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元暗殺者と魔術師殿下による、癒しのティータイム  作者: 桐城シロウ
一章 初めまして、癒しの血を持った王子様
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10.沢山の綺麗な服と帽子と、レナード殿下の醜さ

 



 赤紫色がかったベロアのワンピース、まろやかな虹色の輝きを放つパールネックレス。空のような色合いをしたワンピースと、繊細なレース手袋、裾に花柄の刺繍があしらわれたシャツワンピースに、リボンつきの帽子とカチューシャ。袖がひらひらして透き通っている、淡い薔薇色のワンピースとぴかぴかの靴。


 殿下が部屋のあちこちに靴や服を並べ、頭を悩ませていた。どれもこれも新品で、箱の中に入っている。使われていないのか、天蓋付きのベッドを覆っている白いシーツの上には、うっすらと埃が積もっていた。ミントグリーンとくすんだ金色の椅子、それに、猫脚のソファーと白いテーブル、凝った装飾のドレッサーとキャビネット。一番目立つのは、床の上に置かれたアンティークの鏡。大人三人が一気に映れるぐらい、大きかった。


 言われなくても、女性が使っていたことが分かるお部屋。天井には薔薇のシャンデリアが吊り下がっていて、そこにピンク色がかった、咲きかけの薔薇が沢山ついている。……殿下には女性の影がまとわりついてる。花が蝶を誘うかのように、女性の匂いをぷんぷんと漂わせている。後ろで両手を組み、たたずんでいると、鏡の前で服を広げていたレナード殿下が振り返った。


「シェリー、ちょっとこっちに来てくれないか? これでいいと思うんだけど……」

「……はい。私は服に興味が無いので、何でもいいですよ。殿下のお気に召したものを選んでくださいな」

「もったいない、せっかく可愛いのに」

「もったいない……。一体どうしてですか?」

「君が口紅を塗って、髪を整えて、綺麗なワンピースでも着たら、はっとさせられるんだろうなと思っただけ。まあ、すっぴんでも可愛いけど。肌が白くて綺麗だし」

「そんな、殿下には負けます」

「一応、自分がプロデュースしてるコスメを使ってるから。あとスキンケア用品もね」

「なるほど……? だからですか」


 塗っているようには見えないけど、何か塗っているみたい? 鏡の前で真剣な表情を浮かべ、何かを塗っている殿下の姿がありありと想像出来た。そういう面倒臭いこと、この方はまともにやってそう。私ならそんな面倒ごと、進んで背負いたくないけど。毎晩毎朝、お肌の手入れをしている人は本当にすごいと思う。


 しげしげと眺めていれば、殿下がくすりと笑って私の手首を掴み、引っ張った。どうやら、服を合わせたいらしい。殿下が私の体に当てたのは、さっき見た薔薇色のワンピース。よく見えないと分からないぐらい、うっすらと浮かんでいる薔薇柄の上に、透き通った白いオーガンジー生地が重ねられていた。袖はふりふりっとしている。


「うーん、似合うんだけどなぁ……。いまいちだな」

「い、いまいち!? 似合うんじゃないんですか?」

「雰囲気と微妙に合ってないような気がする。これが三十代女性向けだからかな? 落ち着きすぎているんだよ、柄もデザインも」

「な、なるほど?」

「十九歳の君には不向きだったかもしれない。こっちのシャツワンピースの方が似合うんじゃないか?」

「これ、どこで買ってきたんですか? 沢山ありますけど」

「買ったんじゃないよ、貰ったんだ」

「……殿下、女装のご趣味でも?」


 面食らって聞けば、またくすりと笑う。どうしてかレナード殿下は私と話す時、いつも楽しそう。次に当てられたのはシャツワンピースで、くすんだ白のリネン生地に、花畑と小鳥の刺繍があしらわれているものだった。袖は無くて、ウエスト周りにはリボンが巻かれてる。裾はスカラップで可愛らしい。


「違うよ。でも、君のことだからそう言うと思った」

「じゃあ、どうしてここにあるんですか? 誰が殿下に差し上げたんですか?」

「正確に言えば、奪ったんだ。……ああ、こっちの方がよく似合う。でも、シェリーの赤紫色の瞳には、あのベロアワンピースが一番合うな。冬が楽しみだ」

「今年の冬も、私と一緒にいてくださるんですか?」

「もちろん。……王城の敷地内に雪が積もるから、積もったら見に行こう。あと、祝賀行事に参加するのも面白そうでいいな。誰かにシェリーを見せびらかしてやりたい」


 嫌なら出て行けばいいと言うくせに、楽しそうに冬の話をする。……よく分からない。この方は掴みどころがなくて、たまに空に浮かんでいる雲を見るような眼差しで、どこか遠くの方を見つめている。今もそんな感じの目をしていた。必死に、現実から逃れようとしている目にも見える。


「私も殿下と一緒にご馳走を食べに行きたいです!」

「いいね、行こうか。大広間でダンスしよう。俺の足が君に踏んづけられる未来しか見えないけど。さて、じゃあ、これを着てくれないか?」

「分かりました!」

「……ちょっと待て! ここで脱がないで欲しい」

「大丈夫ですよ、下にタンクトップ着ていますから」

「そういうことじゃなくて……。ああ、もう、情緒が死んでるな」


 私が今着ている白ニットに手をかければ、慌てて掴んできた。不思議に思って見上げると、アホな問題児を見つめる先生のような表情を浮かべた。


「今、部屋から出るから。それまで待っていて欲しい」

「分かりました。ちなみに殿下? 大きいおっぱいと小さいおっぱい、どっちが好きなんですか?」

「……シェリー」

「よく着痩せするタイプと言われるんですが、」

「一体誰に? 誰とも付き合ったことはないんだろ?」


 急に腕を掴んで、私のことを引き寄せた。一瞬だけ面食らう。私がどこの誰と付き合おうと自由じゃない? どうしてその人のことを知りたがるんだろう。知り合いならまだしも、殿下の知らない人なのに……。戸惑っていると、にっこり微笑んだ。怒ってるように見える。


「だ、誰とも付き合ったことないというのは本当です! 嘘なんか吐いてませんよ……」

「じゃあ、誰に言われたんだ? シェリー」

「あ、えーっと、私の着替えを覗いてきた人がいるのでその人に。でも、叔父様に報復されていました」

「叔父様?」

「もう一人いるんです、叔父さんが。でも、ややこしいからその人のことを叔父様って呼んでるんです。優しいし……ああ、それで庭の木から吊るしてました」

「吊るす……」

「はい。それで、髪の毛をライターの火であぶって楽しんでました。時々、目の近くにタバコを押し当てるんです。でも、相手は動けないから熱いと叫ぶしかなくて、ものすごく苦しそうでした」

「血腥い日常だなぁ」

「そうですね。でも、普通のことだと思ってました。それを言うと、叔父さんの奥さんは首を横に振るんですけど、いつも」

「……気になっていたんだけど」


 レナード殿下が私の手を離し、次は黄みがかった、白いブラウスのようなワンピースを持ち上げる。まだ選ぶみたい、うんざり……。殿下は色んな素材の服を見て、疲れないのかな? 着れるんだからいいじゃない、どれだって。でも、失礼に当たるから言わないでおく。殿下はこちらに背を向けていて、表情が見えない。


「叔父さんの奥さんって呼ぶのはどうしてだ? シェリー。たとえ血が繫がっていなかったとしても、叔母さんは叔母さんだぞ?」

「あ、えーっと、奥さんが若いんです。叔母さんという感じがしなくて」

「なるほど、それでか」

「はい。……あと、夫婦じゃないんですって。そう言ってました」

「夫婦じゃない?」

「はい。叔父さんの奥さんいわく、私は道具だからって。でも、何かと便利だから表向きは夫婦でいるそうです。入籍していないのに、変ですよね……」

「まあ、事実婚という形を選ぶ人もいるから」

「でも、叔父さんの奥さんも、叔父さんのことが好きじゃないんですって。私は好きな人とちゃんと結婚したいな……」


 こんな、血で手を洗ってきたような私が良いって言ってくれる人が現われたらだけど。じっと自分の手を見つめていれば、急にげほげほと咳き込む。


「そ、そうか。シェリーにもそういう願望があったんだ?」

「もーっ! 私のこと、なんだと思ってるんですか!? バーデンに言いつけちゃいますよ?」

「勘弁してくれ、ごめん。じゃあ、こっちの服を着てみて」

「はい。シャツは……?」

「よく見るとノースリーブだった。寒いだろう」

「なるほど。着替えますね」

「うん」


 レナード殿下がささっと素早く背を向け、早足で扉の方へ向かう。そのまま、私を一度も見ずに部屋を出て行った。……そんなに慌てなくても、外に出てから着替えるつもりだったのに。もーっ! 解せない気持ちで、さっき手渡されたワンピースを持ち上げる。綺麗なとろんとした素材だった。シルクみたい。胸元に縦線が入っていて、そこに細かいレースが縫いつけられている。端は大きなフリルで縁取られていた。


「可愛い……。でも、可愛すぎて似合わなさそう。アンティークかな?」


 丈はほどほどに短かった。私が着たら、膝よりちょっと下になるかな? 袖口が凝っていて可愛い。うっとりしてしまうぐらい、繊細な花柄レースと貝ボタンが縫いつけられてる。綺麗。ほれぼれしちゃうんだけど、これ、誰のだったんだろう……。


 考えないようにして着替えた。予想通り、なめらかな生地が肌の上を滑っていった。鏡の前に立ち、自分を見てみる。うん、やっぱり膝よりちょっと下になった。ボディラインが出ないゆったりとした、スモックのようなワンピースで、裾の繊細な花柄レースと、胸元に縫いつけられたフリルが可愛らしい。袖もぽわんと膨らんでいた。


「でも、可愛すぎない? これ……。似合ってるかな?」


 自分ではよく分からない。鏡には、ちょっとくしゃくしゃになった黒髪と赤紫色の瞳を持つ女の子が、困惑しながら映っていた。鏡を見ることが無いから新鮮。とりあえず、意見をあおごうっと。こういう時バーデンがいてくれたら助かったんだけど、見回りに行っちゃった。新しい土地を警戒してるみたい。そっと、両開きの扉を押し開ける。廊下にたたずんでいた殿下が、すぐさま気がつき、壁から背中を離した。


「シェリー。おっ、可愛い! 予想通りだ、よく似合ってる!」

「ほ、本当ですか? 変な感じがするんですけど、これ……」

「シェリーはクラシカルなものがよく似合うな。大丈夫、最高に可愛いから」

「は、はい……」


 可愛い。良かった、ほっとした。さっきまで胸の中にあった氷塊がゆっくりと溶けて、消えてゆく。そっか、可愛いんだ。この服、似合ってるんだ。私。そわそわした気持ちでいると、ご機嫌な殿下が私の手を引いて、部屋の中に入っていった。


「じゃあ、それに合う帽子を探そう! それともカチューシャか? リボンカチューシャがあったはずだ、確か」

「ええっ!? な、何もつけたくないです。動き辛そう……。一気に三、四人の男が襲いかかってきたらどうするんですか!?」

「その時はカイとエナンドが対処する。君はもう戦わなくてもいいんだよ、シェリー。人を殺さずに生きて行くんだ」

「人を殺さずに……そうだ、私、ユーインに拒絶されちゃって」

「大丈夫、深く考えなくても。ここで暮らしていけばいい」


 レナード殿下がピンク色の薔薇がついたカンカン帽を手に取り、頭にかぶせてくれた。そのあと、辛そうな表情を浮かべ、私の頬に両手を添える。似合うかな? こんなに可愛い帽子……。それに人を殺さなくてもいいの? もう。


「だ、だめです、それじゃ! 腕が鈍っちゃう……」

「いいんだ、もうそういうことはしなくて」

「でも、叔父さんにこれまでの生活費を返さなくちゃいけなくて」

「じゃあ、俺が代わりに返そう。いくら?」

「そ、それにユーインの学費だって……ああ、だめだ。拒絶されたんだ! 殿下、ユーインは私のお金もいらないって!!」

「可哀相に。大丈夫だよ、俺がいるから。深く考えなくていい」

「深く考えなくて……?」

「そう、深く考えなくていい。大丈夫」


 私が涙ぐめば、そっと優しく抱き締めてくれた。本当に? 大丈夫なの? でも、叔父さんも余計なことは考えずに動けと言っていた。……じゃあ、大丈夫なんだ。これで。嬉しくなって、レナード殿下を抱き締め返す。


「ほ、本当に何も考えなくていいんですか? あなたを守ることだけ考えていたらいいんですか?」

「……いや、それも考えなくていい。戦わせる気は無いから」

「じゃあ、私は何をしたらいいんでしょう? 存在意義は?」

「俺と一緒にお客さんをもてなしてくれたらいい。でも、何もしなくていいんだよ。シェリー。傍にいてくれたらそれで。あと、元気だったらそれでいい」

「元気……!?」

「うん。ああ、ほら、見て。似合ってる。口紅ぐらい塗った方がいいか……?」


 私を鏡の前まで連れてゆき、肩に両手を置く。そこにはピンク色の薔薇がついたカンカン帽をかぶって、レースとフリルのワンピースを着た女の子が映っていた。信じられない気持ちで、まじまじと見てみれば、鏡の中にいる女の子も、赤紫色の瞳をまたたかせ、不思議そうにじっと見つめ返してきた。思わず、鏡に指を添える。


「わぁ、すごい……。私じゃないみたいです、この女の子」

「っふ、そうか。よく似合ってるよ、シェリー。じゃあ、行こうか。口紅が無いのが残念だけど」

「口紅……。ユーインから貰ったやつがクローゼットの奥にあります、確か。バーデンに言って、取ってきて貰いましょうか?」

「いや、いい。シェリーは知らないかもしれないけど、コスメには使用期限っていうものがあるんだよ。何年前のやつ? それって」

「えーっと、四年前ぐらいのやつ!」

「とっくに使えなくなってるな……。大丈夫。今度、一緒に街にコスメを買いに行こう。楽しみだな、服も揃えなくちゃ」

「服なんていらないんですけど!!」

「俺が必要なんだ。もっともっと、色んな服を着たシェリーを見てみたい」


 私の手を握りながら振り返って、嬉しそうな微笑みを浮かべる。……そんな顔をされると、何も言えない。私が途方に暮れていると、「あっ、そうだ」と呟き、また新しい箱を開け始めた。ま、まだまだ続くの!? 決まったのに!?


「で、殿下~……!! 服、まだ着なくちゃいけないんですか!?」

「今度は靴だよ。サイズが合うといいけど。でも、シェリーと似た背丈の子がいたから、」

「ねえ、どうしてここにあるんですか? 奪ったってどういうことですか?」


 床に膝をつき、白い箱から黒いエナメルのパンプスを取り出していたレナード殿下が、ゆっくりとこちらを振り返る。何故かぞっとした。蜂蜜色の瞳が透き通っていたからかもしれない。お人形のような瞳をしている。


「……あまりにもしつこいから、トラウマを植えつけて追い払おうと思ったんだ。どの子も名門貴族の子だし、噂が立てば、両親が娘をここへ寄こすのを嫌がるだろうと思って」

「トラウマを……? じゃあ、カイが言ってたのって」

「ああ、気の毒なことをした。無理矢理手伝わせたんだ。俺に抱かれる覚悟が出来ているのならいいだろうと思って、襲わせたり」

「襲わせ?」

「うん、カイには夜這いして貰った。でも、ふりだよ。演技演技」


 優しいのか、優しくないのかよく分からない。でも、気が付いてないのかな? 自分の醜さや毒を見て、傷付いている。自分で自分のことを傷付けてらっしゃる。そこに快楽や愉悦が無かったら、ただただ、自分が傷付くだけ。


 自分の醜さに打ちのめされて、疲弊して虚ろになっちゃう。頑なに背中を向けていた。私の顔を見ようとしなかった。黙ってる、後ろめたさがあるから。でも、私が黙り込んでいると、またぺらぺら喋り出す。


「軽蔑した? でも、俺に抱かれても、他に男に抱かれても一緒じゃないか。エナンドが女好きになったのは俺のせいかもなぁ。けしかけたから。……そう、それでだ。まだ質問に答えてなかったな。着の身着のまま、沢山の子が泣いて出て行ったから、あちらの家に娘さんの荷物は全部処分しますって通達した。文句は言われなかったよ。まあ、王妃様が全部その文句を受け取ってたようだけど」

「レナード殿下、そこは嬉しそうに言わなくちゃだめですよ」

「……は?」


 バカにしたような言い方じゃなくて、呆然として言ったような感じだった。私を振り返って、面食らった顔をしている。こいつはまた、一体何を言い出したんだろう? とでも言いだけだった。今まで会ってきた人達のように、殿下もそう思ってそう。つい、くすくすと笑ってしまった。


「ねえ、殿下。私が今まで見てきた酷い人達は、それを楽しんでいたんですよ? でも、殿下が傷付けているのは自分自身じゃないですか? 自分の行いは、自分が一番よく見ている。あなたにとって、自分のしたことが毒になっているんでしょう?」

「……違う! 俺が傷付いたんじゃなくて相手が、」

「傷付けたという自覚があるのなら、それが証拠じゃないですか? 彼らにとって、人を傷付けることは傷付けることじゃないんです。趣味やお楽しみなんです」

「趣味?」

「そう、趣味! 彼らにとっては、それでしかないんです。でも、今の殿下はどうですか? 罪悪感にまみれた顔をしているじゃないですか。どうしてそこまでして、自分を追い詰めて、傷付けるのか……私にはよく分からないです」


 今まで見てきた人の中で一番、清廉潔白な人。私は悪いことをしただなんてちっとも思えないんだけど、殿下はそう思ってる。そこが違う、世界が違う。床の上に、真っ白い線が引かれているような気持ちになった。線の向こうには、レナード殿下が座り込んでいる。絶望で美しい顔を染めていた。蜂蜜色の瞳が懇願するかのように、私を必死で見つめてくる。だから、さっきして貰ったように、私も殿下のことを優しく抱き締めてみた。床の上に、黄みがかった白いスカートが広がる。


「もう、そうやって自分のことを傷付けなくてもいいんですよ、殿下。私があなたの心と体を守りますから。女性が来たって追い返します! だって、殿下の子供を生むのはこの私ですから!」

「……シェリーを追い払うのは難しそうだな」

「ふふふ、目玉焼きのお礼です」

「目玉焼きのお礼?」

「はい! とっても美味しい目玉焼きを焼いてくれたので……叔父さんの奥さんはね? 料理が苦手で不味かったんです。愛だけはたっぷり入ってたんですけど」

「そうか……。ありがとう、シェリー。助けてくれて」


 消え入りそうな声で呟き、私の肩に顔を埋めた。この方は弱い。薄暗い塔の中で、ただただ、家畜のように血を搾り取られて生きている。


(ユーインが作るのとは違う、目玉焼き……。美味しかったなぁ、また食べたいなぁ。誰かが、私を守ってくれる強い存在が作ってくれた目玉焼き、久々に食べた)


 昔はお父さんが作ってくれてたんだけど、もういないから。どこにも。泣きそうになって、私も殿下の肩に顔を埋める。涙が混じった笑い声を上げて、優しく背中を擦ってくれた。きっと、私達はこれからもこうやって生きていくんだろうな。底冷えがする塔の中で、一緒にずっと。







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