20.茨の手錠とキスの練習
「んっ、んんう、んう、んんんん……!!」
「っは、シェリー? 大丈夫か? 外そうか、これはもう。痛いだろ? 可哀想に」
手首に棘が刺さって痛い。私に茨の手錠をはめたくせに、素知らぬふりをして外そうとしてきた。レナード殿下が口元を拭ってから、私の両手をそっと、優しく握り締める。……外す気配がない。部屋の中は薄暗くて冷たくて、暖炉の炎がぱちぱちと燃え爆ぜていた。体が熱い。肌に忍び寄ってくる寒さはそのままなんだけど、体の奥だけが熱い。慣れない熱に戸惑ってしまう。
(……でも、大丈夫。いずれは慣れるはずだから)
もどかしくて眉をひそめていれば、さっきまで、息もできないぐらい激しいキスをしてきた人とは同一人物とは思えない、ゆったりとした動きで、私の頬に手を添えてきた。頬の輪郭を確かめるように撫でてから、おもむろに顎を持ち上げる。
……でも、この人は一応私の主君だから。手錠を外して、突き飛ばして、逃げる気には到底なれない。それにどうせ、私のことは誰も支配できないだろうから。他人事のように考えながらも、蜂蜜色の瞳を見上げる。空っぽに見えた。でも、瞳の奥で静かに炎が揺らいでいるような気がした。
「シェリー、キスの練習がしたかったんだろ? 不満そうな顔をしている」
「殿下はどうして焦っているんですか?」
「……焦ってなんかいない。ただ、風紀が乱れるしああいったことは、」
「本音を話して貰えないのなら、私だって何も言いません。エナンドさんともまたああいうことをします」
「呼び捨てだったのに、さん付け?」
「そこが気になるんですか? 一体どうして」
軽く笑い飛ばせば、ふっと視線を外した。またこちらを見て、優しいキスをしてくる。離れたくなさそうな様子で、私の肩に手を回し、触れるだけのキスを何回もしたあと、離れていって、ぼんやりと見つめてきた。
「いや、ただ何となく?」
「……お願いをする立場ですから、さんぐらいつけてあげなくちゃなと思って、つけてあげただけです。悔しいのなら、レナード殿下のこともレナードさんとお呼びしましょうか?」
「いや、いい。そういうことを言っているわけじゃないから……」
レナード殿下がくすりと微笑んで、またキスをしてくる。これで何回目なんだろう? 頭を抱え込んで、舌を吸い上げてきた。エナンドさんの舌とは違って、殿下の舌は柔らかくて温かい。逃げようにも、逃げ場が無い。逃げたいって思ってるわけじゃないんだけど……。痛い、手首がまたちくちくしてきた。
慣れているはずなんだけど、痛みには。でも、レナード殿下から与えられる痛みには慣れていないような気がする。ほんの二、三日、痛みから離れているだけで脆弱になってしまった。今日の晩にでも、バーデンと手合わせして、骨を折って貰わないと。痛みを感じていないと、私じゃなくなる。深く考え込みながら、茨に突き刺され、血が滲み出ている両手首を見下ろしていると、殿下がふいに呟いた。
「外したくないな、これ」
「えっ? そのケがあったんですか……?」
「かもしれない。それにしても、シェリーはこの手の話題に関して、酷く無知だと思っていた」
「私に痛めつけられるのが好きな男性がいたんですよ」
「……もういい、その一言でよく分かった。聞きたくない」
「えっ? どうしてですか? んうっ」
黙って私の肩を掴み、キスしてきたあと、首筋に舌を這わせる。これ、嫌い! くすぐったくて嫌い! 背筋を震わせていると、耳元で甘くささやいた。熱い息が当たると、一瞬だけ息が止まってしまう。
「ここにキスマーク、つけられてたぞ? 他にはどんなことをされたんだ?」
「む、胸……。耳を吸いながら、胸を揉まれました」
「はあ、あいつはまったくもう……」
脱力しきっていて、呆れたような声だった。その通りにするつもりなのか、ゆっくりと胸に手を添えてきた。ぞわっと、背筋に鳥肌が立つ。強く両手の指を組み合わせ、硬直していると、また耳元でささやいてきた。
「抵抗できただろ? どうしてしなかったんだ? シェリー」
「き、気持ち良くて? なんだか動けなかったんですよ……」
「は?」
「体から力が抜けて、抵抗する気が起きなくて……。あ、でも、今度からは二度としないように手首でも折っておきましょうか? それとも、手首に釘を打ち付けて磔にしましょうか?」
「いや、いい。そういう過激なことじゃなくて……」
「過激なことじゃなくて? んっ、でも、殿下だって同じことをしているじゃないですか! どうしてエナンドさんを責めるんですか?」
よく分からない。同じことをしているのに? 睨みつけていれば、私の胸を揉むのをやめて、ばつの悪そうな表情になった。ちょっぴりだけ、いたずらがバレて怒られた子供の顔に似ている。
「……悪かった。でも、エナンドに同じことをして欲しくないからだな。怒るのは」
「はい? どういう意味なんですか? 悪いことだから、怒ったわけじゃないんですか?」
「独占したいからだよ。シェリーにも覚えがあるだろう? そういう感情には。なんで、俺があのメイドに優しくして激怒した?」
「私にだけ、優しくして欲しかったから……?」
「そういうことだ。シェリーのことを独占したいから、怒ったんだ」
幼い子供に言い聞かせるように呟きながら、もう一度、首筋に吸いついてきた。ちゅ、という濡れた音を立てたあと、離れてゆく。また頭がくらくらしてきた。早く慣れたいのに、一向に慣れない。おかしいな、どうしてたっけ?
苦しくて飲み込めないことがあった時、私はどうやって乗り切っていたっけ? その時にふと気付いた。やりたくないことに耐える訓練はしてきたけど、したいことを我慢する訓練はしていないことに。
「一から学ばなきゃ……」
「何を?」
私が何も言わないからか、首筋に何度も何度も、キスをしながら聞いてくる。嫌じゃなかった。エナンドさんにされた時とはまた違う、甘い感覚。エナンドさんが「殿下のこと、好き? それとも嫌い?」と聞いてきたことを思い出した。手首の痛みが徐々に、嫌な痛みに変わってきている。少し動くたびに、棘が肉の中で動き回る。
「私、こういうことをあまりしたことが無いんです」
「だろうね。それで?」
「もっとして欲しいという気持ちがあって、それに逆らう練習をしないと……」
「しなくていいと思うけど? 興味があるのなら俺が教えるから、エナンドにはもう聞かないように。いいな?」
「だめですよ。自分ばっかり、何も失わない提案をするのは」
もうやめよう、外してしまおう。誰も私のことを支配できない。それが分かって安心した。私が一気に手錠を破裂させれば、欠片が飛び散って、殿下の頬に当たる。低くうめいたあと、頬を押さえた。これぐらいの血なら大丈夫。すぐに止血できるし、傷もあっという間に塞がるから。
血の滲んだ手首を舐めながら、殿下を見てみると、悔しさとショックが入り混じった表情を浮かべていた。猫のように、自分の傷口を舐めながら、治癒魔術を使う。
「……私を縛るおつもりなら、もうやめてください。そう心配しなくても、レナード殿下のことは守りますし、寝込みを襲ったりしませんから」
「そうして貰えると助かるな」
「それと、私がエナンドさんと何をしようが自由です。ここ、職場恋愛禁止なんですか?」
にっこり笑って冗談を言えば、さぁっと青ざめる。あんな軽いことばかり言う人と付き合うつもりはないんだけど、殿下は私が乗り気だと思っているみたい?
「……やめておいた方がいい。エナンドはすぐ浮気するし」
「それでもいいと言ったら?」
「本気か? シェリー。君がそういう性格だとは思わなかった」
「殿下が望んだ通りの性格でいなきゃだめなんですか?」
「……」
「違うでしょう? まだ会って日が浅い私に、性格がどうのこうの言う資格なんてありませんよ。まだ分からないじゃないですか、私がどういう性格をしているかなんて」
急に人のことは分からない。それなのに、殿下は私のことを分かったつもりでいる。可愛らしい人だなと思った。黙って扉の方へ行き、ゆっくり押し開いていると、ふいに声を上げた。
「本当に付き合うつもりか? エナンドと?」
「……私ね、色々と聞かれるのが嫌いなんです。特に、お腹が空いている時にあれこれ聞かれるのは本当に嫌い! さあ、おわびに目玉焼きを焼いて貰えませんか? 約束したでしょう?」
「分かった。確かに腹が減ってきたな」
「これから毎日ですからね? おわびに目玉焼きを焼くのは! あんな女性に優しくしたりして!!」
「そっか、毎日か……。おわびにしてはしょぼいと思ってたんだ」
どこか嬉しそうに笑いながら、こっちへやって来る。見つめていると、笑いながら手を伸ばしてきた。肩に手を回して、私のことを抱き寄せる。頭に軽く頬ずりしたあと、機嫌良くささやいた。
「着替えてから行くから、先にリビングに行って待っていてくれ」
「……はい。私を抱き締めた理由は?」
「独占欲かな。あと、ほっとしたから」
なんでほっとしたんですか、と聞こうと思ったら、離れていった。私の頬にキスしてから、黒髪をゆっくりと撫でてゆく。エナンドのあれが、ぶんぶんと飛び回るハエなら、殿下のこれは、お昼寝の毛布のような優しさと甘さだった。なんだかむずむずする。むず痒い気持ちでいると、優しい笑みを浮かべた。さっきまで、私の手首を縛ってキスしていた人とは思えない。
「じゃあ、またあとで。それとも、俺が着替えるのを手伝ってくれるか?」
「……いいえ。下で目玉焼きを待っていますね」
「それは残念。できたら俺のことも待っていて欲しい。それじゃ、またあとで」
名残惜しそうに、額へキスしてきた。目をしばたたかせていると、また笑って、頬やら首筋やらに何度もキスしてくる。むず痒さが最高潮に達して、逃げ出せば、「可愛いな」と言って笑い出す始末。薄暗くて冷たい、朝の螺旋階段を駆け下りていると、カラス姿のバーデンが飛んできた。
「よう、どうした? 王子様と何か進展はあったか?」
「はっ、話しかけないでくれる? 今は……あ、そうだ。殿下に告げ口したの? だめじゃない、バーデン」
「お前が食われそうになっていたから、助けてやったんだぞ? 感謝しろよな」
「うーん、あんまりできない。とりあえずご飯を食べなくちゃ。目玉焼きをデザートにしたっていいんだし」
「俺は今日、ミルクをコップ一杯の気分だ。コーヒーでもいいが」
リビングに入ると、死んだような顔色で朝食の支度をしているエナンドと、ソファーに寝転がっている、黒い雑巾の塊にしか見えないカイがいた。目が合うなり、気まずそうに笑って「どうだった?」と、エナンドが聞いてくる。
「怒られました。他の男に触らせるなって」
「ん~、やっぱだめだったか。手を出す気は無いって宣言してたから、今まで通りだと思ったんだけどなぁ」
「今まで通り?」
「バカだろ。下半身に脳みそが支配されているとしか思えない。……おい、シェリー! こっちに来い! 夕べ、俺に何を盛った?」
「下剤と睡眠薬のミックスよ。ねえ、バーデン。まだ抜けていないみたい、薬が」
「俺がやめておけと言ったのに、お前が倍量盛ったからだな」
「だって、薬が効きにくい体質だと困るじゃない? 邪魔されたくなかったんだもん」
「ふざけやがって……!!」
私がパッチワークのソファーに駆け寄れば、低くうめいた。薬の影響がまだ残っていて、苦しいみたい。そんなに顔を見られたくないのか、ソファーに突っ伏している。
「ねえ、薬の影響を取り除いてあげようか?」
「嬉しそうに言うなよ……。交換条件は?」
「話が早くて嬉しいな! 最初に見た時は短気で、バカな人に見えたんだけど、違ったのね?」
「……お前の挑発になんか乗るかよ。エナンドと違って、俺はちゃんとレナード殿下にお仕えしているんだ。お前と揉めるなと言われたから、そうしてる」
「じゃあ、私にキスしてくれない?」
「はぁっ!?」
突然、がばっとソファーから起き上がった。元気そう。エナンドは聞いていなかったみたいで、フライパンを気にしながら、こっちを不思議そうに見つめている。気にしないでという意味をこめ、笑顔で手を振ってみると、嬉しそうに笑って、手を振り返してきた。うん、懲りてない。さすがは女好きといったところ。私の肩に止まっていたバーデンが一回転して、今度は真っ黒なリスに変身する。
「おいおい、シェリー。正気か? 俺は一向に構わないが、こいつとキスするのなんて気持ち悪いんじゃないのか?」
「だからよ、バーデン。手っ取り早く慣れたいの。エナンドさんと殿下とするキスは気持ち良いから、カイとだったら、気持ち悪くて慣れるんじゃないかなと思って」
「……あー、分かった。お前がぶっ飛んでいるやつだとは分かっていたが、とことんぶっ飛んでいるやつだと、たった今理解した」
「どういうことなの? 薬の影響、取ってあげないよ?」
「脅すのはやめろ! 気持ち悪くて嫌だし、殿下だって嫌がるだろうが。俺にメリットがない」
「交換条件だもの、当然でしょ」
「……それはそうだけど」
まいったように、黒いターバンの上から頭を掻きむしったあと、大きなあくびをした。まだ眠たいのかな? じゃあ、今のうちにキスすればいいのかもしれない。私が両手を伸ばして、カイの両肩を掴めば、怯んだ。
「おい、正気か? いや、本気なのか? 冗談だよな……!?」
「ううん、冗談じゃないの。私、つまんない冗談は言わないようにしてるから」
「いやいや、面白いと思うぜ? 俺とキスしたいっていうのは面白い冗談だろ……。とにかくも、解毒薬か何かをくれ。話はそれからだ」
「口元の布、取ってもいい?」
「クソが!! これだからハウエル家の生き残りなんて、住まわせるべきじゃなかったんだよ! 放せ!」
「あっ」
口元の布を取ろうとしたら、手を振り払われた。でも、その拍子にお腹が痛くなったみたいで、低くうめきながら、ソファーへ倒れ込む。
「くっそ……!! いいか!? 俺に絶対に絶対にキスするなよ!?」
「分かった。じゃあ、誰かを紹介してくれない? そしたら、魔術で薬の影響を抜いてあげる」
「誰かぁ? 俺に一般人の知り合いなんていないけど」
「……お友達、誰もいないの?」
「癪にさわる言い方をしやがって。この塔で昔から暮らしているんだから、当たり前だろ?」
「そうなんだ。じゃあ、カイしかいないじゃない。ちょうどいい練習相手が」
「やめろ……!! 頼むからやめてくれ、ファーストキスがお前なんて絶対に嫌だ! 謝るからやめてくれ、頼む……。勘弁してくれよ」
「えっ? そうなの?」
嫌がらせでファーストキスを奪うというのも、良い手かもしれない。無言で揉み合っていると、殿下がやってきた。あともう少しで顏の布が取れたのに。私がカイを組み敷いているのを見て、レナード殿下が硬直する。エナンドは殿下が怖いのか、必死でフライパンを眺めていた。
「……やあ、シェリー。何があったんだ? どうした?」
「嫌がらせでカイのファーストキスを奪おうと思ったら、抵抗されました。なので、押さえてキスしようとしているところです」
「っ俺はエナンドとは違います! こいつをどうにかしてください、レナード殿下!」
「分かった。シェリー、こっちにおいで。玉子を選ばせてあげよう。ハーブの香りがする玉子と、バターの香りがする玉子の二種類があるんだ。どっちがいい?」
「はい、行きます!」
「た、助かった……。おい、薬の影響を抜いていけ!」
「ん~? 聞こえなぁい」
「このクソガキ!!」
私とそうさして変わらない年齢なのに、子供扱いしてくる……。睨みつけていると、黒いタートルネックニットに着替えた殿下が近寄ってきた。私の肩に手を置いて、穏やかな声で命じる。
「薬の影響を取ってやってくれ、シェリー。俺にとって、カイは大事な友達でもあるんだ」
「じゃあ、私は? 私は一体何ですか?」
「傷つけたくない、大事な女の子かな……。頼めるか?」
そつなく微笑みながら、そんなことをのたまう。しぶしぶとカイを指差して、体から薬を抜き取った。手のひらの上で踊る紫色の液体を、カイも殿下も不思議そうな顏で見つめている。ぐしゃっと手で潰せば、紫色の霧となって消えていった。
「ほら、これでいいでしょう? ちゃんと抜き去りましたよ、殿下」
「すごいな……。どういう術語を使っているのか、想像すらできない。また今度魔術を教えてくれ」
「はい! 目玉焼き、目玉焼き!」
「よしよし、作ってあげような」
新鮮なレタスにベーコン、ハーブの香りがする目玉焼きと、チーズの香りがする目玉焼きが二つに、昨日の残りのトマトスープと黒いパン。お皿は白くて、葡萄と小鳥が描かれていた。可愛い。可愛くて綺麗。カトラリーもお皿と似たような柄で、木々と小鳥が描かれている。フォークを持ってしげしげと眺めていたら、隣に座っているレナード殿下が笑った。
「気に入った? そんなに。早く食べないと冷めるよ」
「はい! それじゃあ、食べます。……ここはあと、どれぐらいのお皿とカトラリーが眠っているんですか?」
「またあとで見せてあげるから。とりあえず食べて欲しいな」
おかしそうに笑いながら、肩に手を回してきた。やたらとべたべたしてくる。殿下の蜂蜜色の瞳を見つめ、視線を辿ってみると、そこには青ざめたエナンドが座っていた。
まだ怒ってるのかも? カイは「アホだな、こいつ」と今にも言いそうな表情で、レタスをむしゃむしゃと食べているし、猫の姿になったバーデンはテーブルの上で、お皿のミルクをぴちゃぴちゃと舐めていた。改めてレナード殿下を見てみると、優しく微笑みかけてきた。
「……まだ怒っているんですか? エナンドさんが私にキスをしたから?」
「シェ、シ、シェリーちゃんっ!? もうその話題はやめよう……。俺が悪かったから」
「でも、私がして欲しいって頼んだんだし、そんなに怒らなくてもいいのに」
「頼まれて、したというところが問題なんだよ。いいか? シェリー。そうほいほいと誰かとキスしちゃいけないんだよ。カイのファーストキスを奪おうとしてもいけない」
笑みを深めながら、ぶつっと、ソーセージにフォークを突き刺した。殿下のお皿の上には、ソーセージが数本と、スクランブルエッグが載っている。私も真似して、目玉焼きの白身を切り分けていると、エナンドが息を吐き出した。緊張が混じった溜め息。
「……申し訳ありませんでした、レナード殿下。俺が浅はかでした」
「もうその話はやめようか。やめて欲しいんだろ?」
「で、ですが」
「シェリー、どうだ? 美味しいか?」
「ふぁい、美味しいれふ」
ハーブの香りがするという玉子は黄身が濃厚で、どことなく甘かった。ローリエと似たような香りがする。何もかけなくてもしょっぱい、つるんとした白身と一緒に食べれば、ふわっとハーブの香りが鼻腔をくすぐる。シンプルだけど、素材が上質だから美味しい。せっせと、ローリエの香りが漂う濃厚な黄身をベーコンに塗りつけ、豪快に食べていると、レナード殿下が頭を撫でてきた。
「……そうやって食べていると、本当に可愛いな」
「そうですか? でも、レナード殿下も美味しそうにコーヒーを飲んでいる時があって、すごく可愛いらしいですよ」
ベーコンを食べながら振り返れば、一瞬だけ蜂蜜色の瞳を瞠ったのち、無邪気に笑う。うん、こういう顔をしている時の殿下は好き。年相応に見える。
「そうか、ありがとう。あ、ここ、黄身がついてるぞ。可愛い~」
「あとでバーデンに舐めて拭いて貰います。今は猫ちゃんの姿になってるから」
「おい、俺の舌をナプキン扱いするんじゃない。自分で拭えよ」
「……」
「うん。じゃあ、あとで俺が拭いてあげよう」
無言でレナード殿下を見つめたら、嬉しそうに笑い、請け負ってくれた。なんだかよく分からないけど、私の立場が一段階上がったような気がする! 黙々と食べていれば、見せつけるかのように、レナード殿下が笑って、「可愛い~」と言いながら頭を撫でたり、腰に手を回したりと色々してきた。終始、エナンドは無言で青ざめていた。
特に大した顔をしていないのに、顔を隠したがるカイは呆れたような顔をしながら、黙々と食べている。……うん。これはこれで、良い朝ご飯の食べ方だと思った。




