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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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15. 襲撃と扱いきれない感情

 






 夢の中でレナード殿下に会った。でも、ここは夢の中じゃない。暗いのにはっきりとあたりが見える空間の中に、ぽつんとお墓がたたずんでいた。簡素なグレーの石には何も刻まれていない。赤と黄色の花束を手にしたレナード殿下が、石碑を撫でている。白いシャツに、サスペンダーつきの黒いズボン。レナード殿下がまるで十七歳の少年に見えた。私は寝る前に着ていた、白いネグリジェを着ている。足は裸足で、柔らかな芝生が心地良い。温度と湿度を含まない風が吹き渡っていた。


「こんばんは、レナード殿下」

「ああ、シェリーか。おはよう」


 ぼんやりしてるみたい。聡明な蜂蜜色の瞳が虚ろになっていた。心配になって、手を左右に振れば、不思議そうな様子で首を傾げる。


「そうか、これは夢だからおはようじゃないな? じゃあ、なんて言えばいいんだろう」

「こんばんはでいいと思いますよ。これはモリスさんのお墓ですか?」

「そう。……出席して欲しくないんだって、モリスの家族は。俺に、葬式に」


 うつむいて、また石碑を撫でる。そこにモリスさんは眠っていないのに。つーんと鼻の奥が痛くなった、深い悲しみが伝わってくるから。何とか出てきた涙や鼻水を飲み込みつつ、レナード殿下の背中を擦る。


「大丈夫ですよ。きっと、モリスさんはレナード殿下にずっとずっと謝りたかったんです。死んで償いたかったんです」

「まだお礼が言えてない。あと、意地張って父親みたいな存在じゃないって言わなきゃ良かった……。モリスなら分かってると思うけど、でも、真に受けてたらって、死んだ今になって思うんだ。バカだ、大バカだ。救いようがない」


 背中を震わせ、静かに泣き出した。言ってくれたらいいのに、起きてる時に。でも、絶対に言えない。弱みが見せられない繊細な人だから。寄り添えば、泣きながら抱きついてきた。子どものように、しがみついてくる。レナード殿下の綺麗な蜂蜜色の瞳から、こぼれ落ちた涙が私の肩を濡らしてゆく。


「墓参りにも行けない。俺は、誰に何を言えばいいんだろう……モリスに届かない、言葉が」

「大丈夫です。届いていますから、ほら」

「シェリー」


 掠れた声で呟いた。いつもして貰っているから、レナード殿下の頬に手を添え、くちびるで涙を拭いてあげた。かがんでいたレナード殿下がふいに笑みをこぼす。


「ありがとう、シェリー。こういうことが出来るんだな」

「出来ますよ! いつも私にしてくれてるでしょう?」

「うん、ありがとう。……本当は分かってるんだ。母の死に責任を感じていたから、モリスが死んだってことを」

「はい。レナード殿下が悲しめば、私も悲しくなっちゃうからやめてください。モリスさんよりも私のことを優先してください!!」

「よしよし、そうきたか。首が苦しいから待っ、ちょっと、落ち着いて……?」


 胸元のシャツを握り締めながら、びょんびょん飛び跳ねていると苦笑した。ずるい、私のこともそんな風に想って欲しい。レナード殿下は私が死んだら、「だから危ないって言ったのに」って言いそう。泣いてくれないかもしれない、私のために。不貞腐れていれば、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。


「どうした? 不安そうな顔して。感情が伝わってくる」

「……不安そうな顔なんかしてません。気のせいです!」

「シェリー。シェリーは夢の中でも変わらなくてすごいな」

「何がですか? ちっともすごくありませんけど。だって、私はどこにいても私でしょう?」


 レナード殿下が蜂蜜色の瞳を瞠ったあと、「シェリーらしいな」って呟いた。ねえ、レナード殿下。どうして、現実では弱音を吐かないんですか? モリスさんが死んじゃったこと、悲しくて悲しくてしょうがないくせに。朝起きれば、平気そうな顔でコーヒーを飲んで、オムレツを食べている────……。ふいに誰かが私の体を揺さぶった。


「起きろ、シェリー。敵だ、敵がいる!」


 敵? 一瞬で意識が覚醒した。こちらを覗き込んでいるバーデンの頭を掴んで、起き上がる。あんまり好きじゃないけど、あれをしなくちゃ。だって私、絶対鈍ってる。寝起きだし、部屋は暗くてネグリジェ姿だし、最初から全力でいった方がいい。バーデンのくちびるが弧を描いた。嬉しそう。バーデンへ魔力を注いで、一体化する。視界が歪み、ぐわんと頭が揺れた。鳥肌が立ち、一気に心拍数が上がる。


「緊急事態だから、殺さなくっちゃね」


 眠っているレナード殿下に触ろうとしていた黒い何かを、背中の羽根を伸ばして突き刺す。刺した感触がない。人間じゃないの? これ。でも、その前に自分の姿を確認しないと上手く動けない。眠っているレナード殿下を乗り越え、ベッドから飛び降りる。黒い何かは霧へと変わっていた。まだ余裕があるみたい。床から、どんどん生み出されてるけど。


 素早く自分の姿を確認する。ぐにゃっとした柔らかい黒の手袋、体のラインが浮き出た黒ドレス。首元を覆っている銀色の鱗と黒い羽毛。急所が守られてるから、動きやすそう。ロングブーツだし。今日はパンプスじゃなくて良かった。太ももがスースーするけど。床から次々と黒い人影が生まれているのを見て、溜め息を吐きたくなる。


「バーデンの助けは期待できないってこと? まあ、雑魚だからいいけど」

「バカ言え。俺はお前の中にいるじゃないか。都度、危険になったら動かしてやる」

「よろしく! 手こずらないだろうけどね」


 バーデンの声が耳元で響く。完全に一体化してないから、動きやすい。敵が弱い証拠。それにしても、ぐうぐう眠りたかったな~……。バーデンが全部してくれたらいいのに。多分、私に戦わせたかったんだ。別にいいんだけど、腕が鈍っちゃうから。でも、怪我したらレナード殿下に怒られちゃうのに。


 あまりにも数が多かったから、背中の羽根を硬化させて、矢みたいに飛ばす。あっ、壁に突き刺さっちゃった。どうしよう? あとで直せば怒られない? 壁に突き刺さった羽根の矢を見ていると、新しく湧いて出てきた人影がこっちを見つめ、一斉に襲いかかってきた。何十体といる。


 すぐさま回転して、大きく伸ばした羽根で蹴散らす。ふいにバーデンが耳元で「こっちだ」とささやき、体を勝手に動かした。気持ち悪いけど、我慢しなきゃ。バーデンに全部を委ねる。神経にミミズが這っているような気持ち悪さなんだけど、中にいるバーデンに体の自由を渡したら、適切なタイミングで動かしてくれる。


 心臓が熱を帯びて、激しく脈打っていた。足が勝手に床を蹴り、体が宙を舞う。背中の翼が動いていた。あー、うー、気持ち悪い。でも、楽しい。久しぶり、こんな気持ちになるのは。レナード殿下の首筋に、指を突き刺している人影を見つけた。私の首筋に違和感が生まれる。吸い取られていた、血が。


「っ私のレナード殿下なのに!」


 指の先に鋭い鉤爪が現われ、目にも止まらぬ速さでそれを切り裂く。次はこっちを見て、襲いかかろうとしてくる影の相手。バーデンが次、どう動こうとしているのかを読まなくちゃ。でないと、意識が追いつかない。乗っ取られてしまう。次々と襲いかかってくる影の胴体を切り裂き、羽根から矢を飛ばして、時には回転し、大きな翼で影を蹴散らす。


(レナード殿下、起きない? 眠らされてるのかも、魔術で)


 しまった、副作用が無かったらいいんだけど……。だから、バーデンは私を起こしたんだ。今回の襲撃が様子見だったらいいけど、そう甘くはないかも。人影に回し蹴りを食らわせた瞬間、左右から襲いかかってきたから、羽根の先をナイフへ変化させ、影の首を切り裂く。術者が特定できないと意味がない。額に汗が流れ落ちた。その時、バーデンが呟く。


「もう少しの辛抱だ。今、カイとエナンドが向かってる。それにしても、腕が落ちたな……」


 腕が落ちた? 当然じゃない、お人形さんみたいな生活をしているんだから。筋力も体力も落ちてる。毎日筋トレして、ジョギングしてても、体力と筋力の低下は避けられない。毎日、遅くまで仕事してた時とは違う。頭にかっと血が上る。壊れそうなほど、心臓がばくばくと脈打っていた。


 次から次へと襲いかかってくる人影が、今度は私の首に手を伸ばしてきた。手というよりも、強靭な糸。バーデンを体から追い出して、強靭な糸を両手で掴む。呼吸が止まるほど、締め上げられていた。でも、大丈夫。すぐに緩む。指先がぼうっと炎をまとって、黒い糸を焼いた。動物と虫の間のような、不気味な断末魔が上がる。


「バカにしないで。私を誰だと思ってるの? ハウエル家の生き残りよ」

「……何も知らないくせに!」

「知らないけど、みんなすごいって言ってるから。じゃあね、バーデン。もう一体化はしない! 絶対に!!」

「拗ねやがった、面倒臭い……」


 無視して、レナード殿下にわらわらとたかっていた黒い影を蹴散らす。急に人の手が伸びてきて、私の太ももを掴んできた。迷わず手を掴み、燃やす。ぎゃっと短い悲鳴が上がったのち、静かになった。突然動きを止めた黒い影を、もう一度蹴散らしに行こうと思って向かったら、ふっと掻き消える。警戒していても、何も出てこない。罠かと思ったんだけど、違うみたい? 警戒を解いて、普通に立つ。


「……完全に消えた? 終わったのかな」

「様子を見てくる。待ってろ、死んではいないだろうけどな」

「怪我してたら治してあげてね。レナード殿下が悲しんじゃうから」

「了解」


 不満そうな声で言い、掻き消えた。レナード殿下、大丈夫かな? 悪夢とか見てないかな……。ベッドへ駆け寄り、覗き込んでみると、ちょうどまぶたを震わせているところだった。あれかな、術者がいなくなったからかな? 見せしめに指や耳を向こうに送ってるといいんだけど、絶対絶対、カイとエナンドはそんなことしない。弱虫だから。


 あと、見せしめがいかに大事か分かってないから。ゆっくりと、閉じていたまぶたが開いてゆく。枕の上に載った黒髪が、暗闇の中でも光り輝いているように見えた。もうすぐ、私の王子様が目を覚ましてくれる。ベッドに肘を突いて、わくわくしながら待っていたら、蜂蜜色の瞳がこっちを見上げてきた。乾いたくちびるが動いて、私の名前を呼ぶ。口の中に甘いキャンディーを入れて貰ったような嬉しさが、胸の中に湧いた。


「シェリー? ……変わった服装だな、よく似合ってるよ」

「あ、バーデンがこれ、気に入ってるみたいで。解かずに行ったんです」

「ふぅん。でも、胸元がちょっと開き過ぎだと思うんだ」

「寝ぼけているんですか……? レナード殿下?」


 手を伸ばして、私の黒髪を撫でてきた。嬉しい、レナード殿下が無事で。殺したいなと思った時もあるけど、あの時、我慢して良かった。じゃないと、私の楽しみが無くなってしまうから。にこにこ笑っていれば、くぐもった笑い声を上げる。


 不思議、穏やかで。ここには私とレナード殿下しかいない。塔の中にいる王子様。悲しまないで、誰のためにも泣かないで。ずっとずっと笑っていたらいいのにな。泣くのなら、私のために泣いて欲しい。唯一無二の存在になりたいんだって、いまさらだけど、改めて気が付いた。


「夢を見てたんだ、シェリーの。慰めて貰った」

「……夢じゃありませんよ、レナード殿下」

「ああ、やっぱり? それで? どうしてそんな格好を?」

「襲撃されたからです。でも、大丈夫ですよ! 私がちゃんと守っ、」

「そういうことはもっと早く教えて欲しかったな!? 報告してくれ、詳しく」

「はい」


 こういう時、王子様らしいなって思う。命じるのに慣れている。心底まいった様子で溜め息を吐いてから、頭を掻きむしった。あ、罪悪感を感じてる。いいのに、私が守るから。守られているだけの存在で一向に構わないのに、レナード殿下はそれをよしとしない。優しい人だから。あと、繊細な人。ちょっぴり、神経質も入ってるかもしれない……。


「影がうわーってきて、襲いかかってきたから蹴散らしました。術者が他にいて、多分カイとエナンドが倒したところです。バーデンが今、確認に向かってます」

「なるほど? 端的な説明だが、よく分かった。よく分かってちょっと悔しいよ、シェリー」

「どうして……?」


 レナード殿下が笑いながら、腕を掴んできた。ぐいっと抱き寄せられ、腕の中におさまる。ああ、幸せ。そうだ、昔、お父さんに抱き締められた時もこんな感じだった。お腹いっぱい、スコーンとジャムを食べて、紅茶も飲んだような幸福感。嬉しくなって強く抱き締め返すと、背中をぽんぽん叩きつつ、「苦しいから」と笑いながら言う。レナード殿下も嬉しそう。でも、かなり眠いかも……。つられてあくびが出てきた。


「怪我してないか?」

「してません、大丈夫です」

「嫌だけど、ロダンに頼むしかないかなぁ。こうなってくると」

「それはもっと嫌です……!!」

「分かった、分かった。ああ、もう、ロダンが魔術をかけ直してくれるのが一番いいんだけど。そう上手くはいかないか。下手くそだもんな、あいつ」

「繊細な作業は苦手だって言いそうですよね」

「うん。でも、試して貰う価値はあるかもしれない」

「ありません。魔術をかけ直し始めたら、ブーイングします! ブーイングして、邪魔します!」


 私を抱き締めたまま、レナード殿下がぷっと吹き出した。カイとエナンドが死んじゃってなきゃいいけど。じゃないと、もうレナード殿下が笑ってくれなくなる。目元を触って、濡れていないかどうか確認していれば、不思議そうに首を傾げた。


「どうした? シェリー。もう泣いてないよ」

「ならいいです。どうして、現実世界では泣いてくれないんですか? 弱音を吐いてくれないんですか。もしかしてひっそり、カイとエナンドには言ってる……?」


 何も答えずに笑みを深め、おでこにキスしてきた。ごまかそうとしてる。でも、嬉しそう。なんで? 一体どうして。不思議に思っていると、甘い声で「もう少しこっちにおいで」と言い、私を膝へ誘導した。向かい合わせで座ってみれば、背中に手を回してくる。……落ち着かない気持ちになるけど、レナード殿下は嬉しそう。ほんの少し、ほんの少しだけ我慢してあげる。


「ごめん、ありがとう。俺にこうされるのは嫌?」

「落ち着かないだけです……」

「なら良かった。今度から、夢の中でも弱音を吐かないでおこうかな」

「えっ!?」

「好きな子には、情けないところを見せたくないんだよ。シェリーはそういうの、あんまり分かってなさそうだから言っておく」


 恥ずかしがってる。すごい、珍しい……!! 体を離して覗き込めば、柔らかい苦笑を浮かべる。ごまかすためにか、キスしてきた。首の裏が熱い、耳も。レナード殿下にも恥ずかしいって感情があるんだ。


「もしも、知りたいって言ったら? 見せてくれますか?」

「えー、却下」

「なんで!!」

「うおっ、ごめん、ごめんってば……いふぁい、いふぁい」


 思いっきりほっぺたをぐにょーんって伸ばせば、表情に困惑が滲む。悲しいな。笑ってて欲しいんだけど、泣いているところを見れないのもなんか嫌だ。考えすぎて疲れちゃった。いつもはこんなこと考えないんだけど。レナード殿下と一緒になってから、色々考えることが出てきて疲れた。感情を持つのは疲れる。気にしないようにしよう。大きくあくびをすれば、笑った。


「眠ろうか。また一緒に」

「……」

「不貞腐れてる、可愛いなぁ」


 胡散臭い。エナンドみたいだった、今の。じっとり睨みつけていたら、疲れた様子のカイとエナンドが部屋に入ってきた。二人とも、パジャマ姿でぼろぼろ。後ろには黒いローブ姿のバーデンがたたずんでいる。真っ先に口を開いたのは、エナンドだった。


「ご無事ですか? レナード様。って、聞くまでも無さそうですね……イチャついてる」

「羨ましいだろ? いたっ!?」

「やめろって。そういう風に接してもいい御方じゃないって、何度言えば分かるんだ? お前は」


 私がレナード殿下に頭突きしたのを見て、カイが不満げに唸る。知らない、もう。ベッドの毛布に潜り込んだら、それまであった背中の羽根が消えた。レナード殿下が色々言ってきたけど、知らない。私、かなり頑張ったのにな……。









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