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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
22/74

21.せめて半殺しにしたいの

 


 鎖骨や肩の辺りは透けたレースで覆われている。胸元には、たっぷりの白いフリルが縫い付けられ、腰には淡いピンク色のリボンが巻かれていた。スカートはプリーツ生地でなめらか。動くたび、つるっとした素材が太ももの上を滑ってゆく。


 他に用意されたのは、薔薇の造花とレースで飾り立てられた、つばが広い帽子。レースの靴下と黒いエナメルの靴。耳元にはパールとビジューが連なったイヤリングを……。こうやって着飾られると、まるで私が、殿下のお人形になったような気分にさせられる。


 薔薇園はのどかで、眩しい陽射しを屋根が遮っていた。影が落ちているテーブルの上に並んでいるのは、赤い紅茶入りの白磁のティーカップと、金色のフォークとスプーン。本日のお菓子は小さなベリータルト。柔らかいカスタードクリームの上に、艶々のベリーが沢山盛られている。美味しそう……。


 私がすっかり食べる気でフォークを持つと、一通り世間話を済ませた客人が、ふいに思い出したかのようにこっちを見て、にっこりと微笑む。


「まさか、レナード殿下のお近くにこんな可愛らしい女性がいるとは思っていませんでした」


 低くて穏やかな声は耳に心地良く、人に好感を抱かせる。……前にもいた、こんな人が。叔父さんが言ってた。自分の異常さを理解して、あたかも常識人のように振舞っている男が一番魅力的だって。どう振舞えばいいかを、本能で察知している。そう感じさせるほど、目が惹きつけられる男性だった。


 仕立ての良い、無難に見える紺色のスリーピース。でも、ポケットに挿した、落ち着いた赤色のハンカチといい、人差し指にはめられた、金の鹿と枝葉の指輪といい、青い石と鹿のピアスといい、どことなくセンスが良くて、品がある装いだった。


 それと、陽に当たると煌めく、金茶色の髪に青い瞳。落ち着いていて、海を思わせる青い瞳に見つめられると、胸の中で何かが揺らいだ。要注意人物! 惹きつけられる人物ほど、頭がおかしい時があるから。殿下に危害を加えつもりなら、殺す。


 ひそかに決意を固めていると、物言いたげな顔をして、黙っていたレナード殿下がティーカップを持ち上げた。前回と一緒で、病弱なふりをしている。キャメル色の地に、細い白ストライプが入ったスーツを着ていた。


「……護衛なんだよ。新しく雇った」

「へえ、護衛ですか。こんなに可愛らしいお嬢さんなのに?」

「そう。頼りないが、これでも一応訓練は受けているし……」


 訓練を受けているどころじゃありませんよ、何百人も殺してきてますよ、殿下! って言いたいけど、やめておこうかな……。くれぐれも余計なことは言わないように、って沢山言われちゃったし。お利口にしていたら、またご褒美が貰えるんだって。黙ってにっこり微笑みかけると、彼、ルスランが嬉しそうな微笑みを浮かべた。でも、すぐに視線を、私の隣に座っているレナード殿下へと戻し、愛想の良い微笑みを浮かべる。


「そうなんですね? カイさんとエナンドさんは……」

「クビにしてないぞ。控えてる。俺としては、あの二人だけで十分だったんだが、クレームが相次いでね。緊張しながら後ろに立っているだけなのに、どうも威圧感を与えていたらしい」

「ああ、分かります。二人とも、喋ってみると気さくで良い方なんですが、訓練を受けているからか、どうにも緊張してしまう時があって」

「……ここへ来る方はみな、病気を患っていたり、心身ともに余裕が無かったりする。だから、王妃様が女性の護衛の方がいいとそう判断して、彼女を送り込んできたんだ」

「へえ、なるほど。王妃様が?」


 意味ありげにちらりと、私に視線を寄こしてきた。黙ってにこにこ笑っていればいいと言われたから、さっきよりも穏やかに、可愛らしい微笑みを浮かべてみる。一瞬だけ笑ったあと、殿下に視線を戻した。


「レナード殿下も大変ですね。羨ましいと言えば、羨ましいのですが」

「時々、種馬扱いされているように感じるよ」

「レナード殿下! またそのようなことをおっしゃっる」


 いさめるような響きはなく、むしろ殿下が面白い冗談を言ったかのように、笑ってみせた。心から笑っているように見える。いや、見せている。……なんか、侮れない人で嫌だ。この人は。渋い顔つきをしながらも、大人しく紅茶をすすっていると、笑いながらこっちを見てくる。


「ほら! この可愛らしいお嬢さんも拗ねていますよ。殿下がそんなことをおっしゃるから」

「いや、あれは拗ねているわけじゃなくて……」

「レナード殿下に手酷く振られて、傷心中のご令嬢方は気が気じゃないでしょうね。こうして、新しく女性を迎え入れたんですから」

「……」


 否定も肯定もせず、黙り込んでいる。このルスランさんは元気そうだから、お茶をあげなくてもよさそうだし、早く帰って欲しいな~……。沈黙をものともせず、ルスランが機嫌良さそうに笑って、「美味しそうなケーキですね、頂きます」と言う。


 間違いなく、ルスランがこの場の空気を支配していた。主導権を取り戻せる気がしない。コミュニケーション能力に長けた人はこうやって、誰からも、何も奪われないような雰囲気を醸し出している。静かに観察していると、金色のフォークを手に取って、まずは上に載っている赤いベリーを食べ始めた。さすがに黙っているのはよくないと判断したのか、レナード殿下が口を開く。


「手酷く振ったつもりは無いんだけどな。それに向こうだって、俺のことが好きで言い寄ってきてるわけじゃないんだろうし」

「そんな、まさか! 殿下に惹かれない女性なんていませんよ……。ねえ、そうは思いませんか? レディ。名前を伺っても?」


 やたらと人懐っこい笑顔を向けてくる。じっと見つめれば、おかしそうに笑みを深めた。動じない。大抵の人は静かに見つめたら、動じてくれるんだけど。


「そうやって、美しい女性に見つめられたら、緊張してしまうんですが……」

「よく言う。緊張なんかしないだろ? 奥方の調子はどうだ?」

「おかげさまで元気ですよ。それにしても、まいったなぁ! 今日はレナード殿下に魅力的な女性を紹介しようと思って、はるばるやって来たのですが。無駄足だったかもしれません。まさか、こんなに素敵な女性がいるとは」

「確かに。俺にはシェリーがいるから、もういらないよ」


 優しくて穏やかな声。それなのに、威圧感がある。ルスランが笑い、ティーカップを手に取った。一口飲んだあと、カップをソーサーへ戻して、また口を開く。


「お付き合いされて、どれぐらい経つんですか?」

「……一目惚れで。シェリーはつい最近、来たばかりなんだ」

「ふぅん? そうなんですか。いやはや、あのレナード殿下が一目惚れされるとは!」

「やめてくれよ、恥ずかしいから」


 カイやエナンド、私への態度とは違う。どことなく肩の力が抜けていた。昔からの知り合いみたい。もそもそと、大人しく綺麗にベリータルトを食べていたら、ふいに、ルスランがこっちを見てくる。


「シェリーさん? それとも、シェリー様? どうお呼びしたらいいんでしょうか?」

「今日は腹の探り合いに来たのか? ルスラン。シェリーに聞かなくても、俺に聞きたいことがあったら聞けばいい。何でも答えよう」

「これは……申し訳ありませんでした。まだお付き合いされたばかりだというのに、気が急いてしまって」

「この先のことは誰にも分からない。よって、特に決めてはいない」


 澄ました表情で言ってから、紅茶を口に含む。空気がほんの少しだけ、ぴりりと張りつめていた。薔薇園の方から、乾いた土の匂いと甘い薔薇の香りが漂ってきている。しゃ、喋りたいけど、喋ったらご褒美が無くなっちゃうから……。あえて物悲しい表情を作り、まつげを伏せていれば、案の定、ルスランが慌てて話しかけてきた。


「そうですよね? 申し訳ありませんでした。でも、彼女に指輪を贈るさいはぜひ、お声がけくださいませ。いつでも馳せ参じますよ」

「シェリーが気に入ったらの話だけどな。買うのは」

「またそのような意地悪をおっしゃる! ……ああ、そうだ。魅力的な女性を紹介する代わりに、うちの自信作を紹介させてください」

「シェリー、どうする? 気に入ったものがあれば、買えばいい」


 レナード殿下が甘い声を出して、話しかけてくる。じっと黙って見つめれば、怯んだ。ルスランが笑いながら勝手に、小さな黒いケースを取り出す。いかにも、宝石がぎっしり詰まっていそうなケースだった。


「いかがなさいますか? よろしければ、ぜひ試してみてください」

「試す……」

「はい! シェリー様は色が白いので、特に色鮮やかな宝石が似合うかと」


 私が黙って、醜い傷跡が走った手の甲を差し出せば、ルスランが青い瞳を見開き、一瞬だけ押し黙った。この手に似合う宝石があるとでも? 黙って反応をうかがっていたら、すぐさま立ち直り、にっこりと愛想の良い微笑みを浮かべる。


「……美しい女性には傷跡が映えますね。ミステリアスで、レナード殿下が惹かれたのも納得です」

「相変わらず口が上手いな、ルスランは。さすがだ」

「いやいや、レナード殿下には負けますよ。以前、褒めてくださったでしょう? 柊と鹿のカフリンクスを! 嬉しくて、今日は鹿で揃えてきたんですよ。どうですか? 似合っていますかね?」


 この男、抜け目がない……!! 耳元に指を添え、青い一粒の宝石と鹿のピアス、人差し指にはめた、金の鹿と枝葉の指輪を見せつけてくる。もちろん、袖口にも鹿のカフリンクスが光っていた。レナード殿下がまんざらでもなさそうな様子で笑って、褒める。


「ああ、よく似合ってるよ。まさか、鹿で揃えてくるとは思わなかったな」

「この国の象徴である、羊で揃えて行くべきと思ったのですが……。レナード殿下に褒めて頂いてからというものの、すっかり鹿が好きになってしまいまして。申し訳ございません、シェリー様。話が逸れてしまいましたね?」


 私がむうっとしているのを見て、困ったように笑う。優雅な仕草で茶器を移動させ、テーブルの上に、さっきの黒いケースを置いた。錠を解いて、開いたあと、ポケットから取り出した白い手袋をはめる。動きが洗練されていて、慣れているのがすぐに分かった。身を乗り出して覗き込めば、余裕たっぷりの微笑みを浮かべる。


「どれもこれも自信作ですよ。コンラッド卿から、レナード殿下の傍に綺麗で、可愛らしい女性がいると耳にしたので、まだ見ぬシェリー様の姿を思い浮かべ、可憐で美しい宝石を選りすぐって参りました」

「相変わらずだな? ぺらぺらと誉め言葉が出てくる」

「おおっと、申し訳ありません。レナード殿下。他の男が好きな女性を褒めていたら、いい気はしませんよね? 控えます」


 レナード殿下の嫌味に動じず、お茶目に笑った。さすがの殿下も追及する気になれないのか、楽しそうに笑っている。私の腰に手を回して、一緒に覗き込んできた。


「どうする? シェリー。どれもよく似合いそうだけど?」


 深いエメラルドグリーンと金が混じった宝石がついた、アンティーク調の重厚な指輪。淡いピンク色の宝石を使って、一輪の花が咲いているように見せている、華奢な印象の指輪。澄んだフォレストグリーンの宝石に、金の枝葉が添えられた指輪。


 乙女チックな赤い宝石がはめこまれた指輪に、青い大粒の宝石をあしらったシンプルな指輪。色とりどりの宝石を、これでもかと散りばめた指輪に、雫型にカットされた青い宝石の指輪。慎ましやかな、オレンジ色の宝石が並んでいる指輪に、私の瞳と同じ、赤紫色の宝石がついた指輪。


 どれもこれも美しくて、選べそうになかった。デザインはどれも奇抜じゃないのに、強く惹かれる。目の前のルスランを指輪に仕立てたかのような、美しくて品のあるデザインだった。おそるおそる手を伸ばせば、ルスランが嬉しそうに笑う。


「これは……まるであなたのようですね、ルスラン様」

「えっ!?」

「シェリー、既婚者だぞ? 分かってるよな?」

「もちろんです。女性が浮気相手を拷問して、苦しめてから殺したいと思う生き物だってことは、重々承知しております」

「シェリー!」


 ルスランを真似て、丁寧に言ってみたんだけど、だめだったみたい? 首を傾げていれば、ルスランが肩を揺らしながら笑う。


「いいですね! さすがに、宝石のようだと褒められたのは初めてですよ……。長年、宝石を売っているというのにも関わらず! ありがとうございます、シェリー様。褒め上手ですね」

「いえ……。そう思って、口にしただけですから」

「あれだけ美しい女性を無下にしてきた、レナード殿下が心惹かれる気持ちもよく分かります。さあ、お気に召したものはありましたか? どうせなら、私の瞳とよく似た、青い宝石がついた指輪を選んで頂きたいところですが……おっと、あまり軽口を叩いては、レナード殿下に睨まれてしまいますね。やめておきます」


 よく回る口だなぁと思いながら、青い宝石の指輪を手に取ってみる。演技なのか、レナード殿下が不愉快そうに、「青い宝石以外にすべきだろう」と言ってきた。しげしげと見下ろしてから、ルスランを見つめる。


「私、蜂蜜色の宝石がついた指輪が欲しいです。レナード殿下の瞳と同じ色の」

「ああ……!! 失念しておりました! 私としたことが!」

「ルスランにしては珍しい失敗だな」

「申し訳ありません、シェリー様。次回、必ず持って参ります。私としたことがついうっかり、まだお会いしたことがないシェリー様の可愛らしい姿を思い浮かべ、夢中で指輪やネックレスを選んでいたからか、すっかり女性の乙女心を忘れてしまっていて……」


 悔しそうに歯噛みしながら、額へと手を添えた。芝居がかった仕草と物言いだからか、レナード殿下が楽しそうに笑う。すぐさま、ルスランがにっこりと、憔悴が混じった微笑みを浮かべた。


「ですが、ネックレスならありますよ。蜂蜜色の宝石を使ったものが」

「ください!!」

「シェリー? よく考えてから決めような……?」

「はい、分かりました。そうします」

「……」


 余計なことを言わないように、俺の指示に従ってくれと言っていたから、そうしたのに微妙な顔をする。私とレナード殿下を見て、ルスランが笑いながらも、指輪が入ったケースを回収し、新しいケースをテーブルの中央へ置いた。


「本当にシェリー様は素直で愛らしいですね! おっと、ほどほどにしなくては……。殿下に嫉妬されてしまいますから。さて、どのようなデザインのネックレスがお好みですか? シェリー様」

「わぁ……」


 中央にとろりと濡れたように光る、蜂蜜色の宝石をあしらったネックレスに目が吸い寄せられた。綺麗。左右には、蜂蜜色の宝石の美しさを引き立てるかのように、色が薄い、シャンパン色の透き通った宝石が配置されている。少しだけ小さかった。小さいからこそ、蜂蜜色の宝石の大きさが際立っている。


 華奢な金の鎖から、大きな蜂蜜色の宝石とシャンパン色の宝石が、水のように滴り落ちているデザイン。一目見て、欲しいと思った。綺麗であんまり見たことがないデザイン。


「この……雨のようなデザインのネックレスは?」

「さすがはシェリー様、お目が高いですね! お察しの通り、この蜂蜜色の宝石は黄金色の雨と呼ばれていまして」

「黄金色の雨?」

「そうです。濡れたようなつやと、光をよく反射させる特性から、黄金色の雨と呼ばれております。ただし、この宝石は内包物(インクルージョン)が入り込むことが多く、透明度が高く、内包物(インクルージョン)もほぼ存在せず、黄金色の雨と名乗れるグレードのものは大変希少でして……。何の混じり気もない、人の肌の上で本物の水滴のように光る宝石だけが、“黄金色の雨”と名乗れるのです」

「ほどほどにしろよ、語るのも」

「申し訳ありません、つい……。控えますね」


 ルスランが初めて、照れ臭そうな微笑みを見せた。これは作ったんじゃない、本物って感じがする。この人、宝石のことが好きなのかも? しげしげと眺めていれば、ごほんと咳払いをする。


「もう少し、あたかも金が宝石になったかのような……。金が雨となって、天から降ってきたような色合いをした、“黄金色の雨”もあります。しかし、そちらはパーティー向けの石です。よく光を反射させて輝くうえに、色が濃いので、日常生活には不向きかと」

「なるほど。そうなんですね?」

「はい。しかし、こちらの蜂蜜色をした、透き通った“黄金の雨”も大変素晴らしく、何とか日常の特別な場面で寄り添えるような、華奢で美しいネックレスに出来やしないかと、職人に掛け合ってみたところ、出来上がったのがこちらのネックレスです。邪魔にならず、デコルテの美しさを際立たせ、まるで蜂蜜色の雫を肌の上に載せているかのようなデザインに、」

「待った待った、落ち着け。試しに着けてみるか? シェリー」

「あっ、はい。そうします」

「し、失礼しました……」


 興奮が抑えきれなかったのを恥じて、耳をちょっとだけ赤くさせた。うん。きっと、こうやってご婦人方に弱いところを見せて、宝石をじゃんじゃん買わせているんでしょうね……。じっとり睨みつけていたら、レナード殿下が立ち上がった。


 丁寧に私の黒髪を払いのけたあと、ネックレスを持ち上げ、私の首へかける。反射的にナイフを持ちたくなった。でも、大丈夫。殺意は感じられないから。でも、首を触られるのは、ちょっとだけ落ち着かない……。首の後ろに触れた、殿下の指先。その熱と息遣いが、体をこわばらせた。


「……ああ、綺麗だ。今度、もう少しだけ胸元が開いたワンピースと合わせてみるか。きっと、素肌の上でより輝く」

「本当ですね。よくお似合いですよ、シェリー様。可愛らしい雰囲気を、華奢なネックレスをより引き立てています」


 ルスランが無難な褒め言葉を口にした。で、でも、鏡が無いから見えない……。眉をひそめていると、素早く、大きな手鏡を取り出してきた。アンティーク調の装飾が美しい、くすんだ手鏡を。レナード殿下が感心して、「用意がいいな。まあ、当然か」と呟いた。


 鏡を覗き込んでみると、ちょうど胸元だけ映っていた。肌が透けて見えるレースの上で、とろりとした蜂蜜色の宝石が、水面のような煌めきを放っている。まるで、蜂蜜色の水滴がネックレスにぶら下がってるみたい……。それに「綺麗だ」と呟いた殿下の声が、やけに耳の奥に残っていた。


「……じゃあ、これにします。綺麗だから」

「ありがとうございます! 次は蜂蜜色の宝石を使った指輪をお持ちしますね」

「シェリー、着けたままにするか? それとも外すか?」

「着けたままにします、気に入ったから」

「あ、こちら、良かったらお使いください。当店のギフトボックスです」

「用意がいいな……」

「お褒め頂き、ありがとうございます。レナード殿下」


 ネックレス入れが無いから助かった。バーデンに作って貰おうと思っていたんだけど、これでいいや。高級感のある青いギフトボックスを受け取って、まずはテーブルの端に置いておく。いくつか話をしたあと、ルスランが上機嫌で帰っていった。レナード殿下が隣で大きく、伸びをする。


「あ~……疲れた。ルスラン相手だと、いつも喋りすぎてしまうなぁ」

「あの人、絶対病気じゃないでしょう?」

「いや、病気だよ。詳しく知らされてはいないが、ここへ来る客はみんな、病気なんだよ。ぱっと見て分からない病気も多いからな。決めつけちゃいけない、元気だって」

「はい、すみませんでした」

「……今日は大人しくしてくれてありがとう、シェリー。ご褒美をあげようか」


 さっきとは打って変わって、甘い声を出す。もう演技なんてしなくてもいいのに。私が目を丸くして、じりじりと後退れば、おかしそうに笑う。両手を伸ばして、私のかぶっている帽子を取った。


「無くても良かったかもな、これ。でも、可愛くてよく似合ってたしなぁ」

「……そうですか? 嘘ですか?」

「嘘じゃないよ、本当。さ、じゃあ、こっちに置いておくか」


 ソファーに帽子を置いたあと、私に向き直る。警戒していたら、黄金色の雨とよく似た、蜂蜜色の瞳をゆっくりと細めた。近寄ってきて、私の頬に触れる。指先が熱を持っていた。触れられたところが熱い。三回ほどまばたきしても、近付いてくる気配がない。


「ご、ご褒美って、これなんですか……?」

「いいや、違う。これは俺がしたいからするだけ。今日も傍にいてくれてありがとう、シェリー」


 くちびるに軽く押し当てるように、キスしてきた。至近距離で見つめれば、もう一度だけキスしてくる。じっと見つめていたら、笑いながら離れていった。ズボンのポケットを探って、小さな丸いガラス瓶を取り出す。中にはスノーボールクッキーがいっぱい入ってた。蓋を開けて、粉糖にまみれたクッキーを取り出す。


「ご褒美はこれ。美味しいよ」

「んぐっ!?」


 急に口へ放り込んできた。仕方なく食べてみると、ほろほろっと、スノーボールクッキーが甘く崩れ落ちる。美味しい! 美味しくて香ばしい。それになんか、ひんやりとする……? 味を確かめるために噛み締めると、甘酸っぱいベリーの味が弾けた。ホワイトチョコの味もする。クッキーの周りにコーティングしてあるのかも。ナッツとベリーまで入っていて、食感が楽しい。


「美味しい?」

「ふぁいっ! もっとください、もっと!」

「だめだよ、一つだけ。今度また、俺の言うことが守れたらあげよう。ただし、一つだけだけど」

「はぁーい……。つまんないの! もっとください、ちゃんと言うことを守るので!」

「だめだって、だから。ほら」

「んぅっ」


 今度は舌を入れて、キスしてきた。背筋が震える。嫌じゃない、嫌じゃないんだけど、このもぞもぞ感が苦手……。早く慣れたいけど、どうなんだろう? この変なふわふわする感じに慣れたら、人生がつまらなくなるような気がした。首の後ろに手を回せば、レナード殿下が嬉しそうに笑う。


「……今度、ネックレスに似合うワンピースを買いに行こうか」

「はい。練習します、キスの! 慣れて、いつかレナード殿下を戸惑いなく殺せるようになりたいです」

「目標はそれなのか? シェリー」

「いいえ、殺さないように加減します。せめて、半殺しにしたいの。ねえ、レナード殿下。キスして貰えませんか? 私に沢山」

「いいよ、シェリー。喜んで。こういうのも、火遊びって言うんだろうなぁ……」


 愉快そうに笑って、沢山キスしてくれた。……まだまだ、慣れるのに時間がかかりそうだっていうことが分かった。






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