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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
33/74

32.彼女の行動が予測できない……。

 



「……このドレッサーって、お姫様気分が味わえるのよね」


 憂鬱なメイクも少しは楽しくなる。鏡の上には金色の星が光り輝いていた。鏡の周りには、銀の葉が生い茂っている。曲がりくねった枝葉と、そこについた銀と金の木の実。まるで本物みたい。鏡に映った私は、面白くなさそうな顔をしていた。


 今日着たのは、この間買って貰った、綺麗なミントグリーンの総レースワンピース。爽やかで愛らしい。薄暗い塔の中で見ると、生地がより柔らかそうに見えて、素朴感が増していた。胸元には蜂蜜色の宝石がついたネックレス、耳元にはポットから蜂蜜が垂れたイヤリング……。


 鏡の中の自分を睨みつけていても、何も始まらない。ああ、憂鬱。髪はどうしようかな、あとでバーデンに結んで貰おうかな? ファンデーションの蓋を開けて、中からシートマスクを取り出し、顏に載せる。じわじわと、冷たい液体が皮膚の隅々まで広がっていった。生え際も、耳の近くも、顎の辺りもひんやりしてきたら完了。最後はスポンジで、顏と首の境目を叩いて整える。崩れない特別仕様みたいだから、パウダーは塗らない。


 次はしぶしぶと丸い容器を開けて、そこへブラシを突っ込む。色々と面倒臭がっていたら、レナード殿下に「じゃあ、この色をまぶたに塗り広げるだけでいいから」って言われちゃった。反省。でも、面倒臭い……。


(よくユーインが言ってた。もう少しおしゃれやメイクを楽しんだらどう? って)


 周りにおしゃれが好きな女の子が沢山いたからか、私が異質に見えたみたい。でも、嫌なんだもん。人を殺すのに、メイクは必要ない。それだけを考えて生きていたから、他のことに興味が湧かなかった。叔父さんもそれでいいって言ってたし。まぶたにささっと、ピンクベージュ色のシャドウを塗り広げる。キラキラが入ってた。あとはアイライナー……。


 レナード殿下が「シェリーには、ペンシル型が一番合っているかと思って」と言ってくれた。濃いブラウンのアイライナーを使って、まぶたのふちに線を引く。ビューラーでまつげを上げて、マスカラを塗って、眉毛をちゃんと描いて、チークを塗って、リップクリームを塗って保湿したあと、淡いピンク色の薔薇にキスをする。くちびるがほんのりと、淡いピンク色に染まっていった。ああ、もう、やることが多すぎて頭がくらくらしちゃう!


「ねえ、バーデン!? 私、ここまでする必要ってあると思う!?」

「あるだろ。今日の客は若い女だ。ティータイムと見せかけて、お見合いかもしれんぞ?」

「そんなの嫌だ……」


 突然バーデンが私の背後に立って、手を伸ばしてきた。両肩に手が添えられる。今は赤い瞳に黒髪の男性に変身していて、黒いジャケットに茶色いチェック柄ベスト、黒いスラックスを身につけていた。前髪も上げて、張り切っておしゃれしてる。私は張り切って、おしゃれする気にはなれない……。


「私、どうしたらいいと思う? 喧嘩をもしも売られたら」

「なんだ、意外と血気盛んだな? まさか、本当に王子様のことが好きなのか」

「分かんない。でも、美味しいご飯が食べられるから。ハードな仕事をする必要も無いし」

「ふぅん」


 物言いたげに呟いて、黒い革の手袋をはめた手で私の髪をいじる。あとでまとめて貰わないと。いざという時、動きにくいから。


「……じゃあ、髪の毛、まとめて貰える?」

「おろした方がいいんじゃないか? 王子様だってその方が喜ぶだろ。似合うと言っていた」

「私、レナード殿下のお人形じゃないもん。前に分かったの、街へ行った時に」

「楽しくなかったのか? シェリー」

「いいえ、楽しかった。すごく。だから、余計に、その、本心が見えないのが気にかかっちゃって……」

「人間らしい悩み方だな。前まで悩みもしなかったから」

「……そう?」

「そうだとも、シェリー」


 私から離れ、背後にあるソファーへどさっと、えらそうに腰かけた。優雅に足を組み、黒い革手袋をはめた手を膝に添える。静かに立ち上がれば、喉を鳴らして笑った。


「女は変わる、恋をすればと言っていた男がいたが……。その通りだったな。信用していなかった」

「ねえ、バーデン。一つお願いがあるの」

「何だ? シェリー。お前が望むことなら何だって叶えてやると言いたいところだが、嫌な予感しかしないな? お前の言葉はいつだって想像の上を行く」

「……大したことないお願いだもん。そうね、一つ目は」

「おい、一つだと言ってなかったか? 二つもあるのかよ」


 不満そうに唸った。私が黙ってバーデンの隣に腰かければ、打って変わって甘い声を出し、「シェリー」とささやく。肩を抱き寄せられた。頬に、冷たいくちびるが当たる。まるで彫刻にキスされているみたい。バーデンとの触れ合いはいつだって、体温が上がらない。急激に体温が上がるのは、鼓動が速くなるのは、レナード殿下に触れられた時だけ。吸引力がある。抗えない。黒い手袋をはめた手が、蜂蜜色の宝石をいじっていた。


「さあ、どうした? 何でも言ってみろ。聞くだけならタダだ。言うだけもな」

「……一つ目は、綺麗に髪をまとめて欲しい。それだけ」

「じゃあ、二つ目は? シェリー」

「私の記憶を消して欲しいの。もしも万が一、レナード殿下の道具に成り下がるようなことがあったら」

「ふぅん。予想通り、予想していなかった言葉だな。別に構わないが?」

「ありがとう。なら、ここでぬくぬくと暮らせる」


 ネックレスから手を離して、私の黒髪をいじり出した。不満そうな表情で、頬杖を突いている。


「判断基準は? 分からないな、まったく。どういうお前になったら、俺は記憶を消すべきなんだ?」

「そんなの決まってるじゃない。殿下が私のことを大事にしてくれなくなって、目玉焼きも焼いてくれなくなったらよ。そんな殿下を見て、私がそれでも好きって言ったら記憶を消して? レナード殿下にまつわる記憶を全部」

「……了解、お姫様」

「ふふっ」


 バーデンの“お姫様”は悪口。わがままを言ったつもりはないのに。笑えば、隣で笑みを深めた。バーデンの肩にもたれかかって、両目を閉じる。


「ねえ、バーデン。私、自由だって言われたの。モリスさんにも」

「ああ、そうだよ。お前は自由だ」

「でも、今はどこにも行かずに殿下の傍にいたいの。それと本心が知りたい」

「人間はそれを恋心と言うんだがなぁ。お前はなんて言う? シェリー」

「決まってるでしょ」


 笑いながら立ち上がって、ドレッサーへと向かう。物言いたげに腰かけていたけど、やがて立ち上がった。私の代わりに椅子を引き、座らせてくれる。鏡に映ったバーデンが長い黒髪をいじりながら、さて、どんな髪型にするかと言いたげな表情を浮かべた。目が合い、鏡の中の私がにっと笑う。


「ただの好奇心だと思う。だって、レナード殿下は私のことが好きじゃないんだもん。好きになってくれたら、好きになるのかもしれないけどね」

「へえ、なら良かった。恋愛なんてするもんじゃないぞ、シェリー。身動きが取れなくなるだけだ」

「やけに実感がこもった言葉ー! ねえねえ、そんな経験があるの? 誰かに振られた?」

「……ある意味では。でも、あれは恋愛じゃなかった」

「あれ? あれって何?」

「俺にだって触れられたくない部分はあるもんさ、シェリー。さあ、髪をまとめるぞ? じっとしてろよ」

「はーい……。でも、バーデンがそんな風になるなんて想像出来ない」


 私もいつか、レナード殿下に振り回される時が来るのかな? でも、そんな感じはしない。心がかき乱される時もあるけど、もう一歩って感じがする。もう一歩。あの澄んだ蜂蜜色の瞳に見つめられるだけで、揺らぎはしない。何も分からない。本心を明かしてくれない人には惹かれない。


「ねえ、後悔してる? バーデンは。そうなっちゃって」

「……お前は時々、言って欲しくないことをさらりと言う」

「だって、不思議なんだもん。私は後悔してないよ。でもね、たまに殿下は後悔した顏になるの。叔父さんと一緒よね」


 叔父さんも叔父さんで不思議な人だった。私を恨んでいるのか、毛嫌いしているのか、それとも……。バーデンが獣毛ブラシを手に取って、黒髪を梳かし始めた。アンティークのドレッサーにふさわしい、艶やかな木のブラシ。心の中でひっそりとお姫様ブラシと呼んでる。持ち手には、金色の女神様が刻印されていた。


「後悔? する余地がない」

「余地がないの? どうして?」

「上手く言えない。だが、後悔もまあ、精神的な余裕がなきゃ出来ないんだろうよ。そんなことを考えている暇はないな」

「ねえ、生きてる人? 死んでる人? それって」

「生きてる人だ。当分死ななさそうな顔をしてやがる」

「その人のこと、好きなんでしょ。教えてくれない?」

「ある意味ではな。さ、出来たぞ。もうこれ以上の質問は受け付けない」

「……バーデン、悲しそうな顔してるね」


 鏡に映ったバーデンは、憂鬱そうな顔をしていた。初めて見た、こんなの。いつも人をバカにしているような笑みしか浮かべないのに。私が鏡越しに見つめていると、ふっと笑った。綺麗にまとめた黒髪を、ぐしゃぐしゃっと撫でてきた。


「ちょっ!? や、やめてよ……崩れてない?」

「ああ、崩れた。仕上げに何をつける? シェリー」

「何もいらない……。面倒臭い、選ぶの。もう疲れちゃった」

「……このワンピースに似合いそうな、グリーンのリボンバレッタにしておくか」


 黒髪を撫でて、崩れちゃった部分を魔術で元通りにしながら、リボンバレッタを出現させる。丁寧につけてくれたあと、煙になって消えた。色々と質問したらだめだったみたい? 足元の絨毯に向かって、話しかける。


「ごめんね? バーデン。でも、分かってね。知りたかったの、好きになって後悔しないかどうか……」


 外はあいにくと曇っていた。青いタイルが敷き詰められた薔薇園は、それでも美しい。ぼんやりと発光した雲からの光を、タイルが懸命に反射させている。本日のお菓子はミルフィーユで、かなり苦戦した。中央にラングドシャクッキーが並んでいるんだけど、興味ない。さくさくの硬め食感のクッキーが好き。


 私が丁寧にクリームを掬い上げて、舐め取っていると、向かいに座っているご令嬢が唖然としていた。優しげで、物静かな雰囲気の女性。焦げ茶色の髪をまとめて、グリーンのリボンを垂らしている。瞳もグリーンで、着ているのは、明るいピンクベージュ色のワンピースだった。何もついていなくて動きやすそう。


 無視して、パイ生地にこびりついたクリームを取っていれば、隣に座った殿下が神経質に咳払いする。いつもと一緒で、病弱なふりをしていた。おしゃれする気力がなかったのか、白いTシャツの上に、茶色いチェック柄のジャケットを羽織っているだけ。でも、耳にはこの間買った、金色のイヤーカフがついている。


「シェリー? あ~、ヴィオレッタ嬢が好きな食べ物は何ですかって、質問してるけど?」

「今、話しかけないでください。このパイ生地が、食べ辛くて……」

「あーんってしてあげようか?」

「いらないです。血入りの紅茶を飲んだら、早く帰って欲しいです」


 私の言葉に、ご令嬢がはっと息を吞み込んだ。グリーンの瞳が見開いている。言っちゃいけないことだったのかも? でも、公然の秘密だって、そう言ってたんだけどなぁ……。不思議そうに見返せば、眉をひそめる。非難がましい目をしていた。


「……いけませんよ、シェリーさん。そんなことを言っては」

「だって、王妃様の差し金なんでしょう? あの方は保険をかけておくタイプだと思っていました。それとも、失敗したからでしょうか」

「な、何の話をなさっているの? 確かに、私は王妃様からこのお茶会の招待状を受け取りました。でも、持病に苦しむ私をおもんばかってのことです」

「……殿下の子どもを孕むために、来たんじゃないんですか?」

「シェリー! 違うから、やめよう!!」


 レナード殿下が酷く慌て出した。変なの、さっきそう言ってたのに。王妃様の仕業だろうって、憎々しげに。ご令嬢を見ていると、顔を真っ赤にさせていた。純粋培養のお姫様なのかもしれない。


「違うんですか? 違ったならごめんなさい」

「私、そんな、そんなつもりで来たわけじゃないのに……」

「でも、王妃様はそのつもりでいますよ。そうですね」


 女の私から見ても、綺麗な女性。殿下の好きそうな女性は排除しなくちゃ。私がそれまで持っていたフォークを置いて、立ち上がると、怯えたように体を揺らした。深いグリーンの瞳が濡れていて、綺麗。雨が降っている木立を、人の目にしたらこんな感じかなと思った。歩いて近寄ろうと思ったら、突然、殿下に腕を掴まれる。


「シェリー、だめだ! 俺の恋人は君だけだから……」

「甘い台詞ですね、レナード殿下。でも、だめですよ。物足りません。私に首輪をつけて、制御したいのなら、胸焼けするような台詞を言ってくれないと」

「っうあ!?」


 一定時間、痺れる魔術をかけてみた。火傷をした人のように驚いて、手を押さえる。ご令嬢が「レナード殿下!」と叫び、立ち上がった。きっと、私を強く睨みつけている。


「どういうつもり!? あなた、護衛じゃないの!?」

「……気が変わりました」

「えっ? ひっ……」


 小さく悲鳴を上げる。私が、白くてほっそりした喉元にナイフを添えたから。後ろにいる殿下が、消え入りそうな声で「だめだ、シェリー。殺したら」と呟く。失礼な王子様! 殺す気なんてないのに。


「ねえ、レナード殿下抜きで私とお喋りしませんか? でも、諦めて貰わなきゃ。最終的に殿下の子どもを生むのは私なんです。殿下もそんな気がするって、ずっと言ってるし」

「えっ!? わ、分からないわ、それで、どうしてナイフを突きつける必要があるの……?」

「脅しているからです。でも、見た目通り、気が弱い女性じゃないみたいなので」

「酷い! 私、本当にそんなつもりで来たわけじゃないのに!」


 泣き出しそうな声で叫び、泣いちゃった。あれ? 上手くいかなかった。殺すつもりなんてないのに、殺気なんて出してないのに……。ナイフをしまえば、うずくまって泣き出す。レナード殿下が痺れに耐えつつ、駈け寄ってきた。


「シェリー、何をしたんだ!? 彼女に!」

「何もしていませんけど……。でも、ナイフを当てただけで泣いちゃったんです」

「……それはそうだろう。彼女はごくごく普通の、いいや、かなり気が弱い女性なんだから」

「私のことを睨みつけていたから、平気だと思って。すみません」


 レナード殿下が震える背中に手を添えながら、溜め息を吐く。私、無理なのかな? 一生このままなのかなぁ……。血が出ていないのに大げさ。でも、みんな酷いことって言う。異質なものを見るような目で、私を見つめてくる。ぎゅっとナイフを握り締めれば、胸の奥がずきりと痛んだ。


「私……ここにいない方がいいのかもしれません。バーデンと一緒に、どこかへ行くべきなんじゃ」

「いや、だめだ。だめだよ、シェリー。ここにいなきゃ」

「どうしてですか?」

「……だって、君がいなくなったら寂しいよ」


 レナード殿下が泣き出しそうな表情で呟き、笑った。呆然とするしかなかった。分からない。私、そろそろ限界なのかもしれない。普通の女の子にはなれないよって、心の中で悲鳴を上げている。いくら穏やかな生活をしていたって、血の記憶は消えずに、染みついている。


「じゃあ、傍にいます。でも、よくよく考えたら私、ヴィオレッタさんとお友達になりたくて」

「ど、どうしてそうなったのかな!? シェリー!」

「可愛くて、細くて、殺したくなったからです」

「えっ?」

「感情が、揺れ動くから……。レナード殿下の時もそうでした。でも、私、いざとなったら殺せるような人としか友達になりたくないんです。だって、もしも万が一、人質にされたら隙が出来るでしょう?」

「シェリー。申し訳ないけど、彼女は君とお友達になりたくないと思うよ……」

「そうなんですか? でも、聞いてみないと分からないじゃないですか」

「どこからくるんだ、その自信は一体!」


 ひっくひっくと、しゃくり上げていたヴィオレッタさんが顔を上げて、私を見つめてきた。こういう時、どうしたらいいんだろう? 私、とりあえずナイフで脅して、殿下を諦めさせてから、お友達になろうって思ってたんだけど……。情報収集もしたいし。困惑して見つめていたら、彼女も似たような表情になる。


「お、お手紙のやり取りからなら……」

「えっ!? だ、大丈夫なんですか? ヴィオレッタ嬢。しかし、」

「はい、直接顔を合わせるわけじゃありませんもの。それに」

「それに? 本当に大丈夫ですか? 俺から、彼女に言って聞かせますけど」

「いいえ。変わったお嬢さんだなと思ったので……」

「お嬢さん? ヴィオレッタさんにそう言われるのは不思議です」

「だって私、二十八ですもの」

「……殿下、年上の女性が好みでしたっけ? 年上の女性を孕ませてみたいって、王妃様に言いました?」

「もういい加減に黙ろうか、シェリー」


 こうして、文通するお友達を手に入れた。私、殿下の交友関係を把握しておきたい。色々教えてくれるといいけど、ヴィオレッタさんが。





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