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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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9.夢の中でも、現実でも、あなたと一緒

 



 暗闇の中を歩いて行ったら、膝を抱えて泣いてる小さな男の子がいた。レナード殿下だ! どうしたんだろう。白いシャツと茶色いチェック柄の半ズボンを着ている。私は寝る前のパジャマ姿で、少しだけ肌寒かった。ここは水族館みたい。暗くて肌寒い。私が近くに立てば、幼いレナード殿下が見上げてきた。頬が丸くて、耳と顔も小さい。蜂蜜色の瞳が見開かれ、涙が光った。


「どうして泣いているんですか? 小さい王子様」

「……シェリー?」

「あれ、分かるんですね。レナード殿下?」


 苦しそうにまつげを伏せ、うめいた。一体どうしたんだろう? 羞恥の感情と後悔の念が混ざってる。私が望んでしたことなのに、この方は苦しんでいる。黙って見下ろしていたら、目元を手で覆った。その姿はまだ小さいままで、可愛らしかった。


「まさかこんな、夢にまで出てくるなんて……。今回のことは防げたことなのに。俺の失態だ、俺の油断が招いた失態だ。どう謝ればいいのかすら分からない」

「謝らなくてもいいんですよ、レナード殿下。モリスさんはやると決めたらやる方です。あなたの一存でどうにかなるだなんて、あなたが止められるだなんて、そんな考え、自惚れでしかないでしょう?」

「……夢の中のシェリーはいつもより辛口だ。でも、ありがとう。おかげで少し楽になった」

「いいえ。私の王子様、あなたが苦しまなかったらいいんですけど」


 私に何か出来た? モリスさんを止められた? でも、私が断っても結果は一緒だった。モリスさんはカイを使うつもりだった。どれだけ強い魔術師でも、いずれは老いる。難易度の高い魔術を扱うには、すさまじい集中力と安定した精神が必要。病に蝕まれたモリスさんはいずれ、一等級国家魔術師の座から追われる。


 資格を維持するための試験に合格出来なくなって、やがては、レナード殿下のそばにいられなくなる。腕におでこをくっつけて、泣いているレナード殿下の隣に座ってみた。寒い、床が冷たい。底冷えする。これが夢なら、もっと暖かい場所に出来たらいいのに……。出来ないのかな、何も。私には。


「あのまま過ごしていたら、モリスさんは今の座を追われていたでしょうね」

「俺がそんなことをさせない!! 病気だって、ガンだって、俺が何とか出来たはずなのに! 血を飲ませたら済む話だったのに……」

「でも、レナード殿下に頼る気なんてありませんでしたよ」

「そう! そこだ……。俺が間違っていた、全部。あんなことを言わなきゃ良かった。言わなかったら、今頃モリスは生きていたかもしれない」


 喉の奥がぎゅっと締め付けられた、苦しい。レナード殿下の感情が伝わってくる。どうしてこんなに苦しんでるの? どうにも出来なかったことなのに。モリスさんの死に方は、本人にとって幸せで、罪が償えることで……。混乱してきた。違う価値観が無理やり入りこんでくるから。


 価値観を理解出来ないのに、感情は理解出来てしまう。苦しいよ、悲しいよ。これをいつも、レナード殿下はどうやってなだめているの? 分からない。頭を抱えて苦しんでいたら、「シェリー? 大丈夫か?」と言って、レナード殿下が背中を擦ってくれた。小さくて、ちょっぴりだけ冷たい手。


「あり、ありがとうございます……。私に、私に何が出来ますか!? レナード殿下のためなら何だってします! この苦しみから逃れられるのなら何だって、」

「落ち着け、シェリー! 大丈夫、大丈夫だから! あっ、戻った」


 レナード殿下に掴みかかったら、次の瞬間、大人の姿に戻った。びっくりして息を呑み込む私を見て、どこかほっとした表情になる。シャツも体に合わせて大きくなっていた。私の片手を優しく包み込み、淡い笑みを浮かべる。


「ごめん、悩むべきじゃなかったのに」

「レナード殿下……!! ごめんなさい、違うんです! 初めてで、こんな感情。だって、だって」

「コントロールすべきだった、夢の中だったとしても」

「……夢の中だと思ってるんですか? 本当に?」

「確かめてみるか」

「どうやって?」

「さあ? とりあえず、キスでもしてみようか」


 妖しく蜂蜜色の瞳が細められる。感情によって心臓の色が変化するとしたら、今、一気に鮮やかなピンク色に染まっていった。どうしてこんなに緊張するんだろう、いつものことなのに。慣れてきたと思ったのに。どくんどくんと、心臓の鼓動が聞こえる。近付いてくる蜂蜜色の瞳を見つめながら、胸元に手を添えた時、やたらと大きく響き渡ってる心臓の鼓動は、この緊張は、レナード殿下のものだってことに気が付いた。


「緊張しているんですか? いつも、しないと思ってた」

「ああ~……。だめだな、繫がってるのって。隠しようがないから」

「今、悲しいんでしょう? どうして悲しまないんですか。逃げたいから?」

「うん。それと、シェリーが何でもしてくれるって言ったから?」

「わっ!?」


 逃げようとする私の両手を掴んで、おでこにキスしてきた。おでこだった、良かった。おでこを押さえていると、レナード殿下が口元を押さえる。そっぽを向いていた。薄闇の中でも分かるぐらい、耳が赤く染まってる。


「いまさら照れるだなんて……わぁ! すごい、綺麗! お花? これ、全部レナード殿下がしたんですか?」

「だからだよ。キス、キスしたぐらいで、花畑に変わるとか……。どれだけ浮かれてるんだろう、俺」


 いつもと反応が違う。夢の中だから? ここが夢の中だから、いつもとは違うレナード殿下が見られるのかな。白いカスミ草やスイートピー、赤い薔薇や黒い薔薇、紫と青のグラデーションが美しい野花が咲き誇っていた。照れているレナード殿下にどうして触れたくて、手を伸ばせば、照れ臭そうな表情のレナード殿下が手を掴んできた。


 むっとした表情に見えるけど、分かる。嬉しそう、胸の奥で明るい感情が弾ける。朝靄の中で、ゆっくりとほころんでいくピンク色の薔薇を見たら、こんな気持ちになるのかもしれない。レナード殿下の感情は明るくて、目がチカチカする。


「ねえ、教えてください。誤魔かさないで、一人で抱えたりしないで。嘘と隠しごとはもう通用しませんよ?」

「……だな。モリスが、モリスが以前、俺が言った言葉を気にしていて。どうせ、どうせ血目当てなんだろうって。俺に癒しの血が無かったら、かまわなかったんだろうって、気にかけなかったんだろうって言ったのを気にしてたんだ」


 苦しそうに言葉を切ったあと、眉をひそめる。今なら分かる、話の続きが。ぐっと手を握り締めたあと、勢いよく続けた。


「だから、証明するために死んだんだ。俺に癒しの血が無くても、息子のような存在だって言うために死んだんだ。緩和を、痛みを緩和する治療だけ受けて。どんなに、どんなに悪化していても、俺の血なら治せたはずなのに……!!」


 レナード殿下が泣いて、抱きついてきた。起きたら話を聞こうと思ってたのに。今じゃなきゃ、夢の中じゃなきゃだめだったのかもしれない。この方は私に甘えられないのかもしれない。夢の中じゃないと、誰かに甘えられないレナード殿下が愛おしくなってきた。こんな感情、初めて。うたた寝しているユーインを見た時と、似ている感情。抱き締めながら、震える背中を擦った。


「じゃあ、分かって貰えて幸せですね。モリスさんは」

「……そう思うか? 本当に?」

「はい。死んでも分かってくれない人もいるので。死んだら分かって貰えるなんて、幸せな方ですよ」

「死ななくても分かったのに! 俺は理解したのに!?」

「本当に? いくら言葉で言っても伝わらなかったから、死んで証明したのでは?」

「可愛い声で残酷なことばっかり言う。俺が、俺が疑ったせいで死んだんだ、モリスは……」

「いいえ、違います。薄々気が付いているでしょう? レナード殿下。モリスさんはあなたのお母様が死んじゃった時から、こうするって決めていた」

「でも……」


 私の肩にしがみつきながら、消え入りそうな声で呟いた。可哀相に、レナード殿下。いつもと違って、弱々しくて頼りない。虚勢ばっかり張ってる王子様。いつまで経っても、鎧が脱げない。どんなに苦しくても王子様らしく振舞って、夢の中でしか弱音が吐けない。……モリスさんが亡くなった直後、冷静にノーマンに質問してた。苦しい感情は伝わってきてたんだけど、よく分かってなかった。母親のように抱き締めれば、鼻を鳴らして、「俺のせいでモリスは死んだんだ」とまた言う。


「ごめんなさい、レナード殿下。今度からはもう少し気を使いますね」

「……シェリーにそれを言われちゃおしまいだな。モリスには、本物の家族がいたのに。俺じゃない、実の息子だっていたのに。奥さんもきっと、俺のことを恨んでる」

「そう聞いたんですか? 恨んでるって?」

「いいや? でも、恨んでるに決まってるよ! 俺の、俺の言葉選びが悪かったから……」


 私を抱き締めながら、また泣き出す。声が気の毒なくらい、震えていた。どうしてモリスさんは相談しなかったのかなぁ。止められるから? ねえ、モリスさん。分かったでしょう? あなたなら。私とは違って。


「気にする必要なんてありませんよ、あれは贖罪という名の自己満足ですから。私の予測なんですけど、これは。モリスさんは王城に前の王妃様? を連れて来たことを後悔してるんです。狩りに参加したって言ってましたよ」

「狩りに?」

「はい。癒しの血を持つ少数民族を狩りに行ったんでしょう。無理矢理連れて来た。何がどうなって、前の王妃様が王妃様になったのかは分かりません。もしかすると、お姫様だったのかもしれませんね」

「……シェリー。夢の中かもしれない、これは。やけにハキハキと喋るなぁ」

「もーっ、真面目に話してるのに! レナード殿下のバカ!!」

「ごめんごめん、痛い。痛いから」


 怒りながら離れて、頬をむにーんっと引っ張ってやれば、レナード殿下が笑いつつ「ごめん、ごめん」と言う。青い風船と小鳥が生まれて、飛んでいった。不思議な空間ね、ここ。私達を取り囲む、背丈が高い花々を見ると、さっきまであった黒い薔薇や色が悪い花が消え失せていた。代わりに黄色やピンクの花々がぽぽんと、咲き誇る。


「……はしゃいでます? ちょっと」

「はしゃいでるかも、かなり。人にここまで言えたのは初めてかもしれない。胸がすっきりするなぁ」


 柔らかな風が吹き渡る中、レナード殿下が横を向いた。とっても綺麗。そうだ、初めて出会った時、まるで絵から抜け出てきたような王子様だって思ったんだっけ……。そんな人が触れられる距離にいるのが不思議で仕方なくて、途方もなく、触りたくなった。ここにいたら寂しくなる。柔らかな風が吹いているのに、甘い花の香りもするのに、冷えるから? 空が無くて薄暗いから? 頬を撫でている私の手を掴んで、蜂蜜色の瞳を見開いた。ドキドキしたけど、これはきっと、レナード殿下の感情。


「あなたが笑って、泣いているのを見ると不思議な気持ちになります。変ですね、ここ最近ずっと一緒にいたのに」

「……夢じゃないな? これは。禁術の影響か?」

「はい。どうしますか? 夢の中でしか出来ないことってありますよね?」

「時々、シェリーが魔女に見える」

「魔女?」


 頬に添えた私の手に手を重ねながら、嬉しそうに微笑む。でも、思い出して悲しくなっていた。心の傷が深いんだ、すっごく。私がどうにか出来たらいいのに。泥水を吸った海綿を、胸の奥に沢山詰め込まれているみたい。楽にはならない。でも、私と喋ってる時だけましになるんだ。どうしてだろう。夢の中だからか、頭がふわふわする。レナード殿下が寝る前と同じように、顔を近付けてきた。


「そう、魔女。旅人を誘惑する魔女」

「殺し屋って言って貰えた方が嬉しいです……」

「なんで? 悪い意味じゃないよ、決して。普段はすごく子どもっぽくて、残酷なぐらい、無邪気なのに、たまーに色気が出てくる。惹きつけられて目が離せなくなる」

「いいことですか? それって」

「んー、どうだろうなぁ。俺のこと、好きじゃないんだろ?」

「誰のことも好きになったことがないから、分からないんです。でも、ライバルはカイとエナンドです」

「せめて女性にしてくれよ。ほら、文通してるご令嬢がいただろ? 嫉妬してくれると嬉しいんだけどなぁ」


 胸の痛みを無視して、キスしてきた。もう寝なくちゃだめだからって言おうとしたけど、夢の中だってことに気が付いた。逃げ場がない、言い訳が見つからない。花の中に埋もれて、ふざけあった。途中から目覚めるのが怖くなっちゃって、何度か起き上がって、お互いの輪郭を確かめあったけど、まだ目覚めない。夢の中。甘い花の香りがする。それと、シャンプーの香りも。


「シェリー、俺のこと恨んでない?」

「どうして恨むんですか? 私があなたのことを」

「いつか恨まれるのかと思うと怖い。弟、ユーインにだって恨まれるかもしれない……。どうすれば良かったんだ? あの時。後悔してもしきれない、俺は、俺は、」

「大丈夫ですよ、寝ましょうよ」

「……夢の中なのに? いつまで続くんだ? これ」

「さあ、分からないです。でも、レナード殿下の本音が聞けるのは嬉しいから、なんだか、ずっと続いたらいいなぁって思っちゃいます」


 いつもとは違って、体が軽い。にこにこ笑いかけてみたら、胸の奥で何かが爆発した。レナード殿下がぐっと顔を歪めて、抱き付いてくる。もう一度、押し倒されちゃった。虫も土もない、ただひんやりするだけの草と花の絨毯は心地良くて、ベッドにしたいぐらいだった。レナード殿下が私の手首を押さえ、見下ろしてくる。不思議と苦しそうな表情がはっきり見えた。


「レナード殿下? どうしましたか?」

「夢の中だから言える。現実だと、拒否されるかもしれないって、そう思ってしまう……。情けないだろ? 俺」

「いいえ、ちっとも。私だって、夢の中だから言えるんです。ごめんなさい、レナード殿下。私が止めれたら良かったのに」

「現実だと言えないのか?」

「はい。だって、言っても無駄なことですから。謝ったって、レナード殿下の苦しさが消えるわけじゃないでしょう? だから、何も言えません」

「消える。少しでも同情出来るのなら、少しでも俺の役に立ちたいという気持ちがあるのなら、抱かせてくれないか?」


 一瞬だけ、自然と目が見開いた。真剣で苦しそう、レナード殿下。あんまり悩まなかった。ゆっくり数えて六秒ぐらい経ったあと、結論が出た。


「……はい」


 夢の中だからいっか。途中で目が覚めちゃうかもしれないし。レナード殿下が掠れた声で「ありがとう」ってささやいたあと、苦しそうに顔を歪め、深いキスをしてきた。耳元でそっと呟く。


「シェリーが早く、俺のことを好きになってくれたらいいのに」


 返事は出来なかった。目の前で火花が飛び散るような気持ちよさを味わっても、目が覚めたりしなかった。途中でレナード殿下に抱かれているのか、花に抱かれているのか、よく分からなくなった。緑と花の香り、男性の匂いが漂う。視界の端に、私が落とした星が見える。レナード殿下にあげちゃった星。今なら分かる、あれは私の命だって。命が具現化したものだって。まぶたを閉じて、汗ばんだ体にしがみつきながら思う。


(一緒に死ぬのもいいかもしれない。だって、生きる意味なんて無いでしょ?)


 はっと目が覚めた。柔らかなクリームイエローの天井が視界に飛び込んでくる。ここはどこ? レナード殿下は? 肌に残った体温が生々しい。ついさっきまでいたのに、しがみついていたのに! 泣き出しそうになった。怖い怖い。体が重たくて、腕をあげるのすら億劫。喉はカラカラに渇いていて、粘膜がくっつきそう。頑張って起き上がったら、腰に痛みが走った。腰だけじゃない、全身が筋肉痛でつらい……。


「これも禁術の影響なの? 痛い、痛いな……」


 何とか起き上がって、ベッドの上に座り込む。いつもならすぐに来るバーデンがいない。まだ帰ってきてないの? 飼い主さんにクレームを入れちゃおうかしら。早くバーデンを返してくださいって。


 ベッドの近くに置いてあったスリッパを履いて、洗面所へ行く。洗面所は白とグリーンで統一されていて、綺麗だった。ホテルの洗面所みたい。装飾がついたアンティークの鏡に、自分の顔が映る。青白くてげっそりしていた。寝た気がしないの、どうして……? ふと、自分の首筋を見てみたら、赤いキスマークが何個もついてる。思わず触っちゃった。


「これ、夢の中でついたのかな? それとも現実で? 分かんない」


 首を傾げると、鏡に映った自分も首を傾げる。昨夜はすごかった。いかにレナード殿下が私のことを好きで、情熱的で……。思い出すと、心臓の鼓動が速くなる。ごめんなさい、王妃様。好きな人じゃないとしちゃだめだって言われてたのに。でも、夢の中ならセーフなのかな? もう一度首を傾げたら、ごきんって嫌な音がした。やめようっと、もう首を傾げるの。洗面所から出て、ベッドに飛び込んだ瞬間、ノック音が鳴り響いた。レナード殿下の香りがする枕を抱えながら、寝そべって、足をぱたぱた動かす。


「はーいっ、どなた? バーデン?」

「残念、俺だよ。シェリー」

「レナード殿下! ご飯、ご飯っ!」

「他に何か言うことは……?」

「おはようございます?」

「うん、まあ、そうなんだけど。おはよう」


 朝食を載せたトレイを片手に、レナード殿下が落ち込んだ表情になる。パジャマじゃなくて、白いシャツとズボンを着ていた。私が駆け寄って、トレイの上に載ったオレンジジュースをぐーっと一気に飲み干したら、苦笑して、溜め息を吐いた。


「時々、シェリーに振り回されるのが嫌になるよ。昨日はあれだけ愛し合ったのに?」

「……ゆ、夢ですから。食べ、食べてもいいですか? これ」

「へー、意外な反応だ。良かった、羞恥心が存在しているみたいで」


 蜂蜜色の瞳を瞠ったレナード殿下が手を伸ばして、私の黒髪に触れてきた。ドキドキするけど、混ざってるような気がする。レナード殿下の期待と嬉しさと、私の緊張が。見上げたら、嬉しそうに微笑んだ。


「シェリー、俺はって、食べるのが早いなぁ!」

「むーっ、むぅ、らっへ、くへらひはら……」

「座って食べようか。ほら」


 客間のリビングルームに置いてあるテーブルセットに朝食を運び、腰かける。近くの棚に置いてあった時計が十時半を示していた。白いレースカーテンが澄んだ陽射しを通して、煌いている。レナード殿下が持って来てくれたのは、芳醇な香りのバターロールと、山盛りのベーコンと目玉焼きが二つ、マッシュポテトと温かい野菜スープだった。


 あまりにも美味しそうで、思考が吹っ飛ぶ。すっごく美味しい! いつもより美味しい……。ベーコンからじゅわっと、脂が染み出てくる。熱々だった。かけられた黒胡椒も、粒が大きい塩も美味しい。合間に野菜スープを飲んだら、涙が出るくらい、ほっとした。体が求めてる、何もかも全部。お腹いっぱいフルーツが食べたい気持ちなんだけど、これでもいい。美味しい。


 柔らかくてほんのり甘いバターロールを口いっぱいに頬張って、人参ドレッシングがかけられたマッシュポテトも食べてると、肘をついたレナード殿下がくすりと笑う。陽射しに照らされた黒髪が、いつもより輝いているような気がした。


「美味しい? シェリー。喉に詰まらせないようにな。そんな理由で死ぬなんて、洒落にならないから」

「はひ! ほふぅひーれふ。へらーほれんはわ、はへらいんれふか?」

「ごめん、なんて言ってるか分からない。……俺は食べたよ、さっき」

「ふーひてる」

「タイミング的にそうかなと思っただけで、通じてるわけじゃない。しまったな、いつでも聞こえるわけじゃないのか。心の声が」

「ふぁっい。んーんん? ふっふぅ」

「いや、念じてたのに伝わらなかったから」


 手を伸ばして、とんとんとテーブルを叩き出した。白くて綺麗な指を動かして、音を立てている。ごっくんとパンを飲み込めば、照れ臭そうにうつむいたあと、私を見つめてきた。蜂蜜色の瞳は真剣で、すごく物言いたげだった。


「昨夜のこと、覚えてるか?」

「覚えてますよ。夢だけど、夢じゃなかったんですね?」

「あの……ああやって喋って訓練というか、少しは、人に自分の気持ちを話せるようになった気がする。シェリー? 良かったら、あれを、夢で終わらせたくないんだ。今夜、いけるか? 大丈夫か?」

「無理です、ごめんなさい」












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