表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
28/74

27.不可解な感情と美味しいチョコレートケーキ

 


 目の前にチキンステーキが置いてあった。皮目がぱりっと焼けていて美味しそう。上には玉ねぎとトマトのソースがかかっている。でも、これは明らかにご機嫌取りのチキンステーキ……。私が向かいで、焦ったような笑みを浮かべるレナード殿下を、じっとり睨みつけてみれば、よりいっそう、優しげに微笑んだ。淡い青色のニットを着ている。


 蜜蠟を塗ったかのようなつやつやの黒髪と、澄んだ蜂蜜色の瞳に、青が微妙に合っていないような気がしたけど、よく似合っていた。ぴったりしたニットじゃないからかもしれない。表面がもさもさの、柔らかいニットだから合ってるのかもしれない。肩の骨やごつごつした鎖骨が隠されていて、何だかほっとした。ゆったりめのニットを着て、細身のジーンズを合わせた殿下はまるで、近所に住んでいる男の子のよう。


「シェリー? すまなかった、昨夜は。もう二度とああいったことはしないから、そろそろご機嫌を直して、食べて欲しいんだけどなぁ……」

「……本当に反省していますか? そうは見えません」

「反省しているよ。でも、俺だけ責められるのはちょっと違うなって思ってる。それが伝わってるのかも」


 どこか他人事のように言いながら、食後のコーヒーを飲み、ゆったりと微笑みを浮かべる。天井に吊り下がった黒いシャンデリアが、ちらちらと繊細な光を放っていた。水底に届く、透き通った光とよく似ている。幻想的な明かりに照らされた殿下は幼くて、十七歳ぐらいの少年に見えた。静かに見つめ合っていると、殿下の隣に座って、朝ご飯を食べているエナンドが気まずそうな顔をしながら、ごくりと飲み込んだ。お皿の上には食べかけのベーコンと目玉焼き、サラダ、トーストが載っている。


「何があったのかは分からないけどさ、レナード様もこう言ってることだし……。ねっ? 許してあげたら? シェリーちゃん」

「……エナンドさんは欲しいと思っていたものが、実はあんまり欲しくなかったものだって気付いたことはありますか?」

「随分と抽象的な質問だね。昨日のことと関係が?」

「おい、やめとけ。深く詮索するなよ」


 今日はソファーで朝ご飯を食べているカイが、鬱陶しそうな様子でエナンドをたしなめる。エナンドはひょいっと軽く、肩をすくめるだけだった。気にした素振りを見せず、トーストに齧りついている。


「カイの様子もちょっと変だし、俺だけ仲間外れにされてるような感じがするんだよね~。レナード様、一体何があったんですか?」

「さあね。想像に任せる。でも、言わなくても、さらっとシェリーが言っちゃいそうだけど?」


 コーヒーを飲みながら、窺うように見つめてきた。心臓の左側がぞわっとする。上手く言えない。抱かれることに躊躇なんてしないと思ってたのに、違った。バーデンは急いで大人にならなくてもいいんだって言うけど、違う。私、どうしたらいいの? 王妃様からの命令が遂行出来なかった。それがつらいし、プライドに障ってる。


 でも、昨日の夜に戻ってやり直せたとしても、上手くいきそうになかった。あっさり、パンツの紐を解いた殿下の指先を思い出して、かっと頬が熱くなる。食欲が湧かなかった。拗ねて食べてないだけと思ってるみたいなんだけど、本当は食べたくない。


「……レナード殿下は、私に、ここにいて欲しいと思ってますか?」

「もちろん。どうした? まさか、家出でもするつもりか?」

「家出……。ここは私の家じゃありませんけど。そうしたい気分です、一人になりたい」

「昔、カイとエナンドが似たようなことを言ってたなぁ。なあ、どう思う? 今は。ここが家だと思うか?」

「もちろんですよ。すっかり慣れました。レナード様のおかげで」

「そうか、なら良かった」


 二人が笑い合う。ちょっとだけ苛立った。私だけを見ていて欲しいのに。でも、そんなの到底無理だって分かってる。私だけを見ているレナード殿下なら、好きになれるかなと思ったけど、そういうわけじゃなさそうだし。頭がこんがらがってきちゃった。


 少しここから離れたい。今日はやたらと、レナード殿下の口元や、節くれだった指、鎖骨の辺りが気になって仕方がない。じっとりと胸元が汗ばんでいた。暑い。白いケーブル編みのニットじゃなくて、ブラウスにでもすれば良かったかも。持ってないけど。


「私、薔薇園で散歩でもしてきます。ごちそうさまでした」

「……食べてないじゃないか、まったく」

「今はチョコケーキしか食べたくない気分なので」

「あるよ、チョコケーキ。出そうか?」

「えっ?」


 見返せば、不思議そうな顔をして、レナード殿下が立ち上がる。すかさず、必死で口の中のものを飲み込もうとしているエナンドが、「しますよ、俺が」って言ったけど、「信用ならない」と笑いながら言って、冷蔵庫の方へ向かった。信用ならない? 一体どうして。エナンドが苦笑しながら、椅子へ座り直す。


「あちゃ~。俺、本当に信用がないんだなぁ。こうやって軽く二人きりにさせる方がだめだと思うんだけど。今日もシェリーちゃんは可愛いね、目がまん丸だ」

「……信用ならないってどういうことですか? 落とすから?」

「違う、違う。俺がシェリーちゃんにチョコケーキをあーんとか、余計なことすると思ったんじゃない? ああ見えて意外と嫉妬深いね、レナード様は」

「そうですね。私に首輪をつけたぐらいだし……」

「ん~、だね! ああいうのってさ、シェリーちゃんは興味ある? 大丈夫?」

「はい、痛みには慣れていますから」

「そういうことじゃないんだけどなぁ」


 エナンドが笑いつつ、レタスを頬張った。よく分からないけど、大事にされてるみたい。不思議。昨日、断ったのを怒ってるかと思ったのに。まじまじと、食べるつもりがないチキンステーキを見下ろしていたら、レナード殿下がふいに背後に立った。男性的な匂いと、ラベンダーのような甘い香りがふわりと漂う。


「はい、チョコケーキ。何も食べないよりましだろうから」

「……これもいらないです」

「なんで!? ごめん、本当に」

「薔薇園に、散歩しに行ってきます」

「チョコケーキはどうする? 食べるか?」

「あとで食べます、それじゃ。……ごめんね、バーデン。ついて来ないでね」

「ああ、分かった。じゃあ、ここで王子様が嘆いているのを見てるよ」


 隣の椅子に寝そべって、黒い尻尾をゆらゆらと動かしている、黒猫のバーデンが愉快そうに笑った。椅子から立ち上がって、扉の方へ行く。誰も引き止めてこなかった、ほっとした。扉を押し開くとすぐに、肌寒い空気が流れ込んでくる。冬、暖かい店内から外に出た時のことを思い出した。落ち着かなくて、そわそわする。胃の辺りがふわふわする。息が詰まる塔から出たら、朝陽の眩しさが目に染みた。


「っう、眩しい……。そっか、暗いもんね。塔の中は」


 押し開いた扉の埃臭さが鼻につく。変なの、さっきまで気にならなかったのに。息を吐き出せば、白く染まるような気がしたけど、そんなことはなかった。春の甘い匂いがする。頬に当たる風が暖かい。新鮮で澄んだ朝の空気が、自分の頭を徐々に冷やしていった。


 遠くの方に木立が見える。朝露に濡れた芝生が、目が痛くなるほど眩しい陽射しに照らされ、きらきらと光り輝いていた。埃っぽい木製扉から手を離して、芝生の上を歩いてみれば、しゃくっと、小気味良い音が鳴った。空を見上げれば、青い。空の青さが目に染みた。今日はよく晴れることを告げているような、綺麗で澄んだ青空。どこかで、鳥がピチュピチュと鳴いている。


「……そっか。私、自由なんだ」


 王妃様の命令には従えなかったけど、私のご主人様は多分、レナード殿下だし。いいよね? 上手くいかなくっても。お父さんなら「うん、いいよ」って笑顔で言ってくれそう。どのみち、一回で妊娠するとは限らないんだし。また試してみればいっか。不思議な解放感に全身が包み込まれていた。塔の中にいると分からなくなるけど、外の世界は爽やかで広い。朝靄が漂っている薔薇園へと目を向けて、何となく歩いてみる。


「どうしようかな? わざわざ行かなくてもいいんだけど」


 街にも行ってみたいな。もう叔父さんの言うことに従わなくてもいいんだし。自由が怖かったんだけど、今はもう何も怖くなかった。怪我するのも、人を殺すのも、本当は嫌だったのかもしれない。途中からユーインが、泣きながら引き止めてきたし……。


 しゃくしゃくしゃくと、規則正しく歩いて、芝生を鳴らしてみた。芝生はかなり湿っていて、歩きにくい。でも、気にならなかった。不思議と胸が解放感に満ちあふれている。私、自由なんだ。可愛いお皿を集めたって誰もバカにしない。私の話をバカにしてくる人もいない。


「でも、叔父様は寂しがってるかな? 手紙でも出さないと」


 しょっちゅう顔を合わせてたから、連絡先を交換しようって思ったことがなかった。心配しているだろうから、手紙でも書こうかな? バーデンに届けて貰おう。住所分からないし。ご機嫌で歩いていって、薔薇園の裏手に回ってみる。緑の生垣に囲まれた薔薇園の裏は、雑木林になっていた。お城の中って広い。


 一歩足を踏み入れてみると、足元に落ちていた枝がぱきりと鳴った。木漏れ日が綺麗。枝葉の間から、透明な陽射しが降り注いでいる。ああ、ほっとする。土の匂いと緑の匂い。濡れた落ち葉が敷き詰められている地面。よく手入れされた雑木林を歩けば歩くほど、満たされていった。落ち着く。すー、はーと、両腕を広げて深呼吸していたら、お腹がぐうと鳴った。誰もいないけど、恥ずかしくなって、お腹を押さえる。


「帰ろうかな? レナード殿下になんて言ったらいいのかよく分からないけど」


 触れた時の温度、肌の質感と匂い、どこか切実さを滲ませた蜂蜜色の瞳。心臓がそわそわしてきた、考えるのをやめよう。いずれ慣れていったら、出来るのかな……。子供を生むのはシェリーだと思ってる、って、穏やかな声で言っていたことをふと思い出した。嬉しい。殿下の特別な存在になれたような気がして。


 何となく木に触れたくなって、近くに生えていた木の幹に手を添える。細くて若かった。ぼこぼことした地面を転ばないように歩けば、顏の近くでぷんぷんとハエが飛び交った。うるさい。綺麗だけど、虫はいる。葉の間からこぼれ落ちている陽射しが、目に眩しかった。ここは違う、何もかも。薄ら寒くて、息が詰まる塔とは違う。


「そうだ、殿下とここに来たいな! のんびりお昼寝でもしたいな~」


 ハンモックがあればいいのに。地面に寝転びたくない。バーデンに出して貰おうっと。くすくす笑いながら、雑木林を歩いていたら、奥に白い壁が見えてきた。残念、行き止まりみたい。帰ろう。


「チョッコケーキ、チョッコケーキ! 甘くて美味しいチョコケーキが食べたい」


 自作のチョコケーキの歌を歌いながら、塔に戻る。リビングの扉を押し開くと、テーブルで本を読んでいた、レナード殿下が顔を上げた。他には誰もいない。しーんとしてる。


「……レナード殿下? どうしてここにいるんですか? 支度しないんですか?」

「まだ時間はあるから。それに、おかえりって言いたくて。シェリーに」

「っただいま!」

「うん、おかえり。ごめん。ほら、おいで?」


 強烈に引き寄せられる。レナード殿下が無邪気に笑いながら、ゆっくり両手を広げていった。この声に抗えない。胸の中で喜びが弾ける。私が駈け寄って、だんっとテーブルの上に飛び乗れば、びっくりしたようで、蜂蜜色の瞳を見開いていた。すかさずテーブルから飛び降りて、椅子に座っているレナード殿下にぎゅうっと、抱きついてみる。苦笑して、私の腕に手を添えた。


「シェリー……。だめじゃないか、テーブルに飛び乗ったりしちゃ」

「ごめんなさい! 嬉しくってつい」

「よく分からないけど、ご機嫌が直って良かった。チョコケーキ、食べるか? 一緒に食べようと思って、コーヒーを残しておいたんだ。ほら」


 レナード殿下が笑って、白いマグカップを傾けた。ちゃぷんと黒い液体が揺れ動く。嬉しかった、言葉では言い表せないぐらいに! ハーブの香りがする黒髪頭に頬ずりしていると、おかしそうに笑った。


「ははは、よしよし。シェリーは見ていて飽きないなぁ。予測不可能だ」

「私が予測可能な人間になったら、飽きちゃいますか?」

「いいや? そんなことはないよ、大丈夫大丈夫」

「本当に?」

「本当に」


 思いきって頬にキスしてみたら、困ったような笑みを浮かべる。どうしてそんな風に笑うのかよく分からない。違うことを考えていて欲しいと思った。わくわくしたり、嬉しくなったりするようなことを考えていて欲しいなって。困ったように眉をひそめれば、驚くほど甘い声で「シェリー」とささやいく。


 さっきの声とはまるで違う。急激に体温が上がっていくみたい。私と向き直って、醜く盛り上がった、傷のある両手を握り締める。こんなに汚いのに、いつも綺麗な手に触れているように、そっと触れてくれる。強く踏みにじったりしない。


「昨夜はすまなかった、本当に。何が嫌だった? 言ってみてくれ」

「で、殿下が器用だったから……?」

「器用だったから!?」

「はい。し、しゅるしゅるって、パンツの紐を器用に解いていったから」

「うーん……。でも、あれは解きやすい仕様になってたし」

「解きやすい仕様?」

「そう。俺が特別器用ってわけじゃなくて、紐がそうなってたんだよ。固く結んでいるわけじゃなかったし。あ~、ほら、シェリーもその辺りのことを考えて、緩めに結んだんだろ?」

「いえ、バーデンが結んだのでよく分かりません」

「……そっか。二人の関係性がいまいちよく分からないな」


 苦々しい表情を浮かべる。おかしくなって、レナード殿下の手を優しく振りほどき、眉間のシワをつんつんと突いていたら、くすぐったそうに笑う。また世界で二人きりになっているような感覚に陥った。今、ここに殿下と私しかいないからかもしれない。ぎゅっと改めて、私の両手を握り締めた。


「あとは? 他にもあるだろ?」

「し、心臓がばくばくするから? エ、エナンドさんは違ったんですけど。エナンドさんとする方が、むっ、向いているのかもしれません!」

「いーや、俺の方が向いてるよ。きっと」

「どうしてですか? 理由は?」

「シェリー。理由とかごちゃごちゃ考えないで……」


 言葉が続いていくかと思ったのに、続かなかった。甘えるようにして、私のお腹に顔を埋める。何だかほっとした。殿下にも私にも、弱い部分があるような気がして。笑って優しく抱き締め返せば、くぐもった笑い声を上げる。ばかばかしいことをしているとでも、言いたげだった。ますます強く、すがりついてきた。


「あ~、疲れたなぁ。昨夜は悔しかったよ」

「悔しかったんですか?」

「うん。バーデンに掻っ攫われたみたいで。二人の間に強固な結びつきが見える」

「そんな、まさか! ……いざとなったら、バーデンは私の体を乗っ取ります。人間の女の子として生きていきたいんですって。ねえ、レナード殿下。人外者は近いように見えるけど、一番遠いんですよ。だって、他の種族ですから。同じ種族でも分かり合えないのに……。だから、心を許しちゃだめですよ。いいですね?」


 幼い子供に言い聞かせるように言い聞かせたら、ふと顔を上げた。まっすぐ見上げてくる、澄んだ蜂蜜色の瞳。首の裏がぞわっとした。殺したいと思った、何の意味もなく。鼓動が速くなって、瞳孔が開いていくような気がした。


「……じゃあ、バーデンのことをどう思っているんだ? 詳しく聞かせてくれよ、シェリー」

「どうって、便利な存在ですかね? あと、一応は頼りになる存在……?」

「そっか、それを聞いて安心したよ。食べよっか、チョコケーキ」

「はい! フォークを持ってきますね」


 どのフォークにするか迷った末に、ミントチョコレートみたいな色合いのフォークにした。持ち手が陶製になっていて、ミント色の地に、黒いドットマークが浮かんでる。引き出しの中には、色とりどりのフォークがしまってあって、楽しかった。まるで、宝石箱を開けてるみたい。ご機嫌でフォークを並べていたら、レナード殿下がチョコケーキを二つ、冷蔵庫から取り出してきてくれた。どっしりとした質感の美味しそうなチョコケーキ。上には白い粉が振りかけられている。


「美味しそうですね、これ。どうして冷蔵庫にあるんですか?」

「どうしてって、空き時間にエナンドが作ってくれたから?」

「し、知りませんでした……。急に、美味しくなさそうなものに見えてきました」

「エナンドが聞いたら泣くぞ」


 笑いながら、レナード殿下が口へと運ぶ。おそるおそる切って、口に運んでみると、美味しかった。中がふんわりしている。外側はどっしりしているんだけど、中がふんわりしていて美味しい。玉子が入っているのかもしれない。薫り高いビターなチョコレートに、舌の上でとろけるような甘み。噛み締めれば、チョコレートの舌触りの良さにうっとりしてしまう。甘さが控えめだからか、もう一切れ食べたくなった。まだ半分しか食べてないのに!


「お、美味しいです……。殿下はどうですか? 美味しいですか!?」

「うん、いつも通りだね」

「いつも通り……」

「うん。早いなぁ、食べるのが。あれだけ美味しくなさそうって言ってたのに」

「そうでしたか? 忘れちゃいました」

「食べるまでそうだな、ぼそぼそと三回ぐらい言ってたよ。いや、四回かな? 美味しくなさそう、美味しくなさそうって」

「よく聞いてるんですね」

「うん。聞いてるよ」


 レナード殿下が笑いながら、残りのチョコケーキを食べる。羨ましくなってじっと見ていたら、母のように優しく微笑んで、口に運んでくれた。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 ほんのりラム酒の香りもして美味しい。目を閉じて、じっくり味わっていると、くちびるに何かが触れた。目を開けなくても分かる。手が伸びてきて、頭の後ろに回された。私が逃げると思っていて、固定してるみたい。そんなに心配しなくても、逃げないのに。意外とすんなり離れてゆく。目を開けてみると、こっちを見つめていた。透き通った蜂蜜色の瞳が、熱を帯びたガラス玉に見えた。


「……逃げないんだな? 今日は。キスは平気?」

「はい。それ以上になると、無理なんですけど」

「いいよ、ゆっくり慣らしていこう。あーあ」

「あーあって何ですか? どうしたんですか?」

「いや、追いかけるつもりはなかったのにと思ってね。逃げられると、どうも縛りたくなる質らしい」

「縛る……」


 それ以上、何も言えなかった。非難がましい視線を向けられても、ただただ、レナード殿下は美しい微笑みを浮かべるだけだった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ