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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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16. 私のことを怖がってる叔父さん

 



 すごく久しぶりに外に出た。なんだかそわそわして、落ち着かない気持ちになる。青と黄色、赤のステンドグラス窓のサッシには、うっすらと埃が積もっていた。店内は薄暗くて、あちこちでおじさんが声をひそめながら、喋っている。香味タバコの煙が充満していた。強烈な臭いのせいで、鼻にシワが寄ってしまう。手首の腕時計を確かめてみたら、約束の時間から十分ほど過ぎていた。


(叔父さん、本当に来るのかな? お店を指定しておいて、来なかったらどうしてやろうかしら)


 飴色のテーブルの端っこには、コップを置いた跡が残ってる。座り心地が悪い椅子とテーブルの間はろくに隙間がなくて、狭い。古くて、汚くて、レトロと言えば聞こえはいいけどって、言いたくなるような喫茶店にぎゅっと、テーブルと椅子が詰め込まれている。


 お城とは大違い。塔を初めて見た時、暗くて怖いなと思ったけど、そこまで埃が積もってなかった……。この喫茶店とは違った。椅子の脚に埃と毛までこびりついてるし。不満に思ってぶらぶらと足を揺らせば、黒いカーディガンの胸ポケットに入ったバーデンが笑う。今日はトカゲの姿だった。


「おいおい、どうした? お前らしくもない」

「らしくない? ねえ、本当にそう思うの? バーデン。落ち着きがないのが私でしょ、当然じゃない」

「でも、よく仕事の打ち合わせで使ってただろ? この手の店は」

「ああ……すっかり忘れちゃってた。そうよね、使ってた」


 毎朝、綺麗なシーツと毛布に包まれながら起きて、ご飯を食べさせて貰って、可愛いワンピースとネックレスで飾り立てられるから、すっかり忘れちゃってた。でも、そうよね。こんな汚いお店、珍しくも何ともない……。肩が触れそうな距離にあるステンドグラス窓を見てみると、店内にいる誰かが咳をした。


 そう、珍しくないの。珍しくないんだけど、別の世界に迷いこんじゃった気分。よく冷えた紅茶をストローで吸い上げれば、違和感が薄れてゆく。そう、こんな風に、安っぽい紅茶を飲んで依頼者を待っていた。個人のお仕事が一番楽だった。役に立ってるって気がした。


 からんからんと、ドアベルが鳴り響く。叔父さんだった。思わず椅子から腰を上げちゃったけど、出迎えているように見えるからやめた。どうして、私が叔父さんに気を使わなくちゃいけないの? もう、嫌になっちゃう。奢って貰おうと思ってたけど、こんな喫茶店じゃ、まともなご飯は出てこないだろうし。


 ぶっすーと不貞腐れながら待っていれば、叔父さんが中折れ帽を外して、不敵な笑みを浮かべる。麻のベージュ色ジャケットに、黒いシャツを合わせていた。胸元の辺りで帽子を持ち、無愛想な店員さんの横を通り過ぎて、狭い店内をゆうゆうとした足取りで進む。


 相変わらず鋭い赤紫色の瞳に、短く刈り込まれた黒髪。えー、あんな感じだったっけ? いかにもチンピラ、ううん、マフィアみたい。ろくに挨拶もせず、乱暴に椅子を引いて、どっかり腰かけた。静かに見つめていれば、汗臭そうな帽子を隣の椅子へ置いて、ふうと息を吐く。


「まるまる肥え太った豚を見れば、こんな気持ちになるんだろうな」

「叔父さん、私、そこまで太ってないでしょ!」

「だろうな。でも、以前に比べたら太ってる。顔色もすっかり良くなりやがって、あーあ」

「王子様に大切にされてるからね」

「……物好きだ、かなりの」

「目の前にいる珍獣の叔父さんがあなたよ、分かってる? 私の言いたいこと」

「用件は? 手短にさっさと済ませろ」


 苛立った様子で腕を組んだ。もー、別に期待なんてしてないけど……。横に置いてあったメニュー表を渡せば、面倒臭そうに私を睨みつけてから、しぶしぶ受け取った。頬杖を突きながら、だるそうな様子でメニュー表を開く。


「俺を呼びつけるのはお前ぐらいだ。で? 用件は?」

「王子様を守っていたモリスさんが死んじゃったの。知ってるでしょ」

「ああ、国中が引っくり返ったような大騒ぎだ。騒ぐほどのことでもないのにな。まあ、防衛を担ってるから当然っちゃあ、当然か。アイスコーヒーで」

「自分で頼んで。私、店員さんじゃないからね」


 舌打ちをしてから、「すみません」と不機嫌そうな声で頼む。さすがの店員さんも愛想笑いを浮かべながら、注文に応じた。怖かったのかも。店員さんが立ち去ったあと、ジャケットの内側ポケットに手を伸ばして、香味タバコを取り出す。やめて欲しい、あれ、臭いのに。


 眉間にぎゅーっとシワを寄せる私を気に留めず、ライターで火をつけた。とたんに、白い煙が立ち昇る。色んな匂いが混じっていて臭かったのに、叔父さんの煙がそれに拍車をかける。腐りかけた甘ったるいフルーツに、カビが生えたスパイスをぶちこんだら、こんな匂いになるのかもしれない。あ、そこに雑巾と靴下の匂いを足さなくちゃ。


「で? 用件は? 忙しいんだ、俺は」

「手を貸して欲しいの。誰かちょうだい」

「誰かって? 誰だ」

「……マーカスは?」

「だめだ、使い勝手が良い。どうせなら、使い勝手が悪いやつを持って行け」

「嫌よ、そんなの! 私のレナード殿下を傷付けない、それなりに礼儀正しくできる人っていないの?」

「それができるのなら、俺の元にいないだろうな」

「確かにね、言えてる」

「生意気は健在か」


 おかしそうに笑って、タバコをくゆらせた。眉をひそめれば、もう一度タバコをくわえて、ふーっと顔に煙を吹きかけてくる。もおおおうっ、本当に相変わらず! 久しぶりに会ったんだから、もう少し大人しくしていいればいいのに。腕で顔をごしごし擦っていると、バーデンがポケットから顔を出して、「可哀相に、シェリー」と言った。トカゲ姿のバーデンを見て、叔父さんが嫌そうな顔になる。


「まだそいつと切れてなかったのか。人外者とは早く手を切った方がいい、とんでもない目に遭うぞ」

「いいの、これで。私はバーデンに殺されたりしないから」

「……どこから出てくるんだ? その自信は」

「どうして信じられないの? 私にはその理由がよく分からない」


 叔父さんが静かな表情を保ったまま、深く眉をひそめた。乱暴に携帯用の灰皿を叩きつけ、タバコを潰すようにして火を消す。へー、そんな品の良いことができたんだ。前まで持ち歩いていなかったような気がするけど、灰皿なんて。それに、普通のタバコを吸っていたのに。まじまじ見ていれば、「気分が悪い」と呟いた。


「お前の従兄弟の、あ~……ジュードを派遣する。それでいいだろ?」

「違うわ、息子でしょ」

「血が繫がってない。正確に言えば、俺の甥っ子だ」

「それ言うのやめてあげて。傷付くから」

「お前が?」

「ううん、ジュードが。本当のお父さんだと思ってるのに」

「やめろ、虫唾が走る」


 苦いワインを一気に飲み干したような表情を浮かべ、肩を震わせる。あーあ、お父さんであるあなたがちゃんとしないから、問題児に育ったのに、まるで分かってない。今は何をしているんだろう。まだ叔父さんの言いなりなのかな? すっかり氷が溶けてしまった紅茶を見つめていると、叔父さんが居心地悪そうに座り直す。


「どうしてるの? 今は」

「……聞きたいか?」

「悪趣味よね、叔父さんって本当に。奥さんが聞いたらなんて言うか」

「口止めしてあるから大丈夫だ。あいつは俺の言うことに逆らわない」

「臆病者」


 赤紫色の瞳を見開き、私を見てきた。叔父さんはたまに、幽霊にでも遭遇したような顔で私の顔を見てくる。お父さんにそっくりだから? それとも、他に何か理由でもあるのかな。歯を食い縛って、隙間から息を漏らした。危ない危ない、誰もいなかったら殴られているところだった。今なら殴り返すけどね。


「……ジュードを派遣する。それでいいだろ?」

「うん。ねえ、叔父さん、私ってハウエル家の生き残りなんだって」

「へえ。そんな風に呼ばれているのか、外部の人間からは」

「うん、何があったか聞いてもいい? 教えてくれる?」

「分かりきってるだろ、そんなの。自分で調べろ、バーカ」

「んんっ」


 子どもっぽい。思わずガキって言っちゃいそうになった。唸りながら睨みつけていると、暇なのか、火を消した香味タバコをいじる。指と指の間で転がしていた。


「珍しいな。……今まで疑問なんて持たなかったのに、悪い傾向だ」

「私、もう人を殺さないって決めたの。王子様が悲しむから」

「へーえ? どうせすぐ、妊娠したって言い出すんだろ。うんざりだ」

「ううん、まだ妊娠しないつもり。最初は襲ってたけど」

「……何だって?」

「レナード殿下が嫌がるから、ちょっとだけ襲ったの。返り討ちにあっちゃったけど」

「……」


 叔父さんがものすごく嫌そうな顔で黙り込む。そんなに嫌そうな顔をしなくても……。しばらくの間、黙っていたら、コーヒーが運ばれてきた。叔父さんが今日二回目になる溜め息を吐いて、ガムシロップをぶち込む。適当に袋をやぶき、ストローをコップへと突っ込んだ。


「お前が、そういう、あー、動物的なことをするとは思わなかった。待て、イケメンか? 人の顔面に興味なんてあるのか」

「もちろん、あるに決まってるでしょ。レナード殿下はおとぎ話の挿絵から出てきたような、綺麗な王子様なの」

「うわっ……シェリー、お前も一応人間だったんだな。そういう気持ち悪いことを言い出すようなガキにゃあ、見えなかったが」

「失礼ね、私はもう十八歳の乙女なのに」

「ああ、気持ち悪い。すっかり毒されやがって。お前だけは一生変わることがないって思ってたよ。あのまんまかと」


 青ざめながら、コーヒーを吸い上げる。叔父さんってこんな性格だったっけ? 変なの。いつものように冷めた目で見てくるんじゃなくて、目の前でうぞうぞした、気持ち悪い毛虫に変化した人間を見るような目で見てきた。失礼じゃない? 叔父さんって。頬を膨らませれば、「うわっ」と言う。


「人間、人間になったんだな……。いつもの無表情はどうした? シェリー。余計なことばっかり、べらべら喋るくせは直っちゃいないみたいだが」

「王子様が優しく愛してくれるからね、どんどん変わっていったの」

「うわ~……まあ、顔だけは美人だからな。顔だけは」

「顔だけって何? 他に美人の条件ってあるの?」

「そりゃあるだろ。すごいな、王子様とやらは。お前と会話が成り立ってるぞ」

「叔父さん、動物じゃないのに! 私は」

「いや、動物みたいなもんだよ、お前は。あー、気持ち悪い、寒気がする」


 体を震わせ、二の腕を擦った。大げさ……。前までの私ってどんな感じだったっけ? もう忘れちゃった。頭がぼんやりしていて、色々考えなかったんだけど。レナード殿下のおかげで考えるようになった。あと、何も考えずに話したら、カイとエナンドがぎゃあぎゃあ言ってくるから、考えるようになった。


 人にどう思われるか、何を考えているのか、ちょっとは脳みそを使って考えた方がいい、ってカイに言われたことを思い出す。余計なお世話だけど、良かったのかもしれない、これで。だって、叔父さんの怯えた顔が見れるんだもん。にんまり笑うと、さらに青ざめて硬直した。


「ねえねえ、奥さんとの馴れ初めを聞かせて? どうやって結婚したの?」

「気持ち悪い!! もう無理だ、無理無理、こんな気持ち悪い物体と話すつもりはない、帰る!」

「あ、待って。忘れ物!」

「ん?」


 伝票を手に押し付ければ、嫌そうな顔になった。だって払いたくないんだもん。ちゃんと払ってよね。飲みかけのコーヒーを残したまま、退店した。ふうっと溜め息を吐いて、椅子へもたれたら、バーデンが低く笑う。


「ああいう反応になるのも無理はないな。忘れていた」

「何を?」

「以前のお前を。俺はいつもそばにいるから、見慣れているけどなぁ。久々に会ったジェームズからしたら不気味だろうよ。あんなに怯えた表情、初めて見た。愉快だった」

「悪い顔してる」

「トカゲに表情筋なんてあるわけがない」


 指先で頭を撫でてやると、猫のようにごろごろと喉を鳴らした。不思議、どうなってるんだろう。残しておいた紅茶を一気に飲み干して、立ち上がる。喫茶店は冷房が効いてるから暑くないけど、外は暑いだろうから脱がなくちゃ。黒いカーディガンを脱ぎ、大きめのショルダーバッグの中に詰め込む。バーデンが呆れて話しかけてきた。


「おいおい、汚いな。無理やり詰め込みやがって。入るのか? それ」

「入る、大丈夫。さっきも入ったもん」

「大きめのバッグを買え。そうだな、トートバッグにしろ。トートバッグに」

「……バーデンってたまに、お母さんみたいなこと言うよね。レナード殿下もそうなんだけど」

「何? 人外者をつかまえてお母さんとはね。もういい、口を聞かん」

「すぐにそうやって拗ねるんだから、もー!」


 トカゲ姿に変身したバーデンは、偏屈になるような気がする。重たいガラス扉を開ければ、強い陽射しが目に突き刺さった。足元から熱気が立ち昇ってくる。赤いノースリーブワンピースを着てきて良かった。レナード殿下にはあんまり似合ってないって言われちゃったけど……。


 石畳が敷き詰められた坂道の向こうには、青空と白い入道雲が広がっている。陽射しを心地良さそうに浴びている樹木と、昼時だからか、パンやアイスを片手に喋って歩いている人々。通りに面した飲食店は賑やかで、観光客があふれ返っている。店先で赤い国旗がはためいていた。


 こんな中を黙って歩いていると、無性にレナード殿下が恋しくなってくる。ふと、幸せそうな表情でキスしてるカップルが目についた。女の子の方は多分、私とあんまり年が変わらない。寒くないのに、腕を擦りたい気分になった。


(……いいもん、私にはレナード殿下がいるから。早く帰りたいな)


 早く帰って報告しなきゃ。ノーマンは役立たずだから、きっと従兄弟のジュードが役に立ってくれるはず。問題児だけど多分、レナード殿下を殺そうとはしないはずだから。











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