12.レナード殿下に復讐してやる!
どうしよう、レナード殿下に怒られちゃうかも。目の前の扉をノックする勇気が湧いてこなかった。なるべく無理しないって、怪我しないようにするって約束? したのに、しちゃったから怒るかも……。私が扉に指を添えたまま、戸惑っていると、急に扉が開いた。出てきたエナンドが、鮮やかなグリーンの瞳を瞠る。寒くないのか、黒い半袖Tシャツを着ていた。幻獣だからきっと、寒くないんだ。体温高そう。
「あれ、シェリーちゃんだったんだ? 何となくそうかなとは思ってたけど……なんでパジャマ? 侵入者は?」
「着替える時間がなかったから……。侵入者はいませんでした、ロダンでした」
「あ~、また余計なことしてきたのか。ん? なんか臭い? あと、怪我してる?」
色々気になるのか、鼻にシワを寄せ、顔を近付けてふんふん嗅いできた。臭い? 薔薇の匂いでもするのかな。さっき、抱き締められた時に移ったのかも。匂いが。ふんふんとパジャマの袖を嗅いでみたけど、何も匂わない。ほんのりと薔薇の良い匂いがする気が……。しないよね、だって黒い服からパジャマに着替えたんだもん。それなのに、私から離れたエナンドがものすごく嫌そうな顔をする。
「うん。血の匂いと腐った魚のような匂いがする。大丈夫? ロダンさん、どっかで拾い食いでもしてきた?」
「……腐った魚?」
「ごめん、なんて言ったらいいのかな? ドブ川みたいな、とにかく水っぽくて生臭い匂いがする」
「お風呂、お風呂に入ってきますね……」
「うん、そうした方がいいよ。大丈夫、きつくはないから。誰かにつけられたって感じの匂いがするだけだから」
「誰かにつけられた……」
私からすれば、華やかで甘い薔薇の香りだったんだけど。違うんだ。じゃあ、あれは一体なに? どういう存在なの? 考えれば考えるほど、分からなくなる。にこにこ笑顔で、私に手を振ろうとしていたエナンドを見上げれば、不思議そうに首を傾げた。
「レナード殿下は? 今どこにいますか?」
「奥のソファーで寝てるよ。大丈夫、襲われてないからね」
「分かりました。じゃあ、着替えてきます」
「うん。塔の魔術がなくったって、俺達はちゃんとレナード殿下を守れるから。安心して、シェリーちゃん」
「……エナンドさんは、レナード殿下がいなくても生きていけるからそう言えるんですね」
「えっ?」
私は怖い。塔の魔術があったらいいのにって思っちゃう。早く復旧すればいいんだけど。かけ直すのにはたして、どれくらいの時間がかかるのか……。色々考えながら背を向ければ、エナンドが「待って、シェリーちゃん」と言ってきた。振り返ってみると、真剣な表情を浮かべてる。へー、そんな表情も出来るんだ。知らなかった。いつもはちゃらんぽらんなのに?
「レナード殿下がいなくなったらって、たとえば、シェリーちゃんはクビにされたらどうする?」
「クビに?」
「うん。だって、その可能性もあるわけじゃん?」
「……レナード殿下はそんなことしません! 私を見捨てたりしません!!」
「たとえばの話だよ。いつまでも二人で仲良く暮らしましたとさ、めでたし、めでたしとはいかないだろ? だって、シェリーちゃんは今、ただの護衛なわけだから」
言葉に棘はない。でも、面白がってるような声だった。私は、私はただの護衛だけど……。目を真っ直ぐ見つめれば、にっこりと綺麗に微笑む。本心が覆い隠されていて見えない。少しだけ視界が揺らいだ。胃がむかむかする。
「私は最初から、レナード殿下の子どもが欲しかったのかもしれません」
「へー、子どもが。それって好きだから? レナード殿下のことが」
「いいえ、違います。ただ、記憶に残りたくて。一緒にいた証を残したくて。子どもを見たら、私のことを思い出して貰えるように、残していきたくて……」
今、分かった。記憶に残りたい、レナード殿下の。レナード殿下にとって、忘れられない女性になりたい。いつか離れたとしても、私の面影がある子どもを見て、レナード殿下が思い出してくれるといいな。
「そうしたらきっと、離れていても寂しくない。忘れ去られたくないんです」
「……ふぅん。クビにされたらどうする? って聞いたんだけどなぁ。俺は」
「レナード殿下を襲って妊娠します。生んでから立ち去ります」
「ああ、なるほどね。へー、理解不能だ」
「忘れ去られるのって、死んだも同然でしょう? 違いますか」
「まあ、そうなんだけども……」
「忘れ去られるのが怖いんです。だからいつか子どもを生んで、立ち去って、ユーインと一緒に暮らしたいです。なかなか出来ないことだから、王子様の子どもを生むなんて。だから、ユーインも認めてくれるんじゃないかなって。すごいって、まともだって褒めてくれるような気がして」
帰りたい、あのアパートに。ここは多分、私のおうちじゃないから。いつかは出て行かなくちゃいけないから。ユーインと何年も暮らしたアパートに帰りたい。じゃないと、どこに行けばいいのか分からなくなっちゃう。お母さんに頼まれたから、ちゃんとユーインのことを守らなくちゃ。私はお姉ちゃんなんだから。何ともいえない、悲しげな表情で見つめられた。深々と一礼してから、目を見ないようにする。
「じゃあ、お風呂に入って着替えてきます。おやすみなさい」
「いや、まだ寝ないから……」
「私が少し寝るんです」
「そういう意味か! 頼むからやめて? 俺を変な人扱いするの」
「してませんけど?」
「目が物語ってる。何言ってんだ、こいつって目をしてたから! 今!」
「っふふ、繊細なんだから、もう」
笑えば、エナンドがびっくりした表情を浮かべ、目を瞠る。驚かれるようなことは言ってないんだけど? まあ、いっか。早くお風呂に入らなくちゃ。レナード殿下に臭いって思われちゃう、このままだと。振り返らずに、すたすたと冷たい石造りの廊下を歩いていたら、背後でぼそっと呟いた。
「変わってきたね、シェリーちゃん。だからこのまま、誰とも戦わずに済むといいんだけど……。ま、俺達が頑張るしかないか」
独り言にしてはやけに大きい。変なの。レナード殿下もエナンドも、私を戦わせたがらない。そんなに悪いこと? 戦うことって。レナード殿下を守るためには、殺さなくちゃいけないのに。まずはみせしめに一人、殺して送り返さなくちゃ。レナード殿下もエナンドも嫌がりそうだから、こっそり内緒で痛めつけてから殺す? でも、取調べを受けるのかな……。よく分かんない。汚れて煤けた石の壁に手を添えながら、螺旋階段を降りる。
(レナード殿下がいないと、心にぽっかり穴が開いたみたい)
まだ昼間なのに、塔の中は薄暗くて寒い。忍び寄ってくる冷気を、ぶるりと体を震わせて追い払う。……バーデンはもう、このまま帰ってこないつもりなのかな? 以前はどうしてたっけ? 忘れた。ユーインとバーデンと三人で暮らしていた日々は遠くて、おぼろげで、まるで白いヴェールに包まれているかのよう。
失望と共に息を吐き出せば、白く染まっていった。今日は一段と寒い。いつもはこんなに寒くないような気がするんだけど。あることに気がついて、足を止める。残っているのはあと三段だけ。でも、浮かんできた考えが足を止めた。
「……ひょっとして、モリスさんが塔の魔術を和らげていた?」
染みついた怨嗟と執念はどうすることもできないと、飄々と言いながら和らげていた。だからモリスさんが亡くなった今、指先が凍てつくほど寒い。熱い涙が滲み出てきた。モリスさんは、本当にレナード殿下のことが大事だったんだ。これほどの魔術だったら、常時魔力を取られるのに。
レナード殿下の感情と混ざり合って、本当に悲しくなる。もう死んじゃったんだ、会えないんだ。ごくごく普通のことなんだけど、受け入れられない。変なの、私は、私はモリスさんが死んじゃっても悲しくないはずなのに。変なの、涙が止まらない。
袖でごしごし目元を擦れば、ちょっとだけ気分がましになった。よし! さっさと着替えてお風呂に入ろう。まだまだやらなくちゃいけないことが沢山あるんだから。階段を全部降りて、自分の部屋へと向かう。バーデンはまだ帰ってなかった。代わりに、静かにきらめく銀の葉のシャンデリアが出迎えてくれた。嫌なことがあっても、天蓋つきのお姫様ベッドを見れば、嫌な気分が和らいでゆく。
適当に小花柄のロングワンピースを出してから、洗面所へ向かう。いつもは屋上? にある大浴場に行ってるからなんだか新鮮。嫌だ、どうしよう、洗わなくちゃいけないかも、バスタブ……。余計な魔力を使いたくないんだけど、自分の手で洗うより断然いいから、しぶしぶ魔術を使って綺麗にする。バスタブの中に黒っぽい虫がいたから、見ないようにした。もちろん、処分した。
ぴかぴかになったバスタブはミルキーなベージュ色で、可愛い猫脚がついている。蛇口やシャワーは金色、床に敷き詰められたタイルはベージュと薔薇色。かなり広くて、お姫様気分が味わえる。何度見ても素敵なバスルームをひとしきり眺めてから、お湯を入れた。五分ぐらいでいっぱいになるから、えーっと、その間どうしよう? 遊ぶ? だらだらする? 洗面所へ戻って、入浴剤を選ぶことにした。
レナード殿下からサンプル? って言って貰った入浴剤二つを手に持って悩む。洗面所の大きな鏡に、難しい顔をしてる私の姿が映っていた。どっちにしよう。昼下がりの果樹園でまどろんでるような気分が味わえる香りか、それとも、夏の浜辺で果実酒を飲んでるような気分になれる香りか……。悩んでいたら、お湯が満タンになった。コロコロコロリンと、可愛い音楽が鳴り響く。オルゴールの音色みたい。
「よし、果樹園にしろってことね? こっちにしようっと」
淡いオレンジとグリーンが混じったパッケージに、果樹園らしき絵と人がプリントされていた。洗面所に置いてある石鹸と、ふわふわの体を洗うやつを放り込んでから、パジャマをかごの中に入れて、浴室のドアを閉める。あ、シャンプー忘れちゃってた。
まあ、いっか。魔術で取り寄せられるから。広げた手のひらの上に、ほわっと白いシャンプーボトルが現われる。魔術って便利~。ものを取り寄せる魔術が一番便利で、使い勝手がいい。こんなこと言うと、魔術の学者さんや研究者の皆さんに怒られそうだけど。
「ふわぁ~、落ち着く……。生き返る!」
肩まで熱いお湯に浸かったら、寒さで強張っていた体がほぐれていった。もうお腹が空いてきちゃった。レナード殿下に食いしん坊って言われるのは悲しいけど、また食べたい……。今度はパンケーキを! バターをじゅわっと溶かした上に、たっぷりの蜂蜜を塗りたくるの。でも、ベーコンと目玉焼きとチーズをのっけて食べるのもいいかも。以前、レナード殿下がしてくれた……。
まっさらなお湯に顎下まで浸かって、鼻をすする。レナード殿下に会いたくなってきちゃった。お腹が空くと会いたくなる。手作りピザと、それからトマトとバジルのシンプルなパスタ、私が好きな厚切りベーコンとレタス、目玉焼きを挟んだサンドイッチ。コーンポタージュとあつあつのグラタン……。美味しいものを沢山作ってくれた。
悲しいことを想像したくなくて、ちゃぷんと、鼻先までお湯に浸かる。頭のてっぺんに冷たい滴が落ちてきた。今、悲しい気分だから、余計なことして欲しくないのに。
(……出来る限りずっと、傍にいられるといいのにな。傍にいて、美味しいものを沢山作って欲しい)
ぼこぼこと、お湯が私の鼻息で泡立った。楽しい、これ。酸欠気味になるまで続けたあと、顔を出す。胸いっぱいに空気を吸うと、鼻の奥がつーんってした。咳き込めば、今度は涙が出てくる。……エナンドの、ただの護衛って言葉が、耳の奥に突き刺さって抜けない。ただの護衛じゃないもん、レナード殿下は特別な存在って言ってくれたもん。それから、好きな女の子だって。気まぐれで言ってるだけかもしれないけど。
気が済んだから、おしゃれでカラフルな入浴剤の袋を破いて、引っくり返す。さらさらと、小さな葉っぱや果物の皮、塩粒が落ちてきた。ふんわり、良い香りがバスルームに充満する。甘ーくて良い香り。陽射しをいっぱい浴びた土の匂いと、瑞々しいグレープフルーツとオレンジの香り。あと、なんか、干したてのシーツと枕っぽい香りがする。
爽やかで甘いんだけど、お日様と土の匂いがするからか、本当にまるで、果樹園にいる気分になれちゃう……。冷たいバスタブのふちに頭を乗せて、はふぅと一息つく。お湯には無数の葉っぱが浮かんでいた。塩のおかげ? 体がぽかぽかして、おでこに汗が滲む。
「……うん! いいかも、これ! あとでレナード殿下を褒めてあげよう、すごいですねって!」
興奮して足をばたばたさせたら、あっという間にお湯が冷めた。しぶしぶ、もう一度熱いお湯になる魔法のボタンを押す。バスタブの中にある金の丸いボタンが沈みこんで、たちまち熱いお湯へと戻った。三回しか押せないから気をつけないと。
また「はふぅ~」と息を吐きながら、両目を閉じる。たまには、一人でゆっくり入るのもいいかも……。眠たくなってきちゃった。今度はゆっくりと静かに、熱いお湯を楽しんでいたら、おもむろにバスルームのドアが開いた。
「なんだ、ここにいたのか。探したぞ、シェリー。王子様と一緒にいなくて大丈夫なのか?」
「……バーデン、急にどうしたの? いまさらもう、帰ってきても遅いから!!」
「おー、おー、拗ねてるなぁ。ご機嫌直せよ、お姫様。ちょっと離れるって言っただろ? すぐ帰ってきたんだし、」
「えいっ!」
「……やったな?」
人差し指をバーデンに向けて、お湯をばちゃっと顔面にかけてみたら、真顔になった。黒いマントを翻して、バスルームの中に入ってくる。知らないもん、お湯が勝手に飛び跳ねただけだもん。そっぽを向いていれば、低く笑ってしゃがみ込む。お湯をかけてくるかと思ったのに、違った。バーデンの黒い毛先から、お湯が滴り落ちている。
「シェリー、本当にここから離れる気はないんだな?」
「……怒らないの?」
「怒っているとも。そらよ」
「ぶっ……!!」
ばしゃばしゃばしゃって、熱いお湯が降ってきた。やられた、油断してた。顔を拭いながら見てみると、父親のような苦笑を浮かべる。バーデンなりに心配してるって分かってるんだけど、私は好きなように生きていきたい。いつかレナード殿下の身代わりになって死にたい。
「ユーインに会えるとしても、ここから離れたくないのか? シェリー」
「っユーインに会えるの!?」
「そうだ、俺と一緒に帰ろう。どうせ王子様のことは好きじゃないんだろ?」
黒い革の手袋をはめた手を差し出して、誘いかけるような笑みを浮かべる。瞳は赤く染まっていて、細められていた。みんな、私がレナード殿下のことが好きかどうか、知りたがっている。白黒つけたがっている。あのカイでさえも。
どうするの? 私。ユーインに会いたいけど、私がいなくなったらレナード殿下が悲しんじゃうから。冷たい空気にさらされて、黒髪が冷えてゆく。ぴちゃんと、顎先から水が滴り落ちていった。
「ごめんね、バーデン。私、レナード殿下にむかついてるの」
「はあ。むかついて……?」
「うん、そうなの。やっと気が付いた。最初、だって最初、レナード殿下が私のことを好きじゃないって言ったから。案外ちょろいねって言ったから!!」
「へえ。言ったのか? 本当にそんなことを?」
「うん、絶対に言ってた!」
「怪しいな。まあいい、それで? お前の狙いは?」
「だから、レナード殿下をメロメロの骨抜きにして、振ってから立ち去りたいの……!!」
「なるほど。王子様にとっては最悪のシナリオだなぁ」
いつも頭にちらつく。シャワールーム内で私にキスを迫りながら、「ごめん、好きじゃないのにこんなことして」って言ってたレナード殿下の表情が。細められた蜂蜜色の瞳と、濡れた体を思い出せば、ドキドキするのに悔しくて涙が出てくる。あの時、好きになりたくないなって思った。負けるから。負けたくない……。手のひらで顔を覆いながら、お湯に沈む。だから、ベーコンよりはちょっとだけ好きかもって認めたくないんだ、私。
「帰れないの、ごめんね……? 復讐してから帰る! ユーインにもそう伝えておいて」
「分かった。面白そうだから、まあ、いいか」
「うん、バーデンならそう言ってくれると思ってた。どういう復讐がいいと思う? レナード殿下に好きって言ってから、エナンドに抱かれるのがいいと思う?」
「おい、よせ。はしたない。お前の父親が聞いても、眉をひそめない方法を選べ」
「んむ~……。ふやけちゃうからもう出る、あっち行って!!」
「はいはい、出るから。まったく、ガキが」
優雅に立ち上がって、バスルームから出て行った。私、少しでも長くいっしょにいたいんじゃないの? でも、レナード殿下を喜ばせたくない。恋愛感情とは程遠い感情。気付かなかった、恨んでるんだ、あの日のこと。お湯の中に潜ってまた、ぶくぶくと泡を発生させる。バスタブに浮かんだ葉っぱをちぎって、イライラを解消させてから、上がった。いつまでも、遊んでても仕方ないし……。濡れた髪をバーデンに乾かして貰っていたら、レナード殿下が入ってきた。
「シェリー、いるか? それとも寝てる?」
「はぁーい! 洗面所にいます」
「洗面所か。どうだった? ロダンに何もされてないな?」
洗面所のドアを開けながら、色々聞いてくる。心配そうな表情のレナード殿下を見てると、全力でくちびるをひん曲げたくなった。私の黒髪をもてあそんでいたバーデンが、おかしそうに笑う。そんなバーデンを見て、ぴくりと口元を動かした。
「……俺が乾かしてあげようか? シェリー」
「いらないです。レナード殿下にさせるするようなことじゃありませんから。下賎の者の仕事ですから」
「おい。さりげなく人外者である俺を下賎な者扱いするな!」
「それで? 何の用ですか? レナード殿下」
「何の用って……。用事が無くても会いたいんだけどね、俺は。お腹が空いてるかと思ってサンドイッチを持ってきた。モリスからの手紙に、しばらくは空腹に悩まされるかもしれないって書いてあったから」
「食べます! 髪の毛が乾いたら、食べに行きます!」
「うん。良かった、機嫌が直ったみたいで」
何も知らないレナード殿下が、ほっとしたように笑う。むかむかした。でも、いいもん。いつか絶対に絶対に、絶対に復讐してやるから! あの時の私と同じ気持ちを味わって欲しい。どうして、なんで、好きになってくれないのって。好きじゃないのに、こんなことするの? って虚しくて悲しい気持ちを存分に味わえばいい!
客間に行って、レナード殿下をソファーに座らせてから、膝の上に乗る。能天気に喜んでた。ぎゅっと、お腹に手を回して抱き締めてくる。鼻の奥がつーんとした、熱いお湯を吸い込んだ時みたいに。
「可愛い。猫みたいだ、シェリーは。そっけない態度を取ってきたり、かと思えば、突然甘えてきたりするから」
「……猫じゃありません、人間です」
「知ってる、猫並みに可愛いってことだよ。いや、猫以上か。世界一可愛い」
甘い言葉で褒められると、さっそく揺らぎそうになる。でも、だめ。いつか絶対に復讐してやるんだから……。サンドイッチの具材は、蜂蜜とマスタードで味付けしたチキンとへなへなのレタス、ちょっとだけ酸っぱい玉ねぎとピクルスだった。美味しい。パンはよく焼けたハード系のパンで、顎に力を入れて噛み締めると、素朴な味わいが口の中いっぱいに広がってゆく。
レナード殿下も食べていた。紅茶で油っこいサンドイッチを流し込んだあと、私のこめかみにキスをする。ふんわりと、紅茶とマスタードの香りが漂った。ドキドキしたのは内緒。サンドイッチの味が分からなくなったのも、内緒ったら内緒! 後ろから私の顔を覗きこみ、レナード殿下がくすりと笑う。
「頬がぷくーってなってる、可愛い。どうして、俺のお姫様はご機嫌ななめなのかな……」
「お姫様じゃありません、ただの護衛です! そんなこと、今まで一度も言わなかったくせに」
「バーデンが羨ましくてね。真似してみたんだ」
「ふぅん。おかわり取ってきてください、おかわり!」




