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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
17/74

16.人を傷付けちゃいけない理由を教えて

 




 エナンドが静かに、ティーカップをレナード殿下の前に置いた。変な色。黒くて、甘ったるいキャラメルが焦げついたような匂いが辺りに漂う。殿下が一瞬だけ顔をしかめたあと、白いミルクピッチャーを手に持って注いだ。とぽとぽと、白い液体がティーカップの中に落ちてゆく。天井からの陽射しを浴びて、レナード殿下の黒髪が光り輝いていた。


「……それで? シェリーは本当に、自分が悪いことをやったと思ってないんだな?」

「はい、もちろんです。やって後悔するのなら、最初からやっていません。そもそもの話、悪いことならしないはずなのでは?」

「えっ?」

「ですから、悪いことだと思っているのなら最初からしていません! 悪いことだと思っていないからしたんです。愚問かと」


 殺してはいないんだし、私を睨みつけてきたあの人をちょっと痛めつけただけで、責められる理由がよく分からない! それに、自分の不利益になるようなことじゃないと思ったから、ああしただけなのに。私にメリットがあるから、そうしただけ。デメリットがあるのならしてない。ちゃんと考えて行動したのに、怒られた……。むむぅと頬を膨らませていれば、ティースプーンでお茶? をかき混ぜていた殿下が、こわごわと聞いてきた。


「……怒ってる? まだ」

「はい!! どうして優しくしたんですか!? 私、頑張ったのに! それに、誘拐されちゃったらどうするんですか? 監禁生活の始まりですよ」

「じゃあ、今とさして変わらないな」

「殿下!」

「大丈夫だ。もしさらわれても殺されないだろうし、モリスかロダン辺りが助けに来てくれるだろう。二人とも、優秀な人外者と契約してるし」

「それは……危険な考えでしょう?」


 確かに、一等級国家魔術師は強い。殿下の居所もあっという間に突き止められると思う。でも、他の国にだって、一等級国家魔術師はいるのに……。残忍なことで有名な、隣国エドニアのロック・シュトナー、精霊の祝福を欲しいままにしている、隣国キリムのピア・ランズベリー、死のうとしても死ねない男という異名を持った、ドラゴンと獣人のハーフ、ジャスティン・ケイが、最悪な独裁国家ミリアムに属してしまった。睨みつけたって、殿下はどこ吹く風で黒い液体をすすっていた。


「……私が到底、敵わないような化け物が周辺国にはごろごろ存在しているんです。危機感が足りないんじゃないかな? って思うんですけど」

「へえ。意外と物知りだな、シェリーは」

「叔父さんから一等級国家魔術師の外見、特徴、得意魔術をすべて頭に叩きこんでおけと言われ、頭に叩き込んで育ちました! ねえ、殿下? モリスさんとロダンさんは弱いです。シープ王国はしょせん田舎なんです。他の国の方がもっともっと充実してる!」


 私が頑張ったとしても、殿下がさらわれちゃうかもしれない。どうして注意されたのかよく分からない。確かに子宮を潰したり、黒焦げにしたのは私の判断。でも、余計なことをする輩を死体にして、送り込んできた国に届けるぐらいのことをしないと減らない。


 叔父さんも言ってた、みせしめが重要だって! 涼しい顔をしているレナード殿下の後ろで、エナンドが拳を振り上げ、「もっと言ってやってくれ、シェリーちゃん!」と言っていた。それを聞いて、殿下がおかしそうに笑う。


「ごめん、エナンド。心配をかけて。でも、俺は自分の体のことなんかどうだっていいんだ。ああ、それに人生も」

「レナード様! 自暴自棄にならないでくださいよ。ま、まだこの生活がずっと続くと決まったわけじゃないし……」

「いや、弟が王位を継いでも一緒だよ。兄である俺はこの塔に幽閉されて、一生血を搾り取られる。ああ、他国の方が快適な暮らしができるんじゃないか? 少なくとも、こういう塔に幽閉されないような気がする」

「レナード様……。申し訳ありません、俺達が何もできなくて」

「大丈夫大丈夫。もう全部諦めてるから」


 エナンドが苦しそうに顔を歪め、私を見つめてきた。殿下のことを指し示したあと、口をぱくぱくと動かし、“この人、どうにかして”と言ってくる。……そっか、殿下はもう全部諦めちゃってるんだ。自分がさらわれたとしても、どうだっていいんだ。命の保証だけはされるだろうから。


 静かにまつげを伏せ、甘ったるそうな液体を飲んでいる殿下を見ると、胸がちくりと痛んだ。リビングのソファーに寝転がっていたカイが、はあと、わざとらしい溜め息を吐く。カイも嫌なんだ~……。へー。殿下に「それでいいと思います!」って言って、全肯定しちゃおうかな~。目の前に置かれたティーカップを見つめてから、殿下に視線を戻す。この生活を守りたい、失いたくない。誰も待っていない家に帰るのは嫌だ。


「……殿下はお二人のことが大事じゃないんですか?」

「大事だよ。でも、それとこれとは話が違う」

「じゃあ、私だって拷問してもいいはずです!」

「どうしてそうなった? ……本当にあんなことをしておいて、悪いとは思ってない?」

「はい。邪魔だから、排除しようとしたまでです」


 真っ直ぐ見つめながら言うと、ぐしゃっと苦しそうに顔を歪めた。どうしてそんな顔をするのかよく分からない。見ていると両手で頭を抱え、溜め息を吐いた。


「そうか。そこからか……。人を傷付けることが悪いことだって思ってないから、いざ、邪魔な人間が現れた時、容赦なく排除しようとする」

「どうして排除しちゃだめなんですか? 邪魔なんでしょう?」

「……傷付くからとか何とか、言っても無駄なんだろうなぁ」

「はい。だって、排除ってそういうことでしょう? 目的を達成するために、邪魔な障害を取り除く。私が今回したのはそれです」

「俺の不利益になると言えば、それで通じるか?」

「だったらあの死体、山にでも捨ててきましょうか? それか、暴力を振るってくる恋人という存在を生み出して、こっちに嫌疑が向かないようにする。バーデン、そういう偽装が大得意なんですよ。おっしゃっていることはつまり、レナード殿下がこの件に関与した証拠をすべて消せと、そういうことですね?」

「違う、そうじゃない! やたらと生き生きしているな!?」

「こいつはそういうやつだから、仕方無い」

「あ、バーデン」


 いつの間にか人の姿になったバーデンが、するりと腕を回して、後ろから抱きついてきた。黒い腕に手を添え、微笑みながら振り返っていると、殿下が咳払いをする。……あの液体、喉にくるやつなのかもしれない。


「とにかくもだ。俺の許可なく、誰かを傷付けるのはやめてくれ。殺すのもなしだ。ユーインに嫌われたくないんだろう?」

「あっ、そ、そうでした……!! でも、殿下がこっそり内緒で、拷問や殺しを許可してくれるのなら大丈夫、」

「大丈夫じゃない! やめてくれ、寿命が縮むかと思った……」

「どうしてですか?」

「見慣れていないからだろう。この王子様は温室育ちなんだよ、シェリー」

「あのね? バーデン。どちらかと言えば、塔育ちだと思うの。でも、今度から殿下の前でああいった、手荒い真似をするのはやめておきますね! あ、何なら必要な情報を聞き出したのち、相手の怪我を治して、拷問されたという記憶を消すことも可能ですが?」

「シェリー……。何も分かってないなぁ、もう」


 だって、相手にトラウマも怪我も残らない。拷問するのがだめって、つまりそういうことよね? 相手を傷付けたあと、傷付けられたという記憶が残らないようにする。それで完壁。殿下が額に手を当てながら、まずそうな液体を一気に飲み干す。なんだろう? あれ。不思議に思っていたらエナンドがやって来て、ミルク入りのマグカップを置いた。


「あれは鉄分が豊富に含まれたハーブティーだよ。キャラメルナッツの実を煮出してある」

「キャラメルナッツの実?」

「あれ、知らない? 死ぬほど甘いんだけど、かすかに血の味もして……まあ、飲みにくいんだけど、造血作用がすごいから」

「俺は毎日血を搾り取られるから、こうやって補給しないと追いつかないんだよ。話を元に戻すぞ、シェリー。とにかくも、俺の関与が疑われなきゃいい話じゃない」

「陛下と王妃様は今回の件、揉み消してくれないんでしょうか……?」

「そういうことじゃない! 違う!」

「じゃあ、どういうことなんですか?」

「気が利くな、エナンド」

「えっ? あ、ど、どうも……」


 バーデンが珍しく人の姿でマグカップを持ち、一気に飲み干す。エナンドが愛想笑いを浮かべながら、「ちなみに、それは人外者が好きな黄金山羊のミルク!」と説明している。仲良くなれそうかも? この二人。バーデンが他の人と仲良くしているのが珍しくて、眺めていたら殿下が「シェリー!」と、責めるように私の名前を呼ぶ。


「なんでしょう? 殿下」

「なんでしょうじゃなくて、とにかくもだ。事が公になるかどうかは、どうでもいい。本当の意味でどうでもいいというわけじゃないが、とにかくも、ああいったことは一切禁じる。……胸が痛まないのか? 相手が傷付いているのを見て」

「胸が痛むのなら、最初から傷付けていません。現にエナンドのことは殺せませんでした」

「よ、呼び捨て……。まあいいんだけど、別に」

「心が乱されるのなら、いっそのこと、レナード殿下を殺そうと思った時だってあります」


 瞬時に腕時計をナイフに変え、レナード殿下へ向かって投げつける。殺気に反応して、カイが起き上がった。でも、腹が立つことに軽く溜め息を吐いてから、また寝そべった。……知ってるんだ、私が殺せないってことを。


 投げたナイフは石壁に突き刺さっており、レナード殿下が蜂蜜色の瞳を見開いていた。白い首に一筋の傷が入って、そこからつうっと、赤い血が流れ出ている。エナンドが「殿下」と、掠れた声で呟く。このナイフは特別製で、私が思った通りに動かせるのに。軌道を逸らした、私がわざと。殺せたのに、今。


「……ほら、殺せない。あの女性を拷問する時は、何も考えずに動けたのに。骨まで動きが染み付いているのに、殿下を前にすると上手く動けないんです」

「シェリー。そんなに嫌だったのか? やめたいと思うか?」

「何をでしょう?」

「俺の指示に従って、人を傷付けないように動くのがそんなに嫌か?」

「……いいえ、弱くなるのがおそろしくて嫌なんです。だ、だって、さっき、殿下が」

「ん?」

「さっき、殿下がキスしてきたし……」

「んんんんっ!?」

「ああ、その話を今するんだ……?」

「こいつはマイペースだからな」


 キスされた時は何とも思わなかったのに、今になって心臓がぐわんぐわんと揺れている。あの記憶のせいで、ナイフの軌道がずれてる。こんな失態、許されないのに。だめなのに。両手で顔を覆えば、がたんと、殿下が椅子から立ち上がった。


「私、ますます弱くなってきちゃってる。ねえ、殿下。本当にこれでいいんですか!? あなたはこれでいいっておっしゃるけど……!!」

「いいんだ。シェリーはどうしたい?」

「私? どうして、ここで私の話が出てくるんですか?」


 いっそのこと、護衛になれと命じて欲しい。いつになく心が揺れていて苦しい。私、幽霊みたいな存在でいるのが怖いんだ。中途半端な存在。殿下の子供を生むわけじゃないし、護衛をして、侵入者を殺すわけじゃない。確かな居場所が欲しい。


 誰かにこうするように、って言って欲しい。必要とされないと、ここにいる意味がない。ここにいる価値はない。ここにいてもいいよと言ってくれたのに、邪魔者を排除して、居場所を守ろうと思ったらだめだって言われる。静かにレナード殿下が見下ろしてきて、笑った。


「シェリーはどうしたい? 尊重する。何もかも」

「尊重? ……じゃあ、それじゃあ」


 殿下の恋人になりたい? 違う。モリスさんの意図が入ってる、それには。ここで暮らしていきたいけど、でも、またああいう風に殿下が、他の女性に触れているのを見るとやきもきしちゃう。どうしたいんだろう? 私。


「じゃ、じゃあ、他の女性に優しくしないでください、殿下……。それと、投げやりな生き方をしないでください。あなたを守って死ぬために、私はここにいるのに!?」

「……分かった、ごめん」

「あと、カイが私のことを遊び相手って言ってたんですけど?」

「カイの言ってることを引きずってるなぁ……。大丈夫、遊び相手じゃないよ。そうだ、何か食べるか? ご褒美がまだだったよな?」

「ご、ご褒美!? 何かくれるんですか!?」

「また、そうやっていいように操って……。俺のこと言えないじゃないですか! レナード様だってたいがい、」

「まあまあ、シェリーがご褒美欲しいって言ってるんだし!」


 私と殿下が喋っている横で、せっせと、エナンドがハンカチで首筋の血を拭いていた。遠い目になっている。レナード殿下がほくそ笑みながら、手のひらで首筋を撫でると、すぐに消えてゆく。……すごい。ある程度使えるんだ、魔術。でも、使うまでの時間は約十五秒ぐらい。簡単な傷を治す治癒魔術だし、等級で言えば、三等級ぐらい? そこまでの使い手じゃない。でも、四等級ほど下手くそじゃない。


(……しまった、くせになっちゃってる。ユーインが望んでいるのは、周囲の人間を分析しない普通の女の子。でも、普通の女の子だって体作りのために、筋トレをするよね?)


 どこからどこまでが普通なんだろう? 殺しの腕をまだまだ磨いておきたいし、日課の筋トレだってやめたくない。また今度、バーデンに聞こうっと。


「ご褒美ってなんですか? レナード殿下!」

「何がいい? 何でもあげるよ。服か食べ物か、スキンケア用品か、それともお金か」

「んっ、んんーっと、殿下が焼いた目玉焼きをまた食べたいです! 作ってくれますか?」

「……もちろん。でも、それ以外は?」

「殿下に近寄ってきた女性がいる場合、ある程度傷付けてもいいとおっしゃってください。大丈夫です。怪我は治しますし、骨を折る程度にしますから。顔に一生残る傷もつけません」

「その手の話題になると、一気にはきはきと喋るようになるんだな……」

「えっ? はきはきと?」

「急に目がシャキッとして、すらすらと流暢に喋り出す。そうだな、我慢できたらご褒美をあげよう」

「我慢ができたら……?」


 殿下がにっこりと微笑んで、「そう」と呟く。名残惜しそうにマグカップを持っているバーデンが顔をしかめ、「ふてぶてしいやつだな」とぼやいた。エナンドはおかわりを注いであげようか、どうしようか迷っているらしく、おろおろとしながら、バーデンのことを見つめている。周囲の視線を気にせず、殿下が私の肩に手を置き、耳元でささやいてきた。


「心配しなくても、シェリー以外の女性を傍に置くつもりはないから。でも、次、そういった女性が現われたら、排除せず、我慢して欲しい。我慢できたら、ご褒美をあげよう。褒めもする」

「……分かりました。じゃあ、それで!」

「うんうん、よしよし。えらいえらい」


 レナード殿下が機嫌よく笑って、私の頭を撫でる。嫌な顔で「どうせ、お前はしょせん遊び相手なんだよ、バーカ!」と言っていたカイを思い出して、苛立った。


「遊び相手……。どうせ、私は遊び相手なんでしょう? 私のことをいいように使う気なんですね!?」

「カイの言うことはもう気にしなくていいから! そんなつもりはないし」

「そうやってまた、言いくるめて……。騙されない方がいいよ、シェリーちゃん。レナード様はこう見えて、中身がえげつないから」

「エナンド? 俺の味方だよな?」

「もちろんですよ、レナード様。でも、時にはシェリーちゃんの味方もします!」

「主君を怪我させたやつの味方になんてするなよ、ほら」


 足元からわっと、黒い人の手のようなものが這い出てきた。私を捕まえて縛ろうとしている。とっさに靴底を鳴らし、周りに炎を巡らせた。ぶわっと炎が踊る中で、さっきのナイフを呼び寄せ、握り締めた瞬間、殿下が私の手を掴んできた。


「待った! 炎を消せ、シェリー。あと、心配してくれるのは嬉しいが、闇雲に刺激するな!」

「……はい、申し訳ありませんでした」


 カイの謝る声が聞こえてくる。残念、黒髪を燃やし尽くしてやろうと思ってたのに。しぶしぶナイフを腕時計に戻してから、炎を消す。殿下がほっとして、息を吐いていた。


「そうだ。えらいな、シェリー。悪いが、カイのことも傷付けないでくれ。俺は疲れたから寝てくる……」

「ええっ!? 私が炎を生み出したから、疲れちゃったんですか?」

「いや、血を抜き取られた直後に色々とありすぎて……。頼むからこれ以上もう、暴走しないでくれ。それじゃ、また夕方に。エナンド? 二時間後ぐらいに起こして欲しい」

「分かりました、お疲れ様です」

「よろしく……」


 少しよろよろ、ふらふらと歩きながらリビングを出て行った。目玉焼き、夜、焼いてくれるかな……? 閉じられた扉を見つめていれば、エナンドが話しかけてきた。


「あー、シェリーちゃん? 俺も疲れてるし、できたらカイと喧嘩はしないで欲しいなぁ」

「じゃあ、手合わせしてきます!」

「いやいや! ナイフ! 待って、しまおうか!! あと、そういう可愛い格好をしている時に、太ももにナイフを仕込むのはやめた方が……」

「どうしてですか? 予備で必要でしょう?」

「……目のやり場に困るから。ほら、シェリーちゃんも疲れただろ? 自分の部屋に戻って休んでていいよ」

「……」


 体よく追い払われた。でも、いいもん。私にだってやることがあるもん! バーデンと色々話をしなきゃ。リビングから出て、扉を閉める。肩の上にはいつものように、カラス姿のバーデンが乗っていた。


「ねえ、バーデン? ロダンさんだっけ? 気が付いたことがあるんでしょう?」

「ああ。部屋に行ってじっくり話そうぜ、シェリー。今夜はやることがありそうだ」








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