14.王妃様とのバトルに、美味しくないマカロン
王妃様に会う服って、どんなのを選べばいいんだろう……。外は初夏で暑いけど、塔の中は寒くて真冬だから、服を選ぶのが難しい。季節感にあった服を選ぶなんて無理、もう気にしないようにしてるってエナンドが言ってた。悩んだ末に、アクセサリーから先に選ぶことにした。
ガラスが嵌め込まれた、ジュエリーケースの中からイヤリングを何個か取り出す。手のひらの上できらりと、海の欠片のような青い宝石がついたイヤリングと、透き通った乳白色の石がついたイヤリングが光る。……これに合うワンピースって? よく分からない。握り締めれば、ひんやりした。
「うん、やめよう。いつものにしようっと。いいよね、それで」
結局、私の瞳の色とよく似たイヤリングにした。赤紫色の綺麗な宝石がぶら下がったイヤリング。古い木の扉を開けて、クローゼットから何枚か服を取り出す。レナード殿下は私を着せ替え人形だと思っているみたいで、何枚も何枚も服を取り寄せてる。嬉しそうな表情で色々見てた。
こっくりした深緑色のレース襟つきワンピースと、後ろにリボンがついた白黒ギンガムチェックのワンピースと、ラベンダーグレーのワンピース。どれにしようかな……。少しだけ迷ってから、ラベンダーグレーのワンピースにする。これにしよう。グレーに淡いラベンダー色が混ざった上質な生地に、くるみボタン、袖口に縫い付けられた繊細な白レース、膝下まである丈に、腰に巻かれたサテン生地の濃いラベンダー色リボン。つやつやと光沢を放ってる。
最初、これを見た時、重厚で品があって、私には似合わないだろうなと思った。でも、着てみれば、しっくりきた。私の体のラインを熟知しているようなワンピース。首と肩が楽で好き。余分な装飾もないし。あの時、黒髪をまっすぐにおろして着たら、レナード殿下が喜んでた。今日もそうしよう。もしかしたら、王妃様が褒めてくれるかもしれないし! 鏡に映った私が、ご機嫌でにっこり笑う。さっきとは大違い。
「大丈夫。きっと上手くいくだろうから」
私は全てを手に入れる。目標が決まったら、もう迷わない。それまで頭にかかっていた白い靄が、急に晴れたような気がした。このままレナード殿下を守って、ぐでんぐでんのべろべろの骨抜きにして、嫌になったら子どもを生んで逃げる。
そうしよう、バーデンが手伝ってくれるだろうから。椅子から立ち上がって、ドレッサーの鏡に指先を添える。背後に黒いローブ姿のバーデンが立ち、笑っていた。その瞳は赤い。不気味な光を孕んでいる。
「ねえ、バーデン?」
「どうしたんだ、シェリー」
「私ね、ここに長くはいられないの。だから、それまで手伝ってくれる? あとね」
「……どうした? 嫌な予感しかしないが」
「レナード殿下のことを守って、私の代わりに。もしも私が死んだら。それとね、私とレナード殿下、どっちも死にかけていたら、レナード殿下を選んで助けてあげてね」
「もしも、それを断ると言ったら?」
「選択肢はないの、バーデンに。今までもあったと思う?」
人外者相手に弱気になっちゃだめ。しょせんは、違う生き物なんだから。一歩間違えたら殺される。そう思って接しないと、大怪我しちゃいそう。余裕ぶった笑みを浮かべていると、バーデンが今までになく綺麗な微笑みを浮かべ、近付いてきた。でも、知ってる。私を傷付けたくないって言ったこと、躊躇したことを。
目には見えない情が、ひそかに育まれてる。変なの。まるで私もバーデンも、お互いが大事な存在だって認めたくないみたい。切り捨てれば、痛みをともなう存在なのに。あらがって、もがいて、否定してる。私とバーデン、最終的にどっちが勝つんだろう? 指先が顎に触れた。革の感触が不快で、自然と眉が寄った。私の不快さを気にも留めず、バーデンがささやく。とびっきり甘い、掠れた声で。
「……許容出来ない、とても」
「じゃあ、逃げて。いらないから」
「逃げろと表現するのか。お前らしいな、シェリー。よし、分かった、こうしよう。どっちも助ける。王子様は生かしておくべきだ」
「けっこう気に入ってるんでしょ、レナード殿下のこと。いっつもペットみたいだもんね」
「悪意がある言い方はよせ! とにかくも、強引にお前を連れ去ったりしない。それを約束して欲しいんだろう? なぁ」
誘惑するかのように、甘くささやきかけてきた。革の手袋をはめた手が、私の黒髪を掻き分ける。ゆっくりと慈しむかのように、こめかみへキスされた。うん、それでいい。何故か、バーデンは私を連れ去りたがってるから。怪我をして、意識を失った時、ここじゃないどこかに連れて行かれるかと思うと、怖くて怖くて……。レナード殿下と離れたくないのに。肩の辺りを押せば、低く笑う。
「お願いね、バーデン。私は何も渡せないけど。レナード殿下から美味しいミルワームでも貰えば?」
「残念ながら、俺はペットじゃないんだ。シェリー。さっさと支度しろ、待ち侘びているぞ」
「はぁーい……。面倒臭くて嫌」
しぶしぶ着替えて階下へ向かったら、揉めてるような声が聞こえてきた。なになに? 王妃様とレナード殿下が喧嘩でもしてるの? わくわくしながら、半開きになった扉をそっと押し開けば、すぐにレナード殿下が気付いた。蜂蜜色の瞳に射抜かれる。不思議と胸が高鳴った。でも、これはレナード殿下の感情? どっち? 無性に落ち着かない気持ちになっちゃって、逃げ出す。慌てたレナード殿下が追いかけてきて、私の手首を掴んだ。
「待って、シェリー! どうしたんだ!?」
「うっ、なん、何でもありません……。ただ気に食わなかったです、レナード殿下の顔が」
「えっ、俺の顔が!?」
「はい。部屋に帰ります……」
「待ってくれ、そんな理由で帰られると傷付く! ああ、もう、お菓子をあげるからこっちにおいで」
有無を言わさず、私の手を引っ張って廊下を歩いた。ドキドキする。変なの、落ち着かない。レナード殿下は背中に冷や汗を掻きそうな勢いで、そわそわしてた。嫌なそわそわ。あと、ショックを受けてる。どうして? 私が気に食わない顔って言ったから?
「とにかく、シェリーも王妃様の説得に協力してくれると嬉しいんだが」
「説得……?」
「そう。後任が見つかるまで、ロダンを俺の護衛にするってうるさいんだよ。それから、塔の魔術が消えてしまったのがお気に召さないらしい。王城へ引っ越せってうるさい」
「あ……」
どうして王様がレナード殿下を塔の奥深くに閉じ込めてしまったのか、よく分からないけど、安全だったから? 今まではモリスさんの魔術が守ってくれていた。ぞっとする。今まで、一人の人間の魔術に頼りきりだったなんて! 対策を考えてると思ってたんだけど、違った……。
手を引かれながら、リビングへと入る。木製の長テーブルに、不機嫌そうな表情のカイと、困った表情のエナンドと、すました表情の王妃様が座っていた。薄い金髪をきっちりまとめた王妃様は隙がなくて、美しい。黒い半袖ジャケットを羽織ってた。どこかの式典にでも参加出来そうな堅苦しさ。
レナード殿下にすすめられ、王妃様の向かいに腰かける。本当は今すぐ逃げ出したい気持ちなんだけど、我慢して、レナード殿下が私の隣に腰かける。知らなかった、レナード殿下って王妃様のことが苦手なんだ。足の裏がそわそわしちゃうぐらい、居心地が悪くて焦ってる。
「あー、考えは変わりませんか? 病弱設定も城へと移ったら台無しに、」
「そんなもの、今は体調が良いと言えば済む話です。……今まで、陛下のお考えに従ってきましたが、もう限界です。あなたは城で暮らすべきですよ、レナード」
「分かってます。分かってますが、王太子の地位を追われ、塔に幽閉されていた病弱王子がいきなり戻ってくるなんて、みんな、困惑するでしょう。全員が癒しの血を持っていると知ってるわけじゃないから」
「私から説明します。誰にも文句は言わせません」
一歩も譲らないと決めているのか、王妃様がきっとレナード殿下を睨みつけた。青い瞳が怒りに燃えている。それを見たレナード殿下がちょっとだけ呆れたように、肩をすくめた。王妃様の眉がぴくりと動く。コミカルな動きをするのは、居心地が悪いせい? さて、どうやって諦めて貰おうか。そんな声が脳内に響いた、落ち着かない。
「ああ、癒しの血を安全に搾り取るために塔の中へ押し込めてきたけど、モリスが死んだから、王城へ引越しさせるって? 素晴らしいアイデアだと思います、王妃様」
「バカにするのはやめてちょうだい。そんなこと言う気はないわ。ただ、私は」
「自分が王太子を蹴落とし、息子を王太子の地位につけた悪女って言われたくないから、俺を傍に置くつもりなんですか? なるほど、それもまた良いアイデアですね」
空気が凍った。紅茶を飲もうとしていた王妃様が青い瞳を見開き、カップの中身を凝視する。エナンドが声にならない声で「レナード様」と言ったような気がした。レナード殿下がせせら笑い、手のひらを見下ろす。つられて見下ろしたら、ふわっと、個包装のバタークッキーが現われた。いつものおやつ! 私にくれる気なのかもしれない……。
案の定、冷たく凍った空気を気にせず、笑顔で「はい、どうぞ」と言って渡してくれた。クッキーと顔を交互に見ていれば、くすりと笑い、袋を破いてくれる。やった! 空気が苦くても、クッキーは甘くて美味しい。さくさくさくと、良い音が鳴った。レナード殿下が嘲笑を浮かべつつ、青白い顔色の王妃様を見つめる。罪悪感はなかった、あるのは安堵感だけ。
「ああ、そうだ、お子さんは元気ですか? もうすっかり大きくなってるんだろうなぁ。最後に会ったのはいつでしたっけ?」
「お子さんって……。一応、あなたの弟でもあるのよ? レナード」
声は掠れていて、悲痛。さすがに申し訳ないと思ったのか、ばつの悪そうな表情を浮かべる。落ち着かない。レナード殿下に王妃様を傷付ける気はなくて、ひたすら早く帰ってくれないかな、諦めてくれないかなって思ってる。落ち着かない様子で自分の手を組んだり、広げたりしてた。
「一応ね、一応です。ろくに会ったことがないし、俺にとってはどうでもいい人間だ」
「……私のことが憎いの?」
「いいえ、もう、しょうがないかなと思ってます。陛下がああだと、誰もどうにも出来ないから」
「他人行儀だわ、陛下だなんて」
「それを言うのなら、じゃあ、王妃様は? 名前で呼べばいいじゃないですか」
「……」
雲行きが怪しくなってきた。どうしよう? 気まずい思いでレナード殿下の袖を引っ張り、クッキーをせがむ。ふっと苦笑して、私の頭をぽんぽん撫でてきた。違う! クッキー、あともう一枚だけ……。テーブルの上にはマカロンしかない。白い大皿にレースペーパーが載せられ、色とりどりのマカロンが品良く積み重ねられていた。
「陛下に言っておいてください。俺はここから出る気はないと。これまで通り、大人しく塔の中で暮らしてますよ。それから、血の提供をするのは月に一回です。譲歩する気はありません」
「そうね、伝えておきます」
了承して貰えると思っていなかったのか、レナード殿下がびっくりした表情になる。まだ顔色が悪い王妃様が、華奢な指でピンク色のマカロンを取った。私、あれ、べっとりしてて嫌い……。食べたくないお菓子がお皿に山盛り載せられてるだなんて、最悪な光景。
「前から多すぎると思ってたのよ、回数が。騒ぎそうだけど、私が国王陛下を説得します」
「……ありがたいです」
「モリスは、私について何か言ってた?」
「いいえ? 何も」
「そう。逃げ隠れする臆病者だって言われてるかと思ったわ」
「えっ?」
レナード殿下の心が揺れる。心配ならそう言えばいいのに、言わない。私がお母さんを見ている時の目と自分の目がそっくりだって、気が付いてないのかな。本当は、王妃様のことを母親だって思ってるのに。甘えてるのに。嫌なことを気にせず言うのがその証。王妃様が静かに立ち上がった。それに合わせて、レナード殿下が無言で立ち上がる。
「ロダンを塔の外に派遣します。それならいいでしょう?」
「いいえ、だめです。シェリーに怪我を負わせたんですよ」
「まあ。……一体、どんな怪我を?」
「彼女いわく、ぐるぐる巻きにされて地面へ叩きつけられたそうです。顎を怪我したんですよ。叱っておいてください、今度」
「分かったわ。もう、どうしてまともな一等級国家魔術師がいないのかしら……」
「俺にはシェリーとカイ、エナンドがいるから大丈夫ですよ。王妃様」
さっさと帰って欲しいみたいで、リビングの扉を開ける。王妃様がちょっぴり苛立った表情で睨みつけてから、溜め息を吐き、黙って部屋をあとにした。お見送りする気もないみたいで、レナード殿下が慌てて扉を閉める。ばたんと、音を立てて閉まった。扉を両手で押さえてから、「はー……」と大きな溜め息を吐く。なんだか風船がしぼんでるみたい。
「やっと帰ってくれた……」
「お疲れ様です、レナード様。俺達、ここにいて良かったんですかね?」
「ああ、もちろん。二人がいなきゃ、もっとぐだぐだ言ってただろ? いてくれて助かったよ。疲れた、ようやく帰ってくれた……」
苦手なマカロンだけど、ひょっとしたら今日は美味しいかもしれない。そろーっと手を伸ばして、掴み取る。私の赤紫色の瞳を薄くしたような色合いだった。二口食べて、後悔する。甘い、べったり歯にくっつく……。後悔して、もごもご口を動かしながら唸っていると、レナード殿下が笑いながらやってきた。隣の椅子を引いて、腰かける。
「どうしたんだ? シェリー。苦手なんだろ? それ」
「うー、今日はいけるかと思いました。だめでした」
「可愛い。バタークッキー、もう一枚いる?」
「口直しにもう一枚だけ貰います……。さすがにお腹がいっぱいです。食べ疲れました」
「分かった。はい、どうぞ。ああ、破かないとな」
「レナード殿下はそいつを甘やかしすぎなんですよ」
それまで置物みたいに黙ってたくせに、カイが急に文句を言ってきた。甘やかしすぎじゃないもん、別に。袋を破くぐらいで……。カイを睨みつけようと思っていたら、レナード殿下が「まあまあ」と笑顔で言って、私の口にバタークッキーを放り込む。
甘くて美味しい! あと、ちょっとだけしょっぱい。べったり甘いマカロンとは大違いで美味しい。私がクッキーをよく噛んで食べているのを見て、レナード殿下が微笑みを深める。落ち着いていて、満たされていた。春の海と青空みたい。
「良かった、良かった。シェリーが幸せそうで」
「……ん? レナード殿下も幸せそうですよ?」
「そう? 疲れたんだけどなぁ」
「はい。とっても穏やかで幸せそうです。あともう一枚だけ、あともう一枚だけ、クッキーください!」
「おっと、これは、あともう一枚だけが何回も続くパターンだな?」
嬉しそうに笑いながら、もう一枚クッキーをくれた。私がいなくなったら、レナード殿下は笑わなくなるのかな。ずっと一生笑っていて欲しいような、私がいなくなったら絶対に笑って欲しくないような……変な気持ち。でも、レナード殿下のことだから割りきってしまいそう。私のことなんか忘れて、きっと生きていく。
(……だから、その時に私そっくりの子どもが、レナード殿下のことをパパって呼んでくれたら、救われるような気がするの)
難しい。とっても難しい。気持ちがそわそわするあれを、何回もしなくちゃいけない。夢の中で抱かれたことを思い出して、むせちゃった。早食いしてたのが原因だと思ったレナード殿下が、厳しい表情で「もうやめような、クッキーはおしまい!」って言ったから、絶望した。今度から、考えて食べるのはやめよう……。




