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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
12/74

11.お茶会の準備に、浮気者への嫌がらせ

 



 カイがお菓子を運んできた。お客さんは血が入った紅茶だけじゃなくて、お菓子も摂取するみたい。午前の肌寒い空気が漂う薔薇園にて、カイがどんと、白いテーブルの上へとピクニックバスケットをのせる。かなり大きい。下の方には二段、引き出しがついてる。木が編み込まれてて可愛い~……。私が色んな角度から眺めて楽しんでいると、カイがバカにしたかのように、ふんと鼻を鳴らす。


「妙な動きをするなよ、シェリー。それに何だ? その服は」

「これ? ……殿下の前の女が着ていた服なんですって。あと、聞いたよ! 殿下から。嫌な仕事をさせられちゃったんだね、カイは。私はそんなこと、させられそうにないけど。カイと違って、大事にされてる感じがあるけど~」

「喧嘩を売らなきゃ、気が済まないってか?」

「痛い! もーっ、蹴らないでよ! せっかく綺麗な格好してるのに」

「うるさい、大げさだ。そこまで強く蹴ってないだろ?」


 私のすねを軽く蹴ったあと、背中を向けて、青いタイルの上を不機嫌そうに歩いてゆく。黒いマントを揺らめかせている、カイの後ろ姿を睨みつけていたその時、カラス姿のバーデンが肩に降り立った。


「殺すか? あいつ」

「ううん、だめ。だって、殿下が弟同然の存在だって言ってたんだもん……。邪魔だけど、殺したら私が怒られちゃう。だから、だめ! あっ、そうだ。殿下に怒られそうな行動は全部禁止ね?」

「分かった。ようするに、城の人間に手を出さなきゃいいんだろ?」

「うん。それはそうなんだけど……ああ、難しい。大きなことをする前には、殿下に相談して。私にじゃなくて。何がしていいことなのか、よく分からないんだもん。聞かれたって!」

「楽しそうだな、シェリー」

「……楽しそう? 私が?」


 よく分からない。最後に楽しいって思ったの、いつだったっけ? ユーインと二人きりのお誕生日会をした時? あの時のユーインは、笑って私にケーキを切り分けてくれたのになぁ。思い出すと、涙が滲み出てきた。ごしごしと力強く、腕で目を擦っていれば、レナード殿下がやって来る。さっきとは違って、濃いグレーのスーツを着ていた。お客様用の毛布を腕にかけながら、私の手首を掴む。


「だめだよ、そんなに擦っちゃ。何かあったのか?」

「ただ……悲しいことを思い出しただけです。ユーインに嫌われちゃったことを」

「思い出さなくていい、そんなこと。ああ、そうだ。クッキーは好きか?」

「好きです、大好き! 特にほろ苦いココアクッキーが好きです」

「そっか、なら良かった」


 殿下がバスケットの引き出しを開けると、そこにはクッキーがぎっしりと並べられていた。きらきらの赤い苺ジャムクッキーに、お砂糖がまぶされたキューブ型のクッキー、白い粉をまとったスノーボールクッキーに、お花の形をしたクッキー。丁寧に仕切りがされていて、粉が混ざらないようになってる。うっとり見惚れていると、殿下が美しい指先ですいっと、キューブ型のクッキーを摘まみあげた。


「ココアじゃなくて申し訳ないけど。……ああ、他に食べたいクッキーがある? 聞けば良かったな、ごめん」

「いっ、いえ! 殿下が選んでくれたクッキーが食べたいです」

「無理して合わせなくてもいいんだよ、別に。どれがいい? ただし、一枚だけ」

「うっ、うーん……お砂糖がまぶされたクッキーがいいです。それが食べたい!」


 殿下が手にしているクッキーに目が釘付けになっていると、微笑ましそうな表情を浮かべ、私の口へ優しく入れてくれた。美味しい! 口にした瞬間、ざくほろっと崩れ落ちる。噛み締めれば噛み締めるほど、濃厚なバターの風味が漂った。ざらついた砂糖がまた美味しい。さくさくのクッキーに、ざらざらの砂糖がまぶされているのは幸せ……。私が頬を緩めて食べていれば、殿下がおかしそうに笑って、私の前髪を掻き上げる。不思議に思って眺めていると、おでこにキスされた。


「もぶっ!?」

「ごめんごめん、つい。可愛くて。……あ、エナンド。悪い、気遣わせてしまって」

「いえいえ、とんでもない……。そんなことよりもこのカラス、バーデンでしたっけ? どうにかして貰えませんか? いきなり来たかと思えば、一言も話さないんですよ」

「あれっ!? どうしてそこにいるの!? バーデン! いつの間に」

「お前がクッキーを眺め始めた瞬間からだな。止まり心地が悪い」

「だ、だめ出しまでされた……」


 怖いのか、茶色のスーツを着たエナンドが震えながら呟く。両手には大きなティーポットを抱えていた。白磁に、優美な赤い薔薇の絵が描かれている。私が両手を広げ、「おいで!」と言えば、バーデンがしぶしぶ飛んできた。私の胸元にぶつかる寸前、ぽんっと、白いふわふわの犬に変身する。でも、可愛くなかった。目元には盛り上がった醜い傷があるし、がっちりとした体つきだし、かろうじてもふもふが可愛いだけの犬。ちょっと落ち込みながらも、抱き締めてあげる。


「おい、シェリーをいじめる気が無いのは良いことだが、どういうつもりだ? 王子様。シェリーと一体、どういう関係になるつもりだ?」

「うーん……まあまあ。これからお客さんを迎える準備をしなくちゃいけないし、話ならそのあとで」

「誤魔化したな。まあいい。俺には俺の事情があるんだよ。きっちり聞き取らなくちゃいけない」

「事情? ねえ、バーデン。どういった事情?」

「俺の事情だから、お前には関係ない」

「そう、話して貰えないのね……」


 変なところで秘密主義なんだから! 不満に思って、バーデンのふわふわしたほっぺたを摘まんでいると、不機嫌そうに唸った。それを見たエナンドが、慌てて駆け寄ってくる。


「ほ、ほら、やめた方がいいよ……。見ていてひやひやする」

「ぶー、だって!」

「そこまで心配しなくても大丈夫だろう。付き合いはそれなりに長いみたいだし。それよりも、ティーカップを広げてくれないか?」

「分かりました。あれ、カイは? シェリーちゃん、知らない?」

「私のすねを軽く蹴ったあと、どっかに行きました」

「なるほど、拗ねてるんだな? 手伝って欲しかったのに」


 ぶつくさ文句を言いながら、エナンドがポケットに手を突っ込み、白いハンカチのようなものを取り出す。不満そうなバーデンを抱え直しながら見ていると、レナード殿下が素早く、バスケットを持ち上げた。エナンドが笑いながら「ありがとうございます」と言ったあと、テーブルにハンカチを置く。すぐさまふわっと広がり、綺麗な白いレースつきのテーブルクロスがかかった。


「すごい! 綺麗ですね……初めて見ました、こんなの」

「さては、家具家電売り場や雑貨コーナーをあまり見ていないな~? さ、殿下。邪魔になりそうなので、俺はこの辺でもうそろそろ、」

「いやいや、気にしなくてもいいって。だから。別に恋人同士じゃないし、そういう関係になるつもりもない」

「って仰っていますが、私はいずれ殿下の子供を生むんです! 応援してください、エナンドさん」

「反応に困るなぁ~……ええっと、じゃあ、こういうのも好きそうだ。シェリーちゃんは。見る?」

「見ます! よく分からないけど」

「うーん、クッションを足した方がいいか?」


 こっちをまったく気にしないよアピールなのか、レナード殿下がぶつぶつと独り言を言いながら、ティーポットをテーブルの上へ置く。それから、毛布をラタン製のソファーに置いた。こっそりエナンドと二人でそれを見つめたあと、顔を見合わせる。


「まあ、意外と分かりやすい方というか……突発的な出来事に弱い方だから、ぐいぐい攻めていくといいよ」

「ありがとうございます、エナンドさん。カイとは違って、私の味方のようですね……」

「ひそひそ声、可愛い~。っと、そうだ。ティーカップ、ティーカップ! 広げるところ、見たことないだろ? うちで使っているやつは古い魔術仕掛けのものでね、凝ってるんだよ。五十年前ぐらいの職人の作品」

「へ~、職人さんの?」

「うん。まだ魔術が規制されていない頃に作られたもので、かなり凝ってる」


 魔術が規制される前は、誰でも自由に魔術が使えたから、職人さんは色々とこだわって生み出していた。バーデンは興味が無いのか、くわぁ~っと凶悪なあくびをしたあと、白い煙を出して消えた。エナンドはびっくりしてたけど、私が期待に満ちた目をしているのを見て、笑ったのち、ティーポットの蓋を掴んだ。横にボタンがあるみたいで、かちりと音が鳴り響く。瞬く間にティーポットが震え、注ぎ口から薔薇のつたをにゅるっと伸ばした。


「わぁっ、なになに!? 不思議! どうなるんですか、これ!?」

「見ててごらん。少し時間はかかるけど、五組のカップとソーサーが出てくるから」

「へええ~!」


 白い注ぎ口からしゅるしゅると、薔薇のつたが出てくる。それがテーブルに辿り着くなり、ぽぽんと薔薇を咲かせた。一輪の薔薇が自然とこぼれ落ち、ゆっくりと白い靄を漂わせながら、華奢なティーカップとソーサーに変身する。感動して眺めていると、エナンドがふいに肩を叩いてきた。


「何ですか?」

「この絵からも薔薇のつたが出てくるんだよ。こっちはお遊び用」

「お遊び用……?」

「そう。子供達がいるティータイムでは、注ぎ口からつたが伸びてくる。でも、より優雅なのはこっちだね。ティーポットに描かれた薔薇を掴むと、ほら」

「わっ!? 手、手、ポットに飲まれちゃいますよ!?」

「大丈夫、大丈夫」


 エナンドが笑いながら、ティーポットの薔薇の絵に触れると、急に手が沈み込んだ。びっくりしていれば、さらに笑い、絵の中の薔薇を掴む。なんて言ったらいいのかよく分からないけれど、エナンドの白い手が絵になっていた。


 そこに無かったはずの手が、ティーポットに描かれてる。手だけ絵に飲み込まれたみたい。その手が動き、絵の中の薔薇を掴み取った。エナンドが手を引けば、現実に絵の中の薔薇が現われる。目を丸くして見ていると、得意げに微笑み、私に薔薇を差し出してきた。


「ほら、大丈夫だったろ? で、この薔薇が……シェリーちゃん、ちょっと失礼。両手を借りても?」

「は、はい。どうすればいいんですか!? とげとげしてて痛そう……」

「痛くない、痛くない。見せかけのとげだから。それにほら、すぐ変身する」

「わっ、わ~……!!」


 エナンドに両手で持たされた薔薇が、ふわっと良い香りを漂わせながら、ティーカップとソーサーに変身する。さっきのカップとは違うデザインだった。まるで、薔薇の花びらをティーカップに仕立てたかのよう。持ち手はつるりとした、薄い緑色の茎。こっくりした深みのある赤い薔薇の花弁が、繊細に重なったようなデザインのカップだった。ソーサーは深緑色の葉で、一本一本、葉脈まで浮き出ている。


「すごーい、綺麗! 素敵!」

「良かった良かった、上手く受け止めて貰えて。上手く受け止められなかったら、ソーサーだけ、もしくはカップだけ割れちゃうみたいだから」

「はっ、はらはらしますね!? い、言ってくれたら良かったのに……」

「言ったら面白くないだろ? だから、貴族のご婦人は座って薔薇をティーカップに変身させていたみたいだよ。ドレスのひだに引っかかって、割れずに済んだエピソードもある」

「へー! エナンドさんって、物知りですごいですね!」

「いやぁ、それほどでも。ははは……」

「エナンド?」


 優しい微笑みを浮かべるレナード殿下に、後ろからぽんと肩を叩かれ、エナンドがさぁっと青ざめる。笑顔のまま硬直していた。慌てて振り向き、頭を下げる。


「も、申し訳ありません、調子に乗っていました……」

「いやいや、いいんだよ? 別に気遣わなくて。シェリーと仲良くしたいのなら、仲良くしたらいい。ただ、時間があまり無いから」

「あっ、はい。じゃあ、俺はお客様をお迎えしてきますね! どっかでカイが耳を澄ませていると思うので、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってやってください。それじゃ!」


 軽くスーツが汚れていないかどうかを確認したあと、小走りで薔薇のアーチへ向かっていった。すごい、逃げるのが早い! 私が「ほぉ~」と言いながら感心していれば、殿下が溜め息を吐く。


「大丈夫か? 何も嫌なことはされていないな?」

「あっ、はい。どさくさにまぎれて、両手を握られたぐらいです」

「そうか。また今度、きっちり叱っておくから」

「え?」


 おもむろに私の両手を握り締め、指先にキスをした。硬直して、キスされた指先を見下ろしていると、何事も無かったかのように「さ、急ぐか」と言う。


「シェリーの分もあるから、クッキーは。飲んで喋ってる最中、つまんでいいよ」

「あっ、はい」

「まあ、基本的に向こうも分かってるし、世間話をして終わりかな。気を張らなくていいから、ぜんぜん」

「分かってる……?」

「うん、俺の血で治るってことが」


 あっさりとすごいことを言いながら、五組のティーカップを並べ出した。保温魔術でもかかっているのか、早くも熱い紅茶をカップへ注ぐ。するとカラス姿のバーデンがテーブルに降り立ち、「おっ、気が利くな」と言いながら、紅茶の中にくちばしを突っ込んだ。それを見て、穏やかに笑ってる。


「バーデン、あとでカイを呼んできてくれないか? 俺とシェリーでお客さんをもてなすから、バーデンは二人と一緒にお茶でも飲んで、のんびり待っていて欲しい」

「……分かった。さては、俺をコキ使う気満々だな?」

「ばれたか。今淹れた三つのティーカップ、拗ねて待ってるカイの下へ運んでくれ。それからクッキーも何枚か。人間との暮らしが長いようだし、それだけで分かるだろ?」

「あまりにも舐めた口を聞くようなら、豚に変えてやるからな? まったく。それじゃ、シェリー。頑張れ。手助けは必要か?」


 いつもの黒髪黒目の男性に変身したあと、バーデンが真っ直ぐ見つめてきた。一応頷いておこう、何が起きるか分からないし。


「うん。誰かが襲ってきたら、助けに来て。待ってるから」

「分かった、そうしよう。クッキーは……客の分を考えると、六枚程度にしておいた方が妥当か」


 黒い手袋をはめた指先を動かし、ティーカップ三つとクッキーを六枚、宙に浮かべた。そのまま、振り返りもせずに去ってゆく。私がぼんやりと殿下を見つめれば、ちょうど、バスケットのもう一つの引き出しから、クッキー用のお皿を取り出しているところだった。チチチと、どこからか鳥のさえずりが響いてくる。今日はうっすらと曇っていて、色の薄い青空を雲が覆っていた。


「……どうして、お客様はその体質のことをご存知なんですか?」

「この国の、選ばれた貴族だからだろ。古くから存続している貴族出身の人間だけが、このお茶会に招かれる。ああ、大丈夫。彼らの家は政治に深く食い込んでいるし、自国が不利になるようなことは言わない。他言すれば、その家に二度と血が与えられないって契約を交わしてるからね、父上が」


 レナード殿下はつらい時ほど、饒舌になる。ガラス玉のような蜂蜜色の瞳で、遠くの方を見つめながら淡々と、まるで自分の身に何も起きていないかのような口ぶりで語り出す。見ていたらきゅっと、胸の奥にある管が詰まった。きっと水道管が胸の中にあったら、とっくのとうに詰まっていて、水が溢れ出してる。


「じゃあ、私。私だけは殿下の血を目当てにせず、健康で長生きしますね!」

「えっ? ああ、そういう宣言に繫がるんだ……?」

「はい。だって、血は自分だけのものです。殿下だって貧血になることがあるだろうに、強制的に奪われて」

「献血みたいなものだと思ってるから」

「でも、献血は強制じゃありません。それに、鼻から出して無駄にしてもいい血なのに、無理矢理搾り取るって! おかしいとは思いませんか?」

「……だね」


 どうしてかひっそりと、嬉しそうに笑う。少しでも想像がつかない負担を楽に出来たらいいんだけど。うーんと唸って首を傾げていれば、肩に手を添えてきた。


「大丈夫だよ、シェリーは俺の傍にいるだけでいいから」

「はい……。役立たずじゃありませんか?」

「ぜんぜん! あ、そうだ。俺も変身しておかなくちゃな。ティーカップみたいに」

「えっ?」


 おもむろにスーツの内側ポケットから、古びた懐中時計を取り出す。綺麗。真鍮製の蓋には星座が描かれていた。翼が生えた金色のライオンまでいる。ほれぼれ眺めていると、蓋を開けた。その瞬間、こうっと乾いた風が吹き荒ぶ。


「っう、何ですか? これ……」

「ごめんごめん。モリスが作ってくれたものなんだけど、これ。病弱な王子様のふりをする時に、テンションが上がるようにって言って、風が吹くようにしてくれたんだ。あの時は嬉しかったなぁ……」


 息を吸い込んだあと、消え入りそうな声で「何も知らなかったから」と呟き、締めくくった。聞かない方がいいかも? おそるおそる目を開けてみれば、そこにはさっきと違って、か弱そうな王子様が佇んでいた。


 蜂蜜色の瞳の下には、いくらどれだけ寝て食べても消えなさそうな、濃いクマが浮かんでいる。血色も悪かった。艶やかだった黒髪はぼうぼうに伸びてぱさつき、白い頬は少しだけこけている。端正で薄いくちびるはひび割れ、血が滲んでいた。思わず言葉を失う。呆然としている私を見て、レナード殿下はただひたすらに微笑んでいた。いつものように、なんてことないような顔をして。


「レナード殿下って……体が弱くても綺麗なんですね? やっぱり、とびっきりの美人さんです!」

「どういう意味かなぁ? それって」

「そのままの意味です。でも、大丈夫。私がお守りしますから、殿下が死なないように心も体も」

「……うん、ありがとう。さて、気合いを入れていくか!」

「気合いを入れなきゃいけないような相手なんですか?」

「んん~?」


 はぐらかすかのように、体を伸ばして笑った。食えない微笑みを浮かべている。また女性の話が始まるのかな~と思って、じっとり睨みつけていると、その通りだった。しれっとした顔でのたまう。


「どんなに美しいご令嬢でもお断りです、俺は傍に女性を置く気はありませんって言って、カイに襲わせたご令嬢の父親がこれからやって来るんだよね」

「また女性の話ですか!? もういやっ!」

「えっ? ご、ごめん……。ただ、これ、本人にも言っちゃったんだよなぁ。伯爵に面と向かって、一生女性を傍に置く気はありませんって言ったのに、君がここにいる」


 愉快そうな微笑みを浮かべ、私のことを指差した。……人を指差しちゃいけませんって、習わなかったのかもしれない。私はお父さんに教わった! ひっそりと優越感に浸っていると、「あれ?」と言って、拍子抜けする。


「やたらと自信満々というか……。文句を言われても平気そうだな、シェリーは」

「それ、よく言われるんですけど、私だって傷付きますよ? 悪意には弱いんです、殺意には強いんですけど」

「なるほど。普通の人は逆なんだけどね。まあ、いいや。その辺は。嫌味を言われるだろうから、覚悟しておいてくれ。ああ、それともこうしようか?」

「はい?」


 レナード殿下が私に近付き、腰に手を回して、抱き寄せる。いつもより顔色が悪くて不思議。でも、殿下はくちびるから血が滲み出ていても、魅力的だった。呆気に取られていると、私の顎を持ち上げた。にっこりと、愉快そうな微笑みを浮かべている。


「あまりにも嫌味を言われたら、お互いに恋に落ちてしまったから仕方ないんです、とでも言おうか。恋人のふりをしよう」

「そ、それは本番に、いざとなって困った時にすればいいんじゃないですか……!? なっ、何も今、べたべたしなくても!」

「可愛い、照れてる。そういう表情を見てると、普通の女の子って感じがするんだけど」

「暗殺者に見えないってことでしょうか?」

「うん。だね……」


 思いっきり力強く、両手で胸元を押し返したら、苦笑して離れてくれた。ああ、緊張した! でも、他にもっと良い言い方があると思う。


「分かりました。じゃあ、こうしましょう! あなたの娘さんは綺麗でしたけど、殿下はそそられなかったんです。殿下は誰ともお付き合いをしたことがない、私のような女性が好きなんです。でも、恋愛感情が無いので安心してください! 私は殿下に選ばれた、子供を生むだけの存在なんですって言えばどうでしょう? 伯爵様も納得してくれるのでは!?」

「シェリー……」


 二の腕を組み、呆れた表情になってる。だめかなぁ? 名案かと思ったのに。でも、「それ採用!」って言ってくれるかもしれないから、わくわくして待っていると、深い溜め息を吐いたあと、片手を振った。


「だめだ、絶対に言わないでくれ。俺がとんでもないクズになっているから。火に油を注ぐだけだ」

「なるほど、自己保身に走るんですね?」

「……俺の心も体も守ってくれるんだろ? よろしく」


 優しくして欲しいってことかもしれない。私が元気よく「はい、分かりました!」と言えば、ほっとした顔をしていた。……殿下がぷんぷんと女性の匂いを漂わせながら、女性の話をするからっていじめすぎたかもしれない。反省、反省。







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