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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
二章 禁術の行使で変わった運命
37/74

1.それは殺意じゃなくて、ときめき

 




「……見ていてそんなに面白い?」

「はい! 面白いです」


 くるくると回っている、赤い体に金色のラインが入った魚を眺めていると、レナード殿下がやや呆れた声で聞いてきた。茶葉と一緒に魚が泳いでいる。なみなみと琥珀色の液体が淹れられた、大きなガラス製ティーポットの中で、魚がひたすら泳いでいた。銀の鱗を持った小魚と、黄色い小魚、大きな赤い体に金のラインが入った魚に、青い魚が泳いでる。テーブルに指を添えて見ていたら、魚がこっちを見つめ返してきた。大きくて、真っ黒い目玉!


「これ、食べるとどうなるんですか? どんな味がするんですか?」

「……齧ると、ドライフルーツに変身するらしいよ」

「へー、そうなんですね! じゃあ、あとで一緒に齧ってみましょうよ。どうしてそんなにご機嫌ななめなんですか?」

「シェリーが俺のことを構ってくれないから?」


 カウチソファーにだらしなく寝そべったまま、ふうと溜め息を吐いた。今日はお休みだからか、シャツとゆったりした黒いズボンの上から、白いガウンを羽織っていた。……そんな様子を見ていると、殺したくなる。いつもはそんなこと思わないのに、ぎゅーっと、たまに胸の奥が締めつけられて、殺したいなと思っちゃう。


 喉が渇いた。喉が渇いた時の感覚とよく似ている。肉食獣のように気配を潜め、立ち上がると、レナード殿下が気だるそうにこっちを見つめ返してきた。透き通った蜂蜜色の瞳はとろんとしていて、眠たそう。近寄って顔を覗き込めば、手を伸ばしてきた。指先が頬に触れる。


「……気に入ってくれたみたいで何より。どうした? シェリー。一緒に昼寝でもするか?」

「はい。それでもいいんですけど」

「なんだ? どうした? 物言いたげな顔して、珍しく」

「珍しく……」

「うん。いつもは何も考えずに、ぽんぽん言ってるから。また悩みごと? 普通になりたいって?」

「いいえ、違います。どうして殺したくなっちゃうんだろうって、そう考えていました」

「えっ?」


 伸ばされた手を握り締め、頬に添えていたら、レナード殿下が蜂蜜色の瞳を見開いた。でも、すぐに投げやりな微笑みを浮かべる。静かに「どうでもいい」と言っているように見えた。


「そっか。まあ、シェリーにならいつ殺されてもいいかな。どうでもいいやつに殺されて、全身から血を抜き取られるよりかはましだ。何倍も」

「……じゃあ、殺してもいいんですか? そういう姿を見てると、ぞくぞくしちゃうんです。いつもはこんなこと無いんですけど」

「ぞくぞく? ……そういう姿って? なんだ」

「こう、シャツがはだけてるのを見たらですかね? あと、ゆっくり眠っているところとか、袖をめくって、真剣にフライパンを眺めているところとか」

「へえ、知らなかった。シェリーのために目玉焼きを焼いてるのに、殺意をもたれていたとは。……ん? いや、待てよ」

「はい?」


 それまで眠っていたレナード殿下が、体を起こした。床に膝を突きながら、ぼんやり待っていると、気まずそうな表情で黒髪頭を掻く。視線が合わない。言い辛そうな様子だった。


「……いつも、他は、どういう場面でぞくぞくしてる? 俺に」

「えっ? んーと、うたたねしてる時とか。あっ、これ、さっきも言いましたよね? あとはええっと、口元のソースを拭ってる時とか、空を飛んでる鳥を笑いながら見上げてる時とか、ですかね……? これ、聞いていて楽しいんですか?」

「うん。楽しいから、もっと教えてくれよ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、私の手首を掴んでくる。今度は心臓がぞわっとした、背筋じゃなくて。まじまじと蜂蜜色の瞳を見つめ返せば、低く笑った。ほんのちょっとぴりだけ、黒い本革の首輪が絞まる。息が出来ないほどじゃないんだけど、苦しい。なんてことないような顔をして、私の瞳を覗き込んできた。


「シェリー? あとはどういう時にぞくぞくするんだ?」

「……何がしたいんでしょうか? こんなことをして、レナード殿下は」

「シェリーの気持ちを確かめたい。思うにそれは殺意じゃなくて、ときめきなんじゃないかなって。まあ、俺の勘違いかもしれないけどさ」

「ときめき? ときめきってどういうものなんですか?」

「……例えば、ほら。好きな相手にこういうことをされると、心臓の鼓動が速くなる」

「わっ!?」


 レナード殿下がいきなり、指先にキスを落とした。ぎゅっと胸の奥が締め付けられる。レナード殿下を自由にするために、人生を捧げると誓った。それ以来、特別な存在に……? とにかく、違う感じがする。今までとは違っていて、表情も息遣いも、体も、見ると心臓がぞわぞわするようになった。もしも、これが殺意じゃなくて、ときめきだったとしたら。レナード殿下が私の手を握り締め、まっすぐ見つめてくる。


「……これが殺意じゃなくて、ときめきだったとしたら、何がどうなるんですか? 何も変わらないでしょう? 殺しませんよ、レナード殿下のこと」

「あー、そうきたか。でも、殺意じゃなくてときめきだったら嬉しいな。俺は」

「どうしてですか?」

「シェリーのことが好きだから」

「私もですよ、レナード殿下。好きです」

「……シェリーの好きは軽い! もういい、寝る!」

「ええっ?」


 言葉通り、不貞腐れて背中を向けた。毛布も何もかけずに。寒くないのかな? 私は寒い。この部屋は一応客間で、塔の魔術の影響を受けにくい。でも、ちょっとだけ寒い。奥にはバルコニーまでついていた。白いラフな塗り壁と、木のフローリングがよく合っている。


 どこか懐かしくて、温かい雰囲気。置いてある家具はどれも、他の部屋の家具みたいに豪華じゃなくて、素朴だった。明るいブラウンで統一されている。植物柄が浮き出たカウチソファーに寝転がって、ふて寝しているレナード殿下を揺さぶってみたけど、反応がない。


「ねーえ、レナード殿下? 拗ねないでくださいよ。どうして拗ねちゃったんですか? 一緒に、お茶の中に入った魚を食べましょうよ~」

「……」

「レナード殿下? 私があなたのことを好きでも、嫌いでも、やることは変わりません。お給料を貰っている以上、あなたのことを全力で守ります。命に代えても。それなのに、どうして拗ねちゃうんですか? 何も変わらないでしょう? 好きが重くても、軽くても」

「シェリーに期待した俺がバカだったよ、あーあ。……仕事だから傍にいるんだ?」

「はい。じゃないと暗殺者が来た時、すぐに対応出来ないでしょう?」

「そういう意味で言ったわけじゃないから、別に」


 苛立った様子で起き上がり、私のことを軽く睨みつけてきた。レナード殿下が子どもっぽくなってきちゃった。私に好きだよと言った日から、徐々に色んなことが変わってきてる。よく分からない。レナード殿下は私のことが好き、私もレナード殿下が好き。これだけじゃだめなのかな……。じっと静かに見つめ返していれば、不満そうに溜め息を吐いた。


「おいで、シェリー。隣に。そんな、床の上にいつまでも座ってないで」

「はい、分かりました。……あれ? 隣って言いましたよね?」

「んー、隣も膝の上も変わりないだろ? 距離的に言えば」

「それはそうですけど……。ちょっと落ち着かないです」


 隣に座ろうと思ったのに、膝の上に乗せられた。何の理由もなく、レナード殿下の腕を握り締めたり、軽く叩いたりしていたら、嬉しそうに笑って、肩に顔をうずめてくる。ちょっぴりだけくすぐったい。このまま押し倒して、体の上にまたがって、首筋をナイフで切り裂いたら、楽になるような気がした。しないけど、そんなこと。モリスさんの計画が台無しになっちゃうから。


「はー、可愛いなぁ。でも、忘れてたよ。これがシェリーにとって、仕事だってことを」

「実入りが良い仕事ですよね! 毎日美味しいご飯が食べられて、ぐっすり眠れるから。大怪我をすることもないし」

「……今まで、どんな風に働いてたんだ?」

「さあ、忘れました」

「言いたくないの?」

「言いたくない……んでしょうか? よく分かりません。過去なんてどうでもいいので」


 色々あったけど、ユーインがいなくなっちゃったことが一番悲しい。話すと思い出して、泣いちゃいそうだから言わない。いつも、家で私の帰りを待ってくれていたというのに。


「どうでもいい、か。もしもこの塔から出たとしたら、シェリーは俺のことなんて、すぐに忘れちゃうんだろうなぁ」

「まさか、そんな! 私のこと、物覚えが悪い人間だって言いたいんですか?」

「そうじゃないよ。でも、記憶に残りたいんだ。シェリーにとって、忘れられない人間になりたい」


 忘れられない人間に? どうしてですかって聞き返そうと思ったけど、出来なかった。そう言った直後に、首へと噛みついてきたから。ほんのちょっとだけ痛い。でも、大したことないし、くすぐったいような気もする。


「っん、レナード殿下? 一体どうしちゃったんですか? この間から変ですよ」

「……自覚はしている。シェリーのことが好きなんだ」

「私も殿下のことが好きですよ。でも、それだけじゃだめなんですか?」

「だめだね。まさか、ここまで響かないとは思ってなかった。シェリーも俺のことが好きだと思ってたのに。やっぱり、情緒がいまいち発達していないのか」

「情緒が発達してない……。人を、殺していたからでしょうか? でも、変えようがないのに?」

「ごめん、気にしないで。シェリーはもうそのままでいいから」


 首筋に吸いついて、赤い跡を残してゆく。分かるようになりたいんだけど、でも、分からなくてもいいって言う。もしも、レナード殿下がユーインのように離れていったら? 全力で守って、大事にしても、離れていくとしたら。そんなのは嫌だ。


 でも、禁術があるから大丈夫。私がどんなに変でも、身代りになって、傷付くようになったらきっと、レナード殿下は優しいから離れていかない。重宝される、必要として貰える。考えるだけでわくわくして、胸が躍った。


「ねえ、レナード殿下? 私、誰のことも信用しないって決めたんです」

「……どうした? 急に。そんな嬉しそうな声で言って」

「離れていくかもしれない、殿下も。ユーインみたいに」

「離れていかないよ、大丈夫。シェリーはそればっかだなぁ。俺のことが好きじゃなくて、傍にいてくれる人が好きなのか」

「はい、そうです。ねえ、魚食べましょうよ! ドライフルーツに変身してくれるんでしょう?」

「ん~、もう少しこのままで。傷付いたから」

「ひゃっ!?」


 耳にふーっと息を吹きかけられた。慌てて逃げれば、おかしそうに笑い出す。レナード殿下は意地悪になる時がある……。レナード殿下のティーカップにだけ、あふれそうなぐらいの魚を入れてやろうと思って、ガラス製のふたを開けたら、急いで駈け寄ってきた。ふたを持った私の手を掴み、笑いかけてくる。


「シェリー、君が何を考えているのかよく分かった。俺のティーカップの中に、あふれそうなほど魚をぶちこむ気なんだろ? もしくは、床にぶちまけようとしてるんだろ?」

「はい、その通りです。正解です! 正しくはティーカップの中に、五匹ぐらい入れようと思ってました」

「ごめんごめん、俺が悪かったよ。じゃあ、そろそろ食べようか」

「魚、あーんしてあげますね!」

「ちょっと待った! 親切心のつもりなんだろうけど、いらない。大丈夫だ。それとも嫌がらせかな?」

「いえ、親切心のつもりでした……。私のことが好きなら、口の中に魚を突っ込まれても嬉しいですよね?」

「んっ、ん~、そうきたか……」


 ティーポットの中へ、銀製のトングを突っ込む。レナード殿下がものすごく渋い表情を浮かべ、そっと首を左右に振りながら、私の手に手を添えてきた。どうして?


「私のこと、好きなんでしょう? レナード殿下」

「好きだけど……。出来たら、魚以外のものをあーんして欲しいかな? 他にもあるだろ? サンドイッチとかさ」

「それじゃあ、つまらないので」

「別に面白味は求めてないんだけど?」

「私が求めてるんです。いいんですか? このままだと、レナード殿下のことを本当の意味で好きになりませんよ?」


 最近、レナード殿下がよくいじけて「シェリーは本当の意味で、俺のことが好きなわけじゃない」って言うから、銀色に輝くトングを振り回して、主張してみたら、うっと言葉に詰まった。も、もしかして、この泳ぎ回る魚をあーん出来るかも……? 楽しそう! レナード殿下のシャツを握り締め、背伸びしてみる。たじろいで、蜂蜜色の瞳を揺らした。


「ねえ、レナード殿下……。私のことが好きなんでしょう? なら、この魚、全部食べてください!」

「二人で食べようと思って、持ってきたものなんだけどなぁ」

「嫌です! 全部食べてください。さあ、早く!」

「わ、分かった、分かった。ほら、食べるから……」


 えー、嘘。本当に食べる気でいるんだ、レナード殿下ってばもう。私だってこの魚が食べたいのに。食べたいって言ってるのに、こんな簡単な嘘を信じちゃうんだ? 満面の笑みが浮かべた私を見て、レナード殿下が死んだ魚の目になる。びちびちとのたうち回っている魚を、「はい、あーん!」と言いながら、口の中へ突っ込んでみると、たちまちオレンジの輪切りに変身した。レナード殿下がそれを、がぶっと噛む。


「……うん、味はいまいちだな。ここのは演出ばかり凝っていて、味はいまいちなんだ」

「そんなものを私に食べさせようとしていたんですか……? 全部食べさせるつもりはなかったんですけど、食べて貰いますね」

「ごめん。でも、こういう面白い演出と味の良さが両立された商品って、中々なくて。嬉しくなかった? 普通の美味しいドライフルーツの方が良かったか」

「いえ、こういうのをレナード殿下に食べさせるのが楽しいから……あっ! ティーカップいっぱいに魚が入ってる光景が見たいです! ちょっとしますね!」

「あ、うん。止めたところで止まらないんだろうなぁ……」


 レナード殿下が苦笑しながら、嬉々として、魚をティーカップの中へ移す私を見ていた。白磁の華奢なカップの中で、赤と黄色の魚がびちびちと跳ねている。


「わあ、素敵! 面白ーい!」

「ん~……。まあ、シェリーがいいのならいいか」

「はいっ、どうぞ! 私も飲みますね」

「ありがとう……。でも、せめてお茶も欲しいなぁ」

「淹れてあげましょうか?」

「いや、いい。自分で淹れるから」


 びちびちと暴れ回る魚が入ったカップへ、慎重にお茶を注ぎ淹れた。重たくて扱いにくそう。手伝おうと思って、椅子から立ち上がれば、怯えたように後退って「いいから、大丈夫だから!」と言ってきた。


「もーっ、手伝おうと思っただけなんですよ!? 近付けば逃げようとするし、私のこと、別に好きじゃないですよね!?」

「ご、ごめん、疑って……。でも、そういうわけじゃないから。好きだから、ちゃんと」

「……」

「うん、美味しい。ちゃんとフルーツティーになってる」


 立ったままお茶をすすって、嬉しそうな表情を浮かべる。変なの、前よりも優しい。なんとなく甘えたくなって、脇腹に抱きつけば、肩に手を回してきた。


「どうした? シェリー。シェリーの分も淹れてあげようか?」

「……はい。ねえ、レナード殿下。もしも毎日、血を搾り取られなくなったら嬉しいですか?」

「そりゃ嬉しいけど。まあ、ないな。一生このままだ、ずっと死ぬまで」

「でも、自由になれたら嬉しいですよね!? ねっ?」

「えっ、うん。どうしたんだ? 急に。そんなこと言ってきて」

「何でもないです。きっと、いつかは自由になれますよ」


 モリスさんが言ってた、もうすぐで完成だって。色々実験したけど、問題なかったって。連れて行かなくちゃ、私が。暴れるようなら、レナード殿下を気絶させて連れて行く。ああ、楽しみ。きっと喜んでくれる、すごく。両目を閉じてうっとりしていたら、レナード殿下が嬉しそうに笑った。


「ありがとう、シェリー。まあ、今の暮らしもいいけどね」

「……どうしてですか? 自由になりたいんでしょう?」

「この暮らしをしてなきゃ、シェリーに会えなかっただろうし。まあ、一応は人を救ってるわけだし。これでよしとするしかないんだろうな」

「大丈夫ですよ、レナード殿下。私がいつか自由にしてあげますからね! 約束ですよ」

「いや、いいんだ。もう大丈夫だから」


 何が大丈夫なのかよく分からなくて、聞いたけど、秘密めいた笑みを浮かべるだけで教えて貰えなかった。本当は言ってしまいたいな、もう。大丈夫ですよ、自由になれますよってそう。









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