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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
32/74

31.意外と楽しい街中デート?

 


 でこぼこした大きな石がはまった石畳を歩いて行けば、路地の奥にひっそりとお店が現れた。なんだか乙女チックなお店。窓にかけられた綿のレースカーテンはペールグリーンで、筋が入った支柱や外壁は白色。ずっしりと重たそうな木の扉には、リボンと小鳥の看板がかけられている。いかにもレナード殿下が好きそうなお店ね、ふーんと思っていたら、私の手を放して、レナード殿下が扉を押し開けた。からんからんと、ドアベルが軽やかな音を立てる。


「絶対ここ、気に入ると思うんだ。凝った装飾の服ばっかだし」

「レナード殿下って、意外と乙女趣味ですよね……」

「かなぁ? そういう服が似合うシェリーがいけない。色々と着せたくなる」


 満面の笑みを浮かべながら、言い放った。そういえば、コスメやスキンケア用品もきらきらした目で勧めてきた。元々、そういうのが好きなのかもしれない。ちょっぴり怖くなって、背中にしがみつきながら店内へ入ってみると、「まあまあ、いらっしゃいませ!」と、店主らしきおばさんが歓迎してくれた。天井にはクリスタルのシャンデリアが吊り下がってる。


 床は磨き抜かれたダークブラウンの無垢床で、壁はグリーンと白のストライプ柄。店内に置いてある大きな鏡は、レースとフリルでごてごてに飾り立てられていた。壁の棚には、白いレースやフリルで彩られた、可愛らしい帽子が並んでいる。合間に鳥かごや、プレゼントボックスが置いてあった。真鍮製のハンガーラックにかかっている服も可愛らしい。ぎゅうっと、殿下の白いシャツを握り締めれば、背中を揺らして笑った。


「こんにちは、マダム。どうもお久しぶりです」

「ええ、こんにちは。お久しぶりですね……。あの、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」

「あ、俺の恋人のシェリーです。ほら、ご挨拶しないと。シェリー?」

「こ、こんにちは……」


 ぜ、絶対何か着せられる……!! このおばさんに何か着せられる! おどおどしながら、背中から顏を出すと、にっこり微笑んでくれた。ちりちりの茶色い毛と青い瞳、メガネが印象的なおばさんでやせ細っていた。店内にあるようなふりふりの服じゃなくて、スタンドネックのレースブラウスと深いグリーンのロングスカートを着ている。私もあれぐらい、シンプルなものでいいんだけど……。


 あんな服を着たら、いざという時、敵の首を切り落とせない。叔父さんは動きを封じてからでいいだろって言うけど、ちゃんと死んでいる感じがするから、一発で首を切り落とすのが好き。大変だし、難しいんだけど、私のナイフは特別製だから出来る……。


「なんて可愛らしいんでしょう! もしかして人見知りなのかしら?」

「そうでもないはずなんですけど……。緊張しているのかな? シェリー?」

「い、いえ、私は人見知りです。でん、レ、レナードくん!」

「……ははは、そうか。じゃあ、そういうことにしておこうか。何か気になる服はある?」


 レナード殿下が急に私の手を引っ張って、店の奥へと進んだ。に、逃がさない気なんだ、私のことを……!! 絶望していると振り返り、耳元に顏を寄せ、ささやいてきた。


「ごめん、シェリー。レナードって呼ばないで欲しい。前は確か、レオナルドって名乗ったから」

「わ、分かりました……」

「でも、かなり日が経ってるから大丈夫。とにかく、名前をあまり呼ばないようにしてくれ。聞き間違いだと思わせたい」

「はい……」


 早口でそう言ってから、にっこり微笑んだ。蜂蜜色の瞳は甘くて、嬉しそうなんだけど、奥が冷え切っているように見えた。触れられない、どうしても。隠された本心に。


「じゃあ、どういう服を着てみたい? 選ばせてあげるよ、シェリー」

「とは言っても、似たような服ばかり並んでいますね……。動きやすくて、血が目立たない色の服があるといいんですけど」

「そんなものはないから……。気にしなくてもいいんだよ、カイとエナンドが代わりに戦ってくれる」

「あの二人は私よりも弱いです。頼りになりません!」

「ああ、そういう……?」

「それに、私は護衛です。殿下の恋人じゃなくて」


 声を潜めて言ってみる。黒い長袖の服があったから、手を伸ばして出してみたら、袖が黒いレースになっている、ふりふりのロングワンピースだった。長い、動き辛そう……。黙って元に戻した。なんだか騙されたような気分よ、バーデンと言いかけてやめる。すぐ後ろに立っていたレナード殿下が、ぼそっと呟いた。


「……そうか。俺の恋人は嫌か?」

「嫌ではないですけど。私のこと、好きじゃないでしょう? 殿下は」


 まっすぐ見据えたら、いつもの食えない微笑みを浮かべた。さっきまでは、あんなに楽しそうにしていたのに。胸の奥が不快なものでいっぱいになる。息苦しいから嫌だ、これ。


「当たり。でも、女性が寄ってこないから便利だなと思ってる。それに王妃様だって、待てば愛が芽生えるだろうと思っているみたいで、ちょっと安心していたんだ。これで気兼ねなく、ぐっすり眠れるよ」

「それが本心なんですね……」

「好きだって言って欲しかった? ごめん」


 まるで恋人のように、お腹に手を回して抱き寄せながら、甘くささやきかけてきた。苛立った。悔しい、遊ばれてるみたいで。お腹に回された手に手を重ね、見下ろしてみると、手の甲に浮かんだ醜い傷が目に入る。殺してきた証に見えた。これ、本当は叔父さんにつけられた傷で、殺した人につけられた傷じゃないんだけどな……。


「構いません。私はこういう生き方しか出来ませんから」

「生き方?」

「そう。人を殺してきたのも、誰かのためでした。さ、離れてください。出来る限り動きやすくて、いざという時、あなたをちゃんと守れるような服を選ばないと……」

「ごめん、本当に」

「……どうして、あなたが謝るんですか? 王子様。楽になりたいからですか」


 変なの、謝って欲しいなんて一言も言ってないのに! とうとう、無言で離れていった。よし、この隙に出来る限り、動きやすそうな服を選ぼう。と思っていたのに、背後にいたおばさんに「彼女、こだわりがあんまりないみたいで。似合いそうなの選んで貰えませんか?」とレナード殿下が聞き出した。え、そんな……。仕返しされた! 


 私がようやく見つけたシンプルな、ベージュとグレーが混ざったようなブラウスを持って、わなわな震えていると、おばさんがにこやかに近付いてきた。


「良ければお手伝いしますよ! あら? そのブラウスが気に入ったんですか?」

「い、いえ、あまり装飾がなくて、動きやすそうだったので……」

「じゃあ、こちらのシンプルなワンピースはいかがでしょう? それとも、ブラウスやスカートの方がよろしいですか?」


 にこにこと満面の笑みを浮かべながら、出してきたのは「シンプル?」って聞きたくなるような、総レースのワンピースだった。総レースとは言っても、ナチュラルな感じの総レース。綿で出来ていて、穴ぼこが大きいものだった。くるみボタンと、袖口のリボンが可愛らしい。色は綺麗なミントグリーン。困っていると、レナード殿下がひょっこりと顏を出した。


「いいじゃないか。一度試着してみたら?」

「で、でも……」

「絶対よく似合うよ! 嫌なんだろ? 派手なリボンやレースがついた服は」

「こちらのワンピースとか、よくお似合いになりそうなんですけどねえ……」


 残念そうな声で言いながら、おばさんが最強のふりふりワンピースを出してきた。す、すごい! 動き辛そう……。こっくりとした青色のワンピースで、白いエプロンが重ねられたようなデザインだった。む、胸元にハート形のビスチェ? がついてる。ハートの周りにも袖口にも、白いふりふりが沢山ついていた。おまけに裾のふりふりには、レースが付け足されている。硬直していると、レナード殿下がぽんと、私の肩に手を置いた。


「シェリー、どうする? こっちのワンピースと、俺が勧めたワンピース、どっちを着てみる?」

「レ……わ、分かりました! じゃあ、似合うって言ってくれた方にします」

「まあ、ぜひぜひ! ふふふ、乙女心ですわね。試着室はこちらですよ~、ご案内しますね」


 乙女心? 違うんだけどなぁ……。脅されただけだもん、私は。しぶしぶ試着室へ入って、勧められたレースワンピースに着替えてみる。試着室の中にも、小さなシャンデリアが吊り下がっていた。足元はもふもふの白い絨毯で、奥に立てかけてある鏡はアンティーク調。お城でいっぱい本物を見ているから、安っぽく感じる。


 仕方なく着てみたけど、胸元がちょっとだけきついかな? 胸元を押さえ、色んな角度から見てみる。意外とサイズはぴったりめで、綺麗なペールグリーンのワンピースが肌の色とよく合っていた。


「綺麗……。可愛い!」


 胸元はハートネックで、ひそかに繊細な白いレースが忍ばせてある。可愛い。デコルテが綺麗に見えるんだ、この形だと……。赤紫色の瞳と合わないかなって思ってたけど、そんなことはなかった。思った以上に気に入っちゃった。どうしよう? 試しに足を上げてみると、意外と上がった。うん。これなら敵のお腹も蹴り飛ばせそう!


 すぐに反応は出来ないかもしれないけど、まあ、私なら反応出来る。大丈夫、大丈夫! 試着室のカーテンを一気に開き、他の服を見ていたレナード殿下に向かって話しかける。


「これにします! これなら、いざという時もすぐ動けそうです!」

「わーっ! あっ、に、似合ってるよ! シェリー! こっちにおいで、可愛いね!」

「あ、はい。ちょっと待ってください。靴を履きますから」


 スニーカーじゃない方が良かったかも。合わない。不満に思いながら、足先をねじこんでいると、レナード殿下が慌てた様子で駈け寄ってきた。周囲にあのおばさんはいない。レナード殿下がカーテンを掴み、背中をかがめる。


「シェリー! そういうことは言っちゃだめだ。人殺しは犯罪なんだから」

「えっ? で、でも、殺すなんて言ってませんよ? 良識ぐらいあります!」

「それならいいんだけど……。言いそうな勢いだったから」

「私のこと、バカにしてるでしょう? 言ったりなんかしませんよ」

「あと、ため口でいいから。不自然に思われる」

「はい……」

「あと、それから」

「まだ何かあるんですか? も~」

「よく似合っててすっごく可愛い。惚れそうだ」


 耳元でとびっきり甘くささやいてから、離れていった。見てみると、いつもの嘘臭い微笑みを浮かべている。でも、そんなのはお構いなしに胸がざわつく。火であぶられたかのように、頬の内側が熱くなる。顏が見れなくなって、うつむいちゃった。


「……酷い人」

「シェリー?」

「思ってもいないことばっかり、言わないでくだ……言わないで。そんな言葉ならいらない、欲しくないの」


 勇気を出して見上げてみると、蜂蜜色の瞳が見開かれていた。あ、嘘臭い微笑みの仮面が剥がれ落ちてる。ようやく、感情がむき出しになったような、そんな感じがする。今なら触れられそう、本心に。聞けば答えてくれそう。手を伸ばして、頬に触れようとしたら、ばしっと手を掴まれた。痛い。力が強い。血が止まりそうなほど、強く握り締められていた。


「……シェリー、ごめん。じゃあ、どんな言葉なら欲しい?」

「分かりません、放してください!」

「さっき、電話がかかってきてさ。シェリーは気付いてなかったかもしれないけど」

「はあ。お店の電話……?」

「そう。だから、少しなら時間があるよ。シェリーの本心を聞かせて欲しい、頼む」


 真剣な眼差しを向けてきながら、私の腰を抱き寄せ、キスした。目をつむる暇なんてなかった。くちびるが離れてすぐ、至近距離で見上げてみれば、蜂蜜色の瞳が細められた。あ、息が出来なくなる。たまにそんな瞬間が訪れる。殿下に触れられると、体が自由に動かせない。焦ったように、私を試着室の奥へ押し込め、今度は深いキスをしてきた。背中に腕が回され、頭を抱え込まれる。


 早く、早くやめないと戻ってくるのに! 背中を叩いてみても、びくともしない。脳内に火花が散った。甘い感覚に震える。まだ慣れない。たとえ、毎晩していたって慣れない。私が諦めて、シャツを握り締めてから数十秒後、ようやく離れていった。レナード殿下もこれ以上はまずいと思ったのかもしれない。自分の口元を拭ったあと、私の口元も拭う。蜂蜜色の瞳が、後悔に染まっていた。


「ごめん……。悪かった、いきなりこんなことをして。睨まないでくれ、頼む」

「……レナード殿下は時々、暴走する車みたいになりますね?」

「不思議とシェリーの前だと、ブレーキが利かないんだ。いつもだったら利くのに」

「ブレーキをかける必要がないと、思っているだけなんじゃ?」

「そんなことは……あるかもしれない、ごめん。だって、シェリーは俺のものだから」

「わっ!?」


 また素早く抱き寄せてきて、首筋に吸いついた。歯が立てられる。ちょっとだけ痛くて、顏を引きつらせていると、野良猫みたいにぺろりと舐めてから、離れていった。何事もなかったかのような顏をしている。


「それじゃ買おうか、そのワンピース。あと他に何か欲しいものは?」

「靴……。ここってありますか? う、ううん、ある?」

「ごめん、頑張ってくれ。ため口じゃないと変に思われるからな」

「はい、頑張りま……頑張る!」

「可愛いなぁ、シェリーは」


 今度はおでこにキスをしてきた。もしかしたら、浮かれているのかもしれない。じっと眺めていたら、店主のおばさんが戻ってきた。他にブラウスやスカート、ワンピースを買ってお店を出る。地道に探していたら、私好みの服が沢山見つかってほっとした。ふりふりは可愛いけど、控えめな方が好き。レナード殿下が私の手を引っ張って、石畳の上を歩きながら、嬉しそうな顏で振り返った。


「次はアクセサリーだっけ? こっちの通りに雑貨屋が集まってるんだよ。カフェもあるから、あとで行こう!」

「はい……。レナード殿下、楽しいんですか?」

「もちろん。シェリーは?」

「私も楽しいかもしれません。多分」

「多分か~。でも、いいや。少しでも楽しいのならそれで!」


 にこにこと嬉しそうに笑いながら、私の指に指を絡めてくる。そんな笑顔を見ていたら、つられて笑っちゃった。また私を見て、「可愛い」と言う。気にならなかった。もういいや、どうでも。気にすれば気にするだけ、沼に片足が引っかかって、沈んでいくような気分になるから気にしない!


 次に入ったお店は、若いカップルであふれていた。少し緊張する。ガラス張りになっていて、外から店内の様子が分かる。黒いシェードつきのペンダントライトが、木の梁を見せた天井から吊り下がっていた。床はコンクリートで、壁にエメラルドグリーンと白のハニカムタイルが張られている。


 ずらっと、並べられた棚にイヤリングとピアス、ネックレスと指輪が陳列されていた。下に引き出しがあって、そこにもアクセサリーが並んでいる。他のカップルにぶつからないように、気を付けてちょこちょこ歩きながら、棚の前に並び立った。


「わ~、いっぱいある! ねえ、どれがいいと思いますか?」

「そうだなぁ。この花のイヤリングとか似合いそう」

「えっ? 無難ですね……」

「シェリー」


 笑みを含んだ声で呟いた。ふふふ、これはこれで楽しい。花弁が繊細に重ねられた、小さなピンク色の薔薇のイヤリングに、何故かカエルが葉の上に乗っているイヤリング。大粒のパールの指輪に、パフェや苺タルトの指輪。食べ物シリーズに目が釘付けになっちゃった。急いでくいくいっと袖を引っ張れば、笑って「何かな?」と言ってくれる。


「ねっ、ねえ、これ! どれも美味しそうですよ!? これはベーコンエッグが載ったフライパンのブローチだし、あ! これはホットケーキのイヤリング! こっちは蜂蜜がポットから、たらーって出てるイヤリングでっ」

「本当だ。可愛いな、どれにする?」

「どっ、どれも欲しい!」

「ゆっくり選んで、まだ時間はあるから」


 時間があっという間に過ぎ去っていった。悩んで悩んで、悩み抜いた結果、普段使いによさそうな淡水パールのイヤリングと、ピンクリボンでまとめられた花束のイヤリング、夜になると、蕾が閉じてしぼむ薔薇のイヤリングと、チョコミントアイスのイヤリング、蜂蜜がたらーっと垂れているイヤリングにした。


 もう片方は苺の花になっていて、びっくりするぐらい、小さな蜂が止まっている。ネックレスは淡水パールがついたシンプルなものと、ハートに煌めく赤い石がついたネックレスにした。可愛い。


「指輪まで買って貰う気はなかったんですけど……。ありがとうございます」

「いやいや、お揃いのがつけたかったし。いいよな、こういうのって。普通のカップルみたいで」


 かなりの金額になっちゃったけど、怯んでなかった。普段あんまりお小遣いを使うことがないから、無駄にお金が貯まっていくって言ってた。いいのかな、それじゃあ……。でも、レナード殿下も自分用にイヤーカフやブレスレットを買っていた。じゃあ、いっか。


 殿下とお揃いの指輪をはめた手を見つめる。相変わらず汚い手。でも、指の根元でシルバー色の指輪が光っているのを見ると、そんなのがどうでもよくなっていった。見上げたまま、ぼんやり歩いていれば、急にレナード殿下が腕を掴んでくる。


「危ないよ? 転ぶよ、シェリー」

「あ、はい。すみません……」

「やっぱり治そうか? その傷。俺としてはシェリーが頑張ってきた証でもあるから、別に気にならないんだけどさ」

「頑張ってきた証……」

「うん。無理に消さなくてもいいとは思うんだけど、気になるのなら消すよ」

「いえ、大丈夫です。たかだかこんな傷を治すのに、大事な血は使えません。もう痛まない古傷のために、殿下を傷付けるだなんて……。矛盾しているとは思いませんか?」

「そうかな。俺からすれば、ちっとも矛盾してないけど?」


 私よりも、殿下が気にしているような気がした。笑って、手を握り締める。もう大丈夫なのに。古傷だから痛まない。


「ねえ、パフェが食べたいです! パフェがっ」

「分かった。俺もちょうど、冷たいものが食べたい気分だったんだ。疲れた~……」

「なんだかんだ言って、かなり歩いていますよね? 私達」

「うん。楽しいけど普段、塔から出ないから」

「……ランニングマシーンでも導入して貰います? 今度」

「っぶふ、それは思いつかなかったなぁ! 今まで」


 人々が賑やかに行き交う中を、二人が歩いてゆく。少し離れた位置からついていく護衛は気が付いていないのか、それとも、問題を起こしてからとっ捕まえようとしているのか、遠距離から狙いを定めている敵に無関心だった。路地裏で、殺した人間の背中を踏みつける。すぐ傍を通っていく人間は、血の匂いに気付きもしない。隔離しておいて良かった。今この場所は、いつもの路地裏に見えてそうじゃない。人外者しか、出入り出来ない空間になっている。


「……でも、モリスの弟子とやらは気が付いてるぞ? どうにかこうにかする技量があるようには見えないが、あの厄介な男が惚れこんだ男だ。ある程度は使えるだろ」


 あいつと連絡を取るさい、いつもこの姿になっている。黒髪に赤い目を持った男。世界を自分の意のままに操れるんじゃないかって、腹の底でそう考えていそうな男の姿。少々暑いが、人間と違って熱中症になんぞならないので、黒いシャツの上から、黒いトレンチコートを着せてやっている。


 不思議と自分の姿じゃないからか、あいつの姿になる時、変な遠慮やためらいがいつも生まれた。コートの襟を引っ張って、ピンブローチに話しかける。俺の誕生日に贈られたもので、黒い羽根の形をしていた。


「それで? どうする。俺から見れば、あの王子様はシェリーを性欲処理するための道具だと思ってるぞ? ……まあ、殺せはするが。随分と過激だな? おい。あの血があれば、大勢の人間が救えるだろうに」


 穏やかな澄んだ声で「死体になっても、癒しの血は効力を失わないのか?」と聞いてきた。相変わらず、虫一つ殺さぬような顏をして、とんでもないことを言いやがる。そこがたまらなく愉快だった。いつも話しているだけで高揚し、背筋がぞくぞくとする。


「さぁな、知らん。だが、王子様のお母様の血はまだ、再利用されている……。使えるんだろうなぁ、貯め込んでいるところを見ると。なに、許せよ。俺だって、お前と長々話したいんだよ」


 困ったように笑う。さて、どうするか。王子様を殺すのか、生かすのか。それは俺が決めることじゃない。神経を鋭敏にさせ、ピンブローチから漏れ出る言葉を一言一句、聞き逃さないように耳を澄ませていたら、穏やかな声でのたまった。


「シェリーは嫌がっているのか? それにもよる」

「……いや、楽しそうだ。幸せだってよ」

「ならいい、殺さなくても」

「おい、強引にさらわなくてもいいのか? そっちに連れて行くぞ?」

「あのな、バーデン。俺はシェリーの幸せを願っているんだ。幸せならそれでいいから、今後も引き続き見守ってやってくれ。つらいことを頼んでしまって申し訳ない。俺の傍に、少しでも長くいたいだろうに……」


 話していると、頭がくらくらする。ああ、つらい。苦しい。喉の奥から、アルコール度数の高い酒の香りが這い登ってきた。この男はいつだって、俺を思い通りに出来ると思っている。俺がとんでもなく惚れ込んでいて、何でも言う通りにすると思っている。それは少しだけ間違いで、おおむね正解だった。


「……ああ、本当に。少しでも長く一緒にいたいところだが、それが出来ない。魔力は足りているが、会いに行ってもいいか? お子様の相手は疲れるんだよ」

「でも、バーデンはシェリーともよろしくやっているだろう? たまに、バーデンの体からシェリーの匂いがするんだ。魔力を食らっている」

「ばれたか。でも、お前以上の人間はどこを見渡したっていない。なあ、いいだろう? そろそろご褒美をくれたってさ」


 この男の前では、駄々っ子のようにねだってしまう。ふと、シェリーがその男のことが好きだったの、と聞いてきたことを思い出した。いや、どうだったか。あいつのことだから、好きだと断定していたか? そこはどうでもいい。とにかくも、強烈に惹かれて囚われていた。これが恋愛なら、歪みすぎている。望むものは何だって与えてやりたい。でも、いつだってこの男は涼しい顔をして、思いもよらないことを口にした。


「そうだな。じゃあ、このあとすぐにおいで。ただし、シェリー達に邪魔者が近付かないようにしてからだ」

「っ本当か!?」

「ああ、もちろん。バーデンにはいつも苦労をかけているから……」


 すぐさま、飛び立っていきたかった。会うのは数週間ぶりだ。気が変わらないうちに、早く行かないと! 気がせいている俺を制するように、ことさら穏やかな声で言い放った。


「でも、忘れるなよ? バーデン。お前がもしもヘマをしたらそうだな、契約は破棄する」

「……本気か?」

「本気だ」

「それが、俺達人外者にとってのタブーだと分かっての発言だろうな!? お前のことだから! そんな言葉で脅すようなら、殺されても文句は言えないぞ?」


 知らず知らずのうちに、ピンブローチを破壊しそうになった。許せない。一瞬で殺してやろうか、という考えに支配される。たまにこの男の全てを愛しているのに、生まれてきたことを後悔するほどの殺し方をしてやろうかという気にさせられる。激情に揺さぶられてしまう。


「っおい! 何とか言えよ、こら!!」

「……言う必要があるのか? 分からない。俺を殺したくば、殺しに来ればいいさ。バーデン」

「おい、謝れ! この俺を脅したことを!」

「脅しじゃない、本気だ。ヘマをすれば、お前との契約は破棄する」

「……殺すぞ! いつも、俺が思い通りになると思うなよ!?」

「じゃあ、殺しに来ればいい。それとも、出来ないのか?」

「ジェフ……!!」

「泣きそうな声を出して。待っているからおいで、バーデン。今日は何の予定も入ってないんだ」


 いつも調子が変わらない。何を言っても変わらない。無風だった。笑っているように聞こえる。いや、事実、笑っているんだろうなぁ……。


「俺に殺されても、文句を言うなよ?」

「残念だが、バーデンは俺のことを殺せない。そうだろ?」

「ふざけやがって……!!」

「いやいや。たとえ俺が目の前で契約を破棄して、お前の両腕を切り落としたとしても、目の前で他の人外者と契約したとしても、不憫なものだな……。傷一つ付けられない」

「……お前の自信はどこからくるんだ? いつも不思議に思う」

「変わらない現象だからだ。朝が来ると、日が昇るだろ? それと一緒だよ、バーデン。怖がりながら、朝が来るって予言する男がいると思うか?」

「ジェフ」

「だから、自信を持って言える。バーデンは俺を殺せない。決まっていることなんだ」

「分かった、分かった。俺の負けだよ……」


 どこから来るんだ? その自信は一体! うめきたくなったが、やめた。そんなことをしている暇があったら、一秒でも速くジェフの傍へ行きたい。約束通りシェリー達に魔術をかけてから、ジェフの下へ飛ぶ。さっきまで傲慢な発言をしていたとは思えないほど、柔らかで優しい笑みを浮かべながら、出迎えてくれた。真っ先に「会いたかったよ、バーデン! 久しぶり。元気だったか?」と聞かれ、何も文句が言えなくなった。この男に永久に支配されるしか、道はない。眠れば、朝日が昇るのと一緒で死ぬまでな。









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