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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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13.期待してるのはどっちなの

 




 お腹がいっぱいになったら、眠たくなってきちゃった。どうしよう? このままベッドに移動して眠るか、自分の部屋に帰って眠るか……。でも、レナード殿下と離れたくない。真っ先に浮かんできた考えはそれだった。レナード殿下の膝から降りて、不思議そうな蜂蜜色の瞳と、奥にあるベッドを交互に眺めていたら、ふいに手を伸ばしてきた。顎先に指が触れる。


「気付かなかった。怪我? してる……」

「怒りますか?」

「無茶をした結果ならね。もう二度と無茶をして欲しくないから、ちゃんと怒るよ」


 苦笑しながら、肩をすくめた。私は護衛なのに。さっき、エナンドに言われたことを思い出した。思い出したくないのに、思い出しちゃった。私はただの護衛じゃないもん。こうやって心配して貰えるし、特別な護衛だもん。今度エナンドに会ったら、思いっきりしかめっ面をしてしまいそう。黙ってうつむいていると、穏やかに溜め息を吐いた。


「いいかい? シェリー。絶対に無茶して欲しくないわけじゃなくて、ああ、なんて言えばいいんだろうな? 上手く言えないんだけど、その、予想の範疇を越えた無茶をして欲しくないんだよ。シェリーはびっくりするような無茶を、黙ってしてしまいそうだから怖いんだ」

「……無茶なんてしてません。私がいつ無茶をしたって言うんですか?」

「拗ねないで、お願いだから」


 楽しそうに笑いながら言う。胸が狭くなった。伝わってくるから、ひしひしと不安が。レナード殿下の不安が。心から私のことを心配してる。私が目を離した隙に無茶するんじゃないかって、怪我するんじゃないかってそう。落ち着かない、居心地が悪い。


 そこまで心配しなくてもいいのに。自分の手を見下ろしていたら、レナード殿下がそっと、手を重ねてきた。顔が見たくなったけど、見ない。心配そうな蜂蜜色の瞳を見たら、息が止まってしまうから。


「シェリー、何があった? さっき、本当は」

「……言いたくありません!」

「全部を言わなくてもいい。でも、教えてくれ。シェリーにこんな怪我をさせたのは一体、どこのどいつなんだ?」


 怒りが伝わってくる。なんで? どうして怒ってるの、まだ分からない。こんな怪我、かすり傷なのに。大したことないのに。無茶をしてないって、この傷を見たら分かるはずなのに。絨毯の上で寝そべっている、黒い犬のバーデンがくあっとあくびして、もう一度眠り始めた。


 どっかに行けばいいのに、いつまでもそこで眠ってる。戸惑って離れたら、レナード殿下が怒った表情で、顎の下を掴んできた。でも、むきたての玉子を掴むような掴み方で、すごく優しかった。背中に、ソファーの背もたれが当たる。


「あの……ちゃんと、ちゃんと怒るって? これがですか?」

「ん?」

「大した怪我じゃないのに、どうしてそんなに怒ってるんですか? さっき、私に絶対無茶して欲しくないわけじゃないって言ったくせに! 怖い……」

「ごめん。でも、かすり傷だと思ってる? けっこう酷いような気がするんだけどなぁ。ほら、見せてごらん」

「嫌です!! これぐらいの、これぐらいの怪我で怒られるのは嫌です……」

「シェリーに怒ってるわけじゃない。ただ、怪我をさせたやつに怒ってるだけだよ」

「えっ?」

「やっぱり、勘違いしてた?」


 柔らかな蜂蜜色の瞳を細め、苦笑する。良かった、私に怒ってるわけじゃないんだ……。ユーインもよく怒ってたから、怪我したら。怒られるのかと思った。良かった、違うんだ。ほっとして笑えば、レナード殿下も嬉しそうに笑う。でも、まだ怒ってた。怒りが伝わってくる。


「で? 一体誰がシェリーに傷をつけたんだ?」

「ロダンさんです。あ、違った。ロダンです」

「……なるほど。そうだな、呼び捨てでいい。父上の命令で? ああ、何も言ってなかった?」

「いいえ。多分、思いつきで行動しただけだと思います。急にばんって、ぐるぐるってして」

「ごめん、よく分からないからちゃんと説明してくれ……。ばんって、まさか撃ったとか? シェリーのことを?」

「いいえ、私をぐるぐる巻きにして、地面に叩きつけたんです。その拍子に、顎を怪我しちゃったんです。ほらっ」


 怪我を見せたら心配してくれるかなと思って、見せてみたら、ひやっとするような表情を浮かべる。あれ? 心配してない? 怒ってる? しぶしぶもう一度天井を見上げて、一生懸命、顎の下辺りをレナード殿下に見せつけていると、軽く笑った。良かった、なんだか楽しそう?


「可愛い。……痛かっただろ? 可哀相に、シェリー。あとで怪我の手当てをしような」

「いいです、大丈夫です。舌もちょっと切れちゃったの、ほら。見えまふか?」

「……うん」


 噛んだ舌をべろべろ出して、指で示せば、微妙な顔をする。……血が出た舌を見たくなかったのかも。がっかり、あんまり慰めてくれない。心配してるくせに。黙って舌を口の中に戻した瞬間、キスしてきた。びっくりしすぎて、心臓が口から飛び出るかと思った。


「もっ!? な、えっ?」

「ごめん、つい。可愛くて。誘惑されてるのかと思った」

「して、してないし、急にされると、びっくりするのでやめてください……」


 ドキドキしたいわけじゃなくて、ドキドキさせたいのに上手くいかない。でも、どっち? これは私の緊張なのか、レナード殿下の緊張なのかよく分からない。砂糖水を一気に飲み干した気持ちになるのは、どうして。レナード殿下がこういう気持ちでいるの? 混ざる、戸惑う。


 混乱してきた。知らないから、こんな感情は。レナード殿下の感情は鮮やかで、楽しくて、触れていたら汚染されてしまいそう。耳がじんわりと熱くなってきた。レナード殿下がにじり寄ってきて、私の頬に手を添える。


「じゃあ、今度から聞くよ。キスしてもいい? ってそう」

「だ、だめです! こんなことしてる場合じゃないのに……」

「なんで?」

「私、怖いんです。塔の魔術が無くなってしまったことが。だ、だから、今日は、レナード殿下にバーデンと寝て欲しくて。離れて、離れてください……」

「俺のことを守ってくれるんだろ? シェリー。付きっきりで」

「もっ、もう守りません! バーデンが守ればいいんです。カイだって、エナンドだっているし!」

「俺はシェリーに守って欲しいんだけどなぁ、夜通しで付きっきり」


 ぐいぐい胸元を押しても、離れない。調子に乗ってる! レナード殿下が調子に乗ってる……。胸元にある私の手を掴んで、さらに近寄ってくる。はっきり拒絶できないのは、レナード殿下が怖がっているから。私に拒絶されたらどうしようって、そう思ってるから。愛おしさと怖さが混じった感情を知ってしまうともう、拒絶できない。後戻りできない。どこかで分かっていたはずなのに、こうなるって。影響を受けて、変わってしまうって。


(……あ、そっか。離れたら良かったんだ。レナード殿下から離れて)


 このままずっと一緒にいると、私がどんどんおかしくなっちゃう。戻れなくなっちゃうから、出来る限り離れなきゃ。でも、それは出来ないような気がした。愛おしさに、()()()()殿()()()()()()()()愛おしさに雁字搦めにされて、身動き出来ない。都度、私じゃないって。この感情は私のものじゃないって言い聞かせないと、勘違いしそうになる。大変。レナード殿下がキスしようとしてきたから、全力でつっぱねる。


「だっ、だめです!! 話し合わないと……。エナンドとカイと、これからどうやって、どうやったらレナード殿下を守れるかなって、作戦会議しないと!」

「どうでもいい、やめよう」

「どっ、どうでもよくなんか! どうしてそんなこと言っちゃうんですか? モリスさんはもういないのに? 守ってくれる人は私達しかいないのに?」

「……どうでもいい、やめよう。俺はシェリーとこうして、まったりイチャつきたいだけなんだ」

「イチャついてる場合なんかじゃ、んっ」


 おでこに優しくキスしてきた。睨みつければ、このうえなく嬉しそうな微笑みを浮かべる。幸せそうだから、流されてしまいそう。これから作戦会議をして、眠ろうと思ってたのに。バーデンの方を見てみると、お腹を向けて眠ってた。じん、人外者のくせに眠ってる!! 普通のわんこみたいに、お腹を向けて眠るだなんて……。許せなくて震えていると、レナード殿下が頬にキスしてきた。


「何とかなるから大丈夫だって。俺も魔術が使えるし」

「危機管理がなってません、レナード殿下は……」

「ん? シェリーが夜通し守ってくれるんだろ?」

「そ、そんなことは言ってません!! 今日はカイとエナンドと、バーデンと、みんなでぎゅうぎゅう詰めになって眠ってください。その方が安全です」

「安全な夜より、刺激的な夜の方がいいと思わないか?」

「おっ、思いません……!!」

「残念、俺はそうなのに。二人っきりで眠りたいのに」


 今度は耐えきれずに、くちびるへキスしてきた。満足そうな表情を浮かべる。……でも、上手くいってるのかな? レナード殿下をとことん惚れさせてから、どっかに行きたい。私のことを忘れないように、私に会いたいなって思って貰えるように、そっくりな子どもを残して立ち去りたい。


 ねえ、レナード殿下、忘れないでいてくれますか。傍にいなくても、私のことを覚えていてくれますかって言いたいけど、上手く言えない。私の代わりなんて、いくらでもいるだろうから。ここで一生、過ごせる気はしないから。だって、私はまだ十九歳だし。ユーインもまだ間に合うからって、外の世界を知って、まともになって欲しいって言ってたから……。


 レナード殿下が熱っぽい瞳で私のことを見つめながら、お姫様抱っこしてきた。拒絶出来ない。ひしひしと伝わってくるから、求められてるのが。目の前に火花が飛び散ってるような興奮と熱意。レナード殿下はどうして平気なの? いつもこんな気持ちでいたの? 頭の芯がぐらぐら揺れてる。弾けそう。何が弾けそうなのか分からないけど、限界が猛スピードで近付いてきている。


 しがみついていたかったのに、ベッドの上へ降ろされた。レナード殿下もゆっくりとベッドの上に乗って、私にまたがる。数秒間だけ、見つめ合った。レナード殿下が甘ったるい声で「シェリー」とささやいて、近付いてくる。期待してる、渇望してる。一体何を? 私の望みなのか、レナード殿下の望みなのか分からない。私の両手を押さえた瞬間、がんがんってノック音が響いた。


「レナード殿下、います!? いますよね!? 開けますよーってああ、俺、ひょっとして邪魔しちゃいましたか? でも、服を着てるからセーフですよね?」

「……アウトだ。どんな問題が起こっていても、静かにドアを閉めて、立ち去ってくれ。頼む」

「いやいや、それはさすがにちょっと! 王妃様が来ました。それと、ノーマンさんが倒れちゃったみたいで。今日から魔術をずっとかけ直す予定が、ぱあに……」

「えっ!?」


 ベッドから飛び上がれば、レナード殿下が目元を覆って、「ああ……!!」と低くうめいた。も、ものすごくがっかりしてる。そこまでがっかりしなくてもいいんじゃない? 突然、不貞腐れてベッドへ寝転がった。地の底まで気分が沈んじゃってる。扉付近に立っているエナンドの下へ行くと、気まずそうな微笑みを浮かべた。


「ど、どういうことですか? 倒れたって、殺されかけたんですか!?」

「やあ、シェリーちゃん。邪魔しちゃってごめんね……。いやいや、そんな血腥い話じゃないよ。風邪だそうだ」

「風邪!?」

「ストレスで免疫力が下がったって。泣きながら寝てる」

「えっ!?」

「……よし、血を飲ませて治そう」


 落ち込んで寝転がっていたレナード殿下が、むくりと起き上がった。そうだ、血を飲ませたらいいんだ! 血を飲ませて働かせよっと。エナンドがものすごく微妙な表情を浮かべ、両手を広げる。


「あ~、それが、どうもショックみたいで。詳しい話はあとでします。とにかく、王妃様が来られたので用意してください。……もしかして、忘れてたんですか? 昨日の夜、王妃様が来るって話しましたよね?」

「……すっかり忘れてた」

「レナード殿下……。すごいや、シェリーちゃん。骨抜きにしてるよ、殿下のこと。約束を忘れるような人じゃなかったのに」

「本当ですか!? あとはレナード殿下に何をしたら、ぐにゃんぐにゃんのでろでろになりますか!?」

「ん~、俺が教えてあげようか? 何ちゃって、ぶっ!?」

「今すぐ用意する。疲れていてそれどころじゃなかったと伝えておいてくれ」


 エナンドに枕を投げつけたレナード殿下が、涼しい顔で起き上がる。足元に落ちたふわふわの枕を拾って、私に手渡しつつ、エナンドが苦笑した。


「かしこまりました。えーっと、冗談ですよ。今のは」

「冗談じゃなきゃ困るな。街にでも行って口説いてこい」

「はい、分かりました。王妃様に伝えてきますね、それじゃ」


 淡々とした口調におののき、びゃっとエナンドが姿を消した。怖がるのなら、最初から言わなきゃいいのに! きっと、あれは女の子を口説かないと死んじゃう病気にかかってるんだと思う。一定数いるもの、そういう人は。枕についた埃を払っていると、レナード殿下がやって来て、後ろから抱きついてきた。


「ああ、がっかりだ……。せっかく良い雰囲気になってたのに!」

「ノーマンさんの件、不安じゃないんですか? 一刻も早く、塔の魔術をかけ直して欲しかったのに」

「不安じゃないな、まったく」

「レナード殿下……」

「シェリーのことで頭がいっぱいだからね。さてと、着替えてくる。慌てなくていいから、シェリーも着替えてきてくれ。俺が贈ったワンピースにでも」

「はい、分かりました。王妃様が来るだなんて、知りませんでした。言ってくれたら良かったのに」


 私のおでこにキスしたあと、不満そうな表情を浮かべる。言ってくれたら、用意したのに~……。王妃様はうるさそうだから、ちゃんと髪の毛を梳かして、綺麗な服を着なくちゃいけない。くちびるを尖らせていれば、笑って、軽くキスをしてきた。


「来なくてもいいって言ったんだよ。すっかり忘れてた。そういうわけにもいきません、一大事ですからって連絡がきてたの」

「ん~……」

「シェリーも俺とイチャイチャしたかった?」

「いいえ! 用意してきます」

「つれないな。あーあ、本当にがっかりだよ。扉を開けていいって言われるまで、開けるべきじゃないだろ。エナンドときたら、まったく」


 ぶつぶつ文句を言ってるレナード殿下を置いて、部屋を出る。あーっ、びっくりした! エナンドが来てくれて良かったかも。ばくばくする心臓を押さえながら、早歩きで自分の部屋へと向かう。もし、あのまま流されていたら? 夢の中、あの花畑で抱かれた時みたいに……。ぎゅーって、胸が締め付けられた。


 これはレナード殿下の感情だから、きっと。あの鮮やかで熱っぽい感情に触れて、汚染された。じわじわと、自分の気持ちが蝕まれてゆく。でも、傍にいたい。離れたくない。モリスさんと、前の王妃様、レナード殿下のお母様が命がけで生かしたから。私もレナード殿下を守りたい。守って、少しは誰かの役に立ちたいの。手のひらを眺めたら、血塗れだった過去を思い出した。


 今も血に濡れてるんだろうけど。ねえ、ユーイン。お父さん、お母さん。何か変わる? 私、ここにいて変わるの? 何も分からない。時々、自分の意識が霧に飲み込まれる。私はぼんやり生きていたかったのに。鮮やかすぎる感情を知ってしまったから、戻れなくなっちゃった。両目を閉じてから、もう一度開ける。


「……行かなくちゃ、用意しなくちゃ」









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