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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
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3.私に生きる意味をくれたから、そのことだけ考える

 


 とりあえず、呆然としながらアパートに戻った。朽ちてきた黒い階段をカンカンカンと、音を立てて登りながら、肩にとまったカラス姿のバーデンに話しかける。


「今日、色々いっぱいあってよく分かんないね……。疲れた。情報量が多い。どうしよう? バーデン。この先一体どうなると思う?」

「おいおい、まだ日は沈んじゃいないぞ。シェリー。飯はどうするんだ? お前、作れないだろ」

「サラダとスープなら何とか……ねえ、ユーインに連絡しちゃだめかな?」

「放っておいてやれ。まだ二十四時間も経っちゃいない」

「だよねえ……。本当に、私のことが嫌いになっちゃったのかな? 家族なのに」


 変わることなく、傍に居続けてくれると思ってた。ユーインだけは絶対に。でも、違った。お小遣いもあげてたし、恋愛にも口を出さなかった。学校からの呼び出しにも応じてたのに。とぼとぼと歩きながら、ドアの鍵穴に鍵を差し込んで、開ける。家の中はがらんとしていた。さっきのお城とは大違い。誰も「おかえりなさい」なんて言ってくれない。リビングまで続く廊下が、やたらと薄暗く見えた。


「何だか、夢から覚めたような気分……ねえ、私の何がだめだったと思う? どうすれば良かったと思う? バーデン」


 誰かが教えてくれたらいいのに、全部。そしたら全部その人の言う通りにするのに。ううん、ユーインが教えてくれたら良かったのに。気力を失って、床に膝をつき、ポシェットを放り出す。その拍子に黒髪が流れ落ちてきた。


「ねえ、バーデン? ユーインが教えてくれたら良かったのに。そしたら、理想のお姉さんを演じてあげたのに」

「無理だろ。あいつが望んでいるのはそういうことじゃない」

「……どうして今、ニワトリ姿に変わったの?」

「気分だ。悪いか?」


 普通のニワトリより、心なしかふわっふわで白いニワトリ姿のバーデンがふんと、偉そうに胸を張った。思わず笑ってしまう、笑いたい気分じゃないのに。手を伸ばせば、指先がふわふわの羽毛に埋もれた。


「ありがとう、慰めてくれるの?」

「勘違いするなよ、シェリー。俺はいつだってなりたい姿に変化している。お前もそうすればいいんじゃないか?」

「なりたい自分ねえ……殿下の子供を生むことかな? モリスさんが期待しているみたいだし。それに王妃様も」

「本当に生みたいと思っているのか? お前が穢されて、俺の望むようなシェリーじゃなくなることは耐え難い。暇つぶしがなくなってしまう」


 ぶわっと羽根を膨らませながら、黒いニワトリに変化した。私がなりたい自分……。ユーインの傍にいたいけど、そういうことじゃないと思う。


「私は誰かに必要とされたいの、バーデン。だから殿下のために働く。たとえ、たとえ、子供が生めなくったってそれでもいい。今日からあの人を私の主君にする。叔父さんじゃなくて」

「お前は今まで叔父に仕えていたのか? とてもそういう風には見えなかったが」

「うん……。叔父さんが可哀相だったから、傍にいてあげたの。ほら、思い出話とかできないでしょ? 奥さんとは特にそういう話は……」

「何も覚えていないのか? シェリー」


 バーデンがいつの間にか、黒いカラス姿に変身していた。丸くてつぶらな瞳がじっと、私のことを見つめてる。


「何って……何? 私はお父さんとお母さんが死んじゃうまで、あの家で暮らしていて。花が沢山咲いていて……そうそう、公園にも行ったのよね。お父さんと。手を繋いで」

「そうか、何も覚えていないのなら別にいい。……今さら、自分の過去を知りたいとは思わないだろ?」

「そうだけど。ねえ、バーデン。いつから私の傍にいてくれてるっけ?」


 いつからだっけ? 忘れちゃった……。床に両手をついてぼんやりしていると、カラス姿のバーデンがちょっと首を傾げた。可愛かった。


「忘れたのか? シェリー。お前が瀕死になった時から傍にいたよ」

「ああ、そうだっけ……。忘れちゃった。でも、夜だったよね? 出会ったのは確か。ええっと、あとは、あとは」

「飯は? 食わないのか?」

「ああ、お昼ご飯食べないとね。何時に行けばいいんだろう? しばらく時間を潰してからおいでって言ってたけど、しばらくってどれくらい?」

「夕方に行けばいいんじゃないか? で、ここから城は四十分ぐらいだから……」

「あ、自分で決めるから大丈夫だよ。バーデンは何か食べる?」

「俺はよそで腹を満たしてきたから大丈夫だ」

「そう。でも、他の人に迷惑をかけちゃだめだよ。その人が魔力切れになるくらい、吸い取ってない?」


 ポシェットを持ち上げながら聞いてみると、はんと鼻で笑った。また肩の上に降り立つ。


「あいつが魔力切れなんて起こすわけないだろう? 大丈夫だ」

「……ねえ、その人は私とバーデンが一緒に暮らしてること、知ってるんだよね? 私、浮気相手扱いされちゃってたらどうしよう」

「大丈夫だ。あいつは何もかも全部、知っているから」

「そう、ならいいんだけど。ご飯、ご飯ね? ご飯を食べなくちゃ。そのあとは荷物をまとめてお城に……ああ、塔だっけ? 可哀相、王子様。塔で暮らしているだなんて」

「そうとは限らんぞ。豪華な城に暮らしていても、不幸なやつなんてごまんといるからな」

「そうだけど。でも、お城で暮らしたかったな~。私は。すごく綺麗だった!」

「遊びに行けばいいだろ、また。護衛として、城内に行くこともあるだろうし」

「そうね、それもそうだわ」


 頷きながら、リビングのドアを開ける。……当たり前なんだけど、お城とはぜんぜん違った。でも、ユーインが毎日掃除しているから、それなりに綺麗だった。フローリングの上に敷いたオレンジ色のカーペットに、ゴミ捨て場から拾ってきた古い椅子とダイニングテーブル。それに叔父さんのお兄さんが使っていたという、ぼろぼろの黒い革のソファー。ここは狭くて息苦しい。


「ユーインがいる時は、そういう風に思わなかったんだけど……だめだめ! 殿下のことでも考えよう。優しい人なのか、冷たい人なのかよく分からない」

「だな」


 私を雇っておきながら、出て行って欲しいと言う。もしかしたら、意思が弱い人なのかもしれない。私が泣いたら、すぐに優しくしてくれたし。色々考えながら冷蔵庫の前に立つと、ふいにミントグリーンの手紙が現われた。赤いシールでとめられている。……魔術仕掛けの手紙? 一体どうして。鼓動が速くなる。ひょっとして、ユーインが書いてくれたもの? 勢いよく剥がし取って、封筒を開ける。カラス姿のバーデンが、手元を覗き込んできた。


「丁寧なこって。どうやら、嫌われたわけじゃないらしいぞ? シェリー。良かったな」

「うん……。でも、私から離れていくっていうことはそういうことだよ。だって、人は好きな人の傍にいたいものでしょう? だから、ユーインは私のことが嫌いなんだと思う。自分では意識していないのかもしれないけど」

「まあ、変わって欲しいんだろうな。今のお前は嫌いなんだろう。それで? なんて書いてあったんだ? よく見えない」

「冷凍庫の中に作り置きしておいた料理が入ってるから、なくなったら、ちゃんと自分でご飯を作ること! だって……。ふふ、泣けちゃう。私、ご飯なんていらないのに。ユーインがいれば、それで良かったのに」


 でも、だめなんだ。今の私じゃ。王子様の子供を生めば、認めて貰えるのかな……。ユーインが笑って「すごいね!」って、褒めてくれるのかな? 滲み出てきた涙を拭って、とりあえず、昨日の晩ご飯の残りを食べることにした。ユーインが作ってくれたポトフ。でも、ソーセージの代わりに豚バラ肉が入ってる。ユーインが好きなものだから、これ。温めるのが面倒臭くて、冷たいまま食べることにした。


「それだけで足りるのか?」

「うーん……足りないんだけど。そうだ、どうしよう? 冷蔵庫の中の食材。今日、引っ越すって決めちゃったからなぁ。バーデン、全部食べてくれる?」

「俺をゴミ箱だと思っちゃいないか? シェリー」

「半分だけね。それか王子様にあげるとか?」

「喜ばないとは思うがな。調味料の押し付けなんて」

「も~……そこは人外者なんだから、諸手をあげて賛成しないと! 常識的よね、意外と」

「……じゃあ、叔父さんの奥さんとやらにやったらどうだ? 事情を説明して」

「ナイスアイデア! それじゃ、よろしく」

「本当にいい度胸してやがる……!!」


 ぶつくさ文句を言いながらも、冷蔵庫の中身を叔父さんの家に届けてくれた。もちろん、ちゃんとメッセージつきで。


「よし! じゃあ、とりあえず引っ越そうかな? 冷蔵庫とかの家電は、あとでまた考えよう。私、夜一人で眠りたくないの」

「俺がいるだろうが、シェリー」

「でも、バーデンは色んな姿になりながら寝返りを打つでしょう? 灰針ネズミになった時、痛かった~……ちくちくした。それに、私のことが好きじゃないし」

「言えてるな、正しい」

「何がよ? も~、行くよ!」

「ああ、分かった。ついていくだけついていってやる」


 バーデンは味方じゃないから、気をつけないと。ユーインがいなくなった今、私は一人なんだから、バーデンが“いるもの”だと勘違いしないようにしないと。大きめの黒いバッグを手に持ち、叔父さんに借りて貰って、ユーインと暮らしていたアパートを出る。


 もう、ユーインは私の傍にいてくれないんだ。一人でちゃんと生きていかなきゃ。バスの窓際の席に座って、揺られつつ、外の景色を眺める。綺麗に晴れていた。澄んだ色合いの青空に、灰色に染まった雲が浮かんでる。ふと、王子様の顔を思い出した。胸がそわそわする。


(早く会いたい。あの人は、私に無いものを沢山持っているような気がする……)


 もちろん王子様だから、目が飛び出るような値段のものを持っていたり、贅沢なご飯を食べているんだろうけど。でも、そういうことじゃない。澄んだ蜂蜜色の瞳を思い出し、口元に笑みが浮かび上がる。隣を見てみれば、カラス姿のバーデンがバッグの上に飛び乗って、中から、クッキーの袋を引きずり出して食べていた。カラスがいたずらしてるようにしか見えなかった。


「ねえ、バーデン? あの人に抱かれたら一体、どんな気持ちになると思う?」

「さぁな。向こうにその気は無いみたいだが」

「……男の人って、気絶していても勃つ?」

「知らん。俺は人外者だ。中には人間とそういう行為にいそしむやつもいるみたいだが、今のところ興味はない」

「そっかぁ。でも、王子様だし、気絶させるのはまずいよね? どうしよう」

「気絶させる以外の方法でいくしかないな」

「だよね……」


 でも、あの人は絶対に私のことを好きになんてならない。どうしてかそう思った。まぶたを閉じて、細かく揺れる、バスの窓へ頭を預けた。眠たかった。今日は本当に色々あった。まだ夜は訪れていないけど、そう感じる。もう人を殺すことはない。今日殺した人のことをぼんやり考えて、満月を見上げることはない。


「……それにしても、成績が良い子は学費を全部免除だなんて! そんな高校、潰れちゃえばいいのに」

「急にどうした?」

「手紙に書いてあったの、そう! 全寮制だし、ご飯ちゃんと出るし、安心してねって……」

「そういや、気が狂ったみたいに勉強してたな」

「どうして言ってくれなかったの? ああ、でも、知ったって止めようがない。止められない。ユーインは私を置いて、家を出ていっちゃった!」


 考えよう、王子様のことを。夢みたいなお城のことを。今日からあそこで暮らすんだ、私。お城じゃなくて塔で暮らすけど。ああ、眠たくなってきちゃった。抗いきれず、もう一度まぶたを閉じる。


「ねえ、バーデン? これからどうなると思う? あとね、私。なりたい自分が見つかったの」

「さぁな、それは分かりゃしないが……なんだって? どういう自分になりたいんだ? シェリー」

「私ね、自分でちゃんと人生を決めたいな。今回だってそうでしょう? 流されちゃったから。お父さんとお母さんが死んじゃった時もそうなんだけど、いつだって突然よね。もう嫌だなぁ……」


 バーデンが黙って、人の姿に変身した。黒髪に金色の瞳の、いつもとは違う顔立ちの男性になってる。それに、白いシャツの上から黒いジャケットを羽織って、デニムのズボンを履いていた。珍しい、ローブ姿じゃないんだ。私が黙って膝へ頭を乗せれば、ゆっくりと頭を撫でてくれた。ああ、眠たい。


 まどろめば、まぶたの裏に綺麗な赤いブーゲンビリアが浮かぶ。階段を降りている最中、よく見かけた。明るい光に包まれた公園と、花と緑にあふれた街。それから、私の手を繋いで歩くお父さんの嬉しそうな笑顔。


『シェリー、次はどこに行く?』


 私を呼ぶ優しい声が、耳の奥で響いている。急に涙が滲み出てきた。でも、大丈夫。もう大丈夫。殿下が私に生きる意味をくれたから……。








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