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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
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5.知りたくなかった感情を、嫌というほど知ってしまう

 




 はっと目を覚ましたら、私の手が誰かの手と固く結ばれていた。頭を動かして確認してみると、レナード殿下だった。良かった、いる。ほっとした。すぐにレナード殿下も目を覚まして、起き上がろうとする。でも、固く手を繋いだまま、起き上がろうとしたからか、二人でもう一度寝そべるはめになった。背中が冷たい床に叩きつけられる。


「っうわ、いたた……ごめん、シェリー。大丈夫か? 生きてるな!?」

「はい、もちろん。レナード殿下もご無事ですか」

「俺は何ともない。嫌な予感がする。モリスは、モリスは……」


 なんて言えばいいんだろう。きっと、モリスさんは亡くなってる。これだけのすごい禁術は、命を使わないと完成しないから。……頭の片隅で、さすがに自分の命を使うことはないんじゃないかなって、そう思ってた。


 現実逃避をしたかったのかもしれない、私は。胸の奥が鈍く痛んだ。焦燥感が伝わってくる。変なの、さっきまで空っぽだった胸が温かい。いつも感じていた空虚さがない。中身がぎっしり詰まってる感じ。でも、呼吸が浅くなる。


(……これは、もしかすると)


 禁術の影響を受けているせいか、レナード殿下が弱々しく立ち上がって、歩いていった。間違いない、伝わってくる。レナード殿下の強烈な焦りと苦しみ、絶望感で胸が覆い尽くされる。苦しい、どうしよう? 私は何が出来るの? 変えられないのに、何も! 


 胸を押さえてうずくまっていたら、聞きたくない絶叫が聞こえてきた。知ってる、知ってるの。でも、どうすることも出来ない。レナード殿下の苦しみを聞いたって、私はモリスさんを蘇らせることは出来ない。ねえ、どうすればいいの。こういう時、私は何をしていたっけ? 思い出せない、胸が苦しくて仕方がない……。床にうずくまっていたら、ふいに誰かが目の前に降り立つ。


「ああ、お前が弱っていたら、俺は何をすればいいんだろうな?」

「……バーデン? 来てくれたの? ありがとう」

「お前の傍にいて、見守るのが俺の役目だからな。さて、副作用が起きていないかどうか確認させてくれ。おそらく、この禁術は最もお前に負担をかける。王子様が失うものは何もない」

「いいの、それで。レナード殿下が自由になって、幸せになってくれたらそれで……」

「あれが幸せな王子様に見えるか? お前は何も見えていないな」


 痛いところを突かれた。多分、レナード殿下が泣きじゃくって、モリスさんの亡骸を抱えている。でも、いつかきっと分かってくれるはず。だって、家畜扱いされるのは嫌だって言ってたんだもん。そんな生活から解放されたら、きっと笑いかけてくれる。幸せになってくれる。


 モリスさんは死んじゃったけど、これで良かったんだって、そう思ってくれるだろうから……。白いタイル床の上で、ぎゅっと手を握り締める。いくら手を握り締めても、苦しみが逃げていかない。レナード殿下の苦しみが、胸を貫いてくる。


(どうして? 苦しいだけじゃなくて、罪悪感が酷い。これは、これは怪我の肩代わりをするだけの禁術じゃ……)


 くらくらしてきた。あまりにも悲しくて苦しい。経験したことがない苦しみ。俺のせいだ、あんなことを言わなきゃ良かった、モリスが犠牲になる必要はなかったのに……。レナード殿下の声が、胸の内側から聞こえてくる。苦しい。自分と相手の境界線が曖昧になってゆく。うずくまって震えていたら、急にバーデンが背中に手を添えてきた。顔を上げると、物言いたげな赤い瞳と目が合う。


「バーデン……。私、どうしたらいいの? 助けて。レナード殿下が苦しいの、だから私も苦しい。胸の奥が詰まって、」

「何だって? お前が助けを求めるとは珍しいな」

「だって、バーデンは私のものでしょ? 他に飼い主がいるみたいだけど、今、助けてくれるのなら許してあげる」

「えらそうに……」


 人外者に弱みを見せてはいけない。情を移しちゃいけない。知ってる、分かってる。あの時、バーデンが釘を刺されて、自分が動揺するとは思わなかった。よくない傾向だと思う。この感情を排除しなきゃ、いつ裏切るか分からないんだから。バーデンは私のものじゃない、他に飼い主がいる。拳をぐっと握り締め、歯を食い縛っていると、バーデンが溜め息を吐いた。


「分かった。王子様の下へ連れて行けばいいんだな? 可哀想なシェリー」

「……私の強がりを見抜いたふうに言うのはやめて。怒ってやる」

「怒ったらどうなるんだ?」

「子犬ちゃんに変身する呪いをかけてやる……。ずっとずっと、バーデンは私に揉みくちゃにされて過ごすの」

「やれやれ。想像するだけでうんざりする生活だな。分かった分かった、連れて行ってやるから。それでいいんだろ?」


 どこか機嫌よく言いながら、私を抱きかかえた。ぐったりと、肩から力が抜ける。さっきまで聞こえていた声はもう聞こえない。苦しみも流れ込んでこない。遮断されているの? どうなってるの……。目を閉じて集中してみると、腐った泥のような諦めが流れ込んできた。


 あ、レナード殿下も疲れているんだ。ところどころ、意識に穴が空いている。疲れていて、嘆いてもどうしようもないことを知っていて、深く悲しんでいる。行ってあげないと、私が。寄り添ってあげないと……。でも、酷く眠い。消耗している。バーデンが「辿りついたぞ」と言って、床におろしてくれた。あくびを噛み殺せば、目に涙が浮かんでくる。


 必死でこらえながら、力なく座っているレナード殿下の肩に触れると、ゆっくりと振り返った。涙に濡れた蜂蜜色の瞳はがらんどうで、絶望に満ちていた。床に横たわっているのは、モリスさんの亡骸。まるで眠っているようだった。両腕を、白いタイル床へと投げ出している。眼鏡は外され、胸元に置いてあった。


「……知っていたんだろう? シェリー。どうして教えてくれなかったんだ!?」

「言えば、止まるような人に見えますか?」

「……」

「まさか、自分の命を使うとは思っていませんでした。明日がくるような口ぶりだったので」

「そうか。今の一言ですべてが分かった。モリスは、シェリーのことも騙していたんだな……」


 少し苦しみが落ち着いてきた、良かった。私はどうすればいいんだろう? 困惑して、目を彷徨わせていると、ふいにレナード殿下が私の手を握ってきた。まつげを伏せ、モリスさんを眺めている。


「ごめん、悪かった。責めてしまって……シェリーの感情が流れ込んでくる」

「えっ? ど、どうしてですか!? 私だけなんじゃ」

「シェリーも分かるのか。俺の感情が?」

「はい、もちろん。でも、私、私の心の声は……」

「少しだけ聞こえる。分からない時もあるけど」


 恥ずかしい。強烈に恥ずかしくなってきた。どうしよう? 混乱していると、レナード殿下がくすりと笑う。伝わってるんだ、全部。どうして!? 聞いてない、こんなの聞いてない!


「落ち着いて、大丈夫だから。俺の声も聞こえてるんだろ? 恥ずかしいのは一緒だから」

「はい。こ、これからどうしたらいいんでしょう……?」

「さあ。なんでモリスはわざわざこんなことをしたんだろうな? 俺とシェリーの感覚を繋げて何が楽しい? それとも、まさか」


 レナード殿下が顎に手を添え、「これで終わりじゃないのか」と消え入りそうな声で呟いた。そうだ、知らないんだった。私が身代わりになって死ぬことも、怪我をしたら、私が代わりに血を流すことも。ああ、知ったら悲しむ。今では分かる。


 レナード殿下の価値観も共有してるの? 不思議な感覚。ありありと想像出来る。私があなたの代わりに血を流すことになったんですと言ったら、絶望的な顔をするということが。どうして気付かなかったんだろう、こうなる前に。胸元を押さえると、嫌な後悔の味が口の中に広がっていった。何も食べていないのに、口の中が苦い。


「レナード殿下? 実は……」

「待て、扉が開いた。誰かが来る!」

「えっ?」


 反射的に立ち上がって、レナード殿下の前に立つ。背後にいたバーデンが「そらよ」と言って、ナイフを投げてきた。目の前の床に落ちそうになったナイフ二本を受け取って、構える。でも、殺気どころか、生気すらない男性が入ってきた。


 扉を押し開けて入ってきたのは、憂鬱そうな表情の男性。まだらに黒が混じった灰髪に、冬の湖のような濁った青い瞳。魔術師である証の黒いローブを羽織っていた。味方? 敵? どっち? 緊張している私の肩に、バーデンがそっと触れてきた。


「落ち着け。安心しろよ、シェリー。あれはモリスの弟子だ」

「弟子? ……どうして知っているの。交流があるの? それともあれが好きな人?」

「バカ言え。俺があんなガキを相手にするわけないだろ? 情報収集だ、情報収集。お前が寝てる間にせっせと情報収集してるんだよ」

「ふぅん。じゃあ、味方?」

「自分が死ぬのを見越して、このじいさんは後継者を用意したんだろうな。ほら、死体を見ても驚かない」


 ふらふらと、幽霊のような足取りで近付いてきた。青が混じった灰色の瞳は虚ろで、何も感じられない。青白い肌に、細すぎる手首。サイズが合っていないのか、黒いローブを引きずっている。……モリスさんが亡くなっても、この部屋は消えて無くなっていない。


 じゃあ、彼が作ったの? この広い部屋を? それとも、崩壊しないようにモリスさんが手を加えているのか。どれだけ強くて、どのくらい魔術に長けているのか、まったくもって分からない。内心焦っていると、私を見下ろしながら、目の前に立った。


「……こうして会うのは初めてですね、シェリー。いえ、ハウエルさん」

「……」

「僕は敵じゃありません。味方でもありませんけど」


 くぐもった声で呟いてから、足元にひざまずいた。えっ? このままナイフを振り下ろして、首を切って、殺しちゃってもいいのかな……? 私の心の声が聞こえたのか、レナード殿下が「やめてやれ! 敵じゃないんだから」と言ってくる。モリスさんの弟子は静かに頭を下げ、胸元に手を当てていた。


「確か、ノ―マン・ブレットか?」

「覚えていてくださったんですね。光栄です、レナード殿下」

「説明してくれ。まず、どうしてモリスはこんなバカげたことをしでかしたのか。そこから説明して貰いたい」

「……かしこまりました。少々お待ちを」


 命令するのに慣れた口調と態度。静かな怒りが伝わってくる。それをものともせずに、ノ―マンが立ち上がった。思わず身構えてしまう。身構えた私を見て、ふっとノーマンが目元を歪めた。


「僕があなたに何かするとでも? 銀等級の、いや、金等級の人外者がすぐ近くにいるのに?」

「おっと、あいにくと俺は人肉を食ったことがないんだ。国を滅ぼしたこともなければ、大量に人を殺した覚えもない。銅等級だろ? なぁ。俺は弱い」

「……国が認定していなくても、金等級レベルの人外者でしょう。まさか、僕が何も知らないとでも? 驚きましたよ。書物を焼いて回る人外者がいるとは」

「漏れ出ているとは思っていた。でも、子孫を殺せば終わりだよな?」


 バーデン的に、言って欲しくなかったことみたい。急に殺気が膨らんだ。ノーマンがしゃがんだ瞬間、風が巻き起こって、後ろの壁に大きな亀裂が走る。殺す気だ。でも、止めた方がいいのかな? 味方じゃないって言ってたし、どうしよう……。戸惑うレナード殿下の手を握り締め、二人から離れる。巻き込まれるのはごめんだし、嫌! 私の王子様を怪我させたくない。


「避けたか。どれ、試してみよう。師匠の不始末は、弟子であるお前が何とかしろよ」

「不始末……? おっと!」


 バーデンが遠慮なく飛びかかった。でも、すぐに弾き返されて後退する。様子見の攻撃だったのか、バーデンはさして動じていなかった。レナード殿下が私の手を握り締め、ごくりと喉を鳴らす。


「そうだ。あのじいさんは俺に喧嘩を売って、死んでいった。弟子の一人でも殺さないと気が済まん」

「なるほど。だから、僕が命を狙われているわけですか……」

「それと、俺の所業を知っているんだろう? 一等級国家魔術師の犬になる気はない。かといって、追いかけ回されたくもないんだよ。分かるだろ?」

「口外しないと約束しても無理そうですね。……ジン。これから、師匠の亡骸をご家族の下へ届けたいのですが?」

「懐かしい名前を口にする。そうか、あの女が書き残していたか。それと、お前の都合なんぞ知らん。配慮する必要が?」

「言われてみればないですね。失礼!」


 ごうっと、黒い竜巻が起こった。バーデン、本気なんだ。へー。あの人がどれくらい強いか見てみよう。何分で死んじゃうのかな? それとも、生き残るのかな。私がぼんやりしていると、レナード殿下が焦って肩を掴んできた。


「おい! バーデンを止めてくれ、シェリー! さすがにこれから一等級国家魔術師になるレベルの天才が死ぬのは、」

「うーん。ここで死ぬようなら、一等級国家魔術師にはなれませんよ? 現にモリスさんはバーデンを制していたでしょう?」

「そうかもしれないけども! モリスとはレベルが違う! 戦場を経験したこともあるんだから、うわっ!?」

「危ない! も~、こっちに飛ばして欲しくないのに……。気を付けてよ、バーデン!」


 かなり大きな石の破片を弾き返すと、レナード殿下がほっとしたような顔になる。怪我させたら止めようかな? でも、私が怪我を肩代わりするんだっけ? ならいいかもしれないけど、痛みは感じるかもしれないし、なるべく怪我させたくない。


 もうもうと立ち込める黒い煙の中に、稲妻が走った。雷を使うの? あの人。うわぁ、厄介そうな人……。雷の魔術が得意な人はくせが強いって、叔父さんも言ってた。見守っていると、徐々に黒い煙が晴れてくる。手前にあったモリスさんの亡骸が光って、忽然と消え失せた。


「あ……」

「ご家族の下に届けたんでしょうね」

「葬儀に出られるかな……。しまった、こんなことならさっき、もっと顔をよく見ておくんだった。父親だと、心の底から慕っていたのにな」


 伝わってくるのは深い後悔。どうして、もう少し素直にならなかったんだろう。目に涙が浮かんでくる。不思議、レナード殿下になったみたい。俺がもう少し素直になっていたら、余計なことは何もしないでくれと頼めていたら。モリスの妻も子どもも、悲しむことがなく……。


 声と感情に飲み込まれそうになっていたその時、黒い煙が完全に晴れて、体を少しだけ雷に変えたノエルが現れる。さっきまで黒い斑点が浮かんでいた灰髪は、雷光を帯びて揺らいでいた。手も顔も、まるで人じゃないみたいに、雷であるかのように歪んでいる。……すごい。私、ここまで器用な真似は出来ない。自分の体を雷に変えて、衝撃を無効化したんだ。


「……もう終わりにしましょうか。僕は口外するつもりなんて一切ないし、モリスさんの尻拭いをするつもりもない。師匠の不始末を、弟子である僕が何とかしろって? 面倒です。人外者のくせに、頭が固い人間のようなことを言う」

「じゃあ、この一撃を凌いだら見逃してやるよ! 気に入った、久々に嬲りがいのある獲物だ!!」


 バーデンったら、すっかり理性が吹っ飛んじゃってる。楽しかったのかも? ということは、ある程度本気を出しているのに殺せない相手。次で本気を出すつもりだ。厄災をもたらす神のように、黒いマントをひるがえしながら、バーデンが地面に降り立った。そんなバーデンを見て、さすがに顔色を変える。


 本気を出さないと死んじゃうから頑張ってね、ノーマンさん。レナード殿下が「待て」と掠れた声で言った瞬間、びかっと黒い稲妻が走る。目の前が真っ暗になった。これはバーデンの魔術。相手が得意な魔術で殺すつもりだ。すさまじい轟音が鼓膜を叩き、あおられるほどの突風が吹き荒れた。でも、一瞬で静かになる。怖いほど、音も風もやんだ。おそるおそる目を開けてみると、バーデンがこちらに背中を向けて立っていた。


「……見事なもんだな。あのクソじじい、見る目は確かだったか」

「いや、死にかけましたよ……。確実に死んだかと思いました。っぐ、ごふ、気管、弱いんですけどね。僕は、人外者とは違って……」


 生きてた。なんだ、がっかり。私のライバルになりそうだったから、生きてて欲しくなかったのに。レナード殿下を守るのは私一人で十分なのに。背後に立ったレナード殿下が「シェリー? どうしてがっかりしてるんだ!?」と言ってくる。うーん、気をつけなくちゃ。面倒臭い。


「さっきまで恥ずかしがっていたのに、今ではもう、面倒臭いと思っているのか」

「……乙女の心の中は覗いちゃだめなんですよ?」

「ごめん。でも、伝わってくるんだ。仕方がないだろ?」


 父親同然の存在が死んだばかりなのに、抱きついて甘えてきた。それとも、失ってしまったから甘えたいの? 自暴自棄になっている。両目を閉じて、レナード殿下の腕に手を添える。


「ごめんなさい。私、あなたの代わりに死ぬ禁術を受け入れちゃったんです」

「えっ? ……今、なんて言った? シェリー」







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