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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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11.霧の貴婦人と使えない一等級国家魔術師

 





 しまった、罠にはめられた。気が付いた時にはもう遅かった。地面からしゅるっと、鋼のロープのようなものが生えてきて、両足と腕を拘束される。でも、殺意はない。どうする? 迷った瞬間、巻きついてきたロープの重みがぐっと増した。地面に叩きつけられる。痛い、舌を噛みかけた。衝撃が顎を伝って、脳みそまで届く。本気だ。でも、私を殺す理由が見当たらない。


(……昨日の一件を聞き出したいの? なら、こんな手荒な真似は)


 それとも、私が逃げるとでも思ってるのかな。顎が痛くてじんじんする。縛られてるから、上手に受身が取れなかった。視界が揺れて、目に涙が滲む。痛い、顎が痛い。慣れないと、早く。レナード殿下が私に優しくしたりするから、痛みに敏感になっちゃった。こんなに辛かったっけ? 痛みって、怪我って。


 前は腕を切り落とされても平気だったのに。ロダンが一歩一歩、ゆったりした足取りで近付いてくる。下から睨みつければ、にへらっと笑って、小さく手を振った。腹が立つ!


「目的は何ですか? 読めません」

「決まってるだろ? あれから散々な目に遭った」

「散々な目に……?」

「そう。陛下に怒られちゃったよ、聞き出してくるのがお前の役目だろって。あーあ、うんざりだよ、もう。公務員はつらいなぁ。公務員であってるかなぁ」


 私を縛りつけて、地面に叩きつけたくせにいつもと同じ調子。たまーにいる、こういう頭のおかしい人が。口の中に鉄臭い血の味が広がっていった。やっぱり切ったのかもしれない、舌を。まんまとおびき寄せられて、怪我をした。レナード殿下が知ったら絶対悲しむ、傷付く。


 今まで気にならなかったのに、感情を理解して、いかに自分が傷付いちゃいけないのかがよく分かった。怒りがふつふつと煮え滾る。これはレナード殿下の感情? 近くにいないのに? 正午が差し迫った薔薇園は静かで、誰もいなかった。時々、鳥の鳴き声が聞こえてくる。甘い薔薇の香りと土の匂い。それと、血の匂い。自然と口元に笑みが浮かんだ。


「ねえ、国王陛下は敵なんですって。どう思いますか?」

「……誰がそんなことを? ああ、モリスのおっさんか? 死んじまったなぁ。一発ぐらい、殴らせて欲しかったんだけどなぁ。化けもんだとは思わないか? 殴れなかった、いつも。あの人は天才だった、魔術の」

「あなたはレナード殿下の敵? それとも、味方?」


 地面を見つめながら尋ねると、それまでしゃがみこんでいたロダンが怯んだ。変なの、私は縛られているのに怯えるだなんて。静かに眠っている青虫の真似をしていると、ゆっくり立ち上がった。獣が怯えて、その場から立ち去ろうとする動作によく似ていた。


「おいおい……。縛られてるくせに殺気がすごいな? さすがはハウエル家の人間。なんで、モリスさんはよりによってこんな子どもに、」

「敵ならいらないの。私、一刻も早くレナード殿下のそばに戻りたいから」


 このロープに、私を本気で食い止める魔術はかかってない。魔術師は魔力節約のため、動く対象を縛る術語を使いがち。なら、反転させる。上手くいくかどうかは運次第だけど。神経を研ぎ澄ませ、強く願う。叔父さんが言ってた、魔術はねじ伏せたもの勝ちだって。ねじ伏せる。相手の魔術も私の支配下にあるって、そう強く信じて。


 ロープが弾け飛び、「しまった!」とロダンが短く叫ぶ。次の瞬間、立場が逆転していた。良かった、反動が起こらなかったみたい。今度はロダンがぐるぐる巻きにされて、地面から私を見上げる番だった。笑みが浮かぶ。楽しい。相手の魔術を利用して、追い詰める瞬間が一番楽しくて、ドーパミンが出るような気がする。背筋がぞくぞくした。ロダンの青い瞳が驚愕に染まり、見開かれる。


「おっ、おいおい、おいおい……!! 普通、今の状況で“反転”を使うか!? お遊び、いや、ギャンブルみたいな魔術を使いやがって! リスクを考えろ、リスクを!」

「せいぜい怪我するだけで終わりでしょ?」

「ああ、そうだった。まるっきり安全性を考慮していないのか。少しのミスも許されない魔術ばっかり使いやがって」

「勝つことがすべてだから、私は」


 お喋りしてる暇なんかない、早く帰らないと。嫌な胸騒ぎがする。ここの薔薇園はいつだって静かで、来ると穏やかな気持ちになれたのに。朝の散歩だって、ここで何回もしてるのに。嫌な胸騒ぎがおさまらない。踵を返して、来た道を辿って帰ろうとしたら、嫌な気配が満ちた。殺意でもない、強烈な気配。


 誰かがすぐ横に立って、私のことをじーっと見つめてるみたい。肩が触れそうな距離にいる。振り返って見てみたけど、誰もいない。呼吸が自然と乱れる。気配は消えない、まだすぐ近くにいる。悪意とも、敵意とも取れぬ感情が満ちていた。一言で表すのなら、ねっとりした好奇心。怖い、気持ち悪い。


(……指先が震えてる。さっきまで冷たくなかったのに、指先が冷たい)


 これは何? 知らない、こんな現象。辺りに冷気が漂い出した。何かがいるのは確かなんだけど。殺せばいいってわけじゃなさそう。とりあえず、一番気配を感じる場所から遠ざかって、臭い煙でも出そうと思ったら、ぬるりと何かに喉を撫でられた。息が詰まる。細い指先が喉を撫でていった。


 酸素が吸えなくなって、喉元を押さえる。考えろ考えろ考えろ、まだ何かは姿を現してない。逃げるのが最優先! 一瞬で目標が定まった。息が出来なくても、走って逃げ出そうとした時、ふいに柔らかな声が響いた。


「だめよ、逃げようとしたら。陛下が怒るじゃない、自分で聞き出せないおばかさんなんだから」

「っうあ!?」


 いきなり転んで、地面に横たわる。何があったの? 今。それに、この異常な気配。人外者ではないことは確か。聞いたことも見たこともない、周りに影響を及ぼす人外者なんて。赤茶色のタイルにうっすらと氷が張っていた。上手く言えないけど、気配で凍ってるような気がする。


 しかも、体が重たくて動けない。必死で見上げようとしたら、黒いドレスの裳裾が目に飛び込んできた。キラキラと繊細な煌きを放っている。漆黒の艶やかな生地に、銀の刺繍が施されていた。雪の森? そんな柄に見える。


「わぁ、綺麗。私もこんなドレスが欲しい……」


 そんなこと言ってる場合じゃないって分かってるんだけど、でも、綺麗。無意識に手を伸ばしたら、急に体が楽になった。あ、立ち上がれそう。体を起こしながらも、ドレスの裾に触れる。予想通り、びっくりするほどなめらかで、上質な生地だった。黒い布なのに、ほんのりと紫色がかって見える。蝶の羽根を見ている気持ちにさせられた。


「ふふふ、お利口さんね。綺麗でしょう? この間仕立てたばかりなの」

「……お母さん?」


 目が見開いた。そんなわけないんだけど、そんなことあるはずないんだけど……。切れ長の青い瞳に、まっすぐな黒髪。顔立ちは少しだけ変わっていて、蠱惑的。絵画の中にいる、船乗りを惑わせる人魚のような見た目。どこか現実離れした美しさ。


 お母さんはこんな風に、ぞっとするような美女じゃなかった。髪と目の色も違うのに、お母さんの顔立ちじゃないのに。でも、よく似ていた。目鼻立ちが。まるで、お母さんが生まれ変わって傍にいるみたい。青い瞳を見開いてから、おかしそうに笑う。


「あなたの母親に似ていた? シェリーちゃん。適当に誰かの顔に似せているだけだけど」

「すごく……似ています。よく」

「そう。じゃあ、見逃してあげる。ロダンも気乗りしないようですから」

「いや~……気乗りっていうかさ。あんたが出てくるとは思いませんでしたよ、えーっと、霧の貴婦人?」


 ふっと鼻で笑った。霧の貴婦人? なんか嫌な感じがする。さらさらしてるのに、ねっとりしている。彼女は黒いレースがついたトーク帽を頭の上に載せて、首元が上品な白いフリルで覆われている、黒いケープつきのドレスを着ていた。辺りには濃密な気配と冷気が立ちこめている。ぼんやり見上げていると、優雅な微笑みを浮かべ、白い手を差し出してきた。手の甲に黒いレース袖がかかっていた。


「立ち上がれる? シェリーちゃん。手助けしてあげましょう」

「……はい。あなたは一体誰ですか?」


 人外者には見えない。でも、人間にも見えない。異様な存在だった。少しずつ、少しずつ白い濃霧が薔薇園を蝕んでいった。ロダンは縛られているのが好きなのか、呆れた表情で地面に座り込んでいる。私をまじまじ見下ろしていた“霧の貴婦人”がにっこりと微笑んだ。微笑を浮かべる仮面を張りつけてるみたい。


「どういう存在だと思う? シェリーちゃん。教えて」

「さあ。……優しい人? 私を見逃すメリットがないから。それと、陛下のことをおばかさんって呼んでたから、私の間接的な味方ですか?」

「ふふ、そうね。気に入ったから見逃してあげましょう。レナード殿下のお気に入りのようだし」

「お気に入りじゃなくて、好きな人なんです。私のことを好きな女の子って呼んでます」

「あら、そう。ふふふ」


 ご機嫌で笑ってるけど、機嫌が良い自分を演じるのが楽しくて仕方がないように見えた。綺麗な微笑みを浮かべたまま、両手で私の手を握り締める。白くて、細長くて、冷たい指だった。見下ろしていると、頭がくらくらしてくる。


「また今度話を聞かせてちょうだい、シェリーちゃん。ロダンが乱暴な真似をしてごめんなさいね、怪我はなかった?」

「おい! あんたは俺の応援に来たんじゃないのか!? 陛下がなんておっしゃるか!」

「さあ、知りません。気乗りしないのなら、ご自分で伝えたらどうです?」

「……」

「一等級国家魔術師ですもの、負けるとは思えないわ。さあ、行きましょうか、シェリーちゃん。あなたのことがもっと知りたいの、私」


 ぎゅっと手を握り締めて、歩き出した。怖い。それに頭がくらくらする。嫌な予感がする。好意的なのに、手を握り締める力が強い。どんどん霧が濃くなっていて、足元の地面さえもよく見えない。……これはまずい、別世界に引き込まれる。この女性のテリトリー内に入ったらおしまいよね? 頑張って立ち止まってみると、不思議そうに振り返った。一瞬だけ、顔が黒く見えた。ぽっかりと空間に空いた穴が、こっちを覗き込んでるみたい。


「ごめんなさい、もう帰らなくちゃ。レナード殿下が心配してるから」

「まあ、それもそうね。じゃあ、私からお手紙を出しておくわ。それなら心配いらないでしょ?」

「……私のことが気に入ったんでしょう? なら言うことを聞いて。言うことを聞いてくれない人は嫌い!」

「ふふふ、面白い子ね」


 なんだか気味が悪い。棒読みじゃないんだけど、棒読みに聞こえる。感情が窺えないから? 人外者はもっと独特ではっきりしてる。じゃあ、これは何? 冷たい手を握り締めたまま、強く睨みつけていれば、またにっこりと静かな微笑みを浮かべた。辺りには白い霧が漂っていて、何も見えない。


「なら、諦めようかしら。レナード殿下に伝えておいてくれる? いらなくなったらちょうだいって、そう」

「いらなくなったらって? 何が?」

「あなたのことが。伝えてちょうだいね、また今度ゆっくりお話しましょう。私と二人きりで」

「……レナード殿下は私のことを捨てたりしません。だって、繫がったんだもん」

「分かるわ、焦げ臭いから。でもね」

「えっ?」


 私の手首を引張って、抱き寄せた。ふわりと甘い薔薇の香りがした。それと、キャラメルの匂い。髪の手触りを楽しむかのように、後頭部へ手を添える。ぞわっとした、ものすごく。


「いつか飽きるかもしれないでしょう? 大丈夫、丁重に扱うから。王子様がひとりじめするなんて許せない」

「あなたは、」

「可愛いくて甘い声が聞きたいの。それじゃあね、ばいばい」


 私のこめかみにキスをしてから、消えた。白い霧が立ちこめる空間に一人、取り残される。寒気が止まらない。キスされたところに氷が張っている。触れると、もろもろと崩れ落ちていった。ねっとりした好奇心。ああ、そっか。


「あの人、私のことおもちゃだと思ってる。捕まらなくて良かった……」


 膝から力が抜け落ちて、へなへなと座り込む。だめだ、力が入らない。さっき何かされた? それとも、禁術の副作用? 手の震えが止まらない。冷たく震える手を見下ろしていたら、ロダンが近付いてきた。ばさっと、肩に黒いローブがかけられる。


「あーあ、大丈夫か? 面倒なものに気に入られちまったな、シェリーちゃん」

「あれは何ですか? それに、私の敵なんでしょう? どうしてこんなことを」

「んー、ちょっと違う。普通に聞いたら、逃げられると思ったからそうしただけで……」

「私が逃げたくなるようなことを聞くつもりなんですか?」

「……陛下が、今回のことを調査してこいって。聞いてこいって。突然、モリスのおっさんが死んで城内は混乱してる。何があった? そして、何を吹き込まれた?」


 国王陛下は直接聞けないおばかさん。モリスさんが言ってた、陛下はレナード殿下の敵だって。そのこと、ロダンもよく知ってるんだ。じゃあ、どう言うのが正解なの? 禁術のことは遅かれ早かれ、バレるような気がするけど。もう、レナード殿下に血を提供させたくない。モリスさんも同じ気持ちだった。そして、レナード殿下も。


「勝手に血が採れない禁術をかけたんです」

「何だって? 血を?」

「そうです。命を動力源にしてかけました。もう、毎日血を採るのはやめてください。陛下にそうお伝えください」

「いやぁ~……毎日って、ぎりぎり貧血になる程度の血を痛みなく採っているんだから、」

「それでも体に負担はかかる! 家畜扱いされるのはうんざりだ、もうやめてくれ!!」


 悲痛な叫びが、()()()()()出てきた。どうして、なんで!? レナード殿下の声だった、今の。近くにいないのに、積もり積もった苦しみや憤りがほんの一瞬だけ、私の体を駆け巡った。びっくりして口元を押さえていると、ロダンが腰に手を当てて、溜め息を吐く。


「なるほど、そういうわけか。とんでもない禁術に手を出したな、モリスのおっさんは」

「……分かるんでしょう? モリスさんの苦しみも、レナード殿下の苦しみも。だから、どっちつかずの態度を取っている。あの時、本気で止めようと思ったら止められた」


 一等級国家魔術師なんだから、私みたいな小娘はひとひねりのはず。でも、それをしなかった。陛下に対して、悪感情を抱いてる。どうして直接来ないのか分からないんだけど。お父さんなんだから、直接聞きに来れば良いのに。まっすぐ見上げたら、うっかり腐った食べ物を食べてしまった人のような表情を浮かべ、顎に手を添える。青い瞳にどうしようかなと書いてあった。


「死ぬと分かってたら止めたんだけどなぁ。あー、うー、俺、考えるの苦手なんだけど?」

「私もですよ、ロダン!」

「あ、呼び捨て? そんなことで怒るほど、器がちっちゃくないから別にいいんだけどさ~……。んん、でも、無意味だと思う。たとえ、禁術をかけて血が採れなくなったとしても」

「選択肢を奪われることが何よりも苦しいんです。きっと、モリスさんはレナード殿下に選択肢をプレゼントしてあげたかった」

「……王子として、働かなくてもいいんだけどなぁ。羨ましいよ、子作りだけして、遊んで暮らせばいいだけの話なんだからさ。モリスのおっさんも、レナード殿下も何をそんなに苦しんでるんだ?」


 私もそういう考えをしてたから、分かる。でも、苦しいんだ。レナード殿下は。王様になるための勉強をしていたのに、塔へ閉じ込められるって思ってなかったのに。時々、虚ろな表情を見せるのはやりたいことが出来ないから。


 永遠に死ぬまで塔の中にいて、暗殺に怯えながら暮らして、病弱なふりをして客人にお茶を振舞わなくちゃいけない。たとえ風邪だったとしても、癒しの血を奪われる。投与される人には何の影響もないからって、そう言って。話が分からないあんぽんたんでバカのロダンを睨みつけていたら、苦笑して、肩をすくめる。


「分かった、分かった! 聞くだけ聞いて帰るから。ある程度、陛下に都合の良い話を伝えておいてやるから。ほら、話してみなさい。おじさんに」

「レナード殿下はね、私のことが好きなんです」

「おい、嘘だろ!? 恋バナならおじさんとじゃなくて、霧の貴婦人とすれば良かったじゃん……。喜んで聞いてくれるぞ、絶対に」


 かけて貰ったローブに手を添えながら、立ち上がる。なんか臭い気がする、このローブ。もう辺りに霧は立ちこめていなくて、すっかり晴れていた。穏やかな朝の光景が広がっている。


「あれは一体、どなたなんですか? 霧のレディは。人外者には見えませんでした」

「ん~、知らない方がいい。俺自身、よく分かってないし?」

「使えない……」

「ローブ返して、もう。優しくして損した」











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