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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
16/74

15.初めての敵とピュアな残酷さ

 



 青と白で彩られた王城と、元は罪人を収容するための塔を分け隔てている小川の向こうから、レナー ド殿下がやって来た。背後には、貫禄のある男性を連れている。短く刈り込まれた黒髪に、一見穏やかそうに見える青い瞳。


 でも、鋭い。猛禽類のような目つきだけど、口元に笑みを浮かべているからか、それとも顎と口元に生やした、もじゃもじゃの黒いひげのせいなのか、圧迫感がない。茶色と白のストライプスーツの上から、魔術師の証である、真っ黒なローブを羽織っていた。胸元には、王冠のブローチが光り輝いている。


(……この人、王様に仕えているんだ。王城と塔を往復するだけなのに、一体どうして? どうして王様の護衛をするような人が、殿下の傍にいるの?)


 小川の橋を渡った先で、じっとその人のことを観察する。かなり背が高くて筋肉質だった。ローブの上からでも分かる、鍛え上げられた体つき。見ていると、首の裏がぞわぞわする。この人、強い。腕を失う覚悟で戦ったとしても、殺せない。


 私が殺せないと思うような人に出会うのは久しぶり。指の毛から、戸惑ったように揺れている青い瞳、浅く残っている首の傷痕、埃が一つもついていない真っ黒なローブをつぶさに観察していると、私と握手をするために、手を差し出していたその人が殿下を振り返った。


「あのー、レナード殿下? このお嬢ちゃんはひょっとして、耳が聞こえないとか?」

「いや、そんなはずはありません。シェリー? 何が気になったんだ? この人は父上に仕えるロダン・マクスウェルどのだよ。偽名じゃないし、敵じゃない。一緒に食事をする予定もない」

「ええっ? 今の説明って必要でした!?」

「彼女には必要なんです。変わったところが少々ありまして」

「まあ、ハウエル家の子供ですもんね。そういや、モリスさんからの紹介でしたっけ?」

「ああ、突然連れてきたんだ」


 もじゃもじゃと黒ひげが生えた顎に手を添え、「ふーん?」と、面白がるように首を傾げて笑う。……この人、苦手。強いし、いざ殿下に何かしてきても、私、負けちゃうし、何よりも探ってくるような青い瞳が苦手。陽気なおじさんに見えるけど、青い瞳は笑っていない。ものすごく嫌そうな顔をして、見上げていると、突然ニカッと笑い、頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。


「わっ!?」

「人見知りなのかなー? シェリーちゃんは! いくつ? 俺の娘とそう変わらない年に見えるけど」

「じゅ、十九歳です……。妊娠出産が可能な年齢です」

「シェリー? その説明はいらないから」

「だ、だって、この人の娘さんがいくつかは知らないけど、十四歳とかだったら、私、殿下の子供を生むのにふさわしくないって判断されて、追い出されたら困るので……」

「そんな心配を!? 大丈夫大丈夫! 俺は直接陛下にお仕えしているからね。殿下のことに口は出さないよ。それになぁ、たとえ陛下がシェリーちゃんのことを気に入らなくて、追い出そうとしても王妃様に泣きつけばいいよ~。あの人、ほんっとう、王妃様には頭が上がらないんだから! 俺と一緒~。俺も奥さんには頭が上がらなくてねえ」


 べらべら喋りながら、豪快に私の頭を撫で続ける。混乱していると、殿下が止めに入ってくれた。


「ロダンどの、ちょっと待ってください。そこまでにしてください」

「ええ~? つれないなぁ! 昔はロダンおじさーんって呼んでくれてたのになぁ」

「何年前の話をしているんですか? ほら、もう俺にはシェリーとカイ、それにエナンドまでいるんですから帰ってください。王城の敷地内ですし、何もそこまで警戒しなくても」


 殿下がちらりと、私の背後に立っているエナンドとカイを見た。すかさず呆気に取られていた二人が、静かに頭を下げる。


「いやいや! 何をおっしゃるやら、レナード殿下! 陛下は先日の一件で、かなり胸を痛めておいでです。俺のスケジュール調整をしたぐらいですよ? 今日から毎日、一ヶ月ほど殿下の送り迎えをするんで!」

「ええ~……」

「嫌そうだなぁ! シェリーちゃん、どうぞお見知りおきを」


 嫌そうに唸ってみせた殿下には目もくれず、眩しい笑顔を浮かべながら、胸元に手を当て、うやうやしく一礼してみせた。……怪しい。この人、怪しい。警戒して下がっていると、ふいにひらひらと、青みを帯びた黒い蝶が近寄ってきた。殿下の黒髪に止まり、また飛び去ってゆく。


「おおっ、春ですねえ! 殿下は女性のみならず、蝶にも好かれるんですか」

「やめてくれ! そういう冗談、笑えないから」

「ええ~? 殿下がおモテになるのは事実でしょうか。俺の娘でもどうです?」

「勘弁してくれ。冗談か本気かよく分からないことばっかり言うから、嫌なんだよ……」

「そんな! 俺に似て美人ですよ~? 四人もいるんですから一人ぐらい、」

「バーデン」

「了解」


 コウモリのような灰色の翼と、黒い単眼を持っているバーデンが、私の肩に止まったまま、長い灰色の尻尾を鞭のようにしならせた。瞬時にロダンが反応し、殿下を抱き寄せ、透明なバリアを張る。……さすがは一等級国家魔術師といったところ。でも、私の狙いは殿下じゃない。


 バーデンの細くて長い尻尾が、先程の蝶を叩き落としていた。死体になるはずの蝶がぼろっと、黒い紙片のようなものへと変化して、地面に落ちる。くちびるの端が歪む。バーデンも笑ってた。


「クロだ、シェリー。どうする?」

「もちろん、術者を探す!」

「よしきた! そうこなくっちゃな。久々の仕事で血が躍る」


 殿下達が呆然としている中、バーデンが肩から飛び降りて、人の姿に変身する。いつもの黒髪黒目の男性になっていたけど、服装が違う。青と白のストライプ柄のスーツを着て、それと同じ柄の帽子をかぶっている。赤いネクタイまで締めていた。派手な服装のマジシャンみたい。地面に降り立ったバーデンが、気取った仕草で帽子を外す。


「さぁ! 皆さん、お待ちかねの拷問タイムです! 本日の招待客はこちら~!」


 白い手袋に包まれた指を動かし、パチンと鳴らした。その瞬間、芝生の上にやたらと豪華な椅子が現われる。ごてごてと金の装飾がついた、青いビロード張りの椅子だった。まだ呆然としている殿下達に向かって、愛想よく笑いかけながら、ウィンクしたあと、帽子の中から白い鳩を出す。何十羽も出てきた。視界が白い鳩で埋め尽くされ、殿下達が「うわあっ!?」と叫ぶ。も~、派手好きなんだから。バーデンってば! 腕で顔を覆っていると、ふいに、ばたばたと騒がしい音が止んだ。


「……バーデン? 出てきた? 術者は?」

「ああ、出てきたぞ。シェリー。随分と気の弱そうなお嬢ちゃんだ」

「はっ? え、は、こ、ここは……?」


 ぴかぴかに輝く銀の鎖で縛られ、椅子に座っていたのは、一人の若い女性だった。黒地のワンピースに、白いエプロンを身につけている。城のメイドに見えた。現代だし、もうこんな格好をしなくてもいいんだけど、先々代の王様が自分亡きあとでも、使用人には由緒正しい服装をさせるように、と言ったせいで、この城で働く人達はみんな昔の格好をしている。


 彼女が今にも泣き出しそうな顔をして、きょろきょろと辺りを見回した。茶髪と茶色い瞳を持った女性で、白い肌にはそばかすが散っている。華奢な体つき。……戦闘員じゃないみたい?


「ちょっとごめんねー、確認させて貰うね?」

「えっ? あ、あなたは、うぐっ!?」

「シェリー!? 一体何を、」

「落ち着け、王子様。シェリーは歯に毒薬が仕込まれていないか、確認するだけだ」

「毒薬を……?」


 怯える彼女の口に指を突っ込んで、確認する。奥歯に爪を擦りつけたあと、舌をぐっと押せば、気持ち悪そうにえづいた。うん、爪が黒く染まっていない。


 指で触った箇所の近くに毒薬か、記憶を全消去するチップが仕込まれていたら、爪が黒く染まるネイルをしているんだけど、反応してない。まじまじと、彼女の唾液がついた指先を見つめていたら、真っ先にロダンがやって来た。


「シェリーちゃん! ちょっと待ってくれ、バカなおじさんにも分かるように説明してくれ!」

「この人が蝶を操って、殿下の血を吸い取ろうとしていたんですよ」

「はっ? 血を? で、でも、頭だったぞ? 肌に止まっていなかった!」

「改良されているんです。こういうアイテムは進む時、一気に開発が進むから……ほら」


 地面に落ちた黒い紙片をつまんでみると、幻のように消え失せ、指先に赤い血がこびりついた。鼻をほじりすぎて、鼻血が出た時の指先みたい。私が「ほらぁ~、ねっ? 言ったでしょう?」と言いながら、赤く染まった指先を見せつけると、ロダンが悔しそうに頭を抱える。


「あ~っ……俺、平和ボケしてるのか!? こんな小さい子に出し抜かれるとは!」

「ちっ、小さい子じゃありません! 十九歳です!」

「どうする? シェリー。こいつを拷問にかけないのか? 死ぬ前に口を割らせようぜ」

「あ、そうする」

「えっ? ご、拷問?」


 ロダンが呆気に取られている。……変なの。しないの? 怯え、震えている彼女に、まずは拷問が始まるよって伝えるために、もう一度口の中に手を突っ込む。歯をもろくする魔術を使ったあと、奥歯を一気に引き抜く。あぶぉっと、妙な悲鳴が上がった。引き抜いた歯を地面に捨てて、顔を近付ける。彼女は小刻みに震え、限界まで茶色い瞳を見開いていた。


「あのね? すぐに言うとは思ってないの。だから、分からせるために追加で何本か歯を抜くね?」

「ばっ、ま、待ってください、私! おかね、お金に困って、」

「これ、噛んでくる人がいるから早く抜いちゃわないと~」

「俺が手を保護してやろうか? シェリー」

「別にいい。噛んだら指を切り落とすからね? 分かってね、ごめんね」


 もう片方の手で口を開けながら、二本ほど歯を引き抜く。痛いのか、妙な悲鳴を上げながら、私の手を噛んできた。口の中から手を引き抜き、ぷらぷらさせる。


「痛い~……!! でも、この痛みって久々。やっぱりこうじゃなきゃ」

「最近のお前はのんびり過ごしていたからな」

「でも、まだ三日も経っていないよ。じゃあ、指を切り落とさなくちゃ。約束したでしょう? 私の指を噛んじゃだめって」

「なっ、あ、ゆ、許して、な、何も、私は何も知らないんです!!」

「だーめ。知っているか知らないかは、拷問にかけたあと聞くから、それまで黙っていて?」


 腕時計をナイフに変化させ、一気に耳を切り落とす。可愛くない、パニックに陥ったような「ぎゃああああああっ!」という悲鳴を上げた。泣きながら、息を荒げている。これは叔父さん直伝の拷問方法。


 次はこの部位を切り落とすと言ったあとに、違う部位を切り落とせば、相手が疑心暗鬼になる。次はどこを切り落とされるんだろう? 指だと言っているけれど、次は耳かもしれないって思わせることが大事。どこを削いで、どこを切り落とされるか分からない恐怖は一気に、人を混乱の渦へ叩き落とす。


「んー……耳を切り落とされたぐらいで大げさ。もしかして、ちゃんとした訓練を受けていないの? 拷問されるのは初めて?」

「っは、あ、は」

「シェリー、ちょっと待った!」


 女性の肩に手を添え、顔を覗き込んでいると、殿下に止められた。私の肩を掴み、女性から引きはがす。椅子の後ろに立ったバーデンが溜め息を吐き、帽子をかぶり直した。


「れ、冷静になってくれ。一旦落ち着いてくれ……」

「私は最初から冷静ですけど? 大丈夫です。怪我ならバーデンが治してくれるから。ねえ、バーデン? 治してくれる?」

「分かった」


 いつもは何も言わなくても治してくれるんだけど、今日は対応が遅い。……ロダンさんがいるから? バーデンは他の人外者と違って、意味のないことはしない。あとで聞こうっと。バーデンが面倒臭そうに、後ろから血を流している部分を撫でる。血が止まって、傷痕が塞がった。でも、耳は生えていない。切り落とされた耳は、地面の上に転がっている。


「ほら、ねっ? 治ったでしょう? 大丈夫ですよ、殿下。さすがの私だって怪我を放置したりしな、」

「どうしてすぐに止めなかったんだ? ロダン」

「ご立腹ですか、レナード殿下。でも、その子はハウエル家の生き残りなんでしょう? しかも、現当主の姪っ子だとか」

「……知っているのか、そんなことまで。まあ、当然か。報告するか」

「陛下はレナード様のことをいたく、気にしておいでです。常に身辺に目を光らせている。おっと、こんな話が聞きたいんじゃないですよね? 俺が言いたいのは貴重な機会だってことですよ。ハウエル家の拷問を目にする機会なんて、早々やってこな、」

「これだから嫌なんだ、話が通じない! バーデン、彼女を解放してくれ」

「断る。まだ何もしないという保証があるわけじゃないし、何よりも、俺の主人はお前じゃない。命令に従う義理はない」


 殿下が溜め息を吐いて、私を見てきた。ちらりとバーデンの方を見てみれば、「くそ! せっかくのお楽しみが!」と言いながら、ぱちんと指を鳴らす。銀色の鎖が解け、女性が地面へ倒れ込んだ。そのままうずくまって、嗚咽を上げる。それを見た殿下が、慌てて駆け寄って地面に膝をつき、女性の背中を擦り出した。……もやぁっとする、なんだか。


「ああ、大丈夫か? すまない、俺の護衛が勝手なことをして」

「っふ、うう、もうしわけ、申し訳ありません、殿下……」

「レナード殿下、そちらの女性は俺に任せてください。あなたはさっさと橋を渡ってしまった方がいい。モリスの魔術があるんですから」

「だが、しかし、お前も信用ならないんだよ……!!」

「ええっ!? すみません。俺、なんか変なことしましたか? 奥さんや娘に言われて、その都度直しているんですがね~」

「色んなものが欠如している。カイ! ロダンは信用ならないから、ついていってくれ。それと、王妃様にも報告してきてくれ」


 私、頑張ったのに褒めて貰えない。泣いている女性が殿下の傍にいる。しきりに殿下が、彼女に優しく笑いかけている。許せない。あの人は血を奪おうとした人なのに。いわば敵なのに。胸の中でふつふつと、怒りが沸騰しだす。後ろで両手を組み、やり取りを見守っていると、急に殿下がこっちを見てきた。


「シェリー、あとで話したいことが沢山ある。一旦、エナンドと一緒に塔へ戻ってくれないか?」

「殿下はどうなさるんですか? 塔に戻らないんですか」

「俺は、あー……陛下に、ロダンを外してくれと言ってくる。他の一等級魔術師にしてくれと直談判してくるから」

「ええっ!? そんな! 俺、立候補したのに!」

「だからだ! 明日から一ヶ月間、ずっと毎日顔を会わせるかと思えば気が滅入る……」

「ははは、まあまあ。今度からヘマしませんから。ようするに、暴走したシェリーちゃんを止めればいいんでしょう? 俺だってちゃんと、やれば出来ますよ」


 泣いている女性の背中に、殿下が手を添えている。見つめていると、彼女が顔を上げてこっちを見た。涙を拭いながらも、茶色い瞳で睨みつけてくる。……そう。あなた、そんな元気があったの。殺してやる。初めて明確に、誰かを殺したいと思ったかもしれない。殿下を殺したいと思った時とは違う、頭の芯が冷えるような感覚。だっと走り出して、女性の茶髪を掴み、引っ張る。


「きゃあっ!?」

「シェリー!? 待て、やめろ!!」

「おっと、これは」

「シェリー、数秒だけやる。その隙に殺せ!」


 バーデンが銀色の鎖を手にし、ロダンを縛り上げていた。にぃっと、ロダンが凶暴な笑みを浮かべる。そうだ、相手は一等級国家魔術師。時間がない。迷うことなく女性の顔に膝を叩き込んだあと、顔面を燃やす。ぼうっと赤い炎が上がった。狂ったように悲鳴を上げる女性の髪を掴んで、子宮の辺りを蹴る。避妊しておかなくちゃ。


 殿下がもしも、この女性を気に入ったらと思うと怖い。私の居場所が無くなっちゃう。だめ、そんなの許せない。ようやく手に入れた居場所なのに。この女性を殺したら、怒られちゃうから避妊するだけにしておこう。よし。足先に魔術を宿して、何度も下腹を蹴る。これで大丈夫! ようやく、ほっとできた……。安心していると、殿下が急に肩を掴んできた。


「シェリー! もういいって言っただろ!? やめるんだ!」

「えっ? だ、だって、殿下がこの女性を気にするから……」

「えっ? 俺が!?」

「は、はい。だってせっかく、私、ここに来れたのに……その人が私の居場所を奪おうとするから」


 目から大粒の涙があふれ出てきた。しゃくり上げて泣き始めれば、殿下がおろおろと困惑したのち、私のことを強く抱き締める。背中に手を回せば、歪んだ安心感が込み上げてきた。優越感も混じっているような気がする。


「……いいか? シェリー以外の女性を傍に置くつもりはない。だから、もう二度とこんなことはしちゃだめだ。俺の指示に従って欲しい」

「は、はい。約束、っぐ、します……」

「本当に? もう二度とこの女性を傷付けないな?」

「はい。で、でも、殿下がその女性ばっかり気にするから……!! 私、せっかく頑張ったのに。突き止めたのに。護衛は私で、敵はあっちなのに!」

「シェリー」


 途方に暮れたような声で呟く。だって、そうなんだもん。私、頑張ったのに褒めて貰えない。叔父さんは依頼を達成したら、褒めてくれた。よくやったな、それでいいんだって言って、頭を撫でてくれた。それなのに、殿下は何も言ってくれない。褒めてくれない。他の女性ばっかり気にしてる。えぐえぐ泣きながら、しがみついていると、黙って背中を擦ってくれた。


「いやぁ~……レナード殿下はさすがですねえ。こう、女性が泣いたら黙って抱き締める! いやぁ、いいですね~」

「ロダン! くだらないことを言ってないで報告しろ。怪我の具合は? どうだ? 亡くなっていないか?」

「大丈夫ですよ、生きています。ただシェリーちゃんの腕がかなり良いみたいで、顔はもう元に戻りません。呪いと魔術が組み合わされていますからね。修復は不可能かと」

「なに? ……ロダンでも無理なのか」

「呪いっていうのはそういうもんです。禁忌指定されている呪いと魔術の組み合わせですし、修復不可能ですよ。この子の顔は一生元に戻りません」


 何気ない調子で放たれた言葉を聞いて、顔が黒く焦げている女性がわぁっと、両手で顔を覆って泣き崩れた。だって、そういう風にしたんだもん。当然でしょう? むくれながら殿下にしがみついていると、深い溜め息を吐いた。


「……これも計算の内か? シェリー」

「はい、そうです! だって、睨みつけてきたんですよ? 私のこと! 殿下を、殿下を奪おうとしていて」

「いやぁ、すごいなぁ。モテますなぁ、殿下は。おっと、失礼! 少々失言をしてしまったようで」

「少々どころじゃないな。あとは? 顔だけか? 被害は」

「いえ、子宮もですね。使い物にならないです。執拗に下腹を蹴っていたので、治療するついでに確かめてみたらまあ、嵌められたとしか言いようがない状態になりまして」

「嵌められた? シェリーにか」

「はい。かっなり強烈に蹴っていたので、こりゃダメージ食らっているなと踏んで治したんですよ。先に。あとで状態を確認すればいいと思って。完壁に治せる自信もありましたし」


 余計なこと言わないで欲しい、あのおじさん……。きっと睨みつけていたら、肩を揺らして笑った。猛禽類のような青い瞳が、愉快そうに細められている。黒いローブの下にある両腕を広げ、ニカッと笑った。


「でも、お手上げだ! その子、よりにもよって、治癒魔術に反応する障害魔術をかけていた。俺が治せば、子宮自体は回復するけど、機能不全に陥る……つまりは、もう子供を生めない体になったことです。怖いですね、女の嫉妬ってもんは!」


 しばらくの間、殿下は黙っていた。カイとエナンドも蒼白になって、私のことを見つめてくる。……そんな顔をされるようなこと、した覚えは無いんだけど? だって、避妊しようと思ってしたんだもん。いつか怪我が治って、殿下と二人きりで会う約束をしたら困るから。


 それに、血を奪おうとしたんだし、これぐらいは当然じゃない? 腕も足も残してるし。腑に落ちない顔をしていると、殿下がそっと優しく、私の肩に手を添えてきた。見上げてみると、苦しそうな、やるせなさそうな、何とも言えない表情を浮かべている。


「シェリー、そうしたのか? 本当に? あのほんの数十秒で?」

「はい、殿下に怒られそうだったので」

「俺に……?」

「はい。殺すのはだめなんでしょう? だからこのあと、殿下と彼女が親密になってもいいように、子宮を潰しておきたかったんです。カイが言ってました。私は所詮、ただの遊び相手だって」

「そっ、そこで俺の名前を出すなよ……!! 俺のせいにするつもりなのか!?」

「ううん。でも、ただの遊び相手なら邪魔者は排除しなくちゃ。本気の相手を作らせなきゃ、いい話でしょう?」


 ロダンでさえも、呆然として私の話を聞いていた。何が悪かったの? ねえ、何が悪かったの? 私の何が悪かったの? 邪魔者を排除することは当然じゃないの? 


(どうしてみんな、私のことをそういう目で見てくるんだろう……)


 悲しくなってきちゃった。もうここにはいられないのかもしれない。呆然とする殿下から離れると、カラス姿のバーデンが飛んできた。いつものように、私の腕に止まる。


「殿下。私……いなくなった方がいいですよね? ここから」

「いや、ここにいてくれ。どこにも行くな。命令だ」

「命令。……はい、分かりました。でも、理由は? どうしてですか? よく分からないんですけど、私はしちゃだめなことをしてしまったんでしょう?」

「いずれ、悪いことをしたというのが理解できる。言っただろ? 急に手を放したりしないって」


 いつの間にか殿下が真剣な顔をして、私の片手を掴んでいた。いいのかな、これで。いいのかな? 私、ユーインと殿下が望むような人間になれるのかな……? ぼんやりしていると、哀れみ深い微笑みを浮かべていた。私のことを可哀相だって、そう言っているような気がした。


「一旦塔に戻ろう、シェリー。話したいことが沢山あるんだ」







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