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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
25/74

24.彼女の目論見と王子様の狂気じみた行動

 



「それで? どうして助けてくれなかったんだ? 二人とも」


 ズボンを履き直しながら、レナード殿下が不機嫌そうな顏になる。グラノーラ入りのヨーグルトを食べていた二人が顔を上げ、平然と言い放った。口元にはヨーグルトがついていた。


「そりゃ、レナード様が俺達の言うことを聞かないで、危険なことばっかするからですよ。今回だけじゃない、今までだってそうじゃないですか!」

「……反対しましたよね? 俺は。そんな、ハウエル家の生き残りなんか引き入れたら後悔するって。今からでも遅くありません、追い出しましょう」


 私が瞬時にナイフを取り出すと、殿下が腕で制してきた。しぶしぶ、ナイフを持った手を下ろす。私をここから追い出すつもりなら、殺したいんだけど。あとで許可を取ってみようかな? でも、友達だから許して貰えないかも……。


 ヨーグルトを食べているカイと静かに睨み合っていれば、殿下が手を握り締めてきた。放せってことね? しょうがない。嫌だったけど、ナイフをズボンのベルトに差し込む。刃がベルトに触れるなり、たちまち消えた。エナンドがグリーンの瞳を見開き、凝視してくる。


「カイ、俺はシェリーを追い出すつもりなんてない。分かってくれ、頼む。あまり刺激してくれるな」

「……はい」

「それと、いつ話すんだ? あのことはまだ話してないんだろ?」

「げっ! やめろよ!? あれをするんだったら、隠してくれよ!?」

「こいつが過剰反応するので、あとで見せます」


 カイがうんざりした様子で言い放ち、残りのグラノーラをかき集めて食べた。気になる。黒い爪といい、食事中以外は顔を隠していることといい、すっごく気になる。私がふらふらとテーブルへ行って、腕を伸ばすと、カイがぎょっとした顏になった。


「おい! 何をするつもりだ!? お前は!」

「顔の皮膚をちょっと引っ張ってみようかなと思って。何かあるんでしょう?」

「……あるけどな。でも、そういうことをするんじゃない。人が飯を食っている最中に、そういうことをするもんじゃない。あとで見せてやるから」

「変なの! 私のことを嫌っているくせに」

「どっちがいいんだ? 見せないのと、見せるのと」

「それは、見せてくれる方がいいけど……」


 変なの。初対面の時、あんなに睨みつけてきたくせに。今だってそう。私と目が合えば、すっごく嫌そうな顔をするくせに! 苛立って、カイのほっぺたを引っ張ってみると、嫌そうな顏をするだけだった。さらに引っ張っていると、慌てて殿下がやって来る。


「落ち着け、シェリー! まだ食べている最中なんだし……」

「でも、気になります! カイにはどういう秘密があるんですか?」

「あ、俺の秘密を先に教えてあげようか? シェリーちゃん」

「ううん、いらない。今はカイのことが気になるの」

「え~、寂しい」

「嫌な予感しかしないな……」


 カイがぞっとした様子で呟き、グラノーラを口へ運ぶ。でも、本当に不思議。黒い爪。何だっけ? それに、ちょっと色が悪い皮膚も……。観察していたその時、背後に気配を感じて振り返る。勢いよく振り返ったからか、隣に立った殿下が「どうした?」と聞いてきた。見ていると、両開きの扉からヘビが這い出ててきた。濃い緑色の鱗に、白い目。なめらかな体をくねらせ、床の上を這っている。


「うわっ、ヘビ!? 一体どこから入ってきて、」

「モリスさんの使いでしょう。ここに、殿下に危害を加えるものは入ってこれない。何だろうと」


 お望み通り、消してあげることにした。私がズボンに手を突っ込むと、指先に硬いものが触れる。ナイフを引きずり出して、ヘビに向かって投げつけてみた。どすっと突き刺さったかと思えば、あっという間に姿がかき消える。残ったのはメモ用紙だった。呆然とする殿下を置いて、メモ用紙を拾い上げる。そこにはこう書いてあった。


(……王妃様がシェリーに会いたがっている。採血の時、内緒で僕の部屋に来てくれ。案内しよう)


 わざわざ、こんな回りくどい方法を取るなんて。もうちょっと、スマートに知らせる方法があったでしょうに。ここへ私を案内してくれた小鳥ちゃんを使うとか、子犬ちゃんを私のベッドに潜り込ませるとか? にっと笑いながら、メモ用紙を消しておく。紫色の炎が上がって、黒い塵だけが残った。レナード殿下がやって来て、私の背後に立つ。


「どうだった? 今のは……」

「モリスさんからでしたよ。怒られました」

「ああ。昨夜の騒ぎをモリスの耳にも入れておいたからな」

「ふふ、お望みならカウンセリングを受けましょうか?」

「……いや、もういい。嫌なら無理に受けなくてもいい。ただ、もう二度とああいったことはしないでくれ。それが約束できるのならいいんだ」

「できますよ、大丈夫です。レナード殿下……」

「おっと」


 首の後ろに腕を回して、キスをねだってみたら苦笑された。キスはせず、私の腰に両手を添えてくる。蜂蜜色の瞳を細め、ぐっと顔を近付けてきた。


「キスはまたあとで。今は二人がいるし」

「でも、さっきはレナード殿下のズボンを脱がしても、無視してくれたし、大丈夫じゃないでしょうか?」

「……かもしれないけど、ちょっとね。いくら何でも、目の前でイチャつく気はしないなぁ」


 そう言ったくせに、私のおでこにキスしてきた。嬉しくなってもっととせがめば、色めいた微笑みを浮かべ、今度こそキスしてくれた。その甘さに酔いしれる。焼きたてのふわふわパンケーキに、たっぷりの蜂蜜とバターをかけて、味わった時のよう。もっともっと欲しい、もっと食べたい。お代わりが欲しい。


 喉に蜂蜜が絡んだ時のことを思い出すと、ふわふわのパンケーキが食べたくなっちゃう。ふいに、エナンドが言っていたことが気になった。レナード殿下はすっかり乗り気になっていて、私の腰に両手を回し、何度も軽いキスを繰り返していた。


「ねえ、レナード殿下? 前にエナンドさんがこの先を教えてあげようか? って言ってくれたんですよ。教えて貰ってもいいですか?」

「……ひょっとして、妬かせようとしてる?」

「いいえ。さっきズボンを脱がそうとしたら、抵抗されちゃったし。この際、エナンドさんでもいいかなと思いまして」

「正確に言うと、ズボンを脱がせたうえに、下着まで脱がそうとしたから抵抗されちゃったし、だ」

「細かいことはどうだっていいです。ねえ、だめですか? 興味が湧いてきたんです。今まで恋愛なんてしてきたことが無いから、もっともっとって」

「だめだよ、絶対にだめだ」


 面白がるような声だったけど、奥底に怒りが潜んでいるような気がした。レナード殿下は本気で怒ったら、無表情になるのかもしれない。感情が出ているだけまだマシって、言いたくなるような声の温度だった。怖い。怖いような気がするんだけど、嬉しいような気もする。首筋に吸いついて、キスマークをつけたあと、耳元でささやきかけてきた。ぞっとするような、冷たくて低い声だった。


「……もしも、そんなことをしたら塔から追い出す。二度と会わない」

「そこまで……」

「そこまで怒るようなことだ。いいね? シェリー。返事は?」

「はい、レナード殿下」


 残念だけど、仕方ない。エナンドさんと、どうしてもそういうことがしたいわけじゃないし。笑っていると、もう一度キスしてきた。すがりつくかのように、頭の後ろに手を回してきて、ディープキスしようとしてきたから、するりと腕から逃れる。口元を拭えば、少し不満そうな笑みを浮かべていた。


「……もうすぐお客様が来る時間でしょう? 着替えてきますね」

「ああ。今日はどれにするか」

「自分で決めます、大丈夫ですよ。おいで、バーデン。行こう」


 今日は猫のふりをしたいのか、「にゃあ」と鳴いて足元にすり寄ってくる。珍しい。長毛種の真っ白い猫に変身してる。後ろを振り返らずに立ち去れば、誰かがはあと、これみよがしに深い溜め息を吐き出した。きっと、レナード殿下だ。


「変な人。私のこと、好きじゃないくせに束縛しようとするの。どう思う? バーデン」

「そうだな、実にバカげている。こんな塔、さっさと出て行ってしまおうぜ」

「嫌よ。私はここにいて、殿下の子供を生むの。そうしたら、きっとユーインも認めてくれる。だって、それが普通なんでしょう? いつかは結婚して子供を生む。あ、ややこしそうだから、殿下と結婚なんてしたくないんだけど」


 薄暗くて、先が見通せない螺旋階段をひたすら登りつつ、喋っていたら、猫姿のバーデンがくっと笑った。出て行こう、出て行こうって言うけど、私はどこに行けばいいの? 失っちゃった。前までは、ユーインのいる家が私の居場所だったんだけど。もう無くなっちゃった。誰も、私の帰りなんて待ってくれない。


「お前が普通に結婚して、子供を生むような人間だと? バカいえ、面白くないじゃないか。そんなものはつまらん! 凡人に任せておけばいい、そんなことは」

「でも、ちょっと憧れるなぁ。毎日美味しいお菓子を食べて、誰かに赤ちゃんの世話をして貰って、殿下に可愛がられて暮らすの。どう? たまにやって来る侵入者を殺せばいいだけのお仕事」

「お前、そんなこと考えていたのか……。欲深いな」

「ふふふ、知ってる。だから、とりあえず殿下に抱いて貰わなくちゃいけないんだけど。キスだけじゃ妊娠できないし」

「お前は本当にそれでいいのか?」

「もちろんよ。ここにあるお皿やティーカップはどれも綺麗なの。それにお菓子も美味しいし、殿下も大事にしてくれる。あとは子供を生んで、確実にここを私の居場所にしないと」


 そうなったらもう、誰も私のことを追い出せない。殿下に近付く女性は全員殺す。癒しの血を持った子供を生んで、自信が無いから他の人に育てて貰って、毎日美味しいものを食べて暮らす。時々、殿下が相手をしてくれたらいい。さっきみたいに、世界で二人きりになったような時間を味わいたい。


「……だから、まずは王妃様に取り入らなくちゃね。ほら、見てみてよ。バーデン。モリスさんからメモが届いたの」

「メモだって? ふぅん」


 私が復元したメモ用紙を見せびらかすと、青い瞳を細めた。尻尾がふわふわで可愛いけど、撫でたら怒られそう。メモ用紙をまた黒い塵に変えて、消す。バーデンが煩わしそうに、首を左右に振った。


「ああ、もったいない! そこまでの腕を持っておきながら、お前はただ子供を生んで、楽しく暮らすつもりなのか?」

「うん。悪い? だって、人殺しはユーインが嫌がるし」

「まあ、お前らしいっちゃお前らしいがな」

「今度、殿下と一緒に街に行くの。もう他の女性が着てた服なんて着たくない!!」

「いきなり爆発するなよ……。扱いにくいお姫様だぜ」


 今日は自分で、白地に薄紫と淡いピンクの花柄が散ったワンピースを選んで着てみた。黒髪はバーデンが丁寧に梳かして、ハーフアップにしてくれた。仕上げに、蜂蜜色の宝石がついたネックレスをつければ、用意はおしまい。素肌の上で、蜂蜜色の宝石が光り輝いている。わずかな光を取り込んで、乱反射しているように見えた。淡い蜂蜜色の光が本当に綺麗。触れると指先が濡れちゃうんじゃないかなって思うほど、濡れた質感なのに、触れると冷たくて硬いものが当たるだけ。


「……黄金色の雨って言うんですって、これ」

「ああ、綺麗だ。よく似合ってる」

「変なの! バーデンが言うと心に響かなくて。殿下が言ってくれた時は嬉しかったのに」

「自由に振舞うのも大概にしろよ? お前」

「だって……」


 椅子の背もたれに手をかけて、バーデンが身を屈めた。黒髪黒目の男性姿で、珍しく、ダークブラウンのスリーピースを着ている。ジャケットは上質なヘリンボーン柄。ポケットには血のように赤い、ポケットチーフが挿し込んであった。黒髪は掻き上げて、額を出している。ぼんやり見つめていると、私の頭にキスをした。するりと首筋を撫でて、顎の裏に手を添える。鏡には、不敵に笑うバーデンに顎を掴まれて、ぼんやりしている私の姿が映っていた。


「なあ、シェリー? キスでもしてやろうか?」

「今したじゃない」

「このまま、お前を乳臭い王子様にやるのが嫌になってきた。さて、どうするか」

「私は誰のものにもならないから。でも、私が変わっちゃったら、この体はあげる。バーデンが女の子として生きていけばいいよ」

「ああ。それも面白そうだが、味見してみるのも楽しそうだ……」

「んっ」


 椅子の横に立って、キスしてきた。バーデンとこういうことをするのは初めて。毎晩、同じベッドで眠っているのに不思議。あの時にしないんだ? 乾いたくちびるが離れていって、まじまじと私のことを見下ろしてくる。


 ひたむきな眼差しだった。黒い瞳に吸い込まれそうになる。手を伸ばして頬に触れたら、ちょっとだけ、ぬくもりがあるような気がした。……人外者は温度がないから、ただの思い込みなんだけどね。窓からの薄い陽射しに照らされたバーデンは、胸を打つほど綺麗で、人じゃないものに見えた。


「ねえ、バーデン。ここでの暮らしに嫌気が差したら、私をさらってくれる? 殿下は逃がしてくれそうにないから」

「……ああ、いいぞ。シェリー。俺と二人きりで過ごすか」

「飽きないかな?」

「飽きたら、世界中を旅すればいい。お前と俺の二人なら、どこへでも行けるさ」

「確かにそうね。……どうしてキスしたの? 今」

「お前だって、新発売のお菓子が食いたいって言うだろ? それだ」

「興味本位? でも、いい。許してあげる」

「……お前はあいつとよく似ている。いつだって、俺が言う通りに動くと思っているんだ」


 やけに嬉しそうに呟いて、もう一度キスしてきた。バーデンとキスをするなんて、不思議。なんだか居心地が悪かった。どこを触れられても、空気が体を撫でていくみたいだった。あまりにも身近な存在すぎて、緊張しない。


 そのあとのお茶会で、ご年配の婦人に「まあ、素敵なお召し物ね」と褒められて嬉しかった。薔薇の香りを含んだ風が、私の黒髪を取っ払って、首筋があらわになる。その時、隣に座っていた殿下がぴくりと動いたような気がした。赤いキスマークが増えているのを、見つけたからかもしれない。お客様が帰って、ティーカップが空になった頃、つとめて穏やかな調子で聞いてきた。


「……シェリー? 話があるんだが」

「私は特にありません。このあと、採血に行くんですよね? 行ってらっしゃいませ」

「クッキーをあげよう、ほら」

「お腹がいっぱいなんですよ、今。それじゃあ、私は着替えてくるので。ごきげんよう」


 貴族のお姫様みたいに、優雅に微笑みながら一礼してみると、あからさまに渋い表情を浮かべた。くすりと笑ってから、レナード殿下が持っているジャムクッキーを奪い取って、食べてみる。甘酸っぱい苺の風味が広がった。


 ごめんなさい、殿下。王妃様に会って欲しくなさそうだったけど、これから会いに行きます。見てみると、酷く寂しそうな顔をしているように見えた。いつも通りただ、穏やかに苦笑しているだけなんだけど。ほんの少しだけ、ちくんと胸が痛む。悲しくなってきたから、両手を伸ばして、殿下の頬に添えてみると、蜂蜜色の瞳を瞠った。無垢に見えた。


「ごめんなさい。行ってきますね? そうそう、このキスマークはバーデンがつけたんですよ。乳臭い王子様にあげるのが惜しくなってきたって」

「……そうか。関係を持ったのか? 俺が着替えている間?」

「いえ、違います。したのはキスだけですよ」

「ああ、うん。何だか分かってきた」

「何がでしょう?」

「バーデンがこの間、言っていた意味がだよ」


 しゅるりと、レナード殿下の指先に茨が現れる。まさか! でも、反応できない。反応したら傷付いちゃうから。ふっと脳裏に、屋根の上で自分の首筋にナイフを当てていた、レナード殿下の姿が浮かぶ。だめ、絶対にだめ! 怖い。殿下が怪我をするかと思うと、身がすくんじゃう。


 仄暗い蜂蜜色の瞳に釘付けになっていたら、私の首に茨が現れた。一瞬だけ、息もできないほど首が絞まる。耐えきれなくなって、膝をついた。痛みには慣れてるから、別にいいんだけど……。私の頭上で、殿下が静かに笑う。


「何だっけな? 底なし沼に片足を突っ込んでいるんだ、お前は、だったか? 確か、そんなようなことを言っていた」

「レナード殿下? っうあ」

「血は出てないだろ? 工夫したんだ。この前、怪我をさせてしまったから」

「殿下? 一体何を……」

「それがある限り、誰もシェリーに触れられない。約束しただろ? 俺以外の誰にも触らせないって」

「でも、っぐ!」

「痛みが欲しいって言ってたし、ちょうどいいかなと思って。大丈夫、痛いだけで血は出ないから」


 視界が朦朧とする。気道が狭められている。息が深く吸い込めない。血は出てないんだけど、茨の棘が、皮膚の奥深くまで突き刺さっているような気がした。痛い。じくじくする。熱を帯びた嫌な痛みが、首の内側に広がってゆく。胸を上下させて、息を深く吸い込んでも、頭は白い霞がかかったまま。でも、これよりもっと酷い目に遭ったこともあるから……。地面の白いタイルの冷たさが、両手に染み込んでゆく。


「それが、お望みならその通りにします。でも」

「でも?」

「どうして怒ってらっしゃるんですか? 嫉妬してるんですか?」

「……シェリーはたまに、聞いて欲しくないことをはっきりと聞く」

「っあ、うあ……!!」


 さっきよりも強く、首が絞まった。どうして、私を痛めつけてるのかよく分からない。変な人。解こうかと思ったけど、やめた。よく分からないけど、殿下に付き合ってあげたい。痛みにはもう慣れているから。でも、息が吸い込めないのは、ちょっとだけつらいかも? 頭が痛くなってきた。地面に伏せて苦しんでいると、レナード殿下が目の前で膝を突く。助け起こしてくれるのかもしれない。殿下は優しい人だから。


「シェリー」

「は、はい。何でしょう……? レナード殿下」


 顏を上げてみたら、顎を掴んできた。苦しそうな様子の私を見て、満足そうに微笑んでいる。


「みんな、音を上げて逃げていくんだ。シェリーはどれぐらい持つのかな?」

「……私も、他の女性と一緒なんですか? だからこんなことを?」

「いいや、違う。だからこそ、同じように扱ってみようかと思ってさ。だって、フェアじゃないだろ? 嫌なら逃げたらいい。他の女性もみんな、そうしてきたから」


 殿下の意図がまったく読めない。眉をひそめていると、悲しそうな微笑みを浮かべた。それから、おでこにキスをしてくる。次は肩に手を置いて、首筋に吸いついてきた。バーデンがキスした場所に、キスを重ねてる。


「……殿下。今、バーデンと間接キスしてますね?」

「嫌なことを言うなぁ。ほら、どうだ? 楽になっただろ?」

「あ、はい。確かに」


 殿下に触れられた瞬間、確かに茨の首輪が緩んだ。棘も引っ込んで、嫌な痛みが消える。レナード殿下が微笑みつつ、手を差し伸べてくれたから、掴んで立ち上がった。立ち上がった私を見て、このうえなく悲しそうな微笑みを浮かべる。この人は穏やかそうに見えて、少し狂っているのかもしれない。手を離せばまた、きゅっと、恋しいとでも言いたげに首輪が絞まった。また視界が霞む。苦しい。少ししか息ができない。


「俺が離れたら、絞まる仕組みになっているんだ。それ」

「えっ?」

「じゃあ、採血に行ってくるか。ごきげんよう、シェリー」

「仕返しされちゃった……」

「ばれたか。じゃあ、またあとで」


 私の言葉を聞いて、笑いながら背を向ける。確かに、レナード殿下が離れるにつれて、首輪が強く絞まっていった。棘の数も増えてきて、私の首筋を突き刺す。レナード殿下がいなくなった頃、カラス姿のバーデンが肩に降り立った。


「怖いな。意外とあの王子様は」

「だね。慣れてるけど、こういうことは。さあ、王妃様に会いに行かなくちゃ。この服装で合ってると思う?」

「俺が乳臭いと言ったのを、根に持っているのかもしれない……。俺がそんなことを言ったから、こんなことをしたのかもしれない」

「ねえ、そんなことより大丈夫かな? この服で。聞いてる? バーデン。ねえったら! どうしてバーデンが落ち込んでるの?」







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