19.誘惑したわけじゃないのにな
すうすうと、穏やかな寝息を立てて、眠っているエナンドの顔の横へ、ナイフを突き刺した。私の黒い毛先が顔に当たったからか、それとも、マットレスにナイフが突き刺さる音で、眠りを邪魔されたのか、低く唸って目を覚ます。
閉じていたまぶたがゆっくりと開き、グリーンの瞳に驚きが浮かんだ。いつもはつるりとしている顎先や口元には、ちょびっとだけヒゲが生えている。私が静かに睨みつけていれば、女好きらしい、柔和な微笑みを浮かべた。でも、若干怯えが混ざっている。
「やあ、シェリーちゃん。おはよう。随分と刺激的な起こし方だね……?」
「協力して貰えませんか? 私に」
「いいよ、もちろん。君に殺されなかったらの話だけど」
「……私に協力しないのなら、ナイフでちょっと脅かそうと思っていただけです。殺すつもりなんてありませんよ。だって、殿下に禁止されているもの」
「禁止されていなかったら、俺を殺すって?」
「いいえ。あなたが敵の場合は殺すけど。でも、この塔から私を追い出そうとしない限り殺さないし、守ってあげます」
「それは心強いね。ありがとう」
私が体の上から退いて、マットレスに突き刺したナイフを回収していると、起き上がった。甘い香りがする。花のような、マスカットのような。エナンドが一つ、大きなあくびをして、白いTシャツの下に手を入れ、ばりばりと胸元を掻き出した。寒くないのかな? 私は寒い。白いニットとズボンを着てきたけど、それでも寒い。
この塔はどこへ行っても、骨まで染みてゆくような寒さがうっすら漂っているし、何となく、心細い気持ちになっちゃう。ピザが美味しく食べれない温度と雰囲気でつまんない。
「それで? 俺に協力して欲しいことってなに? 昨夜、何があった?」
私がベッドに腰かけて、ナイフをいじっていると、腕を伸ばしてきた。さすがは女好き、距離が近い……。私の背中に優しく触れながら、隣に腰かける。ナイフの刃がうっすら明るい、朝の陽射しに照らされ、静かに光っていた。人の肌がよく切れる銀光石は美しくて、鏡みたいで、私の顔や室内を映し出している。
「……キスされました、殿下に。あの方は私を篭絡して、いいように操るつもりなんです」
「ふぅん、篭絡ねえ。それ以外は? 何された?」
「何も……。私を抱く気はないんですって。でも、絶対にエナンドやカイ、殿下を殺さないっていう宣誓と、殿下の言うことすべてに従って生きていく契約を結んだら、抱いてあげるって言われました」
「クズだろ? あの人。でも、優しいクズなんだ。なりきれていないところもあるし、クズに」
「そうですね。私が知っている女に見境がない方はもっとこう、女性の体を使っていました。女性のことを、喘ぎ声を上げるおもちゃだと思ってるみたい」
「……一日で雰囲気が変わったね、シェリーちゃん。大人の女性って感じがするよ。綺麗だ。まあ、元から可愛かったけど」
甘くささやかれた褒め言葉につられて、エナンドを見てみると、穏やかに微笑みかけられた。じっと眺め、観察していれば、くすくすと笑って「目が野良猫みたいだ」とのたまう。……肌に忍び寄ってくるような寒さが、もしかしたら、私のことを変えているのかもしれない。
それに、私の目を見てちゃんと話す人ってあんまりいなかったから。叔父さんの奥さんと、ユーインは違ったけど。握り締めたナイフに視線を戻せば、ぎりぎり聞き取れるぐらいの声で、「寂しいな、こっちを見て貰えなくて」とささやいた。手は、私の黒髪をいじっている。
「ねえ、協力して貰えませんか? 殿下にぎゃふんと言わせたいんです」
「言うかなぁ? あの人が。そんなことよりもさ、誰かを適当にさらってきて、目の前で拷問にかけた方がいいよ。その方がぎゃふんと言いそうだ」
「分かりました! じゃあ、そうしてきますね! 手始めに街に行って、」
「待った、待った! ごめん! 俺が悪かったから、つい……冗談だから、ただの。ごめん、気にせず言ってしまって」
「真剣に考えてくれますか? あなたが考えるんですよ?」
「ああ、俺が考えるんだ……?」
「はい。殿下がぎゃふんと言いそうな、とびっきり派手なプランを考えてください!」
「困った。責任重大だな」
おどけるように言って、肩をすくめた。それから、私の黒髪をゆっくりと手で梳かしたあと、ベッド下のスリッパへ足を入れる。エナンドの部屋は手狭だった。屋根裏部屋みたいな雰囲気の部屋。
奥にある格子窓から、ほのかに明るい陽が射し込んでいて、部屋全体をうっすらと照らしている。アンティークらしき、濃いブラウンの木で作られたベッドに、書き物をするためのライティングビューロー、肘掛けがくるんと丸まった、おしゃれなミントグリーンのカウチソファーに、円形の小さなテーブル。そこだけ、白いふわふわの毛皮が敷いてあった。
ところどころ、蜘蛛の巣と埃が絡まっている木の梁からは、星型のシャンデリアが吊り下がっている。黒い枠とガラスの組み合わせがおしゃれ。でも、何よりも気になったのは香り。不思議と甘くて、良い香りがする。ユーインの部屋はもう少し臭かったのに。くんくんくんと、鼻を動かして匂いを嗅いでいれば、スリッパを履いて、歩いているエナンドが話しかけてきた。
「俺、とりあえず身支度を整えてくるから。話はそのあとでにしようか、シェリーちゃん。そうだ、今って何時?」
「六時四十分です」
「そうか。話す時間はまだまだありそうだな~……。疲れているみたいだし、今日は殿下を八時に起こそうかな?」
「分かりました。じゃあ、私が起こしますね!」
「そうしてさしあげて。あ、次から俺を起こす時は、優しくキスでもして欲しい。よろしく~」
「嫌です……」
「そんなに嫌そうな顔をしなくても! 冗談なのに! ごめんごめん、何となく言ってみただけだから。許して」
じっとり睨みつけていれば、へらへらと笑いながら、洗面所に吸い込まれていった。洗面所の扉だけ凝っていて、青いステンドグラスが張られている。真鍮製の丸い取っ手で可愛かった。でも、私の部屋の洗面所とバスルームだって可愛いもん。洗面所が特に凝っていて、金色の蛇口と、青くて細かいモザイクタイルが綺麗だった。
バスルームも豪華で、広々としていて、白いタイル張りの床には、優美な猫脚バスタブが設置されていた。金色の装飾で縁取られた、全身が映る大きな鏡に、ホテルのようなシャワーノズル。部屋には古い香りが漂っているのに、バスルームと洗面所だけが真新しくて、まるでホテルのようだった。聞けば、モリスさんが慌てて水周りだけ綺麗にしたとか。
(……塔に張り巡らせた魔術といい、土壇場で綺麗にしたとは思えない仕上がりといい、モリスさんは思っていたよりも、空間系の魔術に長けている)
おそろしく繊細な魔術を扱う人。気をつけないと。気をつけるに越したことはない。考えにふけっていると、胸元から、トカゲ姿のバーデンが這い出てきた。白いニットを引っ張って、出るのを手伝ってあげたら、「ありがとうよ」と言う。今日は赤と黒の鱗にしていた。
「どうするんだ? シェリー。あいつに色仕掛けでもして落とすつもりか?」
「そんなことしないよ。だって、面倒臭いもん」
「ならいい。妖しい雰囲気になってるから気をつけろ。それじゃあな」
「妖しい雰囲気? あっ」
ぽふんと白い煙を上げて、消えちゃった。妖しい雰囲気? 首を傾げていれば、洗面所からエナンドが出てきた。寝ぐせがついていた赤髪は整えられ、全体的にさっぱりしている。私と目が合った瞬間、にっこりと甘い微笑みを浮かべ、近付いてきた。何のためらいもなく、私の隣に腰かける。
「それで? レナード様をぎゃふんと言わせたいんだって?」
「はい! 何か良い方法はありますか?」
「……昨夜、キスされてなんて思った? それを聞かせて欲しいんだけど。シェリーちゃんはレナード様のことが好き? それとも嫌い?」
「分かりません。でも、苦手です。私に殺せない人がいるとは思わなかったから」
赤の他人なのに、殺せない。それはショックで屈辱的なことだった。ナイフをきつく握り締めていたら、そっと、エナンドが私の手に手を添えてきた。
「しまってくれるかな? それ。怖いんだよ、ナイフを握り締めていると」
「……分かりました。腕時計に戻します」
「それすごいよね。高かったんじゃない?」
「かもしれません。叔父さんに持たされたものなので、よく分かりません」
話していたらふと、昨夜のことを思い出した。シャツに腕を通しながら、どうでもよさそうに「俺のことが好きなんだろうね」と、殿下が言っていた。好き? でも、違うような気がする。ユーインに向けるような想いとはるかに違う。
「そっか。でも、高いんだろうなぁ。俺もそういうの一つぐらい欲しいんだけど、目が飛び出るような価格で、」
「レナード殿下は私を惚れさせたいんでしょうか?」
「唐突だね……。かもしれない。でも、俺だってシェリーちゃんに好きになって貰いたいよ?」
「そうやって嘘を吐いていて、虚しくはなりませんか?」
「嘘じゃないんだけどなぁ!? あれ、そういう風に見える? 本心からなんだけど。シェリーちゃんは俺の好みだし」
また手を伸ばしてきて、私の黒髪を指で梳かした。……カイがあいつはどうしようもない女好きだから、気をつけろって言ってた。でも。
「ねえ、一度私にキスして貰えませんか? 殿下にされた時とは違うかも」
「いいよ、ぜんぜん。喜んで! そういうお願いなら、大歓迎だからいつでも言って? それにしても、肌が綺麗だね。白くてきめ細かくて」
(生き生きし出した……)
私の頬に触れ、嬉しそうに笑う。くすぐったくて眉をひそめていると、笑みを深めながら、近付いてきて、優しいキスをしてきた。でも、違うような気がする。殿下の時と。グリーンの瞳は輝いていて、嬉しそうだった。エナンドの胸元をぎゅっと握り締めれば、戸惑って「ん? どうしたの」と言う。殿下の仄暗い、蜂蜜色の瞳とはぜんぜん違う。
「……私、殿下が暗い顔をしているのが好きなのかもしれません」
「そ、そっか。悲しむからそれ、言わないようにね……?」
「あの方はどうして、自分からキスしておいて、憂鬱そうな顔をするんでしょうね? もっと、治らない女好きのエナンドさんみたいに、嬉しそうな顔をすればいいのに」
「治らない女好き……。女の子を泣かせたり、不特定多数と遊んだりなんかしてないよ!?」
「そこは今、どうだっていいんです!」
「あっ、はい」
「もう一回キスしましょう、エナンドさん。これは人殺しと一緒です」
「ひ、人殺しと……?」
私がベッドから立ち上がって、胸元を掴めば、困惑した表情を浮かべ、銃をつきつけられた人のように両手を上げた。心臓が変な感じになるまで、キスする必要があるのかもしれない。
「はい、そうです。初めは人を殺すのも慣れなくて、今日殺した人は死ななかったら、どういった人生を歩んでいたんだろうと、考える時もありました」
「あ、ああ、そうだったんだ……。それで? キスと一体どういう関係が?」
「……殿下にキスをされて、動揺する自分のことが許せません。エナンドさん、キスをしましょう? 私と。人を殺すのと一緒で、いずれ絶対に慣れるはずです。私は絶対に、殿下のいいなりにはなりません!」
「そう心配しなくても、ならないと思うんだけど」
「そうでしょうか?」
胸元から手を離して、もう一度ベッドに腰かける。エナンドがTシャツの襟首を整えながら、愉快そうに笑った。
「うん。でも、俺と色々練習していこうか。シェリーちゃん。キス以上のことはしたことないんだっけ?」
「ありませんけど」
「じゃあ、そっちに興味はある? レナード様のことだから絶対に、それ以上のことをいずれしてくると思うよ。慣れておいた方がいい」
さっきとは雰囲気を一変させて、私の太ももを撫でてきた。静かに見上げてみると、優しい微笑みを浮かべる。
「嫌なら途中でやめるし……。でも、せまられた時に動揺しない訓練って、大事だと思うなぁ」
「それはそうかもしれません。でも、レナード殿下が嫌がりそうなのでやめておきます」
「……分かった。じゃあ、とりあえずキスだったっけ?」
「はい、ディープキスでお願いします。あれで殿下は私のことを操ろうとしているんです!!」
「わ、分かった! 分かったから落ち着いて!? 俺の首、絞めちゃってるから……!!」
「あ、すみません。じゃあ、よろしくお願いします」
ぱっと首から手を放せば、やれやれと言いたげに息を吐いた。でも、すぐに気を取り直して、また私の頬に手を添える。どのタイミングで目をつむればいいんだろう? どこでどう殺せばいいのかは分かるんだけど、こういうことはまったく分からない。戸惑って、眉をひそめていれば、エナンドがおかしそうに笑う。
「可愛い~。でも、俺、こんなことを続けていると、シェリーちゃんのことが好きになっちゃいそうだな」
「軽口を叩いてないで、いいから早く! もう目をつむるべきなんでしょうか?」
「んー、どっちでもいいよ。可愛い。こんな可愛い女の子にキスをねだられると、何でもしてあげたくなる……」
吹けば飛びそうなほど軽くて、甘い言葉をささやきながら、肩に手を回してきた。目をつむると、すぐにキスしてくる。……さすがにちょっとだけ、緊張してきた。体に力が入る。今にも、足元の床が抜け落ちてしまいそうな不安。
それか、海に浮かんでいる氷の上に立っているかのような恐怖と、心許無さが襲いかかってきた。でも、すぐにどうでもよくなる。体温が伝わってくる。私の舌を絡め取りながら、腰を上げ、ゆっくりとベッドに押し倒してきた。何か言おうと思っていたのに、すぐにまた口を塞がれる。
文句を口で塞がれているような感覚。昨日もそうだった。昨日とは違って、胸が苦しくはならないけど、心臓が熱い。ばくばくと脈拍が速くなってきて、頭がぼうっとする。優しく舌でなぞられるたびに、首の後ろがぞわりとした。抗わなきゃ、慣れないと。でも、このまま続けたいという気持ちもある。私が首の後ろに手を回せば、ようやくちょっとだけ離れた。唾液が糸を引いている。
「……大丈夫? 怖い?」
「いいえ、でも、た、試したら慣れてくるものなんでしょうか? お、落ち着かなくて! このせい、このせいで殿下が調子に乗っているのは分かるんですけど!」
「調子にね。っぶふ」
「だって、そうでしょう? あと、私は殿下のことがやっぱり好きじゃありません。その、エナンドさんにキスされても、同じ気持ちになりますから……」
「同じ気持ちって? 言ってみて、聞きたいな」
「そわそわする感じです。あと、もどかしい」
「そっか。じゃあ、もどかしいのを解消してあげようか?」
「んっ!?」
そう言いながら首筋にキスして、ニットの下に手を入れてきた。止めようと思った瞬間、耳にふっと息を吹きかけてくる。反射的に力が抜けて、首が竦んだ。
「んっ、ひゃ、く、くすぐったい……!!」
「あ、ひょっとして耳が弱い? 可愛いね。シェリーちゃんのそういう声、もっと聞きたい。俺に聞かせて?」
目に涙が滲んできて、くらくらする。次は耳に舌を捻じ込んできた。一気にぞくぞくっと、何かが背筋を走り抜けた。つらい。これは難しい。上手く抵抗できない、全身から力が抜ける。声を押し殺して、エナンドにぎゅっとしがみつけば、耳元で笑った。手はとっくのとうに、素肌に触れていて、今は胸の脂肪を堪能するかのように動き回っている。
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ? 嫌なら途中でやめるからね……。それにしても、結構胸があるなぁ。俺の手からあふれ出るサイズ」
「……お楽しみのところ、非常に申し訳ないんだが、コーヒーを淹れてくれないか? エナンド」
「えっ!? わっ、わああっ!?」
「レナード殿下! いたんですか? いつから?」
黒いカラスのバーデンを肩に乗せたまま、キャメル色のガウンを羽織っている、パジャマ姿の殿下がにっこりと、このうえなく優しげに微笑んだ。すぐさま、エナンドが私のニットから手を抜いて、ベッドから飛び起きる。さすがは女好き、行動が早い。
女好きであることを誇りに思っている人が、数多くの修羅場をくぐり抜けていく中で、動きが素早くなったと自慢してきたのを思い出した。あと、早く着替えるのも、気配を殺すのも得意になったって。
「ち、ち、違うんですよ、これは……。俺から言い寄ったわけじゃない! ただ、レナード殿下のスキンシップに慣れるために、」
「言い訳はあとで聞きに来るから。おいで、シェリー。リビングに行こう」
「はい。でも、それは嫉妬ですか? それとも独占欲ですか?」
「……独占欲かな? エナンド、もうちょっと考えて行動できるやつだと思っていた。でも、とんだ勘違いだったな」
「返す言葉もございません……。シェリーちゃんに誘惑されて、耐え切れなくなったんです」
神妙な顔をしながらも、変なことを言う。誘惑? あれが? 私がエナンドさんを誘惑したことになってる。すっとレナード殿下が表情を無くして、近寄ってきた。カラス姿のバーデンが、愉快そうに「ギャアッ、ギャア」と鳴いている。
「誘惑を? 本当か、シェリー」
「いいえ! ただ、キスして欲しいって言っただけです。慣れたくて」
「そうか。まあ、そんなことだろうと思っていた。……リビングに行くのは無しだ。俺の部屋に来てくれ」
「はい」
「レナード殿下、本当に申し訳ありませんでした」
「あとで嘘臭い謝罪と言い訳を聞いてやるから、とりあえずリビングに行って、コーヒーを淹れてこい」
「あっ、はい……。申し訳ありませんでした」
謝罪しかしてない。くすくすと笑いながら立ち上がれば、殿下に強く手首を掴まれた。見上げてみると、平然とした顔をしている。でも、私の手首を痛いほど掴んでいる。それまで、肩に止まっていたカラス姿のバーデンが、ぽんっと人の姿に変身した。
「キスしていたぐらいで大げさな! シェリーのことが好きじゃないくせに、笑わせる」
「……意外と真面目なんだな、バーデンは」
「こいつは俺が手塩にかけて育ててきた、そう、いわばドラゴンのヒナみたいなもんだ。あいつらは育てるのが難しいからな」
「私ってドラゴンのヒナなの? バーデン」
「その通りだ。俺のものに手を出すやつが出てくるとは思っていた! が、生半可な気持ちで食い荒らされたくはない。分かるだろ? 王子様。お前がキレている理由と一緒だよ」
黒い手袋をはめた手を動かし、レナード殿下のことを指差した。殿下は困ったように淡い微笑を浮かべている。一つ溜め息を吐いて、うつむいた。でも、すぐに顔を上げて、申し訳なさそうな微笑みを浮かべる。相変わらず、笑顔が嘘臭い!
「ごめん、バーデン。お前の言う通りだな、悪かったよ」
「……シェリーはいつだって、予想の上回るようなことをしでかす。その腹の中で何を考えようと自由だが、これまでシェリーは、誰の何の思惑にもつまずいてこなかった! 俺のお気に入りなんだ。侮っていると、沼に片足を突っ込む羽目になるぞ?」
「覚えておこう。じゃ、行こうか」
「はい」
するりと自然に、私の肩に手を回してきた。独占欲。私が知らない欲かも。思い悩んでいれば、私をさりげなくエスコートして、部屋の外に出た。一気に薄ら寒い空気がまとわりついてくる。ここは廊下に出ると、不気味な静けさと寒さに包まれる。何を言うのかなと思って、わくわく期待していたのに、憂鬱そうに溜め息を吐いた。
「はー……。もう二度と、ああいうことはしないように。いいな?」
「どうしてですか? 殿下に制限する権利なんてないですよね?」
「じゃあ、俺もああいうことを他の女性にしていいか?」
「だめです、絶対にだめです!! 妊娠するチャンスが減っちゃう!」
「……だから、そういうことをする気はないと何度言えば、」
「作戦変更です。次はもっと違うことをします」
「頼むからやめてくれ! シェリー!? 聞いてないだろ、絶対! シェリー!?」




