貞腐れているのを見て、ぽんぽんとマットレスを叩いた。気だるげに頬杖を突いている。


「お前は少し休んだ方がいい、酷い顔色だ」

「私が? どうして」

「そりゃそうさ。今回の禁術はお前に負担をかけるものだった。あのじじい、殺してやった方が良かったか」

「……でも、レナード殿下が」

「眠る方が先だ、おやすみ」

「ちょっと! バーデンってば、ねえ……」


 手首を引っ張られるのと同時に、くらりとめまいが起きる。ねえ、バーデン。今、ここで私が眠ったって何も解決しないと思うの。行って戦ってくれる? 敵を殺してくれる? 沢山の言いたいことがあったのに、眠気がまぶたを支配して、強制的にシャットダウンさせられる。素肌が心地良かった。人外者ならではの温かいような、冷たいような素肌が頬の上を滑ってゆく。バーデンが私の頬を撫でていた。


 腕枕をして貰って、上下にゆっくり動いてる胸元に頬擦りしていると、無上の安らぎを感じる。レナード殿下は多分、眠ってる私を運んでる時、こんな気持ちになってた。眠たい。抗いたくて、毛布の中で足をばたばた動かせば、笑って「おやすみ、シェリー。大丈夫だ、最悪の事態は起きないから」って言う。


(そうだ、私、契約を結んだんだった。レナード殿下が怪我したら、代わりに死ぬ……)


 細くなった糸が切れるかのように、ぶつんと思考が途切れる。代わりに死ねばいいだけの話だから、何の心配もいらない。でも、傷付いて欲しくないなぁ。怖いでしょ? レナード殿下は。私は痛いのに慣れてるから平気だけど。


 真っ暗闇の中で目を開ける。少し手を伸ばせば、触れられそうな距離にレナード殿下が立っていた。こっちに背中を向けている。ねえ、なんでいつもみたいに花畑じゃないの? レナード殿下。背中に触れようとしたら、一瞬だけ振り向いて、穏やかな微笑みを浮かべた。優しい声で「だめだよ、シェリー」って言いながら、私の手を払いのける。


 そうだ、本音を言いたくないって言ってた。私に弱いところを見せたくないって、そう。レナード殿下の姿が掻き消えた。声が聞こえない、気配もしない。ひとりぼっち。暗闇の中でぼんやりしながら、突っ立っていると、また徐々に意識が揺らいでゆく。目を開けたら、バーデンがこっちを覗き込んでいた。まだ裸だった。


「おはよう、シェリー。気分はどうだ? 少し顔色がましになったな」

「……最悪よ、バーデン。ねえ、どう思う? レナード殿下に拒絶されたの!」

「なんだって?」

「きっと、私のことなんていらないんだと思う……」


 バーデンが黒い瞳を見開いた。朝陽が眩しくて、何も見たくなくて、腕で目元を覆う。起きるのやめちゃおうっかな~、どうしようかな。今までああしろ、こうしろって言われる生活だったから、まだ慣れない。自由に振舞ってもいいんだって、ちょっとずつ分かってきたんだけど。寝返りを打って背中を向けたら、消えちゃいそうな声で「バカ言え」と呟いた。


「あの王子様がシェリーを拒絶したって? にわかには信じがたい話だな」

「だって、私に本音が言いたくないって言ったんだもん。あとちょっとで届きそうだったのに!」

「何にだ」

「レナード殿下の奥深いところに? いつも内緒にしてるから」

「どうして知りたいんだ? シェリーには関係ない話だろ」

「……そうなんだけど」


 あれ? どうして知りたいんだろう、私。攻撃力が上がるわけじゃないのに。バーデンが「はあ」って、わざとらしい溜め息を吐いて、私の黒髪をいじった。指先でもてあそんでる。


「知らなくてもいい、あまり仲を深めるな。離れる時、苦しくなるぞ? それでいいのか?」

「よくない、よくないんだけど……」

「大丈夫だ、シェリー。俺が絶対にこのふざけた塔から、いつかお前を逃がしてやる。子どもを生んで、王子様を捨てて、気ままに暮らそうぜ。なあ、お前にこの暮らしは合ってない」

「どうしてそう思うの? バーデン。教えて」

「決まってるだろ?」


 起き上がって振り返ってみると、肩をすくめた。私、レナード殿下のそばにあと十年はいるつもりだったのに。この暮らしが私に合ってない? 幸せじゃないの? 私。どうしてか寒気がした。手が震えそうになって、白いネグリジェを掴む。レナード殿下がくれた、乙女趣味のネグリジェ。窓を開けているのか、レースカーテンがひらひら舞い踊っていた。朝陽に照らされた部屋の中で、バーデンが赤い瞳をゆっくりと細める。手を伸ばし、私の顎を掴んだ。


「居心地が悪そうだ。それに、ずっと悩んでる」

「……ねえ、私、幸せじゃないの? 幸せそうには見えない?」

「ああ、見えない。少し黙ってくれないか? 今まで俺が大事に大事に育ててきたシェリーを、目の前で壊されてる気分だ。変わったよ、お前は。俺もジェームズみたいに、気持ち悪い! って叫んで、逃げ出せたら良かったんだけどなぁ。でも、逃げ出せない。もう」

「やけに饒舌ね、今日は」


 苦しそうな赤い瞳を見つめていたら、キスされた。離れていって、もう一度近付いてきて、キスしてくる。今度は頬にしてきた。両頬にキスし終えたあと、まぶたにくちびるを押し付けてくる。最後はおでこにキスしておしまい。


 軽く笑えば、バーデンも笑った。変わるのは当然のことなんだけど、寂しいのかもしれない。油断すると殺されるから、気をつけなくちゃ。叔父さんに「ほれ、見たことか」って笑われちゃう。バーデンの首に腕を回して、抱き締める。強く強く抱き締め返してきた。ハグを味わうかのように、ちょっとだけ左右に揺れ動いてる。


「変わらないでくれ、シェリー。もうこれ以上は……」

「じゃあ、私の味方になってくれる? 寂しくて悲しいの。私の言うことを何でも聞いてくれるのなら、レナード殿下に色々求めたりしない」

「それは味方じゃなくて、下僕って言うんだ。分かるか?」

「ううん、分かんない! だって、レナード殿下はいっぱい甘やかしてくれるんだもん。バーデンみたいにイライラしないもん」

「分かった、分かった。じゃあ、そうしてやるから必要以上に関わろうとするな。本音を教えて貰えなかったんだろ? しょせん、お前はその程度の存在ってことだ」


 嫌なことばっかり言う! 肩に手を置いて、ごつんと頭突きすれば、愉快そうに笑いながら腰へ手を回してきた。今、初めて見てみたけど、さすがにズボンは履いてる。珍しく変な柄のズボンじゃなくて、青と白のストライプ柄ズボンだった。


「甘やかしてやるから。……頼む、シェリー。ここから離れたくないだなんて言うなよ?」

「言わない。言わないから、まずは私の着替えを出してくれる? あと歯を磨いて! 面倒臭いの」

「いきなりわがままを言いやがって」


 バーデンが呆れて、赤い瞳を細めた瞬間、おもむろに扉が開いた。そこに立っていたのはレナード殿下で、ベージュのリネンエプロンを着ていた。扉を開けたまま、呆然とした表情を浮かべ、硬直する。朝ご飯、出来たのかな? 私がもたもたしてるから、呼びに来たみたい。バーデンがにやりと笑って、腰を抱き寄せてきた。


「ノックもせずに入るなよ、王子様。お楽しみの最中だったら一体どうするつもりだ?」

「バーデン……。二人はそういう関係じゃないと思ってたんだけどな」

「下僕になってくれるんです! 今まであんまり便利じゃなかったけど、私がすんなり立ち去るのなら、」

「立ち去る? 誰が? ……ここから、シェリーが?」


 あっ、言っちゃいけなかったのに言っちゃった……。バーデンが注意深くレナード殿下の方を見つめながら、腰を擦ってきた。黒髪に指先が当たる。それを見て、レナード殿下がすっと表情を消す。怒ってる。でも、ショックを受けてる。


 頭がぐちゃぐちゃになっちゃいそうな混乱と悲しみ、怒りと、これは多分絶望。モリスさんが死んじゃった時の感情と、少しだけ似てるから。胸が苦しい。レナード殿下の感情と私の感情が切り離せたらいいのに。バーデンの肩にしがみついていたら、レナード殿下が優しい声で「シェリー」って呟いた。聞きたくない、知りたくない。私が、いなくなったら涙が出るほど悲しいだなんて。


 首を振って、拒絶した。でも、気にせずに肩を揺さぶってくる。バーデンだけが低い笑い声を上げていた。こういう時、人外者だなってひしひしと思う。喉が焼けるような怒りに襲われているはずなのに、レナード殿下の手も、声も、驚くほど優しかった。


「行こう、おいで。ちょっと話し合いたいだけなんだ」

「よせ、王子様。元々お前のものじゃないだろ?」

「シェリーは誰のものでもない。それに、今は俺の恋人だ」

「あ? 拒絶されてるくせに、よくもまあ、そんなことが言えたな……」

「ちょっとぐらい、厚かましくないと手に入らないような気がしてね。行こうか、シェリー。怒らないからおいで、話し合おう」

「はい……。本当ですか?」

「本当だよ、大丈夫」


 今もすっごく怒ってるのに、優しい笑顔を浮かべて頷いた。しぶしぶ立ち上がって、スリッパを履く。引き延ばしたくて、「歯を磨いてくれないと行きません!」って言ったのに、またしてもレナード殿下は笑顔で頷いた。


 私の手を引いて、洗面所へ行って、お気に入りの歯ブラシを水で濡らして、歯磨き粉を載せる。ほ、本当に、口の中に突っ込まれちゃって、磨かれるのかな……。おそるおそる見つめていたら、蛇口の水をきゅっと止めてから、とんでもなく優しい笑顔を浮かべた。


「ほら、シェリー。あーんしてごらん、あーん」

「……怒ってるのに、どうしてそんな、優しそうな笑顔を見せるんですか……?」

「怒ってる? とんでもない。シェリーに本気で怒ったことはないよ。ああ、カイの首を絞めた時はひやひやさせられたな。怒ってたけど、あれはどちらかと言うとお説教で、心底怒ってたわけじゃないから」


 追い詰められると饒舌になるタイプの王子様だった、そういえば。こわごわ見上げてみたら、美しい微笑みを浮かべ、口の中に歯ブラシを突っ込んできた。お、怒ってる、やっぱり……!! 顎を支え、私の口の中を覗きつつ、丁寧に磨き出す。変な気分。王子様に口の中を覗かれてるのって私だけと思う、多分。


「れはーほれんか、はぁっはぁりおほっへふれひょう?」

「あー、動かないでくれ。喋らないでくれ。口の周りが汚れるぞ?」

「んああ~……」

「シェリーが磨いてくれって言ってきたのに」


 レナード殿下が楽しそうに笑ってる。もう怒ってなくてほっとした。お説教、されないかな……。冷たい水を口に含んで、がらがらぺってする。にこやかな表情で腕を組みながら待っていた。怖い。まだちょっぴりだけ怒ってる……。振り返ってみたら、少しだけ表情が緩み、苦笑へと変わった。手を伸ばして、軽く濡れた黒髪を払いのけた。髪、結んでなかったから。


「シェリー、バーデンとはその、どういう関係なんだ? 一線は越えてないよな?」

「一線って何ですか?」

「つまり、あー、恋人同士がするイチャイチャ、うん、イチャイチャ。キスしたり、それ以上のこと」

「ないです。だって、バーデンは人外者だから」

「でも、人外者と人間は子どもが作れるだろ?」

「はい。……でも、ごくわずかですよ。本当に本当に、人外者が人間のことを好きになるのはありません。そう思っていた方がいいぐらい、わずかです」

「たまーにこうやって、理性的に言い返してくるよなぁ……」

「ん? 事実なんですけど」


 首を傾げたら、頬を緩めて「可愛い」って言ってくれた。良かった! もうお説教はされないかも……。お腹が空いちゃった、ハラハラドキドキしたせいで。お腹を擦っていると、ふいに近付いてきた。さっきバーデンがしていたように、腰へ手を回してくる。見上げてみたら、熱っぽい蜂蜜色の瞳がそこにあって、心臓の鼓動が速くなった。どうしよう、逃げ、逃げられない。レナード殿下の焦燥が雪崩れこんでくる。


「シェリー、いなくなるって言ってたよな?」

「いっ、言ってません……!! バーデンは、ここから私を連れ去りたいんです。納得、納得させるために嘘を吐きました」

「本当に? 最近のシェリーは信用がならない。前までは素直に言ってくれてたのに、何でも」

「レ、レナード殿下のせいです!! 私は変わりたくなかったのに。元の生活に戻れなくなるから、変わりたくなかったのに……」

「戻すつもりはないよ。耐えられない。一緒に塔の中にいよう、シェリー。俺と一緒に閉じ込められてくれ、頼むから」

「っわ……!!」


 まぶたにキスされた。それだけで心臓が狂ったように動き出す。なんで? どうして。一瞬だけ、このままレナード殿下と二人きりでいいかもと思っちゃった。独占したいような、全力で逃げ出したいような、不思議な気持ち。今度はゆっくりと首筋を撫でてきた。ぞわっとして、肌がかゆくなる。胸元に手を添えて、押し返したら、愉快そうに「シェリー」って呟いた。


「離れていかないよな? 俺から」

「……はい。本音を話してくれたら。それと、夢の中で拒絶しなかったら!!」

「あー、ごめん。あれ、夢じゃなかったんだ?」

「……」

「ごめん、怒らないで。もう二度と拒絶しないから、その代わり逃げないでくれ。頼む」


 笑って抱きついてきた。もう知らない。朝ご飯が食べたいけど、いらない。胸の中にあった空洞が満たされていくような気分。ほんのすこーしだけ、一生そばにいてあげてもいいかなって思っちゃう。言わないけど、離れるけど。嬉しくなって抱き締め返したら、また「シェリー」って、弾んだ声で名前を呼ぶ。何回も何回も呼ばれると、くすぐったい気持ちになる。それを見越して言っているのかもしれない、王子様は。


「じゃあ、朝ご飯を食べに行こうか」

「はい! 今日の朝ご飯は何ですか?」

「俺達は軽くヨーグルトとフルーツで済ませたけど、シェリーはどうする?」

「私はがっつり食べます」

「うん、だと思った。禁術のせいでお腹が空いてるだろうし、」

「いいえ。禁術にかかっていても、いなくても食べます。ちゃんと!」

「うわっ!? 待って待って、ちょっ、シェリー?」


 背中にしがみついて、びょんびょん飛び跳ねたら、おかしそうに笑い出した。きっと大丈夫、上手くいく。ジュードがどんな感じになってるのか、ちょっぴり心配だけど。魔術をかけ直してくれるはずだったノーマンはぐずぐず泣いて、臥せってるけど。今なら敵が百人来たって、斬り殺せそうな気がした。レナード殿下といると、私は無敵になれる。


(まだかなー、お手紙。早くこないかなぁ。もうそろそろ着くはずなんだけど)


 私は私がやれることをする。誰が死んでも、どんなことが起きても冷静に。










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